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二人は、病院に少女を届け、自分たちが旅行客であることを告げ、あとは彼女の家族に連絡するなりして欲しい、と言って帰ろうとした。呼び止められて名前を聞かれたが、すみません、ただ連れてきただけなので、と、頭を下げてその場を去った。病院側もそれ以上無理強いはしなかった。もしも、彼女の怪我が暴力によるものだとはっきりしていたら、事情は変わったかもしれない。二人はそれから病院の近くにあったコーヒーショップで一息ついた。
「どうも、すんなり楽しませてもらえないわね。」
と由佳がこぼす。まあまあ、とラン。
「あれはあれで、楽しめたじゃない。」
まあ、久しぶりだったしね。結果としては、暴れたりない感じだけど、と由佳。
「あとは、あの子が助かってくれるのを願うばかりだわ。」
多分大丈夫、とランはアイスラテを飲みながら微笑んだ。
「知らない個体に、同化もなく修復を施したのは初めてだったけど、上手く出来た。あなたに関わって人間の構造を知ったおかげかもね。」
しかし、と、由佳は眉をひそめて言った。
「どこにでも居るのね、ああいう若者。」
ほんとね、とラン。由佳は苦笑して、もうこの話止めよう、と、宣言した。
「宿に帰って温泉に入ろう。」
「賛成。」
二人はいそいそと店を後にした。
それから数日の間、なにも起こらなかった。二人はただただ温泉と食事、それに散歩を繰り返した。お土産をたくさん買って、ふうふう言いながら家に戻って来ると、オフィスの前で吉田が待っていた。なにかが起こったのだと二人にはすぐにわかった。
「島田さんが、死にました。昨日、伊豆で…刺されて…。」
吉田はそれだけ言うと俯き、ぶるぶると震えた。泣くまいと耐えているのがわかったので、二人はとりあえず吉田を連れて中に入り、しばらくの間オフィスの洗面所を貸し切りにしてやった。十分ほどで、吉田はソファーで待っていた二人のところに戻って来た。それで、と由佳が静かに続きを促した。
「誰にやられたの?それと、桐谷さんは…?」
刺したのは、昔因縁のあった男で…、と、吉田は声を絞り出すように話した。
「もともとは自分がそいつと揉めていたんですが、島田さんが間に入って、ボコボコにされてからは矛先が変わって…仲村という男です。」
「捕まったの?」
「いえ、ですが…見たものが居ました。その日のうちに素性が判明してます。」
写真はあるか、と由佳は尋ねた。吉田はジャンパーのポケットから皺くちゃの写真を取り出した。日付は三年前のものだった。
「伊豆に住んでいる男なの?」
いや、もっと北のはずです、と吉田は答えた。
「住所とかわかる?」
昔のですが、と吉田が目の前のメモ帳を取り、ボールペンで書きつけ、それを由佳に渡した。由佳は受け取り、一瞥してからポケットに入れた。
「桐谷さんは…?」
「―行方不明です。」
由佳は立ち上がり、上着を着直した。あたしはどうしよう、とランがその横顔に声をかけた。
「ランはここに残って、私の代わりに島田さんを送って。必ず帰るから…待ってて。」
由佳は自分の正面を見据えたまま答えた。ランは頷いた。吉田さん、と、由佳は静かな声で言った。
「くれぐれも動かないでね。私がすぐに片付けてあげるから。」
よろしくお願いします、と吉田は頭を下げた。由佳は、姿を消し、外へ飛び出した。
それから半年が過ぎた。由佳がオフィスを出てから三日後には、伊豆近くの廃ホテルの一室で死んでいる仲村の死体が発見された。そのビルの別の階で、桐谷恵美の死体も見つかった。酷い拷問を受けたあとがあった。ランは由佳の代わりに吉田を窓口に探偵業を続け、余った時間で様々な薬の研究に勤しんだ。時々は温泉に一人旅に出かけ、モヤモヤしがちな心をスッキリさせて帰って来た。必ず帰る、と由佳は言ったのだ。ただ、いまは少し、時間が必要なだけなのだろう。必ず帰る、と言わなければならないだけのなにかが、あの時由佳の心の中に芽生えたのだろう。探せば見つけることは出来るかもしれない。でもきっと由佳はそれを望まないだろう。由佳は約束を破ることはしない子だ。必ず帰って来る。それを信じてここを守り続けていくことにしよう―。
そうして、不思議な運命を孕んだ街の灯が今夜も消えて行こうとしている。
【了】




