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瞑想を初めて二時間が過ぎた。由佳は完全にその本質へと辿り着いていた。由佳の方法はどちらかと言えば、合気の感覚に近かった。周囲の自然的なエネルギーと同化する形で、自らの存在を肉体ではなく気で感じることに成功していたのである。由佳は生きものであると同時に、植物や岩、自然現象などと同じものとなっていた。同期対象を無意識に指定する形で完全な集中を遂げたのである。物質としてのヒトというこだわりを捨て、心を自由に泳がせる。そうすると思考は瞬時に、たくさんの処理を実行することが出来る。頭で考えるよりもずっと速く、あらゆる真理に辿り着くことが出来る。もちろん、それを実行するものにとって、ということである。由佳は自分のこれまでの一生をすべての時を同時に振り返った。そしてそれは、幸や不幸などとはまるで関係の無い、自分を構成する要素の一部であるという悟りに繋がった。つまりそれは、この身に何が起ころうと生き続ければよいという結論に他ならなかった。もっと、と由佳は求めた。もっと遠くを見たい、まだそこになにかある。由佳はそれを本能的に感じ取っていた。それがどういう種類の移動なのかは誰にも説明することは出来ないのだが、由佳はその移動を極めて慎重に正確に行った。その領域には島田が居た。島田さん、と由佳は話しかけた。ああ、姉さん、と島田は微笑んだ。
「見つかっちまいましたね。」
「どういうことなの?」
「私は悪いことをたくさんしましたからね。まだ向こうに行けないみたいで。」
島田はそこまで話すと少し照れたように鼻の脇を掻いた。
「それでまあ…誰かのもとについて、助けてあげて、徳を積みなさい、という風にまあなんだ?神様?みたいな人に言われましてね。兄貴が…兄貴がここに連れて来てくれました。」
「住職さんは今どこに居るの?」
少し罰を受けるみたいです、と島田は答え、寂し気な表情を浮かべる。
「兄貴は自分の命を差し出して、私の罪を軽くしてくれたのですよ。首を括る前に、もの凄い剣幕で経を上げていたそうです。自分の全精力をかけてね。」
島田は顔を上げ、由佳の方を真直ぐに見た。
「私はまた姉さんに助けられました。恵美さんも無事向こうへ行きました。姉さんのおかげです。私は余計な思いを抱かずに次の段階へ進めた。姉さん、このご恩は一生賭けてお返しします。」
由佳は吹き出した。
「一生って、あなた、もう死んでるじゃない。」
あ、と島田は頭を掻いた。参ったな、と苦笑する。その笑い方は、いままで由佳が見たこともない、少年のような笑い方だった。
ふふふ、と笑っているうちに、由佳は夢が覚めるように現実の中に戻ってきた。
由佳が目を開く。隣で座っていたあゆみが由佳に視線をやる。あゆみは由佳の表情を見て、すべてを悟ったようだった。
「おかえりなさい。」
うん、と由佳は頷いた。
「ただいま。」
ランは、途中で由佳にギブアップの意を示し、座布団を枕に眠っていた。どうにもランにはまるでピンと来ない世界だったようである。
目を上げれば東の空がほんの少し明るくなっているように見えた。夜明け前である。お腹が空いたわ、と由佳がボソッと呟いた。
「たくさん食べても大丈夫よね?」
あゆみは笑って、もちろん、と言った。
食事が出来上がるとランも目を覚ました。三人はそれぞれいろいろな思いを抱えて黙って食事をした。
「食休みをして、それからお風呂に入って、一度ちゃんと眠ってください。次の瞑想は少なくとも一日開けてください。」
二人とも穏やかな表情で頷いた。由佳は食器を片付けながら心から良かったと喜びを嚙み締めた。
ランは由佳に向かってこんなことを言った。
「やっぱり私はただの蜘蛛だと実感したわ。あなたが大変な時になにも出来なかった。」
およげたいやきくんみたいなフレーズだわ、と由佳が言い、茶化すな、とランが小突く。二人で笑い、それから由佳が口を開く。
「あなたはただの蜘蛛なんかじゃない。私をこうして生き返らせてくれたじゃない。あなたと出会ったことで私は始まることが出来たのよ。」
ランはあ、え、と珍しく言い淀み、嬉しいこと言いやがって、と小さな声で言った。そんなランを見て、ふふ、と由佳は少し大人びた顔で笑うのだった。




