とりあえず空を飛ぼう
俺は満足げに腕を組み、自分の世界を見渡した。
森が揺れ、川が流れ、滝が音を立て、花畑では蝶が舞っている。
鳥は空を旋回し、草原ではうさぎが跳ね回っていた。
ついさっきまで何もなかったとは思えない。
「いやぁ、やれば出来るもんだな俺」
思わず笑いながら頷く。
かなり楽しかった。
想像したものがそのまま形になるというのは、思っていた以上に気分がいい。
しかも、誰にも文句を言われない。
最高である。
川の音が遠くから聞こえ、森を抜けた風がゆっくり衣を揺らしていく。
なんだか、全部終わった後みたいな静けさだった。
「……で、次なにしよ」
ぽつりと呟く。
勿論返事はない。当たり前だ。この世界には、俺しかいないのだから。
俺はぼんやり空を見上げた。相変わらず太陽は無いなのに明るいのは意味が分からない。
でもまぁ、今さらか。
「……とりあえず寝て見るかな」
不意にそんな感覚が込み上げる。
疲労は無い。
腹も減らない。
それでも、眠るという行為だけは、何故だか妙に恋しかった。
たぶん。
“一区切りついた”からだ。
そんな気がした。
俺はテクテクと神殿へ歩みを進めた。
神殿は思ったよりも遠く、なんだか歩くのが面倒になった。
別に、疲れているわけではないのだか、この感覚はなんなのだろう。
もしかして、日記が一日も続かなかったような、俺のものぐさな性格が戻ってきたのだろうか。
それならそれで、面白いのだが。
俺は立ち止まり、空を見上げた。空はあえて白いままにしておいた。なんとなく、そんな気分だったのだ。
そんな俺の視線に鳥が眼に入った。鳥は高らかに歌い、羽ばたく。
「ああ、そうか。俺も翼をつければ良いや」
口に出していってみたが、果たして叶うかどうか。どうにも自分の事への願いは叶わない率が高い。
だが、試して見る価値はある。
俺はイメージした。白くふんわりとした清美な翼。力強く空を駆け巡る強固な翼。でも何時もは存在しない翼。使いたい時だけ生える、便利な翼。
すると背中がもぞもぞした。
俺は急いで上着を脱いだ。するとバサリと翼が広がる。
「ぅわあ」
背中に力を感じる。見ると白く煌く翼がある。
その翼を何度か動かし、自分の意思に従うことを確認した。
広げれば空気を抱き込み、閉じればふわりと収まる。
その感覚が妙に面白くて、俺は意味もなく数回ぱたぱた動かしてしまう。
「……やば、めちゃくちゃ楽しい」
俺は試しに力強く羽ばたいてみた。するとふわりと風に乗る。
「すっげ!」
一羽ばたきしただけなので、直ぐに地面に足が付く。俺はそのまま付いた足で地面を蹴り、空へ飛び立つ。
背中の翼は力強く羽ばたき、何処までも登っていけた。そして風が生まれていた事、日差しが生まれてた事に気付く。意図して願ってはいないが、自然とイメージしていたようだ。
太陽は無いのに日差しがあるって変な感じだ。だが、降注ぐその日差しは穏やかで、気持ちが安らぐ。俺は心行くまで飛行を堪能し、宮殿へ戻った。
白い石畳へ降り立つ。
羽ばたきの余韻で風が広がり、神殿前の草花がさわさわと揺れた。
思わず笑う。
たぶん今の俺、かなり顔が緩んでいる。
だって仕方ないだろ。
さっきまで何もなかった世界だぞ。
それが今じゃ空を飛んでるんだ。
普通テンション上がる。
俺は神殿の階段へ腰を下ろし、改めて自分が作った景色を見渡した。
風に揺れる木々。
川のせせらぎ。
飛び回る鳥。
花の匂い。
遠くでは滝が陽光を反射してきらきら光っている。
……いや。
「俺、センス良くね?」
誰もいないのに口へ出る。
というか、これ本当に俺が作ったのか?
