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服を創造しよう

ふと周りを見ると騒ぎながら走り回っていたせいで、気付けば木や岩から随分離れた所まで来てしまっている。


「落ち着け、俺」


小さく呟く。


「こういう時は冷静にだ。冷静に考えるんだ」


言いながら歩き出す。

冷静になって考えると、自分の記憶に関してのみ、俺の創世者としての力が発揮される事が無いようだ。


ならば考えても分からないことをグダグダ考えても仕方ない。


どうも俺は基本、そこまで深刻な人間じゃなかった気がする。


友人たちと笑いあい、くだらない事で騒いで、 面倒な事は後回しにして、 宿題をギリギリまで放置して、 でも何だかんだ毎日を楽しく生きていた。


そんな空気だけが残っている。


考え込むのは性に合わない。そもそも、分からないものは分からないのだ。だったら今は出来る事をやるしかない。


それに、元からこの世界を作り直さなくてはいけないはずだった。その感覚だけは、ずっと胸の奥に残っている。


俺は白い世界がどこまでも広がる周囲を見回した。自分の意思一つで変化する空間。


普通じゃない。普通じゃないが――。


「……やってみるか」


ぽつりと呟く。


時間の感覚が無いという事は、逆に言えば終わりが存在しないという事かもしれない。


朝も夜も無い。


腹も減らない。


疲れもしない。


眠くもならない。


身体が衰えている感じも無い。


もしかすると、この場所には“老いる”という概念そのものが存在していないのかもしれなかった。


いや、それはその方がありがたい。


こんな訳の分からない状態で年老いて死ぬとか、流石に嫌すぎる。


何時戻るとも知れない記憶を、ただぼんやり待つだけというのも性に合わなかった。


俺はたぶん、もっと雑な人間な気がする。暇なら何か始めるし、面白そうなら手を出す。


どうにも誰かの掌の上で踊らされているような気がしないでもない。何か、大きな意図へ巻き込まれている感覚がある。


でもその正体が分からない以上、今は考えても仕方ない。


なら、せめて。


「暇つぶしぐらい楽しくってな」


俺は顔を上げた。


目の前には見慣れた三つの岩。立て掛けられた鏡。転がった日記。知識の木。

今の俺が知る世界の全てだ。白しかない空間は地平線も曖昧。だが今の俺には、それを変える力がある。


「だったら、まず何を作るか」


フムと悩みながら腕を組み、顎へ手を添えた時、不意に鏡へ映った自分の姿が目に入った。


改めて見た己の姿は、腰へバスタオルを巻き付けただけの完全風呂上がりスタイルだった。


「……」


数秒考える。


「服だな」


思わず真顔になる。


今更ながら、かなり酷い格好だった。これを服だと認識していた自分に驚愕を覚える。


「よりによって、なんでバスタオル……」


しかも、さっきまでそれで世界創造していた。


「いや恥っず……」


誰も見ていないのに急に羞恥が戻ってくる。


人間、服を着ると安心する生き物なんだなと妙な実感があった。


服。


布。


長い生地。


そこで、不意に頭の中へぼんやりとした映像が浮かぶ。


白い布を肩から垂らした人々。


石造りの街。


円柱。


神殿。


どこで見た記憶かは分からない。


映画か。


ゲームか。


教科書か。


だがイメージだけは残っていた。


「あー……古代ローマっぽいやつ」


確かトガとかいう名前だった気がする。


巻き付けるタイプの服。


なんか神様っぽい。


今の状況にも妙に合っている。


「普通の服より、そっちの方が面白いか」


そう思った瞬間だった。


身体へ、柔らかな感触が滑る。


俺は反射的に目を見開く。


今まで服を着ていなかったという事実さえ気のせいだったかのように、当たり前にトガを着ていた。きちんと編み上げのサンダルまで履いている。


薄く柔らかな布地は幾重にも重なり、それが自然な形で身体へ収まっている。


さらり、と音がした気がした。


実際には音なんて無かったのかもしれない。


だが、絹にも似た滑らかな感触が肌を撫でるたび、その静かな擦過音が聞こえるようだった。


「……えぇぇ」


思わず声が漏れる。


服は素晴らしい。布地は滑らかでサラサラした肌触りで、色は真っ白だが単調な白ではない、柔らかな光を含んだような白だった。


実に神々しくも優美な服なのだが。


「なぜ当たり前のように着ている? いつ変わった? てかバスタオルはどこに行った? 全く、気にするのをやめようと思った途端これだっ」


思わず憤りに地団駄を踏めば、裾が揺れ、生地の重なりが陰影を作る。


そんな様子が目に入り、諦めのため息が出た。


「まあ、岩はともかく、鏡も日記も突然現れたもんな。そういえば」


そういうものだと思い込み、俺は改めて着心地を確かめるべく、腕を動かしてみる。

肩から垂れた布は背中側へ流れ、腰の帯でまとめられていた。


生地は軽く、それでいて不思議と邪魔にならない。


そして、しっかりとサンダルまで履いている。


白い革と布を組み合わせた神殿仕様のソレアっていうやつだった気がする。


「なんか、すげぇ神秘的な感じ」


鏡に写った姿は、神秘的な服に金髪碧眼の天使のような容姿が加わり、お伽噺の登場人物のようだった。


俺は何度かその場で回ってみる。


裾がふわりと広がる。


「うわ、テンション上がるなこれ……」


だがしかし、如何せん中身が普通の男子高校生なので、表情や動きが見た目に追いついていない。


思わず笑いが込み上げる。その笑みすらただただガキ臭い。野暮ったい、なんだか滑稽だ。


でも楽しい。


意味もなく歩き回ると生地が揺れ、サラサラと後ろへ流れる。


なんか妙に気分がいい。


服一つでここまでテンションが変わるとは思わなかった。

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