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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
時は流れるから
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1


「いつかはここを出て行くことになると思うの。」

久しぶりの見るも悍ましい格闘訓練を二人でこなした後、一息つきながら由佳はそんなことを話した。

「私たちの歳の取り方は、たぶんみんなとは全然違うでしょ。今は良くても、十年十五年経ったらどうかしら。皺ひとつ増えなかったら、流石に気持ち悪がられると思うわ。」

うぅん、と、ラン。

「そうよね。一人だけならあの人幾つになっても若く見えるわねで済むかもしれないけど、二人揃ってっていうのはね…。」

でも、まあ、と由佳。

「今すぐってわけじゃないわ。仕事も新しく始めるし、当分は穏やかに過ごせるわ。」

私この暮らし、結構気に入ってるのよね、とラン。そりゃね、と由佳。

「このビル、結構快適だしね。」

その時、部屋のインターホンが鳴った。はぁい、と由佳が返答する。吉田です、と、インターホンから声がする。開ける、と由佳は短い返事をする。

「私の部屋に来て頂戴。」

「はい。」


吉田はリビングのソファーに二人と向き合って座り、由佳の入れたインスタントコーヒーを一口飲むと、ポケットから一冊の手帳を取り出した。それ、見たことあるわ、と由佳が言った。

「島田さんが使ってたやつよね。」

はい、と、吉田が答える。

「ほとんど仕事のことなんですが、一番最後に気になるものがありまして。」

そう言いながらそのページを開き、二人に差し出す。二人は覗き込む。

目についたのは島田、という苗字と、由佳たちの住む街から二駅ほど離れたところの街の住所だった。

「住所にナントカ寺って書いてあるわね。お寺さんならすぐわかるわね。」

「この名前何と読むのかしら?」

そこに居る誰一人その名前を読むことは出来なかった。

「この人は島田さんの親族なのかしら?」

「そうとしか思えないわね。」

「島田さんからは一度も聞いたことがないですね。身内にお寺さんが居るなんてことは…。」

でもここに住所があるってことは、自分一人で調べて保管してたっていうことでしょうね、と由佳。

「ご親族だとしたら、島田さんが死んだことはお知らせしないといけないわね。」

ランがぽつりと言った。そうだね、と由佳も言った。

「よし、私今からちょっと行ってこの人に会ってくるわ。」

「姉さん、相変わらず即決ですね。」

吉田の茶化しを軽く睨んでから、この手帳、持っていっていいわよね、と由佳は聞いた。はい、と吉田は答える。

「返さなくていいです、それは姉さんが持っているのが一番いいと思います。」

ん、と由佳は頷き、着替えて来るわ、とクローゼットに引っ込んだ。

「島田さん絡みだから早いんじゃないですかね。」と吉田。

「本人は気付いてないけどね。」とラン。

由佳は聞こえていたけれど、反応すると余計茶化されると思い、黙って着替えを済ませると、じゃ、とだけ言い残して出て行った。

「島田さん、絶対もっと姉さんと仕事したかっただろうなぁ。」

吉田が寂し気にそう呟く。ランは、彼の背中を軽くポンと叩き、コーヒーもう一杯飲む?と聞いた。

「すいません、いただきます。」

いいのよ、とランは微笑む。

「私が飲みたいの。ついでよ。」


吉田はそれからコーヒーを急ぎ目に飲み干し、近いうち仕事になるかもしれない相談がひとつ来てる、と言い残して帰って行った。ランは三人分のマグカップを洗い、テーブルを拭き、背伸びをしてから研究室へ戻って行った。実際誰も、まだ島田の居ない世界に慣れてはいなかった。


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