50 アフタースペース296 その傲慢さに心当たりがありました。
泣きわめくアラサーを救うのは?
みっともなく泣くアラサーのおっさんというちゃぶ台返し。これは自滅よりもひどい悪手だ。今後の彼の人生に汚点と残る醜態だろう。
だが、その身を削った行動で時間は稼げたらしい。
「すまない、遅くなった・・・。これは・・・どういう状況だ。」
「「父上。」」
突然開かれた扉ともに現れた老紳士。所々に黒が残る白髪のオールバックに、衰えを感じさせないがっしりとした体格はオーベンに似ている。一方で男性にしてはやや長めのまつ毛と大きな瞳はテティスに似ている。そして、ビックオーシャンの証である金色の瞳。
フィステル・ビックオーシャン。父親にして現領主の登場は、どこか作為的なタイミングだった。
「フィステル・ビックオーシャン様、お会いできて光栄です。」
「う、うむ、リンガット・ツリー。次代のツリーと会えて私も光栄だよ。」
現領主の当然の登場、ではない。もともと今晩の会食は領主夫婦も参加予定だったのだが、急な用事で到着が遅れていたのだ。時間が分からないので、先にはじめて欲しいとも連絡があった。
「思った以上に早かったですね。用事の方は大丈夫なんですか?」
「ああ、そちらは妻が対応してくれてな。お待たせしては悪いと思って私だけ先に来たんだ。おっと、改めて、ビックオーシャンへようこそ、リンガット卿。今回は多忙な中、このような機会を作っていただき感謝する。」
「いえいえ、歓迎感謝いたします。色々と新鮮な体験をさせていただいています。」
泣く息子を前にしても、まずは客への挨拶。これぞ上の立つ人間の判断だろう。俺も怒りの態度を治めて朗らかに対応する。まあ、この現状、スルーして食事とはいかないが。
「で、これはいかなる状況なんでしょうか。息子が何か不手際を。」
「不手際も不手際ですよ。ねえ、オーベン様。」
「う、うむ、父上、実はな。」
「わ、私からも説明させていただきます。」
その上で事情確認。兄と妹によってドゥシュの会食中の態度や、なんちゃって縁談を画策したことの説明が行われた。はじめは冷静に話を聞いていたフィステル様だが、徐々に眉間にしわが増え、最終的にはお爺様にも負けないレベルの鋭い視線でドゥシュを睨みつけていた。羞恥か怒りか、あるいはポーズか。どちらにしろ常識的な価値観をもっておられるようだ。
「それは・・・。」
「おおむねお二人のおっしゃる通りかと。」
一通り聞いた上で、最後に俺に確認を取るフィステル様。なんなら記録がとられていることも彼なら承知だろう。俺がうなづいてからの対応は迅速だった。
「このたびの愚息の勝手な振る舞い、大変申し訳ありません。私どもの監督不行き届きも含めて、謝罪させていただきたい。」
「パパ?」
「お前たちも頭を下げんか。」
父親の一喝に、反射的に頭を下げる3人。教育としつけはちゃんとできていたのだろう。ここで、見苦しい言い訳をしないことやさせないことも流石である。
こういう時にまず大事なのは謝罪だ。その上で、今後の対策。原因や事情について話すのは相手から質問があった場合に限る。
「此度の訪問は、私どもからビックツリーにお願いしたにもかかわらず、こちらの意志を統一できておらずこのような対応になってしまったこと、本当に申し訳ない。今後の対応についてはオーベンに一任し、私も逐次確認していくつもりだ。その上で不満があればすぐに対応させる。」
「そうですか、それは助かります。」
原因を理解した上で改善策の提案。あとは、こちらが気を使う必要はないという言質。これは充分な対応と言える。最初からそうして欲しかったけどね。
「ただ。」
「もちろんですが、ドゥシュは同席させません。なんなら今後一切、リンガット卿たちには関わらせません。」
「まあ、妥当な落としどころですかね。」
