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玲奈は父親の後を、素人とは思えない適切な距離で尾行していた。電車に乗っている間もきちんと車両を変えて様子を窺っていた。以前にもしたことがあるのかもしれない。例えば、今日のように殺してやろうと考えたりして。
(だけど、あんまり良くないな)と由佳は思った。殺気が漏れ過ぎている。関係の無い、そういった世界に敏感な人間を巻き込みかねない。念のためにランと別れて、両側から監視をし続けた。二十分ほどで父親の目指す駅に着いた。大きな歓楽街。玲奈の家まで電車で十分弱といったところか。父親はどこかの店で夕食がてら酒を飲むのだろうか。その間玲奈はどうするのだろう。同じ店に入るわけにはいかない。と、玲奈は父親の入る店を見届けて、向かいの二階建ての店舗に入った。一階は焼き鳥屋で、二階がコーヒーハウスという不思議な構成だ。
(なるほどね。)
一人がけのイートインスペースのような小さなカウンターが窓に沿ってLの字についていた。玲奈は窓際を避け、ちょうどLの字の内角の部分の席を選んだ。店内の照明は暗めで、明るい飲み屋街のネオンの中からでは、そこに座っているのが誰かなんて見て取ることは出来ないだろう。
「随分クオリティ高い尾行ね~。」と、ランが言う。
「こりゃ何回かやってるわね。」と由佳。
それは、玲奈がこれまでどれだけ思い詰めていたのかということのひとつの証明でもあった。二人は複雑な気分で窓越しに玲奈を見ていた。地面に立っていては誰かにぶつかったりするので、どうせ姿も消しているのだしということで少し浮かんでいたのだ。
父親は二時間ほどで出て来た。やはり飲んでいるのだろう、少し顔が赤らんでいて、表情も緩んでいた。それでも、周囲を歩いている人間の中ではずいぶんしっかりとしている方だったが。玲奈もそれを見届けて慌てることなく距離を取りながら尾行を再開した。
「来る途中に短い路地あったわね…潰れた店ばかりの。」
ランが囁いた。由佳は頷いた。
「十中八九、そこでしょうね。」
繁華街というのは開いてる店が並んでいる通りだけが賑わうものだ。もちろん、深夜になれば人気の無いところを望んでやって来る恋人たちや、酔い覚ましに来る人間なんかも居るだろう。でもまだ、21時にもなっていなかった。この時間にそこを通るのは、早めに家に帰るために速足で歩く者ばかりだ。父親が路地に差し掛かった時、玲奈が一気に緊張するのがわかった。鞄の中で包丁かなにかを握りしめているのだろう、呼吸が荒く、身体は震えていた。こりゃ無理だな、と由佳は悟った。自身も路地に入ったところで、玲奈は過呼吸のような症状を起こし、道端にへたり込んで啜り泣き始めた。
「見てられないわね。」
由佳とランは姿を現し、ランが玲奈に自作の安定剤を飲ませた。玲奈は荒い呼吸をしながら、どうして、と涙に濡れた目で問いかけた。由佳はその問いを無視して、ずいっと玲奈に顔を寄せて、囁いた。
「私たちは人を殺す仕事もやってる。あなたの代わりに彼を殺してあげてもいい。」
玲奈は目を丸くした。けれど、すぐに、お願いします、と小さな声で言った。
「わたしには無理みたいです、情けないことに。」
「でも、ひとつだけ聞かせて欲しいの。あなたの決意よ。あなたの依頼で私は彼を殺す。あなたにはそのことを一生背負う覚悟がある?」
玲奈は一瞬表情を崩しかけたが、唇を引き結んで、頷いた。わかった、と由佳は言った。
「もう、止められないわよ。」
「はい。」
見ていなさい、と由佳は立ち上がり、右手だけをムカデの口に変えた。一瞬で玲奈の父親との距離を詰め、その首筋にムカデの牙を突き立てた。え、とが、の中間くらいの声を立てながら玲奈の父親はうつ伏せに倒れ、それから仰向けになって由佳を見上げた。
「だれ…。」
由佳はそれには答えず、ランに連れられて近くまで来ていた玲奈に振り返った。
「死ぬまでに少し時間があるわ。なにか言いたいことあるなら、伝えておきなさい。」
玲奈は力なく歩いて、父親のそばに立って、見下ろした。どんな言葉もその口からは零れて来なかった。様々な感情がいっぺんに溢れ出ようとしている瞳が、ひたすら自分を殴りつつけた男を見下ろしているだけだった。父親は唖然として娘を見上げていたが、か細い声で何かを呟きながら死んだ。由佳とランの聴覚だけが、それが謝罪の言葉であったことを捉えていた。




