10 アフタスペース291 支援とか募金には裏があるものです。
為政者として動き出すリンガット様
コロニー運営に於いて、スラムを完全に排除することは不可能だ。いくら社会や技術が進歩してもセーフティーネットは完全ではなく、こぼれ落ちていく人達がいる。むしろ、宇宙は死と隣り合わせの場所だ、作業員や船乗りが朝出かけて、帰ってこなかったなんてことも珍しい話ではない。残された家族が当人たちが充分な保証を受け取れずに所在不明になるなんてこともよくある話だ。
「ビックツリー」のような元々の地球に近い社会システムなコロニーはこの傾向が特に強い。開発の都合で、生まれてしまう利用価値の低い土地に、貧困層の人達やほかのコロニーからの移民などが集まり、独自のコミュニティを作っている。
彼らの事情や志は様々で、公の場に出たくてもでれない人間もいれば、スラムという匿名性の中で生きることを望む人間もいる。コロニーの役人たちは空気や水といった最低限のインフラを与えてるだけで、社会的な補償はしない。その代わり、彼らがいることを黙認している。
そうすることで、低コストで治安を維持しているのだ。
度が過ぎる行為をすれば、放逐されることを理解しているので、スラムの人達は、大人しくはしているし、スラムに不穏分子がいれば、自分たちで排除してくれる。法律や倫理ではなく社会集団を維持していく上で生まれてしまう異分子の受け皿であり、自浄作用なのだ。
「スラムに手を加えたいのか。」
「はい。」
「覚悟はあるか?」
「もちろんです。」
「うむ、計画も無難なものだ。やってみるといい。」
清濁併せ呑む覚悟。僕の計画を聞いたお爺様は、そうやって覚悟を問いてきた。当然だが、そんなものはない。ただ、目的のためなら何でも利用する覚悟はある。
そのためにはスラムと、そこにいる人材の確保は外せないので、僕にためらいはない。
スラムと呼ばれる旧市街地と市街地の境目、そこにはいくつものコンテナが並べられ、スラム側に向かって扉が開かれていた。
「な、なんだこれは。」
「すごい数の食い物だ。」
「食い物だけじゃない、酒も服もあるぞ。」
「こっちのコンテナは医療品だ。助かる、痛み止めが切れてたんだ。」
コンテナの中には食料や衣料品などの生活物資。コロニーで生活していれば普通に手に入るものだが、スラムの人たちにとっては貴重品だ。特に新品の衣服は彼らにとってはかなりの貴重品である。
「なあ、お役人様よ。これはどういうつもりなんだ。」
「事前に通達された通りだ。領主様代行であるリンガット・ビックツリー様による新たな政策だ。これら物資は過剰生産による廃棄予定品で、このたび、君たちスラムの住人への支援物資として提供されることになった。」
「廃棄予定?どうみても新品だろ?」
「すまんな、偉い人の考えは俺らにもわからん。」
コンテナを運び込んだ制服姿の職員たちに、恐る恐るといった感じで語り掛けるスラムの人々、まあ、こんな状況だと罠とか何かを疑うよね。彼らほど、ただより高いモノはないことを知っている人もいないわけだし。まあ、この反応は予定通りだ。
「はいはい。今一度説明するけど、これは廃棄予定の品だから、どうぞ好きにもっていってね。」
そんな中、スピーカーと各地に設置されたモニターを通して、僕は直々に説明する。
「どういうことと思う人もいると思うから、改めて説明、いやその前に自己紹介かな、どうも、現領主であるレイウッド・ビックツリーの孫のリンガット・ビックツリーです。今回の政策の仕掛け人です。よろしく。」
あえて子供っぽくふざけるのも慣れたものだ。不信感を隠そうとしないスラムの人たちの視線も。
「うわー、めっちゃ警戒されますよ。リンガット様。」
「だろうねー。」
ジルオールから不穏な報告を受けつつも僕は怯まない。
「知っている人は知っていると思うけど、僕はサイト40の再開発に成功してね、そこの運営をお爺様から一任されている。そこでは、試験的に様々な生産実験を行われているけど、つい先日、コロニーでの生産力の限界をテストしていたわけ。」
言いながら端末に映し出したのはサイト40の光景だ。果樹を中心に畑や工場設備が並ぶ街並みは、ミニツリーといった感じだけど、最新だったり実験的だったりする設備をバンバンいれたので、その生産力は高い。水と空気以外の様々な物が次々と作られる光景は、ここにある物資の山に説得力を持たせられるだろう。
「見ての通りの大豊作でね。今後のかなりの生産力が期待できる。でもね、これをそのまま市場に回すと各種商品の値崩れが起きてしまう。そうなると、困る人達がでてくるんだ。特に今回は実験だからね。ここにあるのはイレギュラーな製品ってわけ。やりすぎちゃった。」
