5
千佳は姿を消したままラガーマンに糸を放ち、キリストみたいな恰好で釣り上げた。ラガーマンは訳も分からず呻き声を上げたが、首を軽く絞められていたので上手く声を出せなかった。
「焦らないで。すぐに全力で鳴かせてあげるから。」
千佳はそう言うとカミキリムシの歯を男の腹部に突き立て、上から下まで一気に切り裂き、そのあと男の首を絞めている糸を外した。絶叫がこだまし、奥の部屋に居た最後の一人が飛び出してくる。その男が目にしたものは、切り裂かれた腹から内臓をだらりと垂らした仲間の姿だった。いかにも中途半端なアウトローといった格好の男は拳銃を抜き、悲鳴を上げながら千佳に向けて引金を引いた。
(なんかこう…オリジナリティがないのよね。誰も彼も、いかにも札付きの悪ですみたいな映画の完コピみたいな恰好。)
千佳はそんなことを考えながら男に向けてゆっくりと歩いた。弾は当たっているはずなのに、千佳は平気な顔をしていた。全身を蜘蛛の糸で幾重にもコーティングしてあったのだ。その上で擬態をかけ、糸だけを消してある。男には、まるで千佳が銃弾を吸収しているように見えただろう。恐怖によって何度も引かれた引金は、すぐに全弾を打ち尽くした。
「どこまでも残念な人たちね。」
千佳はそう言うなり自分をまとっていた糸を落として、もの凄いスピードで男の眼前に躍り出ると、あっという間に男の喉を切り裂いた。噴水のように血が吹き上がり、男は泣き言を言うヒマもなくばったりと後ろへ倒れ込んだ。それで復讐のすべてが終わった。
千佳は、念のためにすべての部屋をチェックし、この階に誰も残っていないことを確認した。それから、ふう、と、たくさんの料理を作ったあとみたいに一息をつき、部屋を出て行こうとした。
「死体、そのままにしておくの?」
「え?だって私にどうしようもないでしょ、こんなの。」
簡単に出来るのよ、それが、と、ライン。
「そいつらの体液をすべて吸い尽くせばそこそこ小さくなるわ。骨は砕いて、全部をそのへんの鞄に入れてそれからここを出たほうがいいわ。」
体液を吸うの?と、千佳は顔をしかめた。あら、と、ラインはもったいない、という調子で言った。
「どんな生きものでも美味しいわよ、体液って。それにあなた、今日食事しなさすぎよ。ここで貯めておきなさい。なにも口から吸えって言ってんじゃないのよ。どっちかの手を蜘蛛の口にすればいいじゃない。」
まあ、それなら…と、千佳は言われるままにし、一番近くにあったパグの死体から吸い始めた。
「ほんとだ、美味しいこれ。」
「でしょ。」
あっという間に四人分の体液を吸いつくし、カミキリムシの歯で解体し、ちょっと大きめのリュックサックを見つけたので中味を捨て、そこに詰め込んだ。
「死体、臭わないかな?」
臭うのってほとんど水分だから、と、ラインは説明した。
「こんなカサカサじゃそう臭いもしないわよ。」
背中に背負って、擬態を使ってビルから出た。少し歩いたところの公衆トイレで擬態を解き、観光客のように繁華街を歩いた。どうしてそうしたのかわからない。油断と言えば油断だったのかもしれない。擦れ違った一人の男が千佳を呼び止めた。
「…なんですか?」
男は初老あたりで、それほど背は高くなかったが、空手かなにかをやっているようないかつい身体つきをしていた。全身を高そうな派手なスーツで包んだ、どこかのマフィアみたいな印象の男だった。男の鋭い目には困惑の色があった。
「あなた…その鞄の中に、なにを入れてるんです?」
千佳は、ん?という顔をして、なにって…着替えとかですけど、と、何食わぬ顔をして答えた。そうですか…、と、男はそれからなおも言葉を続けようとしたが、言うべき言葉が見つからないという感じだったので、千佳は、もういいですか?と、急いでる様子を作りながら言った。
「ああ、すみません…おかしなことで呼び止めて。」
男は小さく頭を下げると、そのまま離れていった。カンがいい人がいるものね、とラインが言った。
「あの人、多分、気付いてると思うわ。あなたの荷物がなんなのか。」
擬態を解くべきじゃなかったわね、と、千佳は眉をしかめた。少し先で男が振り返った時には、リュックを背負った千佳の姿はもう誰にも見えなかった。
千佳はそれから最初のビルに戻って、ナナフシの死体を処理した。
「時間が経ったら不味いのかと思ったら、そうでもないのね。」
半日はもつわよ、と、ライン。
「で、この荷物、どうすればいい?」
「山にでも捨てておけばいいわ。獣がいい具合に散らかしてくれるでしょ。」




