第9話 閃白の形
閃白の作剣は、黒星とはまるで違っていた。
黒星は重かった。
火も、音も、槌も、すべてが重かった。
アダマンタイトの黒銀の塊を炉へ入れ、赤く脈打つまで熱し、ゴルドが大槌で叩く。
一打ごとに鍛冶場が震えた。
一打ごとに、剣の芯が深くなった。
黒星は、まさに大剣として生まれた。
重く。
強く。
前へ出るために。
守り、受け、流し、最後に砕くために。
だが、閃白は違う。
閃白は、音が細かった。
火も、黒星のときほど荒くない。
炉の中で白銀のオリハルコンが光を抱き、まるで月の欠片のように静かに熱を含んでいく。
ゴルドの槌も違った。
大槌ではない。
黒星の芯を打った重い槌ではなく、少し小ぶりで、柄の長い槌。
力で叩き伏せるためではない。
線を整えるための槌だった。
かん。
かん。
かん。
黒星のときのような、鍛冶場の壁を震わせる音ではない。
だが、その一打は恐ろしく正確だった。
剣のどこに力を通すか。
どこに魔力導線を置くか。
どこを残し、どこを薄くし、どこを支えるか。
それを一打ごとに決めていく音だった。
セレスティアは、測定陣の中央に立っていた。
背には黒星。
左腰には、まだ存在しない閃白を想定している。
黒星が完成してから、三日。
その間、セレスティアは毎日、黒星を背負った状態で抜刀の型を見せ続けた。
左手を腰へ。
黒星の重みを背で受ける。
肩を開きすぎない。
背の黒星に魔力を食われないよう、魔力の流れを細く絞る。
腰から左手へ。
左手から存在しない柄へ。
そこから刃筋へ。
斬撃の線を置く。
ただ抜くだけではない。
閃白は、抜く瞬間にすでに斬っている剣である。
腰にある状態から、空間へ白い線を走らせる。
黒星のように戦場の中心を奪う剣ではない。
閃白は、隙間を斬る剣。
魔法の継ぎ目。
鎧の合わせ目。
高速で動く敵の残像。
相手の意識が追いつかない半拍。
そこへ、白い閃きを置く。
ゴルドは、その動きを見続けた。
何度も。
何度も。
何度も。
「遅い」
「今のは魔力が太い」
「黒星の重みを背で殺すな。背負ったまま使え」
「左肩が動きすぎだ」
「抜いた後に魔力を捨てるな。戻せ」
「そこで刃筋を曲げるな。曲げるなら半拍後だ」
相変わらず、言葉は厳しい。
だが、その指摘はすべて正しかった。
セレスティアは修正した。
前世の閃白をなぞるのではない。
今生の閃白に必要な動きを、身体へ落とし込んでいく。
黒星を背負っているからこそ、閃白の抜刀は変わる。
黒星の重みが、背中に中心を作る。
その中心を崩さず、左腰から白い線を走らせる。
前世では、力と勘でやっていた。
今生では違う。
魔力で黒星を背に固定する。
魔力で左肩の余計な動きを抑える。
魔力で腰から手首までの線を細く整える。
そして、存在しない閃白へ刃筋を送る。
そのたびに、水晶板には細い白銀の線が浮かび上がった。
黒星の測定時より、線が多い。
細い。
複雑。
だが、乱れてはいない。
ゴルドは水晶板を見て、何度も舌打ちした。
「面倒だ」
「何がですの?」
「お前だ」
「またですのね」
「黒星の時も面倒だったが、閃白はもっと面倒だ」
「それは、良い意味ですの?」
「半分はな」
「半分だけですのね」
「残り半分は純粋に面倒だ」
「正直ですわ」
ゴルドは、オリハルコンの白銀の素材を炉から引き出した。
まだ剣ではない。
細長い板状。
だが、少しずつ剣身の気配が生まれ始めている。
黒星のように厚くはない。
だが、薄すぎない。
両手剣としての強度を持たせながら、速さを殺さない厚み。
刃の中央には、まだ浅い溝が走っている。
そこに、魔力導線が入るのだとセレスティアは分かった。
ゴルドは槌を構えた。
「今日は形を決める」
鍛冶場の空気が引き締まった。
セレスティアも息を整える。
