1
新シリーズ始めました。
とある山中の、とある研究所の廃墟。その建物に至る道はすでに、長い時の中で幾度も繰り返された崩壊と、伸びるだけ伸びた雑草によって完全に塞がれていた。アクセスルートはただひとつ、上の道のガードレールにロープでも結び付けて降りてくるしかなかった。しかしその傾斜は厳しく、崖と呼んでも差し支えないものだった。そしてやはり様々な植物に阻まれ、上から見下ろしてもその建物を確認することは不可能だった。それはとある薬剤製造会社が使っていた建物だった。その、忘れられた廃墟の、鍵が掛けられた一室、中空に張り巡らされた蜘蛛の糸の上で、一人の女が眠っていた。女の名は由佳といった。
島田の敵討ちを終えて、由佳は酷い虚脱感に襲われ、ランの待つ住処へとすぐに帰ることが出来なかった。どこにも帰りたくなかったし、どこにも行きたくなかった。しばらく一人で生きたいと思い、一度死んだ自分がランの手によって生まれ変わったこの研究所に居付くことにした。だから、ランは探そうと思えばすぐに由佳を見つけることが出来たはずだった。でも、彼女はそうしなかったし、彼女が自分を探さないだろうことは、由佳にもわかっていた。そうしてどれだけこの場所で過ごしたのか。スマホの充電が切れてからは確認しようもなかった。聴力を強化すればそこらへんのラジオの音でも拾うことは出来たかもしれないが、そんなことをする気分にもならなかった。自分がどうしたいのかすら、由佳にはわかっていなかった。ただ朝と夜が入れ替わるだけの日々が続いた。
ふいに、由佳の目がかっと開いた。彼女の五感が何かの気配を察知したのだ。
「本当にこんなところに廃墟があるんですか?」
「俺だって知らねえよ。でもあるから壊してくれって頼まれたんだから、あるんだろう。」
それからしばらく車が坂道を上る音が続いた。
「この下だ。ロープで降りてみるしかないな。」
「うへえ。レスキュー隊かよ…。」
「文句言うな。後ろにクソ長いの用意してあるからそれ使え。」
「はーい。」
そうか、ここは壊されるのか。
由佳は糸のベッドから降り、鍵を開けることなく扉の僅かな隙間を擦り抜け、建物を出た。姿を消し、蜻蛉の羽を使ってグライダーのように山を下っていった。
(ちょっと寂しくなるわね。)
こんな細やかなことがきっかけになるなんて思わなかった。でも確かに時間は動いたのだ。由佳の身体はあっという間に山を降り、街の上空を一気に駆け抜けた。
「なにかこういうの久しぶりね。」
由佳はまるで誰かに語り掛けるようにそんなことを呟いた。自分の住処までは半時間あまり。どこかでお土産でも買って帰ろうかしら。