チョンボした本人の隔離。これも宣言するならば、俺としては充分だろう。よくて、俺がいる間の謹慎、最悪の場合は絶縁からの放逐、具体的な方法は名言されていないが、フィステル様の言葉には、そのくらい強い意味がある。
「ええ、ちょっと待ってよ。それは流石に、僕だってリンガット君と仲良くしたいんだよ。今回の件はちゃんと反省するからさあ。」
それがわかっているから、ドゥシュも泣き真似をやめて抗議の声をあげた。これが失礼というのは百も承知だろうが、ここで口を挟まないわけにはいかなかっただろう。
「黙れ、ちょっと説明を聞いた限りでも失礼な言動の数々、外交云々以前に、お前は客人に対する礼儀がなってなさすぎる。妹に接するときとは違うんだぞ。」
「ひい。」
当然だが、その思いは却下される。現領主からの直々のダメだしというおまけ付きで。これはもう、だめかもしれんな。いや、会食にビュッフェスタイルを選んだ時点でダメだったか。
問答無用で退場させずに説教をしたフィステル様はまだ優しい。いや甘い。傲慢であるとすら言える。
「オーベン、お前もお前だ。今回の訪問に関しては長子であるお前に一任していたはず。ならば、このような事態になる前に、止めないか。」
「ぐっ、打ち合わせの段階では、もっともかと思ったんだ。ビックオーシャンの海鮮は癖が強く人によっては苦手する場合も。」
「それを事前に調べるのが、お前たちの仕事だろうが。」
「も、申し訳ありません。」
事、ここに至って、彼はオーベンにまで説教をはじめてしまったのだ。感情の高ぶりや親としての気持ちを考えればわらかなくもない。だが、先も言ったがこういう場面で大事なのは相手への謝罪と今後の対策を話すことだ。相手が望んでいるわけでもない限り、当事者を前に責任追及や説教をはじめるのも良くない。
この場ではドウシュを黙らせるか退席させて会食を再開するか、一度お開きにするのが最適解だろう。
「つまり、ビッフェスタイルにしたことは、オーベン様の意志でもあると?」
「いや、それは流石に。」
でないと、こうやって、揚げ足を取られてしまう。親切に言葉にしてあげると、フィステル様もオーベンは慌てて居住まいを正したが、もう遅い。
「僕たちは何をみせられてるんでしょうか?」
トントンと指でテーブルを叩きながら、俺は4人の顔をゆっくりと見回した。失望、侮蔑、嘲笑に同情。心に浮かんだ感情の中に怒りがなかったのは、フィステル様の登場でわずかに生まれた期待の感情が失せたからだ。
「この場で、僕たちはお邪魔でしょうから、部屋に戻らせていただきます。」
「う、すまない。食事は後で運ばせよう。」
「いえ、今日はもう、結構です。」
もう今日は関わるな。明日までに頭冷やして対応を改めろ。
言外にそう告げて俺は立ち上がると、スーザンはすっと横に立つ。その手には、上着と僅か荷物。この殺伐としたやりとりの中で、いつでも立ち去れるよう彼女が動いていくれたので、このまま立ち去れる。まったく有能な侍女様だ。
「ひどいよ、僕はリンガット君のことを思ってやったのに。」
「ドゥシュ、これ以上、恥をかかせるな。」
去り際にドゥシュの声が聞こえたので振り返ると、彼はオーベンに捕まっていた。どうやら追いかけようとしていたらしい。
まったく反省してないな、こいつ。
『覚えてろ。』
抑えられながらこちらを見る彼の顔は、怒りに染まり、その口は確かにそう動いていた。
リンガット「たしかお爺様と同い年ぐらいだからテティスが生まれたときは。」
テティス「それ以上はいけない。」
現領主登場、しかし相手にならなかった。
補足 敬称の変化について
ドゥシュが「リンガット卿」から「リンガット君」になったのは、余裕がなくなって素がでたから。
「○○卿」と呼ぶのは、この世界では最敬称の表現で、公的な付き合いをするときに使います。
リンガットが「オーベン卿」から「オーベン様」「フィステル様」に変えたのは、敬称を割けることで、公的なやり取りではなかったとあとで誤魔化すためだったりします。