「形を」
「ああ。閃白は、形を間違えれば終わりだ」
ゴルドはオリハルコンを見下ろした。
「黒星は多少無骨でもいい。むしろ無骨な方が黒星らしい。だが、閃白は違う」
「美しくなければならない」
「そうだ」
ゴルドは、珍しく否定しなかった。
「ただし、飾りとしての美しさじゃねぇ」
「人を斬れる美しさ」
「ああ」
ゴルドの目が鋭くなる。
「斬るための線。抜くための角度。魔力を通すための厚み。返すための重心。全部が揃って、初めて閃白になる」
セレスティアは静かに頷いた。
「はい」
「だから、今日はお前も気を抜くな」
「わたくしも?」
「当たり前だ。閃白の形は、わしだけでは決まらん」
「何をすればよろしいですの?」
「抜刀を続けろ」
「存在しない閃白を?」
「ああ」
ゴルドはオリハルコンへ視線を戻した。
「わしは、お前の抜刀を見ながら形を整える」
セレスティアは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
ゴルドは今、閃白を単なる設計図通りに打っているのではない。
セレスティアの動きに合わせて、剣の形を決めようとしている。
使い手と剣。
鍛冶師と剣士。
その呼吸が合わなければ、閃白は生まれない。
セレスティアは背の黒星に軽く魔力を通した。
黒星が、静かに応える。
背中の重みが安定する。
左腰は空いている。
そこへ、まだ存在しない閃白を置く。
セレスティアは構えた。
「始めますわ」
「やれ」
左手が腰へ走る。
抜く。
存在しない白い刃を抜く。
空気に白い線が走る。
実際には剣はない。
だが、セレスティアの魔力が、刃筋の形で空間へ伸びた。
水晶板が光る。
ゴルドは、それを横目で見た。
かん。
槌が落ちる。
オリハルコンがわずかに形を変える。
「もう一度」
「はい」
セレスティアは再び抜いた。
今度は、斜め上へ。
相手の首元を斬る線。
黒星では間に合わない近距離の高速斬撃。
ゴルドの槌が落ちる。
かん。
「もう一度」
横薙ぎ。
魔法障壁の継ぎ目を斬る線。
かん。
「もう一度」
下から斬り上げる。
鎧の脇へ滑り込む線。
かん。
「もう一度」
抜いた刃を途中でわずかに曲げる。
相手の防御の外側から内側へ入る線。
水晶板に複雑な魔力の流れが映る。
若い弟子が息を呑んだ。
「斬撃が……曲がっている」
古参の職人が低く言う。
「曲げているのではない。刃筋を置き直している」
「置き直す?」
「抜いた後で無理に曲げるのではなく、抜く前から曲がる線を用意している。だから遅れない」
「そんなことが」
「普通はできん」
ゴルドが怒鳴った。
「しゃべっている暇があるなら記録を取れ!」
「はい!」
弟子たちが慌てて水晶板の光を写す。
ゴルドは、目を逸らさない。
セレスティアの抜刀を見る。
オリハルコンを見る。
炉の火を見る。
またセレスティアを見る。
そして、槌を落とす。
かん。
かん。
かん。
少しずつ、閃白が形を持っていく。
剣身は細身だが、頼りないわけではない。
根元はしっかりと厚みを持たせている。
そこから先へ向かって、無駄なく細くなる。
切っ先は鋭い。
だが、刺突だけに寄せていない。
斬るための腹がある。
魔力を走らせるための中央線がある。
刃の両側には、ほとんど見えないほど細い補助導線の溝が刻まれていく。
それは、白い葉脈のようだった。
セレスティアは抜き続けた。
何十度も。
何百度も。
左手が熱を帯びる。
肩が重くなる。
背の黒星がじわりと存在感を増す。
だが、黒星は邪魔をしない。
むしろ、背にあることで軸が安定する。
黒星が中心を作り。
閃白が線を走らせる。
前世の自分も、これをしていた。
だが、今の方がはるかに細かい。
黒星の魔力が背で整い、左腰へ流れる魔力がより明確になっている。
