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そうして、島田の結婚式の日になった。島田が昔、面倒を見ていたバーのマスターが場所を提供してくれたそうだ。どう見てもまともな人生を送ってはいない人間のほうが多かったが、それでもみんな楽し気で、幸せな気分に浸って、子供のような顔をしていた。島田も昔はあっちがわの人間だった。それがどうだろう、こんなに溌剌として、美人さんをつかまえて…まあ、スキンヘッドだけど。由佳はどこか母親のような気持ちで拍手で彼を祝福した。ランも由佳も、ブーケトスには参加しなかった。
式のあとはとんでもない飲み会が始まったので、由佳とランは早々に場を後にした。その日の夜行バスで旅行に出る予定だったからだ。島田に一言かけてから行きたかったが、昔の仲間やいまの仲間にもみくちゃにされて身動きの取れない状況だった。それでも由佳と目が合うと笑顔で親指を立てて見せた。島田のその仕草が由佳は大嫌いだったが、今日だけは同じ仕草で返した。
いやあ、いい式だったねえ、と、バス停に向かう道中で由佳が言った。ほんと、とランが続いた。
「みんなでひとつの幸せを感じているなんて素敵なことよね。」
結婚式かー、と由佳。
「初めて見たけど、いいものね。」
まあ、自分には縁のないことだけど、と、由佳は言おうとしてやめた。ランもそれを察して、少しの間二人は黙って歩いた。
「で、ここなわけね…あなたが行きたかった温泉というのは。」
満面の笑みでランが頷く。一晩中、夜行バスに揺られて辿り着いた駅から、山登り―まあ、二人にとってはなんの苦労もないことだけど。その頂上付近に小さな看板があり、そこが温泉であることを告げていた。山肌に突っ込まれたパイプからただただ湯が流れ出し、その下に設置された家庭用のバスタブがひたすらその湯を溜め続け、残りは川となって流れ落ちていた。周りには脱衣所などなく。眼前には果てしない山脈が見えた。まだ早い朝の光の中で、それはなにかの冗談かと思えるほどに美しかった。
「これは、凄いわね…。」
でしょう?とランは得意げな顔をする。
「テレビで見たのよ。日本一の秘境湯。」
ようし、と二人はぽいぽいと着ているものを脱いで、用意してきたビニールのバッグに入れた。そして湯を身体に何度かかけて、ゆっくりと浸かった。誰もくる気配はなかったが、念のために糸で見えないシールドを作った。
「うおぉ…。」
「これはたまらん。」
まだ稜線のすぐ上でまごまごしている太陽が、あたりを燃えているかのように染め上げた。バスタブは少し小さめだったけれど、二人とも小柄なので逆にちょうど良かった。いやー極楽。マジで極楽。由佳はおじさんみたいになり、ランは笑った。
「なんか嘘みたいに思えるわ。」
「なにが?」
「いままでのこと全部がよ。」
いいわね、とラン。
「私たちみんな、一匹の蝶が見る夢なのね。」
乱歩キタ、と由佳ははしゃいだ。
「まあ、私ら身体の中に蝶飼ってるけどね。」
二人の笑い声がやまびこになって、数人が笑っているみたいになった。
山を下りたあとは温泉旅館に向かい、真昼間から温泉としゃれこんだ。ここで働かせてもらおうかな、と、ランは半ば真顔でそう言った。料理を楽しみ、夜になって繁華街をぶらぶらと歩いているときのことだった。
由佳が急に神経を尖らせた。ランも続いた。
「聞こえた?」
ランも頷く。
「どこかのビルね。部屋になにもないわ…廃ビルかな。」
「行こう。」
二人は微かな声が聞こえた方向へ走り出した。
姿を消し、ビルに潜り込んだときには、数人の不良たちが床で荒い呼吸をしている女の子を見下ろして立っていた。あーあ、といまどき珍しいリーゼントの男が忌々しげに言った。
「どうすんのこれ。遊ぶどころじゃないじゃん。」
そして、隣にいた金髪マッシュルームカットのぽっちゃりした男に文句を言った。
「おめえ力強過ぎなんだよ。死んじゃうぞこれ。」
「放っときゃわかんないよ。誰も来ないじゃんこんなビルに。」
まあ、そうだけど、とリーゼントは頭を掻いた。
「新しい女調達して、別の部屋使うか。」
女の子はすでに血を吐いていた。鋤骨が折れて、肺に刺さっているのだろうか。もはや痙攣を思わせる動きで懸命に身体に酸素を取り込もうとしている。あまり時間がない。由佳はムカデの腕になって、擬態を解いた。
「私が遊んであげようか。」
ひっ、と不良たちは悲鳴を上げ、逃げようとする。ランは姿を消したまま、少女をなんとか助けようとしていた。まったく馴染みのない身体で上手く出来るか自信はなかったが、胸に手を当て、肺の修復を試みた。ある程度上手くはいったが、完璧ではなかった。由佳がひと仕事終えるころには、女の子の呼吸は落ち着いていた。由佳は腕を元に戻し、近寄った。
「助かる?」
「肺の穴は塞いだ。骨も出来る限り固定した。だけど、血を入れなきゃまずいわ。病院に連れて行ったほうがいいわね。」




