EX3 盤上の駒
正史のおけるリンガット様退場直後の話です。
正史アフタースペース300 ビックツリー陥落後 コロニー「ホープ」首都パンドラ
最新技術によってつくられた銀色のビル街の中でも一際大きな領主邸。その最上階にある執務室にて、ゼーレ・ホープはチェス盤のようなものを眺めながら、意味深な笑みを浮かべて報告を持っていた。いや次のステップに進むための時間潰しをしていただけかもしれない。
彼が待っているのは遠く離れた場所。それも人類の生存圏の反対側にして、距離にして70万キロメートル、かつて旧時代の人類が見上げた月よりも遠い場所の顛末だった。尤も光通信なら伝達は一瞬だ。かかっているのは部下が整理し、精査する時間だ。
結果はどうでもいい。ただ事態が進んだという情報だけが欲しかった。
そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされて、彼の弟であるアニモ・ホープが慌てた様子で入ってきた。表面こそ取り繕っているがここまで走ってきたのか、やや息が乱れ、いつもの仏頂面が崩れている。よほどの大事のようだ。
「兄上、ビックツリーが堕ちました。」
「そうか。」
だが、内容は面白みに欠けるものだった。こんなことで慌てるな弟よと呆れつつ、ゼーレは盤上の駒を一つ取り上げるだけで、それ以上何も言わなかった。
「え、ええっと。リンガット・ビックツリーはクーデター軍に対して包囲戦を仕掛けたようですが、敵の機動兵器の連携運用の前に戦線が崩壊、大きな被害をだしたようです。それをきっかけに離反する戦力が急増、戦力差をひっくりかえされたようです。」
冷静さを装い、懸命に言語化しようとするアニモだが、その姿にゼーレは落胆した。この程度の事を言語化できない弟の不出来さを嘆くべきか、万遍なく伝えようとする勤勉さを賞賛すべきか迷ってしまう。軍人としても政治家としても優秀な弟なのだが、為政者として物事を最適化する思慮に欠ける。
「戦力差は10倍と言う見積もりでしたが、それをひっくり返されたどころか、離反した戦力が合流したことでビックツリー周辺は我々の勢力圏から完全に離脱したようです。戦術班の予想を上回るレベルでリンガットは無能だったようです。」
「どれも分かりきったことじゃないか。そんなことを報告に来たのかい?」
「うっ、申し訳ありません。」
未だに盤面の駒に意識が行っている弟を諭すように、ゼーレは盤面を指先でトントンと叩く。考えが足らないと思いつつ、兄として弟を導ける機会が嬉しくもあった。
「もっと大局的に物事を見なさい。結局は順番が変わっただけだろ?」
「し、しかし、リンガットはホープへ恭順を示し反抗勢力を分断していました。彼がいなくなったなると、遮るものがなくなり、反抗勢力は地形的にもつながってしまいます。」
「君はアレに、そんな器があったと本気で思ってるのかな?」
味方は味方、敵は敵、そんな線引きで物事を見ている時点で弟は未熟だ。だが、細かい分析は軍人としては正しい。ならば仕方ないと思いつつゼーレは取り除いた駒を持ち上げてヒントをだした。
「アレは不穏分子を集めるためのデコイでしかない。」
「なっ。」
わずかなヒントでも気づけたことをほめるべきか、ヒント無しで気づけなかったことを叱るべきか、ゼーレは再び迷った。
そもそもゼーレが描く新たな世界秩序の中にリンガットの席は用意されていない。
今回の戦いでクーデター軍を倒せたとしても、周辺のコロニーの反感を買い包囲された状態のビックツリーに未来はない。離反者や残党によって滅ぼされる未来は避けられなかっただろう。盤面に於いて、リンガット・ビックツリーという駒は、いずれすり潰される存在でしかない。ならば、適度に支援しつつ、リンガットを倒すために集結し、あぶりだされた反攻勢力をホープの主力が叩けばいい。負けた場合も同様だ。リンガットという重しがなくなってから、のこのこと集まったところを同じように叩けばいい。
「初めて会ったときから、アレには価値を感じなかった。それはアニモもわかっていただろう。境遇には同情するけれど、それを差し引いてもどうしようもない愚物だったよ。」
「確かに、己の器を知らぬ子どもがそのまま大人になったようなやつでした。」
「そうだよ、まあ、それなりに利用価値を見出すことはできたけど、失って痛いモノではない。むしろビックツリーの貴重な木々を守る意味では継げ変える必要もあったからね、その手間が省けたと思えばいい。」
「そうでしたか・・・。」
アレに為政者の器はない。それどころかデコイとしても使えなかったことも、ゼーレにとってはどうでもいいことだ。いくらでも代えの効く存在である。
「ですが、兄上、今回の一戦。クーデター軍の損害は軽微です。離反した部隊も合流した場合、スケジュールの進捗には若干の影響が懸念されるかと。」
「そうなのかい。」
ゼーレは先の戦況のデーターを確認することにした。アニモから渡された端末を動かし戦闘の推移を確認し、残った駒と敵を確認する。確かに弟の指摘通り、こちらと相手の被害の収支があっていない。はっきり言えば、大損である。ここまで無能だったのかと驚きつつ、敵の優秀さが素晴らしかった。
「素晴らしい。これは敵の戦力を再評価する必要があるね。きっと彼らは優秀だ。」
「は、はあ。」
そもそもとして、ゼーレはリンガットの勝利を信じていなかった。作戦を立案した部下や弟には申し訳ないが、負ける確率が高いと思っていた。だが、ゼーレの予想以上に敵が残ってしまった。これは残念でもあり、喜ばしい事だった。思った以上に敵に歯ごたえがある。脅威ではあるが、今後が楽しみになってくる結果だったとも言える。
「彼にはもう少し期待していたんだけどなー。」
まあ、それも誤差の範囲。ゼーレの描くシナリオには狂いは生じない。
「兄上、一つだけよろしいですか?」
そんなことを考えていると、アニモがふと口を開いた。その声はわずかに緊張していた。兄弟なのだからもう少しリラックスして欲しいと思うが、仕方ないとも思う。
「兄上は、リンガットと出会ったときからこうなることを描いておられたのですか?」
「当然じゃないか。僕には未来が見えている。」
未だに自分の境地に至れない弟が不甲斐ない。だが、それでも兄を支えようともがく弟の健気さが可愛い。
複雑な顔で、自分の言葉を待つアニモに対して、ゼーレはどう言葉をかけるか楽しく迷った。
その時にはすでに、リンガット・ビックツリーの存在は彼の記憶から消去されていた。いや、そもそも存在していなかったかもしれない。
原作・・・環境が不憫だが、使えそうにないのでいい加減にすり潰そう。
本編・・・なかなか優秀で、素晴らしい。どう利用したものか。
がっつり黒幕でした。
EX回は 原作の 軌道戦器「ハーモーニーサウンド」の世界観です。本編とのギャップをお楽しみください。しかし、今更ながらなんでこんな尖ったネーミングしたのか・・・。
補足
ゼーレとホープは全コロニーの支配者を自称しているため、反抗勢力を支配者に対するクーデター軍と呼んでいます。