今生の二振りは、別々ではない。
黒星があるから、閃白がより鋭くなる。
閃白があるから、黒星の間合いの内側が埋まる。
セレスティアは、存在しない閃白を抜きながら、その感覚を掴み始めていた。
「ゴルド親方」
「あん?」
「閃白は、前世より少し長くなりますか?」
ゴルドの槌が止まった。
弟子たちも顔を上げる。
ゴルドは、オリハルコンを見たまま言った。
「分かったか」
「感覚ですが」
「合っている」
セレスティアは目を細めた。
「やはり」
「前の閃白より、わずかに長くする」
「なぜですの?」
「今のお前は、魔力で刃筋を補正できる。なら、ほんの少し長くても扱える」
「はい」
「それに、黒星が前より制御寄りになった。閃白が短いと、黒星との役割差が曖昧になる」
「黒星が戦場の中心を取る剣」
「ああ」
「閃白は、その外側と内側の隙間を斬る剣」
「そうだ」
ゴルドは、また槌を落とした。
かん。
「だから、前より半寸長い」
「半寸」
「長すぎれば邪魔だ。短すぎれば足りねぇ。半寸だ」
セレスティアは、左腰に存在しない柄を想定した。
前世の閃白より半寸長い。
抜く。
たしかに、今の自分なら扱える。
魔力で刃筋を支えられる。
左手から切っ先までの線が伸びても、遅れない。
むしろ、斬撃の終端が美しくなる。
「良いですわ」
「だろうな」
「相変わらず、わたくしの剣をよく分かっておりますのね」
「分からなきゃ打たねぇ」
「嬉しいですわ」
「顔を緩めるな」
「無理です」
「だろうな」
ゴルドは鼻を鳴らした。
だが、その口元も少しだけ緩んでいた。
セレスティアは見逃さなかった。
「笑いましたわね」
「笑ってねぇ」
「笑いました」
「抜刀に集中しろ、バカ姫」
「はい、頑固親方」
弟子たちが笑いかけたが、ゴルドの視線で即座に作業へ戻った。
鍛冶場の外では、看板が相変わらず並んでいる。
バカの剣のみゴルド対応。
バカじゃない剣は弟子対応。
バカ判定終了。
黒星完成。
床破壊注意。
酒三樽。
作業前飲酒禁止。
ひどい有様である。
だが、町の者たちはもう慣れ始めていた。
朝になると、今日の看板は増えているかと見に来る者までいるらしい。
セレスティアとしては複雑だ。
だが、今は閃白だ。
看板は後回しである。
ゴルドは、オリハルコンを炉へ戻した。
「休憩だ」
セレスティアは左手を下ろした。
肩が重い。
背の黒星もずしりと重い。
だが、不思議と嫌な疲れではなかった。
存在しない閃白を何度も抜いたことで、左腰に空白ができている。
そこへ、閃白が入る。
その日が近いことが分かった。
ゴルドが水を投げてよこす。
「飲め」
「ありがとうございます」
セレスティアは水を受け取り、喉を潤した。
鍛冶場の熱で、身体が火照っている。
黒星の重みと抜刀の反復で、汗もかいていた。
白樹の森の王女としては見せられない姿かもしれない。
だが、ここでは構わない。
ここで自分は王女である前に、剣士だった。
ゴルドは作業台に広げた羊皮紙へ、新しい線を書き加えていた。
前世の閃白の設計図。
今生のセレスティアの抜刀線。
黒星との位置関係。
魔力の戻り。
それらが重なり、まったく新しい閃白の形が浮かび上がっている。
セレスティアは、それを横から覗き込んだ。
「綺麗ですわね」
「まだ線だ」
「線の時点で綺麗です」
「剣になってから言え」
「剣になれば、もっと綺麗ですわ」
「当然だ」
「謙遜は」
「しねぇ」
「でしょうね」
ゴルドは羊皮紙を指で叩いた。
「閃白の刃は、前より少し細くする」
「長くして、細くするのですか」
「ああ。ただし、根元は厚くする」
「根元で受け、先で斬る」
「それだけじゃねぇ」
ゴルドは中央線を指した。
「魔力は根元から入る。前の閃白は、魔力をそのまま切っ先へ走らせた。今度は違う」
