49 アフタースペース296 我慢をやめたので相手を圧倒しました。
リンガット様がリンガットします。
その失言の重さがどれほどのものであるか、それは凍り付いた空気から察せられるだろう。ドゥシュ以外のほぼ全員が目を見開いて硬直し、そんな中でクールに給仕を続けるスーザンがシュールだった。
「あ、あれ、どうしたの?」
軽薄な態度こそ崩さなかったが、予想とは違う反応にわずかな戸惑いが見えた。おそらくだが、過剰に反応するテティスや、場を和ませようとする俺の対応を期待していたのだろう。あるいは、オーベンが何らかの形でとりなす可能性もあったかもしれない。
だが彼のフォローする者はいなかった。会話が許された3人は、言葉にせずとも、彼のことを無視することで気持ちが一致していたのだ。
「そういえば、父が来てからと思って、まだちゃんと紹介をしてなかったな。リンガット卿、妹のテティス・ビックオーシャンだ。」
「それはそれは、初めまして、テティス様。リンガット・ビックツリーです。」
「こちらこそ初めまして、リンガット卿の噂はよく耳にしています。お会いできて光栄ですわ。」
「噂ですか、あまりよろしくなさそうで。」
「いえいえ、フードロスによる生産力の向上についてレポートを拝読させていただきましたが、目から鱗でしたわ。」
「それはまた、ずいぶんと懐かしい。あの時は、このスーザンもはじめ部下が良く働いてくれました。軌道に乗るまでは苦労を掛けました。」
ずいぶんと懐かしい話題だ。ムダを省くという建前で裏取引の土壌を作ったのがもう何年前だろう?あれ表向きには、自分の儲けを減らして、スラムの人達の生活を改善した善行ってことで通ってるんだよね。我ながらいい仕事をしたもんだ。
「ちょ、ちょっと無視しないでくれない。ああ、そうか照れてるのかな。」
アレと比べれば、この男の悪だくみのなんと幼稚で拙いことか。それでいて一度はスルーしてあげたのに、食い下がるあたり、もう駄目だな。
「どこでそんな話を?僕とテティス様は、この場で初めてお会いしたんですけど?」
「またまた、夕飯前の空き時間に会ってたんでしょ。隠すことないじゃない。」
最後通告も兼ねた俺の質問に、へらへらと答えるドゥシュ。その姿に兄妹は額に手を当ててうつむいた。その動作が似ているあたり、やっぱり兄妹なんだと場違いな感想を持ちつつ、俺は決めた。
「質問に答えてください。なぜ、休憩の俺の予定を知っているというんですか?」
目の前のバカに容赦をしないことを。
「うん、いや、誰だったかな、それとなくそんな話を聞いたんだよ。」
「それとなく、つまり根拠もない情報だと。」
「いや、そうじゃない。そうじゃないよ、ただ、何人もいたから、誰から聞いたか覚えてないんだよ。」
「はあ。」
露骨なため息とともに質問をやめる。処置無し。言外そう告げてやると、ドゥシュの余裕もなくなってきたのか、身振り手振りを交えた大袈裟な反応になっていく。
「えっ、ダメだった。」
ダメに決まってんだろうが。仮にドゥシュの言葉通りなら、ビックオーシャンは客人のプライベートも守れない、いや守らない人間を何人も世話役にしているということだ。しかも、それを上役である人間は把握できていない。彼の今の言葉はそう解釈できるものだ。
もちろんだが、俺はそれを言葉にする気はない。そして迷走は続く。
「あれー、2人はお似合いだと思ったんだけどな。年も近いし」
更なる失言。これが、飲み会なら冗談とか思い付きという言葉で済ませられただろう。だが、この場は会食であり、正式な外交の場だ。発言のすべてに責任が伴う。この男はそれをわかっているのだろうか?オーベンもオーベンだ。この場において、唯一止められる彼が、なぜ止めないんだろう?
