5
幹部連中の対応は流石で、由佳がドアを開けて普通に入り込んだ瞬間、7人の手に握られた銃の引金が一斉に引かれた。が、由佳にしてもそれは想定済みのことだった。すでに透明にした蜘蛛の糸を編み上げた盾を全身に纏わせていた。あっという間に全弾撃ち尽くした男たちは少しの間、自分の見ているものが信じられないという感じでポカンとした。さて…と、由佳は微笑んで男たちを見渡しながら、次に使う武器を何にしようかなどと考えていた。
(いつまでもムカデとかミミズを振り回すだけっていうのも…あと90以上あるわけだし…。)
どけ、と銃を捨てて白鞘の刀を手にした、格闘漫画の重鎮みたいな男がずいっと前に出た。
「なんか纏ってやがるな、お前。」
「あら、なかなか鋭い方で。」
「若い娘にしちゃえらい度胸じゃねえか。」
度胸?と由佳は本当にわからないという表情で聞き返す。
「度胸が必要な仕事じゃないわ、こんなもの。」
由佳が言い終えるか終えないかのタイミングで男は一瞬のうちに剣を抜き、由佳の眼前で振り下ろした。由佳の身体を覆っていた糸だけが切り払われ、床にさらさらと落ちた。へえ、と由佳は相変わらずゆったりと構えて、
「やるじゃない。あなたのような人初めて。」
「…あんまり俺を怒らせるなよ。すんなり死ねない羽目になるぞ。」
「じゃあ、とりあえず見せてもらいましょうか。」
由佳はずいっと間合いを詰める。虚を突かれて男は思わず何歩か後退りしてしまう。失格、と由佳はにっこり笑う。
「あなたじゃ無理です。」
男はそれまでの冷静さが嘘のように吠えながら由佳の脳天に刀を振り下ろす。由佳はまったく反応しないままそれを受ける。がいん、という音がして刀は弾かれ、男の手から落ちる。
「な…」
「外骨格、って知ってる?…まあどっちでもいいわ。あなたのおかげでひとつマンネリを打破出来そうよ、ありがとね。」
由佳は右腕を掲げ、変化させる。それは一見黒塗りの刀に見えた。カブトムシの角の曲線部分をカミキリムシの牙に変えたものだ。
(これ、よく考えたら100どころの使い道じゃないわよね。合わせ技込みなら無限に出来そう。)
男は狼狽え、刀を拾おうと一瞬由佳から目を離したその瞬間、由佳の右腕は男の首をぽーんと撥ね飛ばした。由佳の聴覚が新しい銃の音をとらえる。由佳は姿を消し、天井へ移動する。消えた…と呟いた男が縦に真っ二つに裂ける。もはや男たちにさっきまでの威厳はなかった。完全なる恐怖に捕らえられて悲鳴を上げることも出来なかった。
(イマジネーションの欠如。同じやり方しかしてこなかった人間には異なるものを理解することが出来ない。)
そして三階のフロアーに居るのは、由佳と、いくつかの肉塊だけとなった。
(あとは組長さんか…。)
由佳は組長のことをあまりまじまじと見たことがなかった。あまり彼の視界に入らないように注意していた。どうも彼は由佳の存在を感知しているように思えてならなかった。見えているわけではないと思うが、カンが鋭いのだろう。まあ、でも…
(あまりたいした問題ではないわ。見えるとか見えないとかなんて。)
さあ、行きましょうか、と、由佳は髪を少し撫でてから、言った。
「この埃臭いビルとも今日でおさらばだわ。」
試しに四階のドアは開けずにすり抜けてみた。抜けきった途端に、よう、お嬢さん、と、よく通るバリトンの声で話しかけられた。エリートビジネスマンのように派手なスーツをビシッと着た長身の男が腕組みをしてこちらを眺めていた。体格的にはなにかをやっているようには見えなかった。普通の、背の高い派手男だ。
「こんな綺麗な娘さんだったらもう少し早く顔を拝みたかったね。」
由佳は首を傾げながら擬態を解いた。
「私の能力が通じなかったのは初めてだわ。」
そういえば、島田も初めて会ったとき、私が死体入りのリュックを背負っていたことになんとなく気付いていたわね、と由佳は思い出した。
「当り前だよ。世界は広いんだ。自分が万能だなんて思わない方がいい。漫画の中でなら英雄だが現実ならただの思い上がったマヌケだ。」
御忠告感謝、と由佳は手短に言った。男は肩を竦めた。
「下の連中はみんな殺ったのか?」
由佳は声を出さずに男の真似をして肩を竦めた。
「目的は何だ?」
「心当たりないかしら?あなたもう見当ついているのではなくて?」
ふう、と男は黒々とした長めの髪をかき上げた。ナルシスヤクザ、と、由佳は名前を付けた。
「島田のところに得体の知れない化物が居るって噂は聞いたことがある。しかし、信じちゃ居なかった…お前が倒した連中はどいつもこいつも一筋縄ではいかない連中だ。でもお前は、無傷でここまでやって来た。それがすべてだろう。」
新劇観てるみたい、と由佳は思った。
「島田の敵討ち、だな?」
由佳は微笑んだまま、頷いた。銃も刀も効かない女か…と、男はブツブツ言った。
「どうしようかな。」
「なんでも試してみればいいわ。少しくらいなら付き合ってあげるわよ。」
「言ってくれるね。」
男はしばらく考えていたが、やがて、両手を上にあげた。
「降参だよ、降参。まったくなんにも思いつかねえよ。」
男は手を下ろして、世間話でもするみたいに由佳に近付いた。
「なあ、お嬢ちゃん、俺と組もうぜ。島田も居なくなって退屈してんだろ?俺と一緒に居ると毎日楽しいぜ?」
ニコニコ笑いながら握手の手を差し出す。由佳は少し考えるふりをしてからそれに答えようとした。途端、男の手は由佳の喉をがっちりと掴んだ。
「んなわけねえだろう、バーカ!」
しかし、由佳の身体は突然ぬるりとした柔らかいものに変わり、あっという間に男の手から逃れる。体組織をナメクジに変えたのだ。
「な…え?」
「つまらない手だわ…昔の少年漫画の悪役みたい。」
(ここは定番でしめましょうか…)
由佳は右腕をムカデに変え、その牙を男の喉元に突き立てた。
「なにそれ…?」
男はあっという間に、全身が浮腫塗れになって死んだ。
ふう、と一息ついて、由佳は戦闘態勢を解く。
「さて…どっかでご飯食べて、帰りましょ。」