「三層導線ですわね」
「ああ。外層は斬撃の伸び。中層は刃筋の補正。芯は魔力の戻り」
「そのために、根元に厚みが必要」
「そうだ」
ゴルドは、細い線をさらに足した。
「だが、根元が重すぎると抜きが遅れる。だから柄と鍔で釣る」
「鍔も変わりますの?」
「変える」
「前の閃白は、小さめの鍔でしたわ」
「今回は少しだけ重くする」
「なぜ?」
「黒星を背負った状態で抜くからだ。左腰の閃白が軽すぎると、抜いた瞬間に手が走りすぎる。黒星の重みと釣り合うだけの存在感が要る」
セレスティアは、自分の左腰に手を置いた。
まだ空白だ。
だが、ゴルドの言葉で、閃白の重みが想像できた。
軽すぎない。
細いが、頼りないわけではない。
黒星と釣り合いながら、まったく違う役目を持つ剣。
「……良いですわ」
「まだ形だけだ」
「それでも良いと分かります」
「調子に乗るな」
「少しだけです」
「その少しが信用ならん」
ゴルドは、休ませていたオリハルコンを再び炉から出させた。
作業が再開される。
今度は、剣身の輪郭を整える作業だった。
余分な厚みを落とす。
必要な厚みを残す。
刃の腹を作る。
魔力導線の位置を決める。
切っ先の角度を合わせる。
閃白の形が、目に見えて整っていく。
セレスティアは、そのたびに抜刀を見せた。
斬撃の線に合わせて、ゴルドが形を変える。
ゴルドの槌に合わせて、セレスティアが動きを修正する。
どちらが先でもない。
剣士と鍛冶師が、互いに相手の仕事へ応えている。
鍛冶場にいる弟子たちは、その光景を黙って見ていた。
若い弟子の一人が、ぽつりと呟く。
「これが、親方の剣打ち……」
古参の職人が静かに言った。
「違う」
「違うのですか?」
「あれは、親方一人の剣打ちではない」
古参は、セレスティアを見る。
「剣士と鍛冶師が、一緒に剣を作っている」
若い弟子は息を呑んだ。
ゴルドの槌。
セレスティアの抜刀。
炉の火。
オリハルコンの白銀。
水晶板の魔力線。
すべてが、閃白という一本の剣へ向かっていた。
やがて、ゴルドが槌を止めた。
鍛冶場が静まる。
オリハルコンの剣身は、台の上に置かれた。
まだ研がれていない。
柄もない。
鍔もない。
魔力導線も完全には開いていない。
それでも、形は整っていた。
白銀の両手剣。
前世より半寸長い剣身。
根元はわずかに厚く、先へ向かって美しく細くなる。
刃の中央には、魔力を通すための浅い溝。
その左右には、肉眼ではほとんど分からないほど細い補助線。
光を受けると、剣身全体が白く閃く。
セレスティアは、言葉を失った。
まだ完成ではない。
それでも、閃白だった。
前世の閃白とは違う。
だが、確かに閃白の形をしていた。
左腰が、静かに疼いた。
「……閃白」
セレスティアは、思わずその名を呼んだ。
剣身が、ほんのわずかに光った。
弟子たちが息を呑む。
ゴルドが目を細めた。
「応えかけたな」
「まだ柄もありませんのに」
「素材が覚え始めている」
「わたくしを?」
「ああ」
ゴルドは剣身を見下ろした。
「形は整った」
その一言に、鍛冶場の空気が変わる。
閃白の形が決まった。
これから研ぎ、導線を開き、柄を付け、魔力を通し、剣として目覚めさせる。
まだ工程は残っている。
だが、もう迷う段階ではない。
閃白は、この形で生まれる。
セレスティアは、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼は完成してからにしろ」
「はい」
「それと、触るなよ」
セレスティアは伸ばしかけた手を止めた。
「まだ何もしておりませんわ」
「顔が触りたいと言っている」
「黒星の時にも言われましたわね」
「学習しろ」
「努力します」
「信用ならん」
その時、外から弟子の声が聞こえた。
