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復讐から四か月が過ぎ、季節は次第に夏になろうとしていた。千佳はあれから、擬態によって容姿を修正し、二、三歳は上に見えるようにしていた。それまでどちらかと言えば年齢よりも若く見られがちだったので、おそらくは昔の友達とどこかですれ違っても、それが千佳だとは誰にも気付かれないだろう。名前は由佳と名乗っていた。適当に辿り着いた都会で、適当に履歴書を書いて24時間レストランの深夜バイトにつき、初めは廃墟や近場の山などに潜り込んで、樹液を吸ったり、獣を捕まえて食べたり、体液を吸ったりして暮らした。バイト代がある程度溜まってからは、ホテルに居を据えて(ラインがとにかく風呂にこだわったので)、ワケアリでも貸してくれるアパートを探し、どうにか借りることが出来た。六畳ワンルームだったが、バス、トイレもきちんとしたものがついていた。バイト先からは遠かったが、飛ぶなり、走るなりすれば千佳には数分の距離だった。中心地から遠いことについては、静かだし、人気もないし、逆に理想的といえた。
ある夜のこと、バイトからの帰路の途中、ラインが話しかけた。
「今日もつけられてるわね。」
「そうね。」
「どうする?捕まえる?それともまた擬態なりでやり過ごす?」
うーん、と千佳。
「いっそ、家まで案内しますか。」
そうね、とライン。
「今日いきなりってことも、ないでしょうしね。」
まあ、脚力もありそうだしね、千佳。そうね、とライン。
どこまで歩くんだ、千佳を尾行している男はため息をついた。レストランを出てからもう四十分は歩いている。それもかなり速い速度で。競歩といってもいいくらいだ。ペースが落ちる気配もない。
(やはり、気付かれているのだろうな。)
数日ずっと、尾行しようとして失敗していた。確かに角を曲がったのに、同じ角を数分後に曲がってみてもどこにも見当たらなかったり。絶対に見失うようなタイミングじゃなかったはずなのに。そういえば、そう、最初にあの娘に遭遇した夜もそうだった。別れて数分後にはもう見えなくなっていた。男は少し寒気を覚えた。
(俺は怖気づいているのか?年端もいかないあの少女に…?そもそも、あの外見はなんだ?整形なんてレベルじゃない。身長、骨格からがらりと変わっているように見える―あの独特の空気感がなければ俺だって気づけなかった。それとも、人違いをしているのか?…いや、そんなはずはない。信じ難いことだが、あれはあの時の女だ。)
あの時、千佳と別れたあと、男は息子の住む雑居ビルに用があり顔を出した。しかしそこには誰も居らず、凄まじい死の臭いと血だけが残されていた。男は弾かれたようにビルを飛び出し、さっきの娘を探した。繁華街を一晩中うろついたが、まったく見つけることが出来なかった。
この街に来たのは、カンのようなものだった。息子たちをなんらかの理由で殺したのなら、その街に留まることはないだろう。ならば、手近な都会から当たってみればもしかしたら見つかるかもしれない、そしたら案の定、最初に訪れた街で見つけたというわけだ。
(あの時、見つけられていたら…!)
懐に隠した銃に手を触れる。けれどなぜか、それを握って女の背中に狙いをつける気にはならなかった。おそらくは自分に気付いているだろうに、意にも介さない様子で、人気のない道をただ歩き続けているその女に。
(あいつらだって銃を持っていたのだ。)
その銃は床に転がったままだった。全弾撃ち尽くしていた。
(あいつらにいったいなにがあったのだ?みな、ただのチンピラだったが、それなりに喧嘩にも襲撃にも慣れた奴らだった。それが、あの女一人に全員やられたというのか?)
そんなことが果たして出来うるのだろうか、男は女の背中を追いながら考え込んだ。
(あの女はとんでもない武器かなにかを隠しているのだろうか。)
あの女は普通じゃない。男にわかるのはそこまでだった―焦っても仕方がない。ひとつふたつ、深呼吸をして、気持ちを整えた。いまはひとつひとつ確かめていくことだけだ。
レストランを出てから一時間半後、女はようやくひとつのアパートに辿り着いた。おんぼろではなかったが、綺麗とも言い難かった。一階の右端の部屋の明かりがついた。男はその明かりを見ながらしばらくの間考えこんでいたが、やがて踵を返して暗がりの中へ消えていった。
千佳は窓からその様子を眺めていた。
「トンボって夜でも目見えるのかしら。」
「まあ、人間と混ざってるわけだし、良いとこ取りって感じかしらね。」
夜にトンボが飛んでるかどうかなんて考えたこともなかったわ、と千佳はひとりごとのように呟いた。
「さて、あとは向こうがどう出るかってところね。」




