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百虫少女  作者: ホロウ・シカエルボク
帰還
35/56

6


「というわけで、島田さんの仇討は完全に終了しました。」

住処に戻った由佳は、事務所のソファーでランと吉田にそう報告した。吉田はまた黙って頭を下げた。

「なんかまだ、信じられないわね。島田さんが居ないなんて。」

「それは、あなたがずっと行方をくらましていたからよ。ここに居ると受け入れざるを得ないわ。」

ごもっとも、と由佳はそれを認めながら、ランの言葉に珍しく寂しさや悲しさといった感情が乗っているのを感じた。彼女も少しずつ変化を続けているのだろう。


由佳は窓の外をふと見やった。私たちはいったいいつまで生きるのだろう。沢山の虫の遺伝子が肉体に収められ、それぞれの命のやり方を多重的に行っているせいか、もうしばらく肉体的な不調というものを経験していない。いつかランは、普通の人間よりは長生きだろうと保証していた。でもそのリミットは?私たちにいつか限界は訪れるのだろうか?

(すでに私は輪廻の輪から外されている気がする。)

そんな限りなく確信に近い思いに、由佳は微かな寒さを覚えた。

「どうしたの?」

「ああ、いや…なんでもない。」

この問題に解答を求めるのはしばらくやめておこう。由佳はそう決めた。

「じゃあ、一段落ついたところで、私、研究に戻るわね。」

「うん。それにしても、随分根を詰めるのね。」

「今回はちょっとね。本腰入れて臨みたいテーマなの。」

「どんなテーマ?」

「…まだ内緒かな。」

そう、と由佳は笑って、まあ頑張りなさい、と付け足した。ランは親指をビッと立てて研究室に戻っていった。

「島田さんは、たぶん、姉さんのこと好きでしたよ。」

はっ?と由佳は素っ頓狂な声を出した。吉田がいつの間にかセンチメンタルなモードに突入していた。

「なにを言ってるのよ…急に…。」

由佳の狼狽を無視して吉田は喋り続ける。

「由佳さんに会ってからずっと、島田さんは一生懸命やってた。いつでも姉さんへの感謝を口にしていた。島田さんが姉さんになにもアクションを起こさなかったのは、姉さんが島田さんよりずっと強かったからじゃないですかね…だからそれは崇拝というか、尊敬みたいな形になったんだ。」

「…夏休みに学生向けに上映するベタな恋愛映画でも見たの?」

「俺最近思うんですよ。島田さんがジムに通い始めたのも、なんとかして姉さんに見合う強さを手に入れたいと思ったんじゃないかって。でもそこで桐谷さんと出会った。桐谷さんのことも島田さんは本気で気に入っていた。けれど…やっぱりね、島田さんはどこかで、姉さんのことを気にしてたような気がするんです。だから、姉さんと適切な距離を保つことに全力を注いでいた、そんな気がするんです。」

話しながら吉田は静かに涙を流していた。参ったな、と由佳は思った。こうなってはイジることも怒ることも出来やしない。不意に吉田は顔を上げ、涙に濡れた目で由佳の顔を真っすぐに見た。

「姉さんだってそうでしょ。好きだったでしょ、島田さんのこと。」

え、いや、あの…と、一瞬由佳は言い淀んだが、強引に流れを変えるべきだという結論に達した。

「吉田さんだって知ってるでしょう?…私は化物みたいなものだわ。恋愛だの、幸せだの、そんなものはとっくに諦めているわ。」

そして、目を細めて、窓の外を見た。演劇部で培ったスキルを総動員して、いかにもそういう人生を生きてきた女というムードを存分に放出した。吉田は茫然として、由佳に魅入った。それから、すいませんでした、と、深く頭を下げ、顔を洗って帰ります、と、事務所を出て行った。吉田が出て行ってようやく由佳は芝居をやめ、重く深いため息をついた。


実際のところ、そんなことを考えたこともなかった。考えようと思ったことすらなかった。最近考えたことと言えば、カブトムシの角にカミキリムシの刃をつけた新しい武器ぐらいだった。なんだろう、それはそれでちょっと悲しいかも。


そして、島田のことは…まあ嫌いではなかった。



それはそうか。


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