39 アフタスペース294 原作知識チートで、宙賊を活用したかった。
またしても原作のネームドの登場です。
交渉において、「舐められる」というのは1つの手札だ。相手がこちらを舐めているならば事前の情報収集や契約の確認を怠るので有利な条件を引き出ししやすいし、対応の仕方で相手がどういう人物か判断ができるからだ。俺が子どもっぽい振る舞いをしているのは、まだ若いリンガットの精神に引っ張られているのもあるが、こういったメリットを利用するためでもある。
ゲザウゼとの交渉では、この手法が面白いぐらいにうまくいったと思う。
「おうおう、今、話題のビックツリーのお坊ちゃんとお会いできるとはな。光栄だよ。」
「アナタにそう言ってもらえるなんて光栄だよ。ミスターグラーヴマン。」
「ふん、こちらのことは調べ済みってわけか。」
だが、それは相手にもよる。慎重で子供相手でも油断しないタイプには不快感を与えてしまうらしい。それに気づいたときには時すでに遅し。今回の交渉は、初対面から険悪な雰囲気となってしまった。
「事前に相手のことを調べるのは基本だよ。それに船舶関係について調べていたら、自然とあなたの名前があがってきた。」
「そうかい、それはまたずいぶんと丁寧に調べられたようだ。」
「廃船王、そう喧伝されているのはあなたでは、ミスターグラーヴマン?」
「なわけあるか、一部のバカが勝手に言ってるだけだ。次、それを口にしたら交渉はキャンセルだ。」
ミスターグラーヴマン。そのいかつい見た目は俺の知識にあったものと一致していた。
彼は中古船を取り扱うディラーだ。この世界において、船やそのパーツは生活に欠かせない。なので型落ちしようが事故でバラバラになろうが貴重品であり、回収や修理など中古品を取り扱う業種は多い。それらを統括し、4大企業ともやり取りをしている彼は業界に置いて大物だ。
また、彼と彼の組織には自警団的な役割も担っている
それぞれが自由に好き勝手しているギャラクシーであるが、そんな場所が倫理観や自衛能力だけで平穏無事になるわけではない。特に、違法な薬物や危険物の持ち込みや行き過ぎた暴力行為などを抑えるにはそれ相応の力とフットワークが求められる。仕事の関係上、各地への出入りが多く腕っぷしも強い彼らにその役割が回ってくるのは自然な流れだろう。
そしてついた異名が「廃船王」ミスターグラーヴマン。原作にも登場するネームドであり、主人公たちを苦しめたやり手の商人だ。正直言えば会いたくなかった相手の1人だ。
「そういや、昨日はずいぶんと忙しかったようだな。」
「耳がいいんだね。流石だ。」
「そっちもな。ああ、やめやめ。変に腹の探りをあいは痒くてしょうがない。要望をいえ、要望をお客様。」
「そうだね、話が早くて助かるよ。」
宙賊の襲撃は半日前、だというのにこちらの事情を把握している。まったくもって油断ならない。
「そうだね、宙賊の船を何隻か拿捕したから買い取りをお願いしたいんだ。ゲザウゼが引き取ると言ってたけど、餅は餅屋でしょ?」
「はっ、慰謝料も兼ねて吹っ掛ければよかっただろうに。」
「それはそれでする予定だよ。ただ結構いいパーツも獲れたからね、ちゃんと市場に回したいんだ。」
「そいつは船乗りの思考だぞ。誰の入れ知恵だ。」
「僕のだけど?」
グラーヴマンのいう通り、ゲザウゼに押し付けたほうが金銭的な利益は大きい。そもそも場所を貸したホストとして、襲撃の後処理もゲザウザが行うのが自然の流れだ。だがあえて俺たちはその後始末を引き受けた。落とし前をつけさせなければメンツが立たないし、そこから得られる利益も無視できなかったからだ。
「ちなみに商品はこんな感じ。今回はあなたと会えたということで、そちらのいい値の取引でいいよ。」
「そいつはずいぶんと羽振りが・・・。おいおい、人まで売る気か?ずいぶんとわかってるじゃないか。」
端末で送られた目録をみて、グラーヴマンは不機嫌そうな顔を更に険しくした。そこにはかろうじて原型を留めている船と無事だったパーツ、そして襲撃したパイロット達も並べられていた。
「もちろん、彼らの身柄も含めて引き取ってもらいたい。企業側に回すのは気の毒でね。」
「鬼だねー。まあ、悪いのはこいつらだから自業自得だわな。」
「いやだな、ただの就職斡旋だよ。食い詰めとはいえ腕のいいパイロットだから、使い道はあるはずだよ?」
土地の限られているこの世界に置いて死体は資源扱いだ。食肉に加工されることこそないが、原形をとどめないレベルで分解され有機物として肥料や飼料として扱われる。また刑務所なんてものはなく、犯罪者の多くは、新薬の実験台にされるか死刑のどちらかだ。宙賊のように人の命を食い物にしている輩には当然の末路と言える。
そうなると、奴隷扱いでも生き残りたいと願う者がでてくる。そういった人達は人権を奪われる代わりに枷やGPSを打ち込まれて商品となり、棚に並べられる。
あっ人身売買は違法です。これはあくまで就職斡旋の依頼であるので合法だよ。
それが分かっているのでグラーヴマンも文句こそ言っているが、動揺はしていない。その目線はしっかりと目録と捉えられた宙賊の顔と名前を確認している。
「知らない連中だな。よそ者だ。」
「えっそうなの?」
すっとぼけるグラーヴマン。俺は目を丸くして、素の反応をしてしまった。
おかしいな、この人はギャラクシーの裏社会の顔役で腹黒く暴力的なんだけど、身内には甘いし、人権を無視した行為は嫌っていたはず、なのにこんなばっさりと切り捨てる?
