14 アフタスペース291 危ない事は人任せにしました。
視点がリンガットではなく、アルさん視点です。
宇宙には無限の可能性がある。
地球の重力から解放された宇宙空間で見る星々の輝きはその一つ一つに新たな冒険や希望の可能性を秘めており、人々の心を惹きつけて離さない。見上げるだけだった遠い世界は、太陽光パネルと縮退エンジンによってがんばれば届く場所となった。少なくとも地球の軌道圏と火星、木星圏までの有人飛行は成功している。
そんな宇宙時代に置いて一番の花形は船乗りだろう。コロニー間での物資輸送や小惑星群や未開拓領域の探査など、大小さまざまな船が宇宙を綺羅星のごとく走り回っている。
「やっぱ、宇宙はいいな、最高だ。」
数年ぶりの宇宙の光景は、変わらず俺を熱くした。
俺ことアル・リヴェルソは、船乗りの両親のもと、中型の貨物船で生まれた船生まれだ。宇宙船の加速をゆりかごに、縮退エンジンの重低音を子守歌に育った生粋の船乗りだ。
だが、14歳の時に船が事故にあってしまい、家族や仲間は死んでしまった。それ以来船には乗れてなかった。
いわゆる沈没孤児と呼ばれる連中は割と多い。船は一隻あれば多くの人間の食い扶持を稼げる。ゆえに船が事故ったり、破産したりすれば多くの船員が路頭に迷う。船が生活の基盤であり住居でもあることが多い船乗りにとって、船を失うということはすべてを失うに等しい。大人で、相応の技術と経験があれば別の船に乗ることもできるが、底辺からの再スタートで出世は望めない、それだって狭き門だ。船に乗れるだけでもありがたい。大半は俺のように流れ着いたコロニーのスラムか非合法な組織で食い扶持を稼ぐしかなくなる。
そんな夢も希望もない日々が4年ぐらい続いたある日、俺の人生に転機が訪れた。
「すげえな、エンジンは中古だけどセンサーやディスプレイは最新型。生命維持装置も最高グレードじゃないか。」
「わかるんだ、流石だねー。」
案内されたコクピットのグレードの高さに感動していると、坊ちゃんことリンガット様はその姿に感心してくれた。仲間ですら、俺の船マニアっぷりには呆れるというのに、この人は分かっている。
「スラムに落ち着いてからも、情報収集とシミュレーターは欠かさなかったからな。それに昔から目利きには自信があるんだ。」
「そっかー、流石だねー。」
ニコニコと無邪気に笑っている姿はお子様のそれであるが、この人は、このコロニービックツリーの領主様のお孫様で、俺たちに最新の宇宙船を貸し出してくれた恩人でもある。
2か月前、スラムに大量の物資を寄付した坊ちゃんは、その後も定期的な物資提供を確約してくれた。過剰生産分だとか、需要と供給だとか色々と言っていたが、スラムの人間たちからすればもらえるだけでもありがたいものであり、多くの人が坊ちゃんに感謝した。色々と物を恵んでくれる金持ちたちはいたが、一時的な同情か、何か裏があることが多かった。対して、坊ちゃんは支援そのものに利益があることや、見返りを明け透けに言うので、その人柄も信頼できるものらしい。
その時にちょっとした縁があり、坊ちゃんは俺たちのグループにちょっとした仕事を任せてくれるようになった。住処にしている倉庫の監理業務からゴミ回収業者の案内、違法業者の調査など役人さんがするにはちょっとばかし面倒な仕事だったが、報酬もしっかりとくれた。
そういった積み重ねの先に、今回の船の貸し出しと小惑星群の調査の依頼だった。
「ほんとにいいんですか、船舶免許は持ってますけど、何年も乗ってませんよ。」
「その年で一級船舶免許を持っているのにフリーにしておくほうがもったいないじゃん。」
何か依頼のおりに世間話程度に話していた身の上話を信じてくれたことはうれしいが、自前の船で小惑星群の鉱物資源の調査を依頼するのは酔狂だと思う。
小惑星群というのは宇宙に無数に存在し、そこにある鉱物資源やエネルギー源の確保は、宇宙時代では貴重なリソースだ。しかし、当たりの星がどこにでもあるわけでもない。むしろクズ石ばかりの外れを引くことが多く、宝くじを当てるようなものだ。しかも未開拓地域となれば地図もないし、万が一のときにコロニーに救援を頼むこともできない。事前に情報がなければ、船をどぶに捨てる覚悟で行う、命がけの仕事だ。
それでももう一度、船に乗れるならと、俺は快く依頼を受け、今ふたたび宇宙にいる。
「おいおい、ホントに大丈夫なのか。」
「安心しろ、ここならまだコロニーと通信が入る。それに調査だけだから危険な事はない。センサーが赤くなったら教えてくれ。」
「わ、わかった。」
サブシートでクォータが怯えていたが、これはしょうがない。こいつはコロニー育ちで、宇宙船に乗るのは初めてらしく。シートにしがみついてキョロキョロと視線を泳がせていた。
