48 アフタスペース296 料理のセンスは人間関係を決定させる。
リンガット君がそろそろ限界のようでした。
そもそも、なんで俺はこんなに我慢しているんだろう?
コロニー間の関係を守るため?数年後に起こるかもしれない破滅を避けるため?敵を作らないため?お爺様に言われたから?貴重な水資源を確保するため?
テティスとの予期せぬ対面から生まれた疑問は、波紋のように俺の中に広がり、やがて一つの結論へと至った。
「もうどうにでもなあれ。」
そう思った瞬間から、俺は相手の失点を待つことにした。そして、それはすぐに訪れた。
「リンガット卿、いかがなかな、今宵はビックオーシャン自慢の品々を用意した。」
「すごいでしょ、山盛りだよ。」
子犬並みに大きなロブスターに、サフランで黄色く染まったお米に色々とりどりの海鮮がのったパエリア、切り身が花模様に並べられたカルパッチョ。会食の場に用意されたのは、海の幸を中心とした鮮やかな料理の数々。前世日本人な俺としては、小躍りしたくなるような光景であった。
だが、その豪華さには、俺に対する歓迎と挑発の意図が隠されているので油断はできない。
食事、それも会食ともなれば、それは政治である。ホスト側にとっては、どんな食材をどんな形で提供するかで、力や権威を示す大事なパフォーマンスの場となるし、ゲスト側としては、何を食べどんな感想を言うかで、己の品位や感情を示す大事な場だ。
特に今回の場合は、両者の友好関係を深めるための会食だ。相手の趣味趣向や文化的な拝見を事前に調べて、相応しい料理を提供して好意を示すがホストの力量だ。俺もゼーレを接待したときは、それはそれは気を使った。
それをビュッフェスタイルにするとは・・・。パーティーならともかく、今回の参加者は6人ぞ。
「・・・コースではなく、ビュッフェスタイルなんですね。」
「ああ、海鮮系は好みが分かれるのでは、実際に目にしてもらってから好きなものを食べてもらうと。」
「はいはい、僕の提案だよ。ほら、生魚とかって人を選ぶでしょう。」
「なるほど、コースを絞ることすらできなかったと。」
「うっ、すまない。」
「うん?いいじゃん、好きなのを選んで。」
ぽつりと漏らした言葉に対して、苦い顔をするオーベントとすっとぼけるドゥシュ。ちらりと視線を向けると同席予定のテティスはそっと目を逸らした。自分は関係ないということだろう。
なるほど、この無作法もまた兄弟の争いの結果ということなら、俺が付き合う義理はもはやないな。
「・・・オーベン卿、今日のおススメはなんですか。」
「うむ、定番はマグロだな。中トロの良いモノが入っている。あとエビの方が粒ぞろいだ。」
「じゃあ、その辺りから、あっ山葵はありますか?」
「もちろんだ、農場から採って来たばかりのものがあるのですぐに用意させよう。」
「あれ、あれ、リンガット卿、山葵行けるんだ。すごいねー。」
「ああそうだ、イカはどうですか?」
「新鮮なものがあるから刺身もおすすめだ。見た目があれだが、イカスミを使ったパスタも美味い。」
「じゃあ、そちらも。」
オーベンに質問をしながら、自分の好みの料理を取り分けてもらう。ビュッフェスタイルといっても、俺たちはやんごとなき立場の人間だ。立ち上がることはなく、お付きの人達に給仕させる。だから席も変わらない。おのずと距離の近いオーベンとの会話が中心となるのは自然な流れだ。
「ビックツリーでも和食はあるのですが、新鮮な山葵や海鮮はなかなか手に入らないので楽しみです。」
「うむ、山葵に関しては旧時代の製法を未だに引き継いでいる施設がある。よろしければ明日以降の視察に組み入れるが。」
「いえいえ、職人の仕事を邪魔したくないので、予定通りでかまいません。」
「そうか、ならば明日案内する寿司屋を楽しみにしておいてくれ。」
えっ寿司屋。それは普通に楽しみだ。
料理はめっちゃうまかった。海の幸が宇宙で食べれるとは、なんとも贅沢な話だ。うちの林業や農業もそうだけど、宇宙で300年も技術を受け継いでいる事実はそれだけで賞賛に値することだと思う。