「親方!」
「何だ!」
「看板、増やしますか!」
セレスティアは目を閉じた。
なぜそこで看板が出てくるのか。
いや、もう分かっている。
この鍛冶場では、何かあるたびに看板が増えるのだ。
ゴルドは少し考えた。
セレスティアは即座に言った。
「不要ですわ」
「必要だ」
「何を書くおつもりですの?」
ゴルドは当然のように言った。
「閃白、形整う。バカ姫、触るな」
「やはり、わたくしへの注意書きではありませんか」
「必要事項だ」
「わたくしは触りません」
「今、手を伸ばした」
「少しだけですわ」
「だから必要だ」
セレスティアは反論できなかった。
若い弟子が板を持ってくる。
ゴルドが指示する。
「書け」
「はい!」
「お待ちなさい」
セレスティアが止める。
「せめて表現を柔らかくしてくださいませ」
「どう書く」
「閃白、形整う。完成まで接触禁止」
ゴルドは不満そうな顔をした。
「バカ姫要素がない」
「不要です」
「看板の統一感が」
「その統一感は捨ててください」
弟子たちは笑いを堪えている。
古参の職人は小さく咳払いをした。
「親方、今回は姫様の案の方が外向きには適切かと」
ゴルドは古参を睨んだ。
だが、しばらくして鼻を鳴らした。
「……なら、その下に小さく書け」
「何をですか?」
「バカ姫は特に触るな」
「ゴルド親方!」
鍛冶場に笑いが広がった。
セレスティアは額に手を当てた。
「結局、入れるのですね」
「必要事項だ」
「わたくしの名誉がまた」
「名誉で閃白は打てねぇ」
「便利に使いすぎですわ」
最終的に、新しい看板はこうなった。
閃白、形整う。完成まで接触禁止。
ただし、バカ姫は特に触るな。
セレスティアは外に出て、その看板を見た。
すでに並ぶ看板たちの最後尾に、新しい一枚が加えられている。
町の者たちが笑っている。
子どもたちが読み上げている。
「バカ姫は特に触るな!」
「触るな!」
「触ったら怒られるぞ!」
セレスティアは、深く息を吐いた。
「……わたくし、この町では完全にそういう扱いですわね」
背の黒星が、わずかに震えた気がした。
まるで笑っているようだった。
セレスティアは黒星へ小さく魔力を送る。
「あなたまで笑わないでくださいませ」
もちろん、返事はない。
だが、黒星の重みは妙に温かかった。
鍛冶場へ戻ると、ゴルドが閃白の剣身を見ていた。
その目は真剣だった。
看板でふざけていても、剣に対しては一切ふざけない。
それがゴルドである。
セレスティアは、閃白の形をもう一度見た。
白銀の剣身。
まだ眠っている剣。
だが、確かにそこにある。
左腰の空白が、少しだけ満たされた気がした。
ゴルドは言った。
「明日は導線を開く」
「はい」
「一番面倒なところだ」
「楽しみですわ」
「楽しむな。集中しろ」
「はい」
「顔を緩めるな」
「無理ですわ」
「知っている」
ゴルドは鼻を鳴らした。
そして、閃白の剣身を専用の台へ置いた。
白い布をかける。
その仕草は、乱暴なようで丁寧だった。
剣を休ませるための布。
明日、さらに剣へ近づくための静けさ。
セレスティアは、その様子を見守った。
黒星は完成した。
閃白は形を得た。
前世の約束が、少しずつ今生の現実になっていく。
けれど、それは過去を取り戻すだけではない。
前世の黒星と閃白をなぞるだけでもない。
今生の自分のための二振り。
前世の剣聖セレスティアを超えるための剣。
その二振りが、もうすぐ揃う。
セレスティアは、左腰にそっと手を添えた。
まだ空いている。
けれど、もうすぐそこに閃白が来る。
白い閃きが戻るのではない。
新しく生まれる。
今生の閃白として。
セレスティアは静かに微笑んだ。
「待っていますわ、閃白」
白い布の下で、剣身がほんのわずかに光った気がした。