そんな奴に任せているのは船の状態のモニターだ。気密性や装甲の状態やエンジンの調子などをシステムが総合的に判断し、航行に支障があった場合は教えてくれるというものだ。ビビりなこいつならわずかでも変わったらすぐに教えてくれるだろう。
真空、無重力、超低温、おまけに危険な放射線と人間にとっては過酷すぎる環境である。わずかな故障や違和感でもすぐに対応しないと命運が分かれる。だからこそ、サブシートを任せられるのは、慎重で賢いクォータだ。
乗組員は俺たちを含めて4人。坊ちゃんとどこぞの博士も同乗したがっていたけど、初乗りなので遠慮していただいたよ。ヘマをする気はないが、初乗りの宇宙船に乗せるにはVIPすぎた。
「きれいだなー。やっぱり宇宙はいい。」
「がははは、アルの坊主は分かっておるなー。いかに危険でもこの美しさは人を惹きつけるのじゃ。」
そう言って笑うのはノホ爺だ。スラムでジャンク屋をしている爺さんだが、元もとは造船コロニーである「ノア」出身のメカニックで、船乗りだったらしい。元船乗りとして顔なじみではあったが、今回の調査に際して俺と同じく坊ちゃんにスカウトされたらしい。船の操舵だけなら、俺とクォータだけで充分なのだが、宇宙船を運航するならば、メカニックも載せるべきとのことだ。
「正規の人員を雇うと高いじゃん。だったら腕前と人柄が保証できる人にいい船を任せた方がお得でしょ。最悪何かあっても、自己責任ってことで片付けられるしね。」
明け透けに言われたときは笑ってしまった。たしかに非合法や私的な理由で船を運用するときに、スラム出身者や犯罪者を船員に雇うことはあるが、それを本人たちに言う雇い主は普通はいない。まったくひどい雇い主様だ。
「それでも、船を貸してもらえるって喜んでたのはお前さんだろ。わしとしても久しぶりに船に乗せてもらえたんだ、ありがたい話じゃ」
「しかも最新装備でな。」
この宇宙船、エンジンこそ中古のそれであるがフレームから各種パーツは新規作成らしい。個人が用意できるレベルでは最上級の船と装備を貸してくれた。それこそ持ち逃げしたら一旗あげられるレベルの豪華さだ。
そんなことをして、坊ちゃんの期待と信頼を裏切るなんてことはしないけどな。
無邪気にこちらを信用しているようで、今までの仕事でも、万が一があったときの保険とかはしっかり用意してある。俺たちを雇ったのも、自分自身の道楽と言う名目で他の船乗りや役人に文句を言われないためなのだろう。
それでいて、今回もGPSや監視システムはがっちり搭載されているし、監視の人員もつけられている。
「不埒な真似をして、リンガット様の期待を裏切らないように。」
「分かってるよー。依頼には全力で取り組むって。」
通信士がいないということで、坊ちゃんが貸し出したメイドさんは、鋭い眼光で俺達を監視していた。少しでも翻意を示せば瞬く間に制圧する、その眼光とたたずまいは言わずともそう主張していた。
「通信士がいない?それならスーザンを貸してあげるよ。万が一トラブっても彼女が居れば対応できるし。できるよね?」
「お任せください。」
そう言って快く送り出してくれたけど、船に乗ってすぐに船のシステムを掌握し、オペレーター席に陣取ってしまった。友好的な坊ちゃんはともかく、この女は欠片も俺達を信用していない。
「まったく、正規の警備隊でも船団でも、命令書一枚で、いくらでも動かせるというのに。」
「それな、俺もそう思うわ。」
「確度の低い情報で、コロニーのリソースは使えないというお考えです。この船もあなたたちへの報酬もリンガット様のポケットマネーから出されています。」
「ははは、それは坊ちゃんに損をさせないようにお仕事がんばらないとな。」
「当然です。きりきり働いていただきますよ。」
これは手を抜けないなー。
呉越同舟、旧時代の言葉らしいが船の上の全員が仲良しこよしというわけにはいかない。だが、宇宙において余計な仲違いや足の引っ張り合いはしない。そいつの事情や能力に応じた役割を割り振るのは船長の腕の見せ所ってわけだ。
まあ、癖は強いけど頼れそうなメンバーだと思う。よほどのことがなければ依頼はこなせるだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「なんで、こんなところにアリの巣があるんだよ。」
「さすがは、リンガット様です。」
「いや、そういう問題じゃないからな。」
レーダーに映る無数の金属反応。小惑星群に近づきセンサーを起動した直後、俺たちの船は無数のアリたちに囲まれた。レーダーにはただの丸で表示されるが望遠カメラに映る映像は旧時代、地球に住んでいたアリと呼ばれる虫にそっくりな生物の群れだった。サイズは3メートルから5メートルほど、ガチガチと顎を鳴らしながら、背中に生えた羽で、こちらに向かってゆっくりと近づいてきている。
