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ラインの魂を受け入れる「器」が完成したのは研究着手から七か月後のことだった。とはいえ、それはまだ肉で再現された人間の形に過ぎず、これからラインが由佳の体内の情報を持ってそこに入ることで初めて、由佳と同じ生命体として存在することが出来るようになるのである。二回目だからあなたのときより早く出来ると思うわ、とラインは笑って言った。由佳は、新たにラインとなる肉体の隣で、簡易ベッドに横になっていた。ラインが抜けることにより生じる空間によっておそらくは少しの間意識が途切れる。その間に人間となったラインが、外部から干渉して由佳の肉体を再構成するという段取りだった。由佳はなんの心配もしていなかった。ラインのおかげで新しい生を得たのだ。ラインに任せておけば大丈夫。早く始めてくれないかな、とさえ思っていた。二人の研究の成果、人間となって自分の目の前にラインが立つ。本当になにが起こるかわからないものだ。じゃあ、始めるわ、とラインが言い、由佳の身体の中心でなにかがうねり始めた。それが頭の方へとゆっくり上って来た時、全身麻酔を受けた時のように由佳は瞬間的に眠りに落ちた。
目を覚ましたときには、すべてが終わっていた。由佳のそばに立っていたのは、由佳よりも少し背が高く、由佳よりも少し年上に見える、ちょっときつめの顔をした美人さんだった。成功したのね、と由佳は言った。ラインは満面の笑みを浮かべて、頷いた。触って大丈夫?と由佳が聞くと、大丈夫、と答えた。低く澄んだ、素敵な声だった。由佳は起き上がり、手を伸ばしてラインの身体に触れた。久しぶりに触れる温かな人間の感触だった。二人は抱き合った。その時島田が、失礼します、と入って来た。そして、由佳と見知らぬ女が裸で抱き合っているのを目撃した。
「ああ、いや、これは…なんと言いますかそのぅ…。」
由佳はため息をついてラインから身体を離すと、オフィスで待っててね、と怖い笑顔で言った。島田は小さくなってそそくさと出て行った。
「みんなにも紹介しないとね。」
そうね、とラインは、嬉しくて仕方がないという様子で、由佳を見ながら言った。名前なんにする?ラインじゃおかしいでしょ、と由佳は聞いた。うーん、とラインは人差し指を下唇に当てて考えた。バブル美人の考え方だ、と由佳は思った。
「ランでいいわ。」
ランね、と由佳。
「いいじゃない…佇まいにもばっちり、似合ってるわ。」
由佳とラインは用意しておいた服を着て、オフィスへと降りた。
「島田さん、お待たせ。」
ああ、いえ、と島田は頭を掻いた。高校生みたいにこざっぱりした髪型になっている。
「凄くがっしりしたわね。超人ハルクみたい。」
いや、もう際限ないですね。性に合ってるんですよ。
「姉さんのおかげですよ。」
島田は感謝の気持ちを込めて頭を下げ、由佳はむず痒い思いをした。
「で、そちらの方は…。」
あ、と由佳。
「ランよ。私の友達。この度研究のパートナーとしてここに住むことになったの。」
ほう、パートナー、と、島田は複雑な表情を浮かべた。研究の、ね、と、由佳は念を押した。
「さっきのは、肌に関する研究をしてたから、二人で裸になってただけよ。双方で確認した方が成果がわかりやすいでしょ。」
「抱き合う必要は…。」
悪ふざけよ、と、由佳は笑顔で言った。悪ふざけですか、と島田が納得いかない様子で反復した。
「悪ふざけよ。」
「わかりました。」
それで、なんの御用?と、由佳はようやく本題に入った。ええ、それがですね、と島田は表情を崩した。
「私この度、結婚することとなりまして。」
由佳とランはおおっ、と声を上げて島田を質問攻めにした。
「姉さんのおかげですよ。あの時私の上腕二頭筋の感触に彼女は運命を感じたそうなんです。まさに姉さんの糸が我々二人を結び付けてくれたのですよ。」
由佳とラインは笑顔のまま、あ、彼女もちょっと変な人なんだな、という認識を持った。
実は下に来ているんで、ちょっと挨拶させてもらっていいですか、と島田が言う。どうぞどうぞ、となんかのコントみたいに由佳とランは声を揃える。
一度下に降りた島田は、例の美女インストラクターを連れて再び上がって来た。カジュアルな格好ながら、煩くない趣味の良さが見て取れた。桐谷恵美さんです、と、島田が幸せそうに紹介する。桐谷です、よろしく、と女が頭を下げる。由佳とランもあ、どうも、と、立ち上がって頭を下げる。由佳は二人を座らせ、四人分のコーヒーを入れる。
「お二人とも大変バランスの良い身体つきをされていますね。」
コーヒーを一口飲んで美味しいと言ったあと、桐谷はそんなことを言った。いきなりかよ、と由佳とランは顔を見合わせる。
「なんて言うんだろう、格闘術とでも言いますか…。」
島田がぶっとコーヒーを吹く。由佳は瞬間睨みつける。すいません、拭きます、と島田はどたどたとティッシュだのモップだのを持ち出す。
「いいですね。身体を動かすのはいいですよね。」
意に介さずに桐谷は話を続ける。スッキリしますよね、と由佳も話を合わせる。そうだわ、と桐谷は手を軽くぽんと合わせる。
「ねえケンジさん、お二人もウチのジムでインストラクターやっていただけないかしら?」
お二人は島田の名前がケンジであることに気を取られ、内容への反応が遅れた。




