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渡辺さんは少女ですが?  作者: ペロキシダイズドエーテリック


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7/9

渡辺さんに家族ができますが?

渡辺が目を覚ますと、見知らぬ天井と、カーテンレールが目に映った。

あたりを見回してみるとそこは病室のようで、となりには随分とげっそりとしている陣が座っていた。


渡辺は起きようとしてみるもなかなかおきあがれず、いつのまにか着せられていた病院服をめくると、腹部に縫い跡があった。

とりあえず死ぬことはなかったのか、と渡辺は冷静な気持ちになった。


ふと、その時陣が目を覚ました。


「……ふぁ…。あ…。」

「おはようございます。随分とお疲れのようですが。」

「わ…渡辺さん…?ほんとに…?」

陣の目は涙を湛え、それは目の下のクマを印象付けるようだった。


「私以外に誰がいるんですか。」

渡辺は依然、冷静沈着だった。

そんな渡辺とは対照的に、陣は何かもの言いたげであった。


「…なんで、一人であんなことしたんですか。」

「それについては申し訳なく思っています。私が報連相をしっかりしていれば…」

「そうじゃなくてっ…。あなた…もう少しで死ぬところだったんですよ…。」

「大袈裟ですね。たかだか数発蹴られただけでは…」

「…内臓、破裂しかかってたらしいですよ…。」

「そうですか。子供の体ってそんなに弱いんですね。」

感慨深そうに渡辺は言ってのけた。


「…まぁ、死んでたら死んでたでしょうがなかったですよ。どうせ何回も捨てようと思ってた命ですし、陣さんが気にしなくてもいいですよ。それに、私が死んだら陣さんもソファじゃなくてベッドで寝られますよ?」

