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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第82話 剣神セレスティア、干し肉の神にされかける

 剣神セレスティア非信仰令が世界各地へ布告されてから、三日が過ぎた。


 祠は少しずつ撤去されている。


 剣神守りは回収されている。


 供物台は炊き出し台へ変わっている。


 剣神像を彫ろうとしていた彫師は、記録碑の製作へ回った。


 剣神の名を使った祈願札を売ろうとしていた商人は、記録官に帳簿を見られて青ざめている。


 世界は、少しずつ学び始めていた。


 祈るより、記録する。


 供えるより、食べさせる。


 祠を建てるより、橋を直す。


 剣神を祀るより、各々の持ち場に立つ。


 そのはずだった。


 だが、人の理解というものは、時に妙な方向へ転がる。


 白樹の森の大広間。


 ルシェルは、各地から届いた報告書を読んでいた。


 その表情が、だんだん険しくなる。


 セレスティアは、向かい側で死者名簿の写しを確認していた。


 ミレーヌは、復興拠点から届いた子どもたちの手紙を整理している。


 王は各地の復興進捗を見ている。


 王妃は、昼食の献立確認をしていた。


 静かな午前だった。


 少なくとも、ルシェルが報告書を置くまでは。


「姉上」


「はい」


 セレスティアは顔を上げた。


 ルシェルの声が、妙に平坦だった。


 これは危険な時の声である。


「確認したいことがあります」


「何でしょう」


「姉上は、干し肉を司っていますか」


 大広間が止まった。


 王の手が止まる。


 ミレーヌが手紙を落としかける。


 王妃が、献立表から顔を上げる。


 セレスティアは、しばらく何を聞かれたのか理解できなかった。


「……はい?」


 ルシェルは、もう一度言った。


「姉上は、干し肉を司る剣神ですか」


「違います」


 即答だった。


「わたくしは、干し肉を司っていません」


「では、食卓を守護する剣神ですか」


「違います」


「保存食の加護を与える神では」


「ありません」


「旅人が干し肉を食べる前に姉上の名を唱えると、道中安全になるということは」


「ありません」


「干し肉を噛み切れた子どもは、剣神の加護を得たという説は」


「ありません」


「干し肉を硬く作るほど、剣神に近づくという鍛錬法は」


「ありません」


 ミレーヌが口元を押さえた。


 笑ってはいけない。


 だが、かなり苦しそうだった。


 王は、目を閉じていた。


 王妃は、静かに言った。


「ルシェル」


「はい」


「報告書を読み上げなさい」


「はい」


 ルシェルは、淡々と読み始めた。


「王都南街道復興拠点において、非信仰令の周知後、次の俗説が発生」


「剣神セレスティアは、祠を嫌い、食事を重んじる」


「供物を子どもに食べさせよと命じた」


「本人は朝食に必ず出る」


「ゴルド親方が干し肉を食えと強調している」


「よって、剣神セレスティアは食卓を守る神である」


「さらに、干し肉は剣神の地上の錨である」


「ゆえに、干し肉を食べれば剣神の加護がある」


 セレスティアは、額に手を当てた。


「どうして、そうなりますの」


 ルシェルは、次の紙を出した。


「別件です」


「まだありますの?」


「はい」


「北街道の商人が、剣神干し肉なる商品を販売準備中」


 大広間の空気が凍った。


 ルシェルは読み続ける。


「表示予定文言」


「祠不要」


「食べれば復興」


「剣神様も召し上がる保存食」


「邪神を斬った後にも噛める硬さ」


「旅のお守りに」


 セレスティアは、静かに目を閉じた。


 黒星が低く鳴る。


『主よ』


「はい」


『斬るか』


「斬りません」


 閃白が澄んで言う。


『濁っています』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『剣神信仰利用、干し肉経由で発生』


「経由しないでほしかったですわ」


 ミレーヌは、ついに少し笑ってしまった。


「お姉様、申し訳ありません」


「ミレーヌ」


