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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
時は流れるから
40/56

5


そして、夏祭りは開催された。表向きは商店街による開催ということになっていた。ローカルのニュースも取材にやって来て、町内会長が対応した。でも、だいたいの人間はそれが誰の力に寄るものなのか知っていた。けれど、それを表立って言いふらすことは絶対にしなかった。由佳と、街の人間たちとの信頼関係は強固なものになっていた。それはくしくも、由佳が新しく部下になった者たちに言った、「古き良き任侠」そしてランが言った「セーラー服と機関銃」そのものだった。どうしてこんなことになったのかしら。私はいったい何を目指しているのかしら。そう思うことは度々あったが、考え方を変えれば存分に楽しむには格好の人生だった。出店を手伝ったり、足りないものを買って来たりしながら由佳は久しぶりに心から楽しんでいた。それでもなにか、時折理由のわからないものが胸を突くのだった。祭りが終わったらこの感覚について考えてみよう、そう考えて由佳は祭りのあちこちでいろんな人の世話を焼き続けた。そして吉田がついに由佳を止めた。

「姉さん、そういうの俺らがやりますからもう普通に祭りを楽しんでください。」

由佳は直感的にこれマジな注意だと確信した。吉田は勤めて隠そうとしていたが結構イライラしていた。組の顔だなんて自覚は由佳にはないのだ。それは仕方がなかった。

「あっ、ご、ごめんね。つい、なんかいろいろ気になっちゃって。」

由佳が普通に謝ったので吉田は逆に恐縮した。

「あっ、すいません。自分少し言い過ぎました。」ときっちり頭を下げる。

「もう、とにかく、あとは俺たちに任せて、祭り楽しんでください。この祭りを一番楽しんでいいのは、姉さんなんですから。綺麗な浴衣来てるんすから、俺ら手伝ってると汚れますから。」

嬉しいこと言ってくれるじゃない、と由佳は肘で突く。今毒無いですよね?と吉田は突かれたところを覗く。言うようになったわね、この子。

「そう言えば今日、ランさんは?」

「お祭りとかあんまり好きじゃない、って言ってた。」

「あー、ぽいっすね。」


由佳はりんご飴を買い、食べながら神社をのんびりと歩いた。街の人間が皆来ているのではないかと思うほどの盛況で、まっすぐ歩くのにも苦労するくらいだった。たくさんの人間が由佳に声をかけ、お祭りをしてくれてありがとう、と礼を言った。由佳もにっこり笑って頷いた。こんなに幸せな喧騒は久しぶりだな、と思った。お祭りなんて、子供の頃以来かもしれない。そうだ、子供の頃、母さんとよく―



不意に、頭の中で何かが破裂した。そうだ、ずっと感じていた違和感―これは、自分がとっくに失ってしまったものの集合なのだ、わたしはもう人間じゃない、百の虫の魂を持った化物だ。親を捨て、人殺しを生業に生きている―りんご飴が手から滑り落ちる。駄目だ、これ以上ここに居ては駄目だ。由佳は物陰に隠れ、姿を消し、空へ舞い上がった。祭りの賑わいがひとつの小さな灯りに見えるくらいになるまで高く。由佳はそこで声を上げて泣いた。今初めて自分の運命を知ったかのように。それはいつまで経っても止まらなかった。やがて祭りの終わりを知らせる短い花火が上がった。由佳は子供のようにぐずり続けていた。街を出るべきなのかもしれない、これ以上この街を好きになる前に。


真夜中になって家に戻ると、玄関でランが立っていた。由佳の表情を見て、なにかを察したようだった。

「吉田が電話してきたわよ。姉さんそっちに居るかって。」

明日謝っておく、と由佳は答えて、そのまま寝室へと引っ込んで行った。ランはふう、とひとつ息を吐き、自分の部屋に戻って言った。


まるでまだ自分が蜘蛛の頃に出会ったばかりの時の由佳のようだった。


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