54 アフタースペース296 一方そのころ②
前回に引き続き、最初はカナデ視点からです。
(カナデ視点)
軍人には二つの力が必要だ。と、リンガット様は以前言っていた。
一つは威厳と抑止力。実績や雰囲気から存在感を放ち、愚か者に不埒な考えを起こさせない力だ。国家間の戦争というものがなくなった宇宙時代になっても、各コロニーが戦艦や軍隊を持っているのは、そのためで、周り回ってそれはコロニーの権威や周辺の安全につながる。だから領主は軍備に金をかける。
もう一つは、守護者として強さ。敵や障害を排除したり、攻撃をためらわせる頼もしさだ。宙賊の排除や違反者の取り締まり、これらをすることで、人々に法やルールを順守させる。いざという時に、自分たちを守ってくれる存在、信頼できる力。それを感じられたとき、領民は軍人を尊敬し、協力的になる。
この二つのどちらが欠けても、軍人は軍人足りえないそうだ。
『カナデは無理に軍人にならないほうがいいよ。』
アドバイスなのか、嘲笑なのかわからない言葉だったが、余所の軍人さんを見て、その言葉の意味が少し分かった気がした。
「この度はあなた方の献身を評価し、主の開催する晩餐会に招待したい。すぐに用意されよ。」
現れた男には明らかに後者が欠けていた。勲章らしき飾りが立派な軍服に、鍛えられた身体。後ろに連れているのは両手持ちの銃で武装した兵隊たちで、伸びた顎ヒゲをなでながら話す姿は理知的ながら迫力があった。けして、後ろの兵隊たちの威を借りているだけではない確かな実力を感じるおっさんだ。普通に対面していたら、それだけで相手は警戒、あるいは萎縮してしまうだろう。
「ちっ。」
「おい、やめろ。」
だが、信頼はされていないようだ。彼らが食堂に入ってくるなり、楽しそうな喧噪はなくなり、客達は小さくなって俺たちの様子を伺いだしていた。スラムでもよく見た光景だ。腕っぷし自慢の馬鹿が通りを歩いている時の様子に似ている状況に俺は眉をひそめた。
「ふん、やはり品性に欠けるな。ともあれ、こんな場所であれだ、すぐに移動しよう。」
ヒゲのおっさんはそんな様子にふんと鼻を鳴らす。俺たちを迎えに来たと言っているが、不本意という態度が隠しきれていない。
「はっ、ずいぶんと無粋なんだな、ビックオーシャンの軍人さんは。」
「はっ?」
ブレスト隊長は相手の要求を鼻で笑った。ヒゲの実力も立場も理解していながら、この人は一歩も怯まない。
「俺たちは食事中だ。それもビックオーシャン名物の海鮮鍋を楽しんでいる。それを中断して、よくわからない招待を受けろと?」
「なっ。」
「そもそも名乗りもしない。あんた、ほんとに軍人か?」
周囲にも聞こえるようにあげた声に、わずかに笑い声が漏れた。
「貴様。」
「おいおい、物騒だな、まるでチンピラだ、それとも宙賊か?」
ピりつく空気。だが、どこか緊張感に欠けている。それこそ、ヒゲが声を荒げれるの連動して後ろの兵隊さんたちが銃を持ち替える動作があまりに洗練されているのが面白すぎた。そのミスマッチを前に、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
「くっ、非礼を詫びよう。」
「そうだな、用があるなら待っててくれ。今が食べごろなんだ。」
態度はともかくとして、ヒゲたちはタイミングが悪すぎた。いや、空気を読まな過ぎた。
食というのは生活に根差したものだし、貴重なものだ。残すとか無駄にするなんてことは許されない。どんなやんちゃ野郎でも、食事の場を荒らすのはタブーだと分かっている。旧時代の映画などでは食卓をひっくり返したり、食事の場で喧嘩をするなんてシーンがあるらしいが、そんなことをしたら、最後、周囲から袋叩きにされたあとで、村八分決定である。
いかに軍人であっても、それを中断させて連行するというのは許されない。それこそ、その蛮行が通じるのは犯罪者の取り締まりぐらいだろう。
当然だけど、俺たちは何も悪い事はしていない。
「し、しかし、我々も歓待の準備を、食事ならそちらでも。」
「なんだ、うちの鍋は、歓迎に値しってことか。」
そこに更なる失言。これに怒ったのは先ほどジュースを奢ってくれたおっちゃんだった。
えっうちの鍋って店員さんだったの?
「店主、私にそのような意図は。」
「言ってるようなもんだろ。そもそも、飯食ってる相手を飯に誘うってどういう了見だ?いくらなんでもちぐはぐすぎるだろ。」
「そうだ、そうだ。」
「食わねえなら、帰れ。」
気づけばおっちゃんを中心に、店にいる客達はヒゲたちを排除しようと騒ぎ出していた。うーん、これは嫌われてますわ。
断っておくが、俺たちは何もしていない。ヒゲたちは勝手に追い詰められている。
「もともと嫌われてたんだろねー。」
「地元を大事にしない軍人ってのはだめだな。」
騒ぎの矢面に立つブレスト隊長の影で、こそこそと話すドルチェ姉さんとカルマートさんの言葉通りだ。なるほど、幾ら強く威厳があっても、信頼される力でなければ不十分なんだろう。
「くっ、すまない。どうやら気が急いていたようだ。ブレスト殿たちは、ゆっくり食事を楽しんでくれ。我々はここで待たせてもらおう。店主、待つ間、我々も食事をさせて欲しい、外のテラス席は空いているか?」
「はあ、そのつらの厚さは尊敬するぜ。どの口だ。」
「無論、空気を悪くした詫びとして、この場の払いは私がもとう。皆、好きなだけ食べて、飲んでくれ。」
「はは、思った以上に話がわかるじゃないか。軍人さん。」
空気を察したヒゲはすぐに手の平を返した、その証明と言わんばかりに、部下たちに銃を下ろさせ、電子決済のできる端末を店主に渡した。なかなか豪気な人だ。
「お前たちも好きに注文しろ。だが、酒は。」
「はっ、了解であります。」
「兄ちゃん、今日は海老がうまいぜ。」
「そうか、じゃあそれを。」
奢りというのは、緊張を緩和する効果があるのだろうか。銃を下ろし嬉々してメニューを見定める部下たちに、一部の客は今日のおすすめを教えていた。沸点が低い分、冷めるのも早かったというころだろうか?いや、この場合は、荒れそうな空気をあっさりと収めたヒゲの手腕がすごいのだろう。
「やるな。あんた、一緒に食べないか。」
「いや、それはできん。だが、食後に時間をもらいたい。」
「うん、それは構わないがあんまり時間はとれないぞ。」
「構わない、もともと無理を言ったのはこちらだ。」
ブレスト隊長も感心し同席を進めたが、ヒゲは載ってこなかった。面会の約束だけとりつけテラス席に戻り、俺たちの視界から消える。これもまた交渉術の一種なんだろうか。少なくとも最初に感じた不快感は薄れていた。
「お前たちも油断するなよ。」
「えっ。」
「カナデ君、気づいていないのー?」
だが、先輩たちは惑わされなかったらしい。
「あいつ、名乗ってないのに隊長の名前を知っていたぞ。」
「あっそういえば。」
じゃあ、この茶番も演技?俺、揶揄われてる?
壮大に話がはじまらない・・・。
カナデの視点での話はもう1、2話続きます。