「でも、干し肉を司る剣神は」


「違います」


「はい」


「違います」


「はい」


 王妃は、静かに献立表へ何かを書き込んだ。


 セレスティアは気づいた。


「お母様、何を書いていますの」


「昼食の干し肉を少し減らすべきか検討しています」


「減らすのですか」


「増やすと誤解を招きます」


「減らすと、わたくしが干し肉を避けているという噂になりませんか」


 王妃は少し考えた。


「その可能性もありますね」


 王が静かに言った。


「通常通りがよい」


 王妃は頷いた。


「では通常通りにします」


 セレスティアは、なぜ干し肉の量が政治判断になっているのか、少し分からなくなった。


 ルシェルは、さらに別の報告書を出した。


「草原諸族の一部では、保存食を大切にする教訓として好意的に受け取られています」


「それは悪くありません」


「はい。ただし、剣神印の干し肉袋を作ろうとした者がいます」


「駄目です」


「既に止めました」


「ありがとうございます」


「海の民では、干し魚版の話が出ています」


「干し魚」


「剣神様は干し肉だけでなく干し魚も守るのではないか、と」


「守りません」


「竜の谷では、硬い干し肉を噛む顎の鍛錬が若竜に流行しかけています」


「なぜですの」


「剣神が噛むなら強いものだろう、とのことです」


「わたくしは顎を鍛えるために食べているのではありません」


 黒星が低く言った。


『地上の錨だ』


「黒星、その言い方も誤解を招きます」


『すまん』


 ゴルドの通信が、突然開いた。


 大広間に、豪快な笑い声が響く。


「ははははははは!」


 セレスティアは、通信術式を見た。


「親方」


「干し肉を司る剣神!」


「笑わないでください」


「いや、似合うぞ」


「似合いません」


「邪神を斬って、朝食に戻って、干し肉を食う神だろ」


「事実を並べないでください」


 ゴルドは、まだ笑っていた。


 横からバルドの声も聞こえる。


「父上、笑いすぎです」


「笑うだろ、これは」


「確かに、工房でも話題になっています」


 セレスティアは、頭が痛くなりそうだった。


「バルドまで」


「申し訳ありません。ただ、弟子の一人が看板に書こうとして止めました」


「何と」


 少し沈黙があった。


 バルドが正直に言う。


「バカ姫、干し肉の神ではない。ただし食え」


 大広間が静まった。


 ルシェルが筆を取った。


「採用候補です」


「採用しないでください」


 ゴルドが言う。


「いや、いいだろ」


「親方」


「分かりやすい」


「分かりやすさの問題ではありません」


 王妃が少し考える。


「注意書きとしては有効です」


「お母様」


「ただし、公式文言としては整えましょう」


 ルシェルが頷いた。


「はい」


 セレスティアは、完全に逃げ場を失った気がした。


 王が言った。


「セレスティア」


「はい」


「現地へ行くか」


「行きます」


「商人の件は止める必要がある」


「はい」


「ただし、干し肉そのものを否定してはならない」


「はい」


「保存食は復興期に重要だ」


「はい」


「民の冗談も、全て罰するものではない」


「はい」


「加護や御利益として売る行為を止める」


「承知しました」


 王妃が言った。


「出発前に食事を」


 セレスティアは、母を見た。


「今から干し肉騒動へ行くのに」


「だからこそです」


「食べるのですか」


「通常通りです」


 昼食には、通常通り干し肉があった。


 セレスティアは、皿の端の干し肉を見た。


 これを食べれば、また何かの記録になるのではないか。


 食べなければ、干し肉を避けた剣神と言われるのではないか。


 どうして、干し肉一つでここまで考えなければならないのか。


 セレスティアは、静かに干し肉を噛んだ。


 硬い。


 相変わらず硬い。


「硬いですわ」


 ミレーヌが笑いをこらえている。


 ルシェルは記録板を見た。


 王妃が見た。


 ルシェルは、筆を置いた。


 午後。


 セレスティア、ルシェル、ミレーヌ、記録官数名、そして通信でゴルドとバルドが繋がった状態で、北街道の市場へ向かった。


 市場は復興物資の集積地になっていた。