「はあ?」
「なるほど。」
反応は、疑問と納得が半々といったところだ。
豊作貧乏。作れ過ぎてしまった結果、市場価格が生産コストを下回ってしまう状態にサイト40はなっているのである。これらの物資をそのまま市場に流すのはまずい。売るよりも廃棄したほうが収支的にはプラスになるレベル。
だったら、それをスラムの人達に提供して、人気取りをする。
至極まっとうな経済的判断である。
それが理解できた人達が物資を漁りはじめ、それを見て他の人達も徐々に列を作り始めた。
「おい、欲張るな。必要な分だけもっていけ。」
「医療品は先生に判断を任せろ。酒は俺が。」
「おいおい、独り占めはずるいぞ。」
「うちの倉庫なら冷蔵できるんだよ。」
多少のいさかいはあれど、ほとんどが列を作ってお行儀よく物資をもらっている。こういった倫理観やルールを守れるのは宇宙時代といったところだろう。まあ一部は横流しとかするだろうけど、ここに集まった人たちが満足するに充分な量を確保してある。
「これまた、スゴイ規模ですなー。先代様もスラム支援はされていましたがこれほどの規模は初めてですぞ。」
そんな光景を一緒に見ていた役人のおじさんは、彼らと僕を見比べながらそんな感想を漏らした。
「そうだよねー、捨てるよりはマシとはいえ、これだけの量の物資を放逐しているんだもん。お爺様への言い訳を考えるのは大変だったよ。見てよ、これ。」
「ほう、これはこれは。リンガット様は思いきりましたな。」
支援物資の目録を見せると、役人のおじさんはにんまりと笑った。彼にはカラクリがわかっているのだろう。
物資やリソースが限られるこの世界において、生産量を誤魔化すことは重罪だ。だが、過剰分をスラムの人間などへ寄付して、最終的な出荷量を調整することは合法である。そうやって過剰生産や失敗を誤魔化すことは良くある話だ。
そんないわくつきの品であっても品質は正規品と変わらない。妙な物が混ざっていても、スキャナーや検品の知識はスラムの人達にだってある。警戒はしつつもありがたくもらってくれるだろう。
だが、それは表向きの話。
「これだけの支援となれば、サイト40はほとんど利益なしですなー。」
「もともと儲けるつもりはなかったからね。あっでも、ちゃんと自分たちの分の利益は追求していいからね。」
「まったく、口がうまいですなー。」
過剰生産は本当の話である。しかし、解析さんや優秀なジルオールがいる僕がこんなミスをするだろうか?否である。意図的な大量生産であり、過剰生産だ。ここにあるのはその一部でしかない。
あとはわかるね?
「まあ、うまいことやってね。ばれたらめんどうだから」
「そうですね、現在一部の商品は品薄ですからね。まあ、慣れておりますのでご安心を」
まったく食えないジジイたちだ。
スラムに物資提供をさせて出荷量を調整しつつ、一部のピンハネを黙認する。この役人を含めサイト40に協力してくれている人達は支援物資に提供したフリをして、税金に関与しない物資をこっそり懐に収めている。あとはそれぞれが持っている独自のルートで儲けている。その収益についても追及はしない。思いっきり違法な取引であるが、やばい商品とか機密情報に手を出されるよりはマシなので、お爺様も納得してくれるだろう。
スラムの人達は生活水準が上がり、役人たちは懐が潤う。僕は彼らに恩が売れる。いいこと尽くしだ。法的とか倫理的とかの問題は知らんけど。
「リンガット様は、為政者の鏡ですな。」
「お爺様や歴代の領主の記録で勉強しているからな。」
「ははは、我々としては安心して仕えられますぞ。」
清廉潔白なんてものは言葉だけだ。善意だけ回るほどこの世の中は甘くない。僕としては、9年後の身の破滅を避けれればそれでいい。
「なあ、あんた。」
そんなことを話していたら、スラムの1人がふらっと近づいてきた。とっさにスーザンの目つきが険しくなるが、手で制して先を促す。
「なんで、こんなことをする。俺たちに恵んで、いい人気取りか?」
「人気取りじゃなくて、いい人じゃないかな?普通はこんなことしないよ?」
「何を企んでいる。」
僕に対する不信感を隠そうとしない彼の態度に気を悪くするどころか、笑みが強くなった。この施しに疑問を挟み、なおかつ僕に直接聞きにきた度胸は、流石の一言である。
こういう人材は大歓迎だ。何より彼らしい。
リンガット「良い人になるとは言ってない。」
ジルオール「面白い人だなー。」
スーザン「傍に控えてました。」
スラムといっても、宇宙な世界なので、見た目はきれいだし教育はきちんとされているのです。