「うちは確かに船乗りの集まりだし、廃品回収のためならどこだって行く。だが、宙賊をやるようなやつはいない。人様の努力を踏みにじるような奴らは人間じゃない、ケダモノだ。」
「そうなの?」
「それはお前さん、生きるため食うためならどんな仕事だってするさ。けどな、最近はどこかの誰かさんのおかげで景気がいいんだよ。」
「へえー。」
「すっとぼけるか。まあ、変に恩を着せようとしないのは嫌いじゃない。」
思わせぶりな言い方、これはどういう意味だろう?
確かにビックツリーは原作と比べて裕福だし商売も活発だ。その景気の良さがギャラクシーにも影響を与えているなら、会話の流れからして、誰かさんが俺である可能性は高い。だが、ゼーレというあの爽やかマッチョが、リンガットやビックツリーではなくギャラクシーに手を出した結果とかなら面倒なことになりそうだ。他にも原作とは違う何かが起こっているかもしれない。
いや、それよりも、これは予想外の展開だ。どうしよう。
「その驚きよう。この馬鹿どもが俺の名前をだしたとかじゃないか?」
「どうだろうね。いやごめん、その通りだよ。ミスターグラーヴマン。失礼を詫びよう。」
まったくもってその通りだ。ブラヴールから聞き出した情報の流出先の一つであったことと宙賊の尋問中に彼の名前が出てきたことから、今回の黒幕は彼だと、俺は推理していた。それを踏まえて今回の交渉の絵地図も描いていた。身内に甘い彼のことだから、名簿を見たら動揺して尻尾だすだろうなんて甘い見積もりだった。
しかし、すっとぼけられたら証拠はない。そんな当たり前のことに思考が至っていなかった。
「なんなら、残りの連中も引き取るぞ。船を汚した馬鹿どもは俺の手で八つ裂きにしてやるよ。」
「それはまた物騒だね。じゃあ、残りも引き取ってよ。しっかりリサイクルしてくれるならそれでいいから。」
「任せろ。」
平静を取り繕いつつ、俺は白旗を揚げた。重要そうな連中を取り置きしていることまで見透かされているなら、意味がなさすぎる。身の潔白を証明するためにスプラッタービデオを送りつけられても嫌だ。
「今回の襲撃、メンツを見る限りでははぐれ者を適当に見繕った感じだな。企業様が良くやる手口だ。装備と金と情報をばら撒いて、馬鹿が食いつくのを願う。そんな感じだな。まったくもって忌々しい。」
「なるほどねー。」
それが真実がどうかは別として、今回の落としどころはそれが妥当だろう。追い詰めたところで、黒幕なんて分からない。歯がゆいがそうするしかない。意図的に情報を見逃していたビックツリー側だって共犯と言えてしまう状況となれば、責任の所在など追求できるわけがない。
甘く考え過ぎていた。これは赤面ものだ。
俺こと、リンガット・ビックツリーには、原作アニメ「軌道戦器ハーモーニーサウンド」の大ファンだった日本人の人格と記憶の一部が備わっている。相当なオタクであったらしく、原作や外伝などのシナリオはもちろんのこと、設定資料にあった各種ロボットのカタログスペックや開発記録、ネームドキャラクターのプロフィールなども細かく覚えている。
本来ならば首になっていただろうスーザンに閑職やスラムでくすぶっていたジルオールやアルさんたちを仲間に引き入れられたのは、原作知識から彼らの適正や好みにあった役割を与えられているところが大きい。
一方で、原作で深堀りされていない要素は調べないと分からない。特に人間関係は、リンガット本人が色々と原作と違う行動をしているせいか知識とかなりズレがある。例えば、原作では不遇な扱いを受けていたはずのライスさんは、俺が軍部への予算を削っていないので、胡弓でパイロットとして働けている。研究の資金や場所を求めて各地を放浪していたヨハン博士は、僕に接触したことで、豊富なリソース
を使ってロボット研究を何年も前倒しにしている。それらによって色々と恩恵はあるのだけれど、原作では、主人公との決戦までまともな荒事経験がなかったはずのクソボンボンなリンガットに、今回の宙賊のように、よく知らない犯罪者とか襲撃など面倒ごとが増えた。おかげで、いずれ来る破滅から逃れるために用意しておいたあれやこれを早々に使って披露することが最近多い。ミキサーの実戦投入だって、もっと後回しの予定だったのだ。
そして今回の失態だ。もはや、人間関連の情報に関しては原作の知識を充てにできない。例え、原作でリンガットに味方した人物であっても、油断してはいけなかったのだ。
「で、買い取りはいいとして。こんな言いがかりをつけてきて、そのままってわけにはいかないよな。」
「そうだね、お詫びをしないといけないね。」
振り返れば、我ながら迂闊だった。
よくよく考えれば宙賊の証言だけで判断して交渉の場を作らずもっと精査すべきだった。相手の油断を誘うためとか言って、最低限の部下だけを連れて穏便な雰囲気を作らずに、情報の不正入手にケチをつける強気な交渉をしても良かったかもしれない。
しかしながら、後の祭り。グラーヴマンという本物を前に、俺は痛い勉強料を払うことになってしまった。
襲撃直後数時間後の話です。
原作知識があったからこそ、失敗することもあるという話でした。
交渉の結果とグラーヴマンの原作での活躍については次回に。