 木材、薬草、保存食、布、工具、鍋、縄、靴。


 さまざまな物が売られている。


 その一角に、問題の店があった。


 まだ販売前だったが、看板は準備されている。


 剣神干し肉。


 祠不要、食べれば復興。


 剣神様も召し上がる保存食。


 旅のお守りに。


 邪神を斬った後にも噛める硬さ。


 セレスティアは、看板を見て、しばらく黙った。


 黒星が低く言う。


『硬さは事実だ』


「そこではありません」


 閃白が澄む。


『御利益化しています』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『商業利用、確認』


「はい」


 店主は、セレスティア本人が来たことに気づき、顔を真っ青にした。


「け、剣神様」


「セレスティアです」


「申し訳ございません!」


「まだ何も聞いていません」


「はい!」


 店主は汗をかいていた。


 昨日の南街道の商人の話を聞いていたのだろう。


 セレスティアは看板を指した。


「これは何ですか」


「干し肉でございます」


「それは見れば分かります」


「保存食でございます」


「それも分かります」


「復興地へ向けた、栄養価の高い保存食として」


「そこは良いことです」


 店主が少しだけ顔を上げる。


「では」


「ですが、剣神干し肉とは何ですか」


 店主は、また顔を伏せた。


「剣神様も干し肉を召し上がると聞きまして」


「食べます」


「復興には保存食が必要で」


「必要です」


「ならば、剣神様にあやかれば、皆が保存食を大切にするかと」


「そこまでは理解できます」


 店主の顔が少し明るくなる。


 セレスティアは、続けた。


「ですが、旅のお守りに、とは何ですか」


「それは、その」


「食べれば復興、とは」


「元気が出るという意味で」


「剣神様も召し上がる、とは」


「事実かと」


「邪神を斬った後にも噛める硬さ、とは」


「硬さを表現しようと」


 通信の向こうでゴルドが笑いをこらえている気配がした。


 セレスティアは無視した。


「保存食として売るなら構いません」


 店主が顔を上げる。


「はい」


「ですが、剣神の名で御利益を売ってはいけません」


「はい」


「わたくしの名を使い、旅のお守りと表示してはいけません」


「はい」


「食べれば剣神の加護が得られるように見せてはいけません」


「はい」


「硬さは」


 セレスティアは少し言葉に詰まった。


「硬さは、まあ、食品として適切な範囲で」


 ルシェルが記録する。


「硬さは食品安全上適切な範囲で」


 ゴルドが通信越しに言う。


「硬い方が保存は効くぞ」


 セレスティアが答える。


「歯が折れる硬さは駄目です」


 バルドが冷静に言う。


「父上の干し肉は、一般流通にはやや硬すぎます」


「バルド」


「事実です」


 店主は困惑していた。


 セレスティアは、看板を下ろさせた。


「この看板は使用不可です」


「はい」


「商品名は、北街道保存干し肉、などにしてください」


「はい」


「復興地向け保存食と表示するのは構いません」


「はい」


「剣神の名は使わないこと」


「はい」


「祠不要という文言も、商品には不要です」


「はい」


「子どもや負傷者へ配る分については、価格を下げるか、復興支援として提供すること」


「はい」


「その場合、記録官が確認します」


「はい」


 店主は、深く頭を下げた。


「申し訳ございませんでした」


「謝罪は受け取ります」


「はい」


「保存食を作ること自体は、復興に必要です」


「はい」


「ですから、正しく作ってください」


「はい!」


 ミレーヌが、店の干し肉を見ていた。


「お姉様」


「はい」


「保存食は本当に大切ですよね」


「はい」


「では、剣神様の加護ではなく、保存食としての価値を広めればよいのですね」


「その通りです」


 ルシェルが頷いた。


「食料備蓄指針に入れましょう」


「また規程が」


「必要です」


 ルシェルは真面目だった。


「剣神信仰利用防止と、復興期食料備蓄の重要性を分けて整理する必要があります」


「はい」