美術の成績とか絶対そこまで良くなかった気がするんだけど。
「てかやっぱり、補正ありだよなぁ」
だが、補正ありであろうとも、実際に目の前へ存在している以上、俺が作ったのは間違いない。
俺は満足げに頷きながら、背後の神殿へ視線を向けた。
白い大理石の柱。高い天井。静かで荘厳な空気。
かなり神っぽい。
「……いや待て」
そこでふと気づく。
神殿。
白い衣。
翼。
空を飛ぶ能力。
世界創造。
「……俺、だいぶ神っぽいんじゃね?」
なんかもう、普通に神話の存在感が出始めている。
その事実が妙に面白くなって、俺は吹き出した。
「いやいやいや、でも中身ただの男子高校生だからな。まあ記憶は曖昧なんだけど」
思わず自分へツッコミを入れる。
神っぽい格好で、 「うおー飛べるー!」 とかやってるの、冷静に考えるとかなりアホだ。
でもまぁ、今さらか。
というか、そもそもこの世界、俺しかいないんだから格好つける必要もない。
そう思うと妙に気が楽だった。
俺は大きく伸びをする。
空気が美味い。
いや、本当に空気なのか知らんけど。
でも気持ちいい。
そこで不意に、なんとなくと腹を押さえた。
「……いや減ってないんだけど」
腹は減っていない。
それは分かる。
でも今、完全に“飯食いたい気分”だった。
さっきは寝てみようかと思い神殿へと戻ってきたが、空飛んでテンション上がって、その流れで何か食いたくなった。
たぶん感覚的には、遊び回ったあとコンビニ寄りたくなる感じに近い。
俺は顎へ手を当てる。
食事。
料理。
テーブル。
そういう単語が自然に浮かぶ。
食べられるのかわからない。食べた物がどうなるのか想像もつかないけど、きっとどうにでもなる気もしている。
「……せっかくだし作るか」
ならば豪華なのがいい。
世界初の飯だ。
しょぼいのは嫌だ。
俺は立ち上がると、上機嫌のまま神殿の中へ入った。足音が石床へ反響して、やけに広く感じる。だが、不思議と嫌な静けさではなかった。むしろ、自分の作った空間だと思うと妙に落ち着く。
「……神殿っていうか、これ普通にテンション上がるな」
俺はきょろきょろと辺りを見回しながら歩いていく。
大広間。
長い回廊。
円柱の並ぶ空間。
奥には半円状に開けた場所があり、外の景色が見渡せるようになっていた。
風が入り込む。
森の匂いがする。
遠くで水音も聞こえた。
「……ここ、いいな」
なんとなくそう思った。
広い。
景色もいい。
静かだ。
それに、何故だか分からないが、“ここは食事をする場所っぽい”と感じた。
たぶん、元の世界の記憶が曖昧に残っているのだろう。
食堂。
ラウンジ。
テラス席。
そういう感覚に近い。
俺はその空間の中央へ歩いていく。
「よし。ここ飯食う場所にしよう」
口にした瞬間、空間がわずかに変化した。
白い石床の中央へ、長い卓がゆっくり姿を現す。
滑らかな白木の天板。
繊細な装飾の入った脚。
それを囲む椅子。
さらに卓上へ、銀食器や透明なグラスが次々と並び始めた。
「おぉ……」
思わず感嘆が漏れる。
なんか、想像以上にちゃんとしてる。
高級ホテルとか、映画とかで見たことある感じだ。
いや、実際行ったことがあるのかは分からないけど。
俺は少しテンションが上がりながら席へ近づいた。
それから今度は料理を思い浮かべる。
焼き立てのパン。
湯気の立つスープ。
肉料理。
魚料理。
甘い果物。
デザート。
“美味そうな料理”というかなり雑なイメージだったが、次々と卓上へ料理が現れていく。
香りが広がる。
焼きたての匂い。
香草の香り。
甘い果実の匂い。
その瞬間、俺のテンションは一気に跳ね上がった。
「うわっ、すっげ……!」
完全にパーティー会場だった。
しかも全部、俺好みっぽい。
見ただけで“絶対うまいやつ”って分かる。
