山を創造しよう
俺は知識の木を囲う白庭を眺めながら、小さく満足げな息を漏らした。
白い石畳の上を細い水路が静かに流れ、その周囲には淡い色合いの花々が咲いている。風はまだ弱い。それでも花弁はわずかに揺れ、木漏れ日すら無い白い世界の中で、そこだけが不思議と穏やかな空気を持っていた。
侵入を拒むような静けさと、どこか人を惹きつける柔らかさが同居している。拒むことさえ美しさの一部にして、触れることを許さず、それでいて視線だけは絡め取る。
そんな庭になっていた。
「……なんか急に“それっぽく”なったな」
思わず口元が緩む。
自分で作ったくせに、自分の想像以上のものが出来上がっている。
もちろん、知識の木だけを特別扱いするつもりは最初からあった。だが、いざ完成してみると、神殿周囲との落差が妙に気になった。
神殿は立派だ。
白い石柱も、高い天井も、長い階段も、十分すぎるほど神秘的に見える。
けれど、その周囲が何も無いせいで、“建物だけが急に生えている感”が凄かった。
「……いや、これは寂しいだろ」
俺は神殿を振り返りながら苦笑する。
せっかくここまで作ったのだ。なら、神殿そのものも周囲の景色と馴染ませたくなる。
どうせなら、“ここへ帰って来たくなる場所”にしたい。
そんな考えが浮かんだ瞬間、頭の中で景色が広がり始めた。
広い庭園。
静かな回廊。
白い石畳。
流れる水。
木陰。
誰も居ないのに、不思議と孤独を感じない場所。
ゲームや映画で見た、神域とか聖域とか、そういう曖昧なイメージが混ざり合いながら膨らんでいく。
「あー……いいな、それ」
呟きながら神殿前まで歩き出した。
地面を踏み締めるたび、足音だけが静かな世界へ響く。まだ風も弱く、鳥も居ない世界だからこそ、自分の存在だけがやけに鮮明だった。
まず必要なのは道だと思った。
今はただ地面が広がっているだけで、神殿へ向かう流れが存在しない。だから俺は、参道のように真っ直ぐ伸びる石畳を思い浮かべる。
白を基調にしながらも、薄く金色の筋が走る滑らかな石。
すると地面が静かに形を変え始めた。
何も無かった世界へ、線を描くように石畳が広がっていく。
中央の大きな道。
左右へ分かれる小道。
知識の木へ向かう静かな通路。
それらが自然に繋がり、最初からそこに存在していたような調和を持って広がっていく。
「うわ……」
俺は思わず足を止めた。
何度見ても、この光景を不思議に感じる。
自分の考えたものが、そのまま世界へ定着していく感覚は、胸が躍ると同時に、自然と背筋も伸びるものだった。
だが同時に、たまらなく面白い。
俺はそのまま歩きながら、さらに景色を重ねていく。
石柱を並べる。
低い白壁を作る。
花壇を置く。
回廊を伸ばし、ところどころへ休憩用の長椅子を配置する。
すると神殿周囲だった空間に、“意味”が生まれ始めた。
ただ白いだけだった場所が、人を迎える空間へ変わっていく。
作れば作るほど、世界の方が俺のイメージを補完していく明確な感覚を感じる。
俺は神殿を思い描いた時感じた違和感を思い出す。神殿は、俺が想像していたものより遥かに完成されていた。
目の前の庭もそう。白柱には自然な彫刻が刻まれ、石畳には薄い模様が浮かび、花は色とりどりで多種多様だ。
頭の中ではぼんやりとしていた部分が、形になった瞬間には当然のように埋まっている。
まるで世界そのものが、『こうだろう?』と答え合わせをしてくれているみたいだった。
けれど、それを深く考えるのはやめた。
今まで何度も学習した。
その辺を考え始めると、また「何故」「どうして」の沼に沈み始める。
だから俺は、考える代わりに笑う事にした。
「まぁ、綺麗だからいいか」
実際、かなり気に入っている。
俺は石畳の中央へ立ち、神殿全体を見上げた。
白い柱が空へ伸び、その周囲を回廊が囲い、知識の木へ続く庭園は静かな神秘を漂わせている。
ようやく、“神殿だけ浮いている感じ”が消えてきた。
だが、そこでふと違和感を覚えた。
神殿の背後。
そこだけがまだ真っ白なのだ。
前方は庭園。
左右には回廊。
なのに後ろだけ、世界が途切れているみたいに空虚だった。
「……背景欲しいな」
その瞬間、頭の中へ“山”が浮かぶ。
巨大すぎるものではない。
300m程度の低山が横へ連なり、豊かな森と湧き水があるような山。
そうだ、湧き水があるなら滝もあるな。滝は崖から流れ落ちて、その下に広がる美しい泉。
「あー……絶対いいじゃん、それ」
想像しただけでテンションが上がる。
俺は神殿裏へ歩き、白い空間の前で立ち止まった。
ここから景色を作る。
そう思うだけで胸が高鳴る。
俺は大きく息を吸い込み、ゆっくり腕を広げた。
まず大地が震えた。
低い轟音が響き地面が盛り上がり始める。
隆起。
岩盤。
地層。
世界そのものが押し上げられるように巨大な山が姿を現していく。
白い空間を裂くように岩肌が空へ突き上がり、山脈が神殿の背後へ広がっていく光景は、まるで世界誕生の瞬間みたいだった。
「ぅおおお……」
俺は思わず声を漏らす。
やがて神殿の背後には、森を纏った山が静かに控えていた。
決して高い山ではない。
だが中腹から大きく張り出した岩棚は異様な存在感を放ち、その先端から溢れ出した水が白い幕となって流れ落ちていた。
本流は一筋。
しかし岩肌へぶつかるたびに流れは砕け、無数の細流となって広がる。
白糸のような滝が幾重にも重なり、光を放つように飛沫が周囲を淡く輝かせていた。
遠目には、山そのものが光のヴェールを纏っているようにも見える。
落ちた水は深い蒼を湛えた泉へ注ぎ込み、その泉から溢れた流れは清らかな川となって神殿の傍を巡っていく。
「すっげぇ……」
自然と笑みが漏れる。
大きな流れと小さな流れ。激しい水音と静かなせせらぎ。
それらが一つへ溶け合い、水面へ無数の光を踊らせていた。
太陽はまだ存在しない。
なのに、水だけが自ら光を宿しているみたいに煌いて見える。
俺はその景色を見つめたまま、しばらく動けなかった。
やはりどうしても思ってしまう。ほんの少し前までは、ここには何も無かった。白しか無かった。
それなのに今は、山があり、水があり、景色があり、風がある。
世界が、ちゃんと存在している。
その実感が胸の奥へじわりと広がっていく。
俺はゆっくり息を吐きながら、小さく笑った。
「……やばいな、これ。めちゃくちゃ楽しい」