さも明るく楽しいことのように渡辺は語った。


「いい加減にしてくださいよ!!」

ベッドに備え付けてある柵を叩いて陣は怒鳴りつけた。

「どうしてあなたはいっつも抱え込んで、自分でどうにかしようとするんです!もう少し頼ってくださいよ!」


「頼ってますよ…?」

「いいえ!!あなたは何でもかんでも自分一人でやろうとする!!会社員の時もそうでしたよ!『手伝いますよ』って言わなかったら、ずっとひとりっきりで!」


「いや…仕事のお手伝いとか…お願いしてましたし…。」

「俺に言われなきゃやってなかったでしょう!!そんなに自分を大切にできないんですか!?そんなに俺は頼りないですか!?」

陣は悲しい顔をして訴える。


「…いいじゃないですか。」と渡辺は漏らした。


「どうでもいいじゃないですか!!私が死んでも陣さんには関係ないでしょ!!私はせめて生きている間だけはいい子でいたいだけ!!」

涙を堪えながら、渡辺は心中をぶちまけた。


「そもそも本当は!誰にも知られることなく死にたかった!命なんて要らなかった!それなのに…私は…!」

少女になって、生きてみたくなった。死ぬのが怖くなった。それがまた、図々しい。


「私の命なんてっ…どうでもいい!!私は死んで当然なんです!!私が死んでも誰も悲しまない!!死んじゃえばいいんです!!死んじゃえ!!死んじゃ…」

そんな言葉を遮るように、陣は渡辺を抱きしめた。


「もっと自分のこと…大切にしてくださいよ…。」

「い、痛いですよ…。離して…。なんでっ…」


「渡辺さんは俺の家族だからですよ…。」

「……はっ…?意味わか…わかんないですよ…。陣さんは…引き取ってくれただけで…友人関係で…。大体……もともと私には家族なんて…」

涙を流しながら渡辺は震えた声で反論をする。


「一緒に話して、一緒におんなじもの食べて、一緒に屋根の下で暮らしてる。家族っすよ。誰が何と言おうと。」


筋が通っていない、渡辺はそう言おうとしても言えなかった。

自分の命をここまで重く見てくれる人間に、初めて渡辺は出会った気がした。

渡辺は、泣いた。子供のように、なんの躊躇も配慮もなく、ただ、泣いた。




少し落ち着いたのち、両者は再びいつも通りの調子を見せた。


「すみません。少し取り乱しました。」

「いいっすよ。別に。」


「というか陣さん、お仕事は?」

「有給使ってたんすよ、たまってたんで。まぁ、五日間使い続けるとは思ってなかったですけど。」

「…五日も寝てたんですか。私。」

「いや、週末挟んでるんでまるまる一週間っすね。」

「…さすがに寝すぎですね。」

「まぁ、その間に各種手続き済ませられたので、

よかったっちゃよかったすけど。」


「手続き?」

「治療費で保険適用できないのはさすがにまずいんで、戸籍作っておきましたよ。ついでに養子縁組制度使って、これからは俺が保護者になります。」

「…なるほど。何はともあれ、ありがとうございます。」


二人が仲良く話していると、「渡辺さんのお父さーん、ジュース買ってきたよー。」と明るい声が聞こえた。

カーテンをくぐり抜けてきたのは、和田だった。

右手にはレジ袋を持っている。


「あっ!渡辺さん!!よかったぁ!目さめたぁ!!」

「はい。おかげさまで。」


和田は何事もなかったかのように元気にしていた。


「あ、渡辺さん!ジュース飲むっ!?」

と和田がジュースを勧めるのを

「当分は病院食以外禁止だろう。まぁ、お医者さんに聞いてみな。」

と陣はそれを止めた。


途端、陣の携帯が鳴り、陣はそれに対応するために病室を後にした。

病室には渡辺と和田の二人だけが残った。


渡辺は和田から寝ている間に起きた様々なことを聞いた。


あの後倒れた渡辺に代わり和田が通報をしたこと、和田の父親は逮捕され、現在取り調べ中であるということ、その間和田は保護施設に入れられていること、陣が毎日寝ることもなく渡辺のそばに居続けたこと、そして、和田自身の家庭事情についても話した。


和田は小さいころに父親と母親が離婚し、その直後に母親はホストと無理心中をした。

それ以降は父親、和田、そして和田の兄であった『ひなた』とともに生活をしていた。

しかしある日ひなたが病死し、父はひなたの幻を和田に重ねて視るようになったという。

和田は父親の前ではひなたであることを続けた。


男物の服を着て、髪を切り、スポーツ少年のように見せた。

それでも、和田の父親は「そんなのひなたじゃない、ひなたを返せ」と言って、いつも悲しい顔をしながら、和田に暴行をしつづけたという。

そんな父親が可哀想で、和田はずっと誰にも打ち明けられずにいた。

自分だけが苦しむだけで済むのなら、と我慢を続けた。

だから、初めて渡辺が傷に気づいてくれた時、嬉しいと思った。

そして、そんな状況から助けてくれたことも。



「まぁ、渡辺さんにけがさせちゃったし、これぐらいは話しておかないとね~。」

と和田は最後に付け加えた。


「…そうですか。とってもつらかったですね。」

「うーん、まぁね。ちょっとだけ。」

声はいつも通り明るかったが、目は涙ぐんでいた。


「…ねぇ、渡辺さんはなんで私のためにあそこまでしてくれたの?」

「うーん、そうですね…。私に似ていたから、ですかね。」

「え?なにそれ?」

「…せっかくですから、私の過去もお話ししましょう。」

渡辺は、これまでのすべてを語った。


自分は大人であったこと、会社を辞めて心を病んで自ら命を絶とうとしたこと、ある日突然子供になったこと。そのすべてを。


「夢物語に思えるかもしれませんが、すべて本当です。」

渡辺はすべてを語り終え、そう言った。


「マジ…?それじゃあさ………テストとか満点取り放題じゃん!なにそれずるい!!」

和田は相変わらずだった。


「…和田さんの傷を見て、きっと私と同じ傷だと思ったんです。自分を押し殺すための傷。自分の存在を消すための傷。傷のつき方は違っても、きっとこの子は私と同じなんだって。」

「…へぇ。」

「まぁ、自分が大人だから、どうにかしなくちゃって気持ちもありましたが。」


「今は子供だっていうのに、とんだことしたもんだね。」

「自分でも反省はしています。」

「十分にしたまえ。でも、なんかわかった気がするなぁ。初めて会ったとき、渡辺さんがスーツ着てるOLさんに見えたもん。」


そう言うと二人は顔を見合わせて笑いあった。



「はいはい、ただいま戻りましたよ。」

陣がさっそうと携帯電話を片手に戻ってきた。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「いやぁ、上司が『なんで有給五日間も使ってるんだ、納期間に合わないぞ』って。有給の理由聞くのって普通なしでしょ、なし。」

陣がこれでもかと愚痴を言う。


「私が手伝えればいいんですけど、もう外部の人間ですからね。」

「そこをなんとか頼みますよ~。バグ知らずの渡辺さーん。」

「その異名で呼ばないでください、恥ずかしいので。」


あれっ、と和田は、寸劇を行う二人に対して不思議に思う調子で言った。

「渡辺さんって大人でしょ?じゃあ渡辺さんのお父さんって…」

「あぁ、はい。もともとは会社の同僚で、引き取ってもらってたんですが、先ほど父親になりました。」

「複雑な家庭カンキョー!!いや私が言うのもなんだけどさっ!」

和田はおちゃらけた風に言ってのけた。


「っていうか、聞いてるんだ。事情。」

陣が意外そうにしながら、あっ、と何かをひらめいた。

「和田さん、うち来る?」

「きゅ、急だねっ!!随分と!!」


「陣さん!?大丈夫なんですか?」

「大丈夫っしょ。多分。ベッドも結構余裕あるだろうし。」

「まぁ、そうですが…。」

「お父さんが帰ってくるまでの長めのお泊り会だと思えば、ね?」


和田がすこしの逡巡を繰り返したのちに、

「じゃあ、ちょっとの間、お世話になります。」

と結論を出した。


渡辺には、この日、家族ができたのだった。

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