 市場の周囲には人が集まっていた。


 干し肉騒動を聞いた民たちだ。


 セレスティアは、その前に立った。


 また説明が必要だった。


「皆様」


 民たちが静まる。


「食事は大切です」


 全員が聞いている。


「保存食も大切です」


「干し肉も、まあ、大切です」


 ゴルドが通信越しに言う。


「もっと自信持って言え」


 セレスティアは軽く無視した。


「ですが、わたくしは干し肉を司っていません」


 数人が目を丸くした。


「干し肉を食べても、剣神の加護は得られません」


 子どもが小さく言った。


「得られないの?」


「得られません」


「強くならない?」


「食べれば、空腹は避けられます」


「それだけ?」


「それで十分です」


 子どもは、少し考えた。


「空腹だと働けない」


「はい」


「じゃあ大事」


「はい」


「でも加護じゃない」


「はい」


「分かった」


 セレスティアは頷いた。


「よろしいです」


 民たちの中から笑いが起きた。


 セレスティアは続ける。


「祈るために食べるのではありません」


「生きるために食べるのです」


「復興するために食べるのです」


「子どもを育てるために食べるのです」


「怪我を治すために食べるのです」


「旅を続けるために食べるのです」


「そこに、わたくしの加護を足す必要はありません」


 市場の者たちは、静かに聞いていた。


「食事を大切にしてください」


「保存食を粗末にしないでください」


「ですが、それを信仰にしないでください」


「干し肉は干し肉です」


「神具ではありません」


 ゴルドが通信越しに笑った。


「名言だな」


「親方、笑わないでください」


「干し肉は干し肉」


「当然のことです」


「そういう当然が一番大事なんだよ」


 セレスティアは、少しだけ黙った。


 確かにそうだった。


 邪神は、当然のことを歪めた。


 死者を眠らせない。


 生者を素材にする。


 食事も、感謝も、祈りも、意味を過剰に載せれば歪む。


 干し肉は干し肉。


 食べ物は食べ物。


 生きるためのもの。


 それでよい。


 説明が終わると、ルシェルは市場の掲示板へ新しい注意書きを貼った。


 剣神セレスティアは、食卓、保存食、干し肉を司る神ではない。


 ただし、復興期における食事、保存食、炊き出し、子どもへの食糧配分を重視する。


 食事を祈願対象とせず、生活維持及び復興活動として扱うこと。


 干し肉を食べても剣神の加護は得られない。


 ただし、空腹は避けられる。


 それで十分である。


 ミレーヌが、それを読んで笑った。


「最後の二行、強いです」


 セレスティアは、少しだけ遠い目をした。


「本当に貼るのですね」


 ルシェルは頷いた。


「必要です」


 市場の人々も読み始める。


 ある者は笑った。


 ある者は納得した。


 ある者は、干し肉を買って普通に食べた。


 それでよかった。


 夕方。


 白樹の森へ戻る前に、セレスティアは問題の商品を一切れ試食することになった。


 店主が恐縮しながら差し出す。


「通常保存用です。剣神名は外します」


「はい」


 セレスティアは一口噛んだ。


 硬い。


 だが、ゴルドの干し肉ほどではない。


「食べやすいです」


 店主は少し安心した。


「ありがとうございます」


 通信の向こうでゴルドが言う。


「柔いんだろ」


「親方のものよりは」


「鍛え方が足りねぇ」


 バルドが言う。


「保存食は食べやすさも重要です」


「分かってる」


「父上の干し肉は、剣神様専用に近いです」


「そんなつもりはねぇ」


 ルシェルが筆を取った。


「ゴルド親方製干し肉、剣神専用に近い硬度」


「ルシェル」


「冗談です」


「本当に?」


「半分は」


 セレスティアは、ため息をついた。


 その夜、白樹の森へ正式報告が上がった。


 北街道市場における剣神干し肉騒動。


 剣神名を用いた商品名及び御利益表示を撤回。


 保存食としての販売は許可。


 復興地向け価格調整及び支援分提供を指示。


 剣神セレスティアは、食卓、保存食、干し肉を司る神ではない旨、公式注意書きを掲示。


 食事及び保存食の重要性は確認。