俺は待ちきれず席へ座る。
椅子は柔らかく、妙に座り心地が良かった。
なんかこう、ちゃんと“偉い人の席”感がある。
「……いや、まぁ神っぽいしな俺」
自分で言って、ちょっと笑う。
ついさっきまで裸で白い空間をうろうろしてたのに、今は神殿で豪華な食事だ。
人生どころか世界の変化幅がおかしい。
俺は手始めにパンへ手を伸ばした。
温かい。
指へ柔らかさが返ってくる。
ちぎると湯気が立ち上った。
「うわ、ちゃんとしてる……」
恐る恐る口へ運ぶ。
その瞬間、思わず目を見開いた。
「っ、うっま」
外側は少しだけ香ばしく、中は驚くほど柔らかい。
小麦の甘みまで感じる。
スープも飲む。
濃厚なのに重くない。
肉も柔らかい。
魚も美味い。
果物は信じられないくらい瑞々しい。
「なにこれ、全部当たりなんだけど」
俺はかなり上機嫌になりながら料理を食べ進めた。
食欲は無いはずなのに、不思議といくらでも食べられる。
いや、たぶん腹を満たしてるんじゃない。
これは“満足感”だ。
美味いもの食ってテンション上がってるだけだ。
そういう感覚。
俺は笑いながらグラスを持ち上げる。
透明な液体が光を反射した。
……そして、そこでふと動きが止まる。
広い卓。
大量の料理。
空席だらけの椅子。
静かな神殿。
その中心にいるのは俺ひとり。
聞こえるのは風と、水音と、自分が食器を触る音だけ。
さっきまでは気にならなかった静けさが、今は妙に広く感じる。
誰も喋らない。
誰も笑わない。
料理の感想を言う相手もいない。
当たり前だ、誰もいないのだから。
俺はグラスを置き、静かになった空間を見回した。
自分一人なのだから、こんな広い卓は必要なかった。大量の料理も、椅子も不要だった。
でも、ある。
「……あー」
小さく声が漏れる。
なんとなく、分かってしまった。
俺、多分。
「誰かと食いたかったんだな」
ぽつりと漏れた声は、広い神殿の中へ静かに溶けていった。
返事はない。
当たり前だ。
この世界には俺しかいない。
俺が作った風景があり、俺が作った料理があり、俺が作った神殿がある。
でもそこに、“誰か”だけがいない。
俺は椅子へ深く腰掛けたまま、ぼんやりと長卓を見渡した。
向かいの席。
斜め前の席。
空席。
全部空席。
もしここに誰かいたら、たぶん俺は、 「これうまくね?」 とか、 「見ろよこの景色」 とか、 くだらないことをずっと喋っていた気がする。
だが今は、料理の感想を言っても聞く相手がいない。
俺はグラスをくるりと回し、小さく息を吐いた。
「……人、作るか?」
口にした瞬間、自分で眉を寄せる。
「いやいやいや」
俺は頭を抱えた。
無理だろ。
さっき人は無しだ考えたばかりだ。
蝶とか魚とかとは訳が違う。
人だぞ。
人格があって、感情があって、考えて、生きる存在だ。
そんなものを俺が作る?
「責任重すぎんだろ……」
俺は椅子へだらりともたれ掛かる。
そもそも、だ。
俺、自分のことすらよく分かってない。
名前はわからない。記憶もない。なんでここにいるかも分からない。
なのに人を作るとか、どう考えても順番がおかしい。
しかももし、変なの出来たらどうする。
いや、変なのってなんだ。
そもそも正常な人間ってなんだ?
人格って作れるのか?
魂ってなんだ?
「うわ、待って待って待って」
急に怖くなってきた。
今まで作ってきたものは単純だった。
地面、岩、森、川、動物。
動物は単純じゃないけど、だけど俺が責任を持つと決めた。だから良い。
でも人は流石に責任を負いかねる。
中身がある。
その中身を、俺は理解しているのか?
俺は自分の額を押さえた。
考えれば考えるほど分からなくなる。
だいたい、もし俺が適当に作った存在が苦しみ始めたらどうするんだ。
それってかなり最悪じゃないか?