そんなことを思いつつ、俺はオーベンとその隣の空席を見るが、そこから答えは帰ってこなかった。黙認?あるいは俺に任せるということだろうか?
「それともあれかな、リンガット卿は、テティスよりも大人の女性が好みとか?ほらメイドさんなんかも美人だし、もしかして。」
「はあ?」
こう、用意しておいた地雷をあっさりと踏んでくれると、逆に気持ち悪い。もしかして、俺を怒らせて、コロニー間の関係に亀裂を入れるのが目的なんじゃないかと逆に疑ってしまうぐらいの迂闊さだった。
「その臭い口を閉じてもらってもいいですか?気分が悪い。」
ことがスーザンや身内に及んだ。その事実をもとに、俺はギアをあげる。
「えっ。」
「口を閉じろと言っているんだよ、おっさん。いつまで年上ってだけでマウントをとってやがる。立場を考えろ。」
「えっ、なに急にどうしたの?」
そもそもの話。オーベンとドゥシュは、まだ現領主の息子でしかない。対して俺は次期領主としての立場は確定しているし、実権も持っている。例えるならば、社長息子の役員と、次期社長が決まっている副社長ぐらい立場が違う。年齢差があるとしても、本来ならば彼らが俺に気を使うべき相手だ。
それをこちらが譲歩していたにすぎない。そんなことすら考えてなかったということだろう。
「オーベン卿も、オーベン卿もだ。こんな外交の基礎も知らないようなチャラ男をなぜ同席させる。なぜ自由にしてるんですか。」
ここぞとばかりに、口調を強め。怒っている見せつけるる。いや半分ぐらいは本気なんだけどね。
「ええ、ちょっと大げさな。落ち着いてよ。こんなの会話。」
「・・・帰らせていただいてよろしいか?」
客人のプライベートの詮索。ありもしない女性関係への邪推。立場を弁えない軽薄な言動。そもそもとして、会食の場でビュッフェスタイルという、外交として未熟な対応したこと。やらかしたことを一つ一つ上げてもいいが、そんなことをするまでもなかった。
「ドゥシュ。流石に見逃せん。リンガット卿に謝罪しなさい。今すぐに。」
俺の言葉を受けて、オーベンがついに口を開いた。出てきた言葉はなかなかの強さだった。だが、この期に及んでドゥシュを退席させないあたり、まだ甘い。俺がオーベンの立場なら、無理やりにでも黙らせて、体調不良を理由に隔離させてると思う。
まあ、それならそれで、更に攻めさせてもらうだけなんだけどね。
往路で遭遇した宙賊の話をあげて、運営能力に疑問を投げかける?
今日の交流を振り返りながら、失言の数々を指摘する?
取引の見直しを提案して、お互いの立場の違いをもっとはっきりさせる?
ミキサーチームを呼び出して、威圧する?
こちとら7歳からコロニー運営に関わり、手強い交渉も修羅場も超えてきた。原作の舞台に上がることすらなかったモブキャラに負けるわけがない。
と、次の手を思案しつつ、相手の出方を待っていたら、これまたひどい展開となった。
「ひどいよ、なんでそんなこと言うんだよ。」
おっさんの泣き真似とか超気持ち悪い。いや、マジで泣いてない?
あろうことか、ドゥシュは顔をうつ向かせてめそめそしだした。両手をグーにして顔にあてる動作は、泣いている子供のそれ。アラサーのおっさんがそれをすると、マジで気持ち悪かった。
「うわ、きも。」
ここにきて、この本音を我慢できなかったことを許して欲しい。さすがにそれはない。
リンガット「何、この気持ち悪い生き物。」
リンガット視点であるため、わりといちゃもんに近い思考です。ですが、公的な場で年上という理由でマウントを問ってしまったドゥシュが甘々だっただけです。
ちなみにメカニック系のファンなので、テティスの容姿には興味もないリンガットです。