 信仰対象化は不可。


 白樹の森の食堂。


 その報告を読み終えた王は、少しだけ口元を緩めた。


「干し肉を司る神ではない、か」


 セレスティアは、夕食の席で干し肉を見ていた。


 今日も皿の端にある。


 通常通り。


 王妃は、何も言わずに見ている。


 ミレーヌは、明らかに笑いをこらえている。


 ルシェルは記録板を持っていない。


 そこだけは救いだった。


 セレスティアは、干し肉を噛んだ。


 硬い。


 やはり硬い。


 だが、今日は何と言うべきか迷った。


 硬いですわ、と言えば、また記録されそうな気がする。


 黙って食べると、何か負けた気がする。


 セレスティアは、少し考えてから言った。


「保存食として、優秀ですわ」


 ミレーヌが吹き出した。


 王妃も微笑んだ。


 王は静かに茶を飲んでいる。


 ルシェルは、記録板を取りに行こうとして、王妃に止められた。


 黒星が低く鳴る。


『主よ』


「はい」


『干し肉は干し肉だ』


「はい」


 閃白が澄んで言う。


『神具ではありません』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『ただし現世神性維持食材としての実績あり』


「解白」


『記録上の分類です』


「その分類が誤解を生んでいるのでは」


『可能性あり』


 セレスティアは、頭を抱えたくなった。


 食後。


 グランガルドから通信が入った。


 ゴルドの声が響く。


「バカ姫」


「はい」


「看板を更新したぞ」


「嫌な予感しかしません」


 バルドが読み上げた。


「バカ姫、干し肉の神ではない」


「ただし食え」


「空腹では復興できない」


「祠不要」


「本人は飯を食う」


 セレスティアは、しばらく沈黙した。


「親方」


「何だ」


「最後の一文は」


「重要だろ」


「……否定できません」


 ゴルドが笑った。


 バルドも少し笑っている気配がした。


「セレスティア様」


「はい、バルド」


「工房の弟子たちは、今日から作業前に干し肉を食べることにしました」


「なぜですか」


「空腹では復興できない、という看板を読んだためです」


「加護目的ではありませんね」


「ありません。単に腹持ちが良いからです」


「それならよいです」


 ゴルドが言う。


「そういうこった」


「親方」


「何だ」


「干し肉は干し肉です」


「知ってる」


「神具ではありません」


「当たり前だ」


「では、看板に余計な意味を」


「食え」


「……はい」


 通信が切れた後、セレスティアは夜空を見上げた。


 邪神戦争は終わった。


 剣神非信仰令も出た。


 祠も壊した。


 守り札も回収した。


 だが、今度は干し肉の神にされかけた。


 世界を救った後の戦いは、本当に面倒だった。


 だが、悪い気はしなかった。


 なぜなら、これは生きている者たちの誤解だからだ。


 祈りではなく、食事。


 神殿ではなく、食卓。


 供物ではなく、炊き出し。


 それが少し変な方向へ転がっただけである。


 なら、そのたびに正せばいい。


 斬るのではなく。


 説明して。


 記録して。


 食べて。


 笑って。


 また直す。


 セレスティアは、小さく呟いた。


「わたくしは、干し肉を司っていません」


 黒星が低く鳴る。


『知っている』


 閃白が澄む。


『もちろんです』


 解白が淡く言う。


『ただし、関連俗説として記録』


「記録しなくてよろしいです」


 夜風が、白樹の森を通り抜けた。


 遠くの市場では、剣神干し肉の看板が外され、北街道保存干し肉の看板に変わっている頃だろう。


 それでよい。


 干し肉は干し肉。


 食べ物は食べ物。


 神具ではなく、生活の一部。


 剣神セレスティアは、食卓を司らない。


 干し肉も司らない。


 ただ、明日の朝食には出る。


 そして、皿の端に干し肉があれば、おそらくまた噛む。


 硬いと言いながら。


 それが、現世神として地上にいるということだった。

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