「石窯でピザや肉を焼くのか。薪や炭を使った料理となれば一味違うんだろうな。」
「そうですね、ガスやオーブンとはまた違った風味になります。海鮮だと、カツオが有名でしたっけ?」
「そうだな、カツオのたたきだ。あれは藁を燃やした火であぶるのだが、煙がすごくてな。場所には気を使うが、あれが好きという人間は多い。」
「でしょうね、煙が好きな人は多いですから。」
「燻製だったな。チーズなども美味いときくが。」
「それならば、船に積んでありますので、明日にでも届けさせましょう。」
「ありがたい。以前、燻製した肉をいただいたことがあるのだが、木の香りがして非常にうまかった。」
「最近は燻製にも力をいれていますので、ご期待に沿えると思います。」
改めてオーベンはビックオーシャンの特産品や料理についてきちんと学んでいるらしく、ビックツリーへの敬意も感じられた。おのずと会話は盛り上がり、お互いの文化や認識について有意義な意見が交換の場となった。カツオのたたきもいいけど、カツオ節はお土産に買って帰ろう。
「お寿司いいよねー。なんなら、今すぐ職人を呼ぼうよ。」
「結構です、料理は充分ありますから。」
「う、うん。それならいいんだけど。」
一方、ちょいちょい会話に加わろうとするドゥシュだが、俺は適当に流して相手にしなかった。そのあからさまな態度の変化に、ドゥシュ本人や取り巻きと思える部下たちがぴりっとした空気になるが、これは会食にビュッフェスタイルを用意させたという、彼の選択が招いた結果である。
食事の場では当然ながら食事が優先される。相手の食事を邪魔したり、会話中に割り込んだりするのは明確なマナー違反である。それを理解しているからか、オーベンの皿にはほとんど料理が載っていないし、自分から会話はふらず、俺からの質問に答える形で会話を広げている。俺は俺で、大きな声にならないように、近くの席に座っている最年長のオーベンに、気になった料理について質問しているだけだ。何も悪い事はしてない。
この場に限って言えば、食事中の俺に話しかけるドゥシュだけが無作法ということになる。
会食でコース料理が好まれるのは、料理と料理の間に会話を挟みやすいからだ。好みの問題というならば、相手の反応を見ながらその都度、メニューを調整すればいい。というか、そこがホストの手腕をみせどころである。
ビュッフェスタイルで好きな物をお食べくださいというのは、相手に配慮した選択とも言えるが、相手に会話の主導権を渡すことになる。大人数ので会食ならまだしも、ゲストが俺一人だというなら、まず取らない選択肢だ。
おそらくは、会食に出すメニューについて、決めきれなかった結果の苦肉の策だったのだろう。だというのに、彼はビュッフェスタイルは自分の提案だと最初に言った。その失点はあまりに大きい。
そこまで頭が回らなかったのだろうか。あるいは俺が気を使うとでも思ったのだろうか?
どちらにしろ、俺の中での彼への評価はだた下がりだ。
もうこいつを相手にする必要はない。そう判断するに充分なほど、大きな失点。実にありがたい。少なくとも、この会食の場で、ドゥシュにできることは大人しく食事が終わるのを待つことだけだ。
だが、ドゥシュ・ビックオーシャンは、そんな俺の評価を超えるさらに愚か者だった。
「そういえば、リンガット卿、テティスとは仲良くなれたかな?」
どや顔で投げ込まれ言葉の爆弾。
会話の流れを変えるために切ったこのカード。
それが己の失脚につながる悪手となるにも知らずに、ドゥシュの顔は悪戯に成功した子供のようにゴキゲンだった。
たかが料理、されど料理な話でした。
なお、今回のリンガットの考えはほぼ難癖に近いものです。歓迎と相手に配慮してビュッフェスタイルの食事が悪いわけではなく、彼が自分に都合のいいように解釈し、内心で言い訳しているだけです。実際の料理や会談のマナーとは異なりますのでご留意ください。
次回、ドゥシュおじさん 終了のお知らせ




