1 アフタスペース290 地面に落ちれない感覚というのは初めてだった。
覚醒の瞬間は、突然に
地面に落ちれない感覚というのは初めてだった。
上を見ても、下を見ても地面、だというのに自分の身体はそこに留まっている。
「ここは、どこだ?」
浮遊感に茫然自失になりながらつぶやいた一言とともに、頭がやすりでこすられたかのような痛みに襲われた。いや、やすりでこすられたことはないんだけど、感じた頭痛を言語化するならば、やすりだった。頭の中をゴリゴリと削られているような感覚。そして同時にいくつもの情報が浮かんでは消えていく。
「ああ、くそ。頭いてえ。」
ここがコロニーの回転軸の中心であること。
この場所に留まれたのは空調や遠心力や体重などの要素が加わった奇跡的な結果であること。
10秒後には7時方向に向かって足から落下し、48秒後には緊急用のエアクッションによってキャプチャーされて、ケガ一つなく救助される。
加速する視界の中で、自分の状況と今後の展開が素早くはじき出される。例えるならば検索エンジンで答えを探しているようなものだろうか。安全の担保と残り時間が分かると不思議と身体が落ち着き、熱が引くように頭の痛みもなくなっていく。
だが、同時にこの状況を理解できない自分がいる?
ここはどこだ。僕は誰だ。
自分の状況や、落下速度などは分かるのに、そういったパーソナルな情報が入ってこない。
これが、この世界の一部の人間が覚醒するESP(超感覚的知覚)と呼ばれる能力であり、このとき、僕はそれが人生初の発動であったことをまだ知らなかった。
「リンガット様。」
そんなことを思っていると不意に何かに抱きしめられる。慌てているのか、つぶれるんじゃないかってほどの力で顔が何か包まれ圧縮される。もう少し客観的に状況を判断できたなら、それが女性の胸部で男としては夢のような状況だと気づけたかもしれないけど、そんな場合じゃない。
緊急時の人の腕力というのはバカにできない。心臓マッサージであばらが折れることもあるが、僕を締め付ける力はそれ以上に強く危険だった。このままでは助かる前に全身の骨が大変なことになりそうだ。
「た、た。」
「大丈夫です、大丈夫です、大丈夫です。」
だめだ、聞いちゃいねえ。
浮遊感が不意になくなり、俺は視界が分からないままに足元から引っ張られ、同時に俺を拘束する力も強くなる。やばい、いい感じに首がしまった。もしかしてだけど、どさくさに紛れて僕を亡き者にしようとしてない?そんな疑いが浮かぶぐらい力強い抱擁だった。
「苦しい。」
「我慢してください、必ずお守りしますから。」
「だ、だいじょうぶ、だいじょうぶだから。」
あと35秒で緊急用のエアクッションにキャプチャーされて、無傷で降りられる。それが分かれば彼女も落ち着いてくれるだろうか?
「え、エアクッションが間に合うから、大丈夫。」
残り25秒。その指摘をするまでに10秒ほどかかってしまったが、相手には届いたらしく拘束する力がわずかに緩む。落下速度はあがり、風がビュービューと当たるが、しっかりと抱きしめられているので寒くはない。むしろ心地よいぐらいだ。
「え、へっ。」
「あと20秒もしないうちに助かるから。」
まだ、パニックから抜け切れていない相手を気遣い、俺はあえて脱力して身を任せる。そんな様子に相手も緊張が解けて、拘束がゆるんだ。今更ながら、力を籠めすぎてしまったことに気づいてくれたようだ。その隙に顔を動かして呼吸と視界を確保する。うん、胸部でがっつり頭をのせる感じになるけど、これは致し方ない。
「リンガット様、大丈夫ですか。」
「うん、大丈夫だよ。スーザン。」
泣きそうな顔で俺を見下ろす彼女を安心させるために、笑顔を浮かべて見せる。
彼女はスーザン。最近侍女見習いとして雇われたお姉さんで、僕の専属ということになっている。どういう経緯で雇われたか知らないけど、まさか命がけで助けてくれるとは思わなかった。
「ありがとうね。」
「い、いえ。」
残り5秒。どこかからレーザーでロックオンされ空気の砲弾が放たれる。落下の衝撃を相殺し、荷物や人命を守る。人工重力下や無重力化の安全装置としてポピュラーなものだ。
宇宙空間で空気を使うのはどうかとも思うけど、下手にクッションなどを作るよりも気圧の調整を研究したほうがコスパが良いとかどうとか。
「うぐ。」
わずかな衝撃とともに、身体が受け止めらる。まるで強風にあおられたような感覚だが、落下速度は調整され、このままゆっくりと地面へと降りられるはずだ。
「リンガット様、お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど。」
