渡辺さんに友達ができますが?
渡辺は苦悩していた。
いや、渡辺はすごく苦悩していた。
なぜならば、期待の転校生にもかかわらず、三日たっても
誰一人として渡辺の近くを寄り付かないのである。
すなわち、友人が、できないのである。
渡辺はその繊細な気質ゆえ、他者とのコミュニケーションに神経を摩耗させる事が多いが、渡辺自身は友達を作りたくないというわけではない。
むしろ、自分のできる範囲でそういった人間関係の努力はするべきだと考えていた。
だが、渡辺は自分から話しかけることが苦手であったし、
初対面の人間とうまく話をつなげることにも自信がなかった。
結果として誰にも話しかけられず、話しかけられることもなく一日が過ぎる、というのがここ三日ほど続いていた。
そういうわけで、渡辺はクラス内で浮いているのだった。
「友達が作れなくて困っている?」
ビールを片手に、枝豆をつまみながら陣は渡辺の話を聞いている。
「はい。陣さんなら何かいい手を知っているかと。」
「んー…作らなくてよくないっすか?」
「それじゃ困るんですよ!陣さんは知らないから言えるんですよ!
あの体育の授業の時の『二人一組になれよ』って指示で一人余った時の絶望を!」
「あー……そりゃ萎えますね。」
「もう…私も今日は飲みます。ヤケ酒です。」
「未成年は飲めませんよ。っていうか飲んじゃだめだし。
しかも渡辺さん酒飲むともっとへこむじゃないですか。」
「くぅ~…酒が飲める体が羨ましい…。」
「大体、友達なんて積極的に行動してればできるもんですよ。
授業とかで一切手挙げないタイプでしょ、渡辺さんって。」
「だって、私なんかが手をあげたところで…。大体、小学生の問題で無双しまくってるイヤなヤツとも思われたくないですし…。」
会社員時代のあなたは完全に無双状態でしたよ、と陣は言いたかったが、
「じゃあ…いっそ孤独を貫いたらどうですかね。」と匙を投げる
言い方に落ち着いた。
その言い方が気に入らなかったのか、渡辺はむっとした顔をしたのだった。
その翌日、渡辺は一心不乱にノートを埋めつづけた。
そのノートにはびっしりと文字が羅列されていた。
渡辺はノートにシステムプログラムを書いていたのである。
それは苦し紛れの一手だった。自らの不安をかき消すように、自らの
得意分野に専念するのは、渡辺の昔からの癖だった。
ふと、渡辺が消しゴムを手に取ろうと思ったその刹那、消しゴムは
渡辺の手元からはじき出され、床へと転がり落ちた。
渡辺が拾おうと手を伸ばすと、もう一つの手が消しゴムをつかみ、渡辺に差し出した。
「はいっ、どーぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
渡辺に消しゴムを手渡したのは、茶色い短髪をし、
男物の長袖の服を着ている活発そうな女の子だった。
彼女はそっと、渡辺のノートを覗いた。
「何書いてるのー?」
「あぁ、えっと…グラフィカルユーザーインターフェイスを
つけた簡易的なカウントシステムを…」
「んー、何言ってるかわかんなーい!」
「あはは…。まぁ、プログラムだよ。パソコン用の。」
「へぇ~。どうなってんの?それ。」
「えーと、こっちでメインループを処理していて、こっちが
イメージ読み込み用の別ファイル。イベント発生と画面更新で順序は…」
彼女はわからないようだったが、耳を傾けつづけていた。
それが、渡辺にとってはとても救いになっていた。
「…ていう感じ。まぁ、通過した自動車の数とかを数えるのに使うぐらいしかないかなぁ。」
「すごい!渡辺さんってこういうことできるんだ!」
「まぁ、これしかできないっていうか…。」
「すごいすごい!あ、私は和田っていいます!和田ひより!!よろしくね!」
「あっはい。よろしくお願いします…。」
それからも、和田と渡辺のやり取りは続いた。
休み時間の度に和田は渡辺の元を訪れ、うっとりとした目で、渡辺のコードを
眺め続けた。
やがて二人はどちらが言うまでもなく、友人となったのだった。
それから少し経って、渡辺にとっては苦悶の時間となる体育の時間がやってきた。
もともと、渡辺は昔から運動神経が良いわけではなく、
球技ではボールに躓いたり、水泳では力尽きておぼれたり、さんざんであった。
それに加えて頼れる友人もいないとなれば、まさに四面楚歌である。
しかし、今日だけは渡辺に声をかけるものがいた。
「渡辺さーん、今日の体育、一緒にペア組まなーい?」
和田が明るい声で話しかける。
「あっ…は、はい。私でよければ…。」
「よかったぁ~。渡辺さんいっつも『私に近づくな』みたいな
オーラ出してるから~。」
「だ、出してますかね…。」
「出てる出てる♪よしっ!さっさと着替えよっ!」
体育の授業の際、この学校では更衣室がないので、
女子は教室をカーテンで二分し、そのうち片方で着替えることになっている。
和田は一目散にカーテンに飛び込み、着替え始めた。
渡辺も和田に続くようにカーテンの中へと入った。
とたんに、渡辺の顔は青ざめた。
和田の体にあったのは、見ることをはばかるほどの無数の生傷だった。