「……いや、無理無理」
俺はぶんぶん首を振る。
駄目だ。流石に軽いノリでやることじゃない。
だけど…、寂しい。
その感覚だけは、妙に誤魔化せなかった。
世界は綺麗だ。かなり理想通りだと思う。
なのに、完成するほど空白が目立つ。
俺は長い卓へ突っ伏した。
「……どうすっかなぁ」
改めて、創世者とかいうよく分からない役割が押し付けられたものだ。
なのに、気付けば俺は地面を作り、川を流し、山を生やし、生き物まで放っていた。
そこまでやってしまえば、さすがに分かる。
「これ、たぶん世界を直すんじゃなくって、作るんだろうな」
誰に言うでもなく呟く。
世界創造には人は付き物かもしれない。
ふわっと記憶にある神話に確かそんな一説があった気がする。
だけど。
「人を作るのは無しだ」
俺は顔を上げる。
そして、ふと思った。
「……寝るか」
なんかもう、考えるの疲れた。
いや疲れてはいないんだけど。
精神的に、こう、ぐるぐるしている。
こういう時、一回寝ると案外どうでもよくなったりする。
たぶん俺、そういうタイプだ。
俺は席を立つと、神殿の奥へ向かって歩き始めた。
長い回廊を抜ける。
静かな空間へ足音が響く。
部屋はいくつもあった。
広間。
円形の部屋。
水場みたいな場所。
よく分からん部屋。
俺はその中を適当に見て回り――やがて、一番奥の半円形の部屋で足を止めた。
大きな窓。
外には森が見える。
滝の音が微かに届く。
風通しもいい。
「……ここ寝室っぽいな」
そう思った瞬間、部屋が変化する。
床へ柔らかな絨毯が敷かれ、薄布の垂れた大きな寝台が現れる。
白を基調とした家具。
柔らかな灯り。
静かな香り。
なんかめちゃくちゃ高級感ある。
「うわ、すげぇ……」
俺は寝台へ近づき、恐る恐る腰掛けた。
柔らかい。
沈み込みすぎず、でも包まれる感じがある。
「やば、これ絶対寝れるやつじゃん……」
俺は編み上げサンダルを苦労して脱ぎ、足洗ってないな、とどうでもいいことを思いながら寝台へ倒れ込んだ。
柔らかな布が体を包む。
天井を見上げる。
静かだ。
でも、嫌な静けさじゃない。
たぶん、居場所ができたからだ。
俺はゆっくり目を閉じる。
人を作るか。
どうするか。
分からない。
でもまぁ。
「……起きた時の俺がなんとかすんだろ」
そう呟いて、俺は眠りへ落ちた。
目が覚めた時、驚くほど頭が軽かった。
「……あー、寝た」
思わず声が出る。
いや、どれくらい寝たんだ?
分からん。
でもめちゃくちゃスッキリしてる。
俺は寝台の上で伸びをする。
窓の外では鳥が鳴いていた。
風が木々を揺らしている。
なんかもう、普通に最高の朝だった。
昨日あれだけ悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいに。
「……よし」
俺は勢いよく立ち上がる。
悩みはまだ解決していない。
人を作る問題もそのままだ。
でも。
「別にいきなり人じゃなくてよくね?」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
もっとこう。
段階というものがある。
いきなり人格生命体は重い。
責任感が重すぎる。
だが、もっと気軽な存在なら。
もっとこう。
温かくて。
懐いてくれて。
一緒にいて落ち着く感じの。
「……モフモフだ」
その瞬間、脳内で何かが繋がった。
そうだ。
モフモフが必要だ。
絶対必要だ。
この広い神殿に、一人でいるから駄目なんだ。
モフモフがいれば全部解決する。
「犬!」
俺は勢いよく叫んだ。
そう、犬だ。
犬は最高だ。
賢い。
かわいい。
温かい。
しかも人より責任感が軽……いや軽くはないけど、人よりはまだ心理的ハードルが低い!
「よし、犬作ろう!」
昨日まで人類創造で悩んでいたとは思えない切り替え速度で、俺は神殿の窓を開け放った。