柔らかな地面に着地し、スーザンに御礼を言って離れる。地面のありがたみを感じつつ、身体に不調はない。あるとすれば突然の情報量による混乱と頭痛だろうか。
「し、しかし、顔色が。」
「う、うーん。でも大丈夫、これあれだ。たぶん覚醒だから。」
「えっ?」
ふらつく僕を心配するスーザンを安心させるために、笑顔を作って答える。
「ま、まさか。まだリンガット様はまだ7歳のはず。」
「そうだねー、普通よりはちょっと早いかも。でもそうとしか思えないんだよね。」
「おめでとうございます。さっそくお館様にご報告を。」
「その前に安否を連絡しようねー。」
驚いたり、喜んだりとゆかいなスーザンの様子を微笑ましく思いながら、僕は次の指示を冷静に考えなければならかった。
落下の様子は管制塔もモニターしていたはずだから、救助は6分24秒後に訪れるだろう。マニュアル通りならレスキューチームと保安要員がチームを組んでくるだろうけど、僕の立場を考えるともっと大勢かもしれない。
そうなったら、まずは「覚醒」した事実を告げて、騒ぎにしないといけない。でないと事故を起こした職員たちと近くに居ながら守れなかったスーザンが攻められてしまう。
それこそ、僕がどんな言葉を言うかで彼らの運命が決まってしまう。
7歳の子供らしく恐怖で癇癪を起してはいけない。この頭痛にも耐えて、今は最適なやり取りを考えないとならない。自分の言葉の重みを理解しないといけない。
それはそれとして、この状況で僕は非常に困惑していた。
自分が今いる場所、記憶、周囲にいる人間、アニメ、劇場版・・・設定資料?
安全が確保されたことで、そう言った情報が目まぐるしく脳内を駆けまわり、僕という存在を再構築されていく。
「解析」と呼ばれる僕のESP。一般的な覚醒要素で、ただ情報や状態を視覚化するだけの外れ能力と言われていたけど、それは間違いだ。
パズルを組み合わせることで、「僕」と「リンガット・ビックツリー」の人格は、歪ながらも拒絶することなく、整理し最適化されて統合されていく。
自分が自分でなくなっていくのに、それが理解できてしまう、今の僕は、「僕」なのか、それとも「リンガット」なのか、本来ならば人格が狂いそうになるけれど、僕のESPはその異常を正常なものとして最適化している。ただ、一体なぜこうなっているのか、その答えだけがない。
いやいや、落ち着こう。
状況をゆっくり整理したい。そう思うときほど、事態は急変するもので、鈍い頭痛とスーザンの気遣いを待っている間に救援隊が到着してしまった。
「リンガット様、こちらへ。」
「メディカルチーム、こっちだ。」
バタバタと集まる彼らは、真っ先に僕の下に集まる。僕が幼きリンガットであれば、ショックと頭痛で癇癪を起して、不満と理不尽をまき散らしていただろう。だが、彼の中には僕がいる。
「僕は大丈夫、スーザンのおかげでケガ1つないよ。それよりも観測台は大丈夫だった。」
「そ、それは、現在確認中で。」
「たぶん、手すりの接合部が劣化してたと思う。トラブルマニュアルのLー28の項目に該当すると思う。他の箇所も可能性があるから、君は、緊急メンテをオーダーして。」
「は、はい?」
「それとそこのあなた、僕を庇ってスーザンは右足を痛めてるみたいだから、確認を骨は大丈夫だと思うけど念のためにスキャナーをして。」
「はい。」
混乱する場面において大事な事は名指しにすることだ。火災や事故などの場面では状況への混乱と集団でいることによる安心感から「誰かがやるだろう」という心理が働いてしまう。火事などの現場で誰も消防に連絡をしないなんてこともある。
大事な事は、名指しにしつつ、堂々と的確に簡潔に指示をだすこと。
「小隊長、管制塔と連絡を取ってください、僕の安否の報告とトラブルを起こしたお詫びをしたいです。」
「了解です。すぐにおつなぎします。」
自身が事故にあったにも関わらず、冷静で堂々と指示をだす姿をみた、当事者たちは後々、僕の事を高く評価してくれ、その後の僕の目的に大きな助けとなる。
が、その時の僕にはそんな余裕などなかった。次々と浮かぶタスクをこなし、事故の収集をつけながら頭の中にはただ一つの疑問がずっと残っていて、正直ほとんど覚えていない。
「なんでよりによって、リンガットなんだよ。」
最も好きな作品で、最も嫌いなボンボンキャラ。なぜかは知らないけど、どうやら、僕はリンガット・ビックツリーとなってしまったらしい。
ロボット者の悪役に転生というコンセプトの新作です。
新作なので今日は2本投稿 以降は二日に一話ぐらいのペースで投稿予定です。
パート10ぐらいまでは前情報なので、ロボット要素はないかもですが、お付き合いいただけるとありがたいです。




