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数か月後、島田と吉田、ほか数名が、由佳の研究室に呼び出された。もちろん、彼らの仕事に支障が出ないタイミングでだ。はい、と、研究室に並んだ皆を見て、由佳は楽し気に話し始めた。
「治験のアルバイト募集です。」
島田らはポカンとする。治験知らない?と由佳は質問する。皆はバラバラに頷く。
「まあ早い話、新薬の実験体になってくれる人、いませんか?」
姉さんのことだから心配ないとは思いますが…、と島田は恐る恐る意見した。
「それ、具合悪くなったりしないでしょうね…?」
それは大丈夫、と由佳は保証した。
「過去十数年の研究データを引き継いで研究してるんだから。そんな段階はとっくにクリアーしてます。」
で、なんの薬なんですか、と吉田。
「二度と、煙草吸う気にならなくなる薬です。」
んなアホな、と初めて見る顔の一人が言う。由佳はその男に少し近づく。
「お名前は?」
「あ、村井です。」
「信じられない?」
自分は六歳のころから吸ってますので、と村井。
「薬なんぞに俺の喫煙欲望を止められるはずはないと思います。」
誇れる話じゃないでしょ、と、由佳は、小さなチャック付きの小袋に入った薬を取り出す。
「じゃあ、勝負してみる?この薬と。」
いいですよ、と村井は自信満々に薬を受け取り、由佳が紙コップに用意した水と共に飲み下した。
「十五分後に、外で喫煙してみてくださる?」
と、由佳は携帯灰皿を手渡す。あ、それ持ってます、と村井が言う。
「島田さんからきつく言われていますので。」
やるじゃない、と由佳は島田を見ながら言う。島田は黙って頭を少し下げる。
十六分後、いそいそと外へ出た村井が激しく咽込みながら戻って来る。
「ヤバいっす、ヤバいっすこの薬…。」
それ以上喋ることが出来ず、五分ほど激しい咳を繰り返した。
「いや、ヤバいです、この薬…。」
「情報量がまるで変わらねえな、お前。」
「すいません。」
どういう仕組みなんですか?と島田が聞いた。
「禁煙パッチとか、ああいうものとはまるで違うものなのよ。ただ、呼吸器官を瞬間的にクリーンにしたっていうだけ。なにが身体に良くてなにが悪いものなのかを、自分の身体できちんと判断出来る状態に戻して、その状態を定着させる。難しい話してもわからないと思うから割愛するけど、要は、喉を綺麗にして、二度と汚れないシステムを作り上げるっていうだけの薬なのよ。」
「そんなことが…。」
「出来るのよ。村井さん、あなた二度と煙草吸えないわよ。」
なんて怖ろしい薬だ、と一人が呟いた。由佳はその男を、最初に島田が自分を襲撃した日に見たことがある顔だとわかった。
「―で、その、怖ろしい薬を、皆さんにプレゼントします。一人ずつ飲んでくださいね。」
えぇ…、と、さすがの島田も難色を示す。
「えぇ、じゃないのよ。仮にもあなたたち真っ当な客商売してんでしょ。いまどき喫煙なんて流行らないんだからね?いままで言わなかったけど、私、あなたたちに会ったあと、いつもすっごく服に消臭スプレーしてんだから。」
いくら姉さんでもこれは酷い、パワハラだ、暴君だ…と、男たちは口々に抗議した。まさかそれほどの拒否反応が出ると思っていなかった由佳は、マジで…?と言ったまま茫然とした。
「あー、姉さん…ひとつ貰えますかね。」
仕方ない、といった調子で島田がおずおずと手を差し出した。え、ああ…と、由佳はひとつ薬を出して島田に渡した。島田さん、駄目だ、と、部下たちは口々に島田を止めようとした。
(なんだろう、良いシーンっぽいけど全然良いシーンじゃない…。)
由佳は内心そう思いながら島田の様子を見守った。島田が本当に飲んだなら、彼らも飲まずに済ませるというわけにはいかないだろう。島田は薬を口に入れ、紙コップの水を飲んだ。ああ、島田さん…と、異様なほどの真剣さでもって皆は嘆いた。十五分、奇妙な緊張感の中で皆は島田を見守った。ん…?と、島田はなにか、考え込むようになった。
「鼻詰まり治った。」
そう言いながら島田は口を閉じ、何度も深呼吸をした。
「呼吸が凄え楽だ。」
それを聞いた村井は、島田と同じようにして深呼吸を数度した。
「いや…確かに。」
島田は思わず由佳の手を取った。
「姉さん、俺はあんたに感謝しなきゃいけねえ。ガキの頃から酷い鼻詰まりで、もう二度と鼻呼吸なんか出来ないと諦めてたんだ。あんたはそれをこんな一粒の薬で治してくれた。俺はもう煙草なんか要らん。姉さん、ありがとう…ありがとう。」
「えっ…ちょっと泣いてる。」
な、泣いてねえです。と島田はそっぽを向く。あの、と、ずっと黙って成り行きを見ていた一人が由佳に近付いた。
「俺も鼻詰まり気味で…その薬、いただけますかね…?」