「なるほど、アリの巣の可能性があったから、事前にわしらを送ったわけか。あの坊主、やり手じゃのう。」
「何十年ぶりの遭遇だ?」
「たしか40年前じゃのう、わしが現役の時に甲殻を研究した記憶があるぞ。」
「ははは、こいつはお宝だな。生きて帰れたらだけど。」
スペースアント。こいつらは小惑星に住み着いている化物で、石でも金属でもなんでも食べる。それらを使って硬く軽い甲殻を作り上げる。真空の宇宙空間でも生き残れるのは謎だが、何十年に1回ぐらいこいつらの巣が発見される。そして、こいつらはその甲殻が貴重な素材であると同時に巣のある小惑星群は貴重な鉱物がとれる大鉱脈。この情報を持ち帰れば坊ちゃんは大儲けだろう。
持ち帰れればだけど・・・。
別名「船食い虫」 船乗りたちの間ではおとぎ話として語られるこいつらは、動きこそ宇宙船に及ばないが、宇宙船を捕捉すると、どこまで追いかけてくる上、金属でもエネルギーでも喰らい尽くす。まともな準備もなしに遭遇したら、まず助からない。行方不明になった船は、アリに食われたのだと言われるほどだ。
逃げるには全力で船を飛ばしつつ、近づかれる前に迎撃するしかない。操縦は俺がすればいいとして、もう一つの要は、メイドさんことスーザンが握っている。いや、こいつなら大丈夫かな、めっちゃ自信満々だわ。
「がははは、なるほどこいつはいい鉄だ。おいレーザーは使うなよ、弾かれてどこへ飛ぶかわからん。」
「まじかよ、どうするんだ。」
「問題ありません、リンガット様は実弾を用意してくれています。」
「おまえなあ、この数、しかもこの距離で実弾なんて当たるかよ。」
宇宙船には自衛のための火器が標準装備されている。だが、そのほとんどはレーザーや電子パルスなどの光学兵器だ。熱によってデブリや隕石を焼き切ったり、パルスから発生する電磁波によって他の船の電子機器を麻痺させたりなのだ。ミサイルやレールガンなどの実体兵器も存在するが、コスパが悪く普通は積んでいない。またまっすぐに飛ぶ光学兵器と違い、実弾は弾速も遅く、軌道には癖があり、至近距離でもない限りまず当たらない。
「当たる?当てるのですよ。」
そんな癖のあるレールガンの一撃が、アリの頭を次々と撃ち抜いていく。
「おいおい、マジかよ。なんで戦闘機動中の船からあんなピンポイントで撃ち抜けるんだよ。」
「目がいいんですよ。それよりももっとまじめに運転してください。なにをまっすぐ飛んでるんですか。」
「はっ、遠慮する必要はないみたいだな、げろっても文句言うなよ。」
射撃に配慮したオートマな運転から、マニュアル運転によるジグザク飛行に切り替えて、アリたちを振り切るために加速させる。それでも、一部のアリには近づかれるのだが、射程に入った瞬間に頭が打ちぬかれていく。まるで魔法のような光景だが、それを為している本人は淡々とボタンを押しているだけ、わずかに銃身の角度をいじりながら次々と敵を撃ち抜いていく。
「アリの頭をつぎつぎ撃ち抜いておるな。すごい腕じゃ。」
「頭を撃ち抜けば、たいていの生き物は死にますので。」
「そんなわけあるかー。」
「素材としてもたっぷり残るな。」
「それどころじゃねえっての。」
ホコリをかぶったような資料では、アリを相手にするときは実弾による射撃が有効とあるが、それは、牽制して逃げるためとある。だというのにこの女はすでに20体近いアリを葬っている。
それでも相手の数はわずかに減ったのみで、まだまだ多い。それでもこの密度なら逃げ切れるだろう。
「はい、遭遇しました。わかりました、では予定のポイントに誘導します。」
「おい、なんだ、予定ポイントって。」
「事前のブリーフィングにあった救助ポイントだろ。コロニーの守備隊が待機している場所だって。」
「ああ、そういえば、そんなことを言ってたな。」
万が一、何かに襲われた場合は、そこに逃げろ。坊ちゃんは依頼の時に言っていた。てっきり宙賊のたぐいかと思っていたが、まさかこんな不思議生物と遭遇した場合を想定していたとか?
「ありとあらゆる可能性を想定して準備されていたのです。貴方たちの安全保障のために。」
「そいつはありがたいねー。」
次々とアリを撃ち落としながら、スーザンはどこかうっとりとした顔で虚空を見つめていた。考えているのはあの坊ちゃんのことなんだろうけど、ちょっと怖い。
「というわけで、指定座標に向かいます。」
「はいよ。」
そこは、できますか?と尋ねるとこじゃないかな。あるいは先に何があるか説明するとかじゃないの?いや、今は坊ちゃんを信じよう、あとはお互いの腕が分かればいい。
覚悟を決めた俺は、マップに記されたポイントに向かってアリの群れを引き連れながら船をさらに加速させた。
せっかく貸してもらった船だ、傷一つなく返さないとな。
他からみた、リンガットへの評価と、宇宙生物な話でした。
次回はリンガットの視点に戻ります。




