表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/108

第10話 閃白完成と武器庫姫

 閃白の導線を開く作業は、黒星の仕上げよりも静かだった。


 黒星は、重い音の剣だった。


 炉が唸り。


 大槌が落ち。


 アダマンタイトが鳴り。


 鍛冶場全体が、黒星という大剣を生むために震えていた。


 だが、閃白は違う。


 音が細い。


 火も静かだ。


 ゴルドの槌も、小さく、鋭く、必要な場所にだけ落ちる。


 かん。


 かん。


 かん。


 白銀の剣身に、細い魔力導線が開かれていく。


 外層は、斬撃の伸び。


 中層は、刃筋の補正。


 芯は、魔力の戻り。


 閃白は、三層の導線を持つ剣として造られていた。


 普通の両手剣なら、そこまで必要ない。


 むしろ、導線を増やしすぎれば剣身が弱くなる。


 美しくはなっても、剣として死ぬ。


 だが、閃白は普通の剣ではなかった。


 黒星を背負いながら、左腰から抜かれる白い閃き。


 魔法の継ぎ目を斬り。


 鎧の隙間を抜き。


 高速の敵の影を断ち。


 斬った後の魔力すら身体へ戻し、次の一歩へ繋げる剣。


 今生のセレスティアに必要な、もう一つの刃だった。


 セレスティアは、測定陣の中央に立っていた。


 背には黒星。


 左腰には、まだ鞘だけが仮に吊るされている。


 その鞘は、閃白のために調整中のものだった。


 黒革と白銀の金具。


 魔力を逃がさず、かといって溜めすぎない構造。


 抜く瞬間に、剣身へ魔力が滑るよう設計されている。


 左手を鞘へ添える。


 まだ剣は入っていない。


 だが、そこに閃白があるつもりで、セレスティアは何度も抜刀を繰り返した。


 抜く。


 戻す。


 抜く。


 戻す。


 黒星の重みを背で受けたまま、左腰から白い線を置く。


 何度も。


 何度も。


 ゴルドは、閃白の剣身とセレスティアの動きを交互に見ていた。


「魔力が太い」


「はい」


「抜く前に流しすぎるな。閃白は、抜いた瞬間に走る剣だ」


「はい」


「待たせるな。だが、先走らせるな」


「難しいですわね」


「だから閃白なんだ」


 ゴルドは小槌を落とした。


 かん。


 白銀の剣身が、わずかに震える。


 その震えが、水晶板に細い線となって映った。


 セレスティアは、その線を見た。


 美しい。


 だが、ただ美しいだけではない。


 斬るための線だ。


 前世の閃白も美しかった。


 けれど、今生の閃白はさらに細い。


 より精密で、より危うく、より自分の魔力に近い。


 扱いを誤れば、すぐに暴れる。


 だが、制御できれば、前世では届かなかった斬撃になる。


 ゴルドは、剣身を見下ろしながら言った。


「最後に、お前の魔力を通す」


「はい」


「黒星の時より細くしろ」


「分かっております」


「分かっている顔じゃねぇ」


「分かっておりますわ」


「顔が緩んでいる」


「楽しみですもの」


「だからバカなんだ」


 セレスティアは微笑んだ。


「否定はしませんわ」


「開き直るな」


「ここまで看板に書かれましたもの。今さらです」


 鍛冶場の外には、すでに何枚もの看板が並んでいる。


 バカの剣のみゴルド対応。


 バカじゃない剣は弟子対応。


 バカ判定終了。


 黒星完成。


 床破壊注意。


 酒三樽。


 作業前飲酒禁止。


 閃白、形整う。


 完成まで接触禁止。


 ただし、バカ姫は特に触るな。


 最初は抗議していたセレスティアも、最近では半分ほど諦めていた。


 ひどい看板ではある。


 王女の名誉としては問題が大きい。


 だが、あの看板が増えるたび、鍛冶場には笑いが生まれた。


 五十一年笑わなかったゴルドの鍛冶場に、火と音と笑いが戻った。


 そう考えると、完全には撤去しづらい。


 もっとも、白樹の森に戻る前には、できれば何枚かは処分したい。


 特に、床破壊注意は。


 ゴルドが言った。


「立て」


「立っておりますわ」


「剣の前に立て」


 セレスティアは、閃白の剣身の前に立った。


 まだ柄は仮組み。


 まだ鞘にも入っていない。


 だが、剣としての形はすでに完成している。


 白銀の両手剣。


 前世より半寸長い剣身。


 根元は厚く、切っ先へ向かって美しく細くなる。


 中央には、魔力の戻りを受ける芯。


 外層と中層には、斬撃の伸びと刃筋補正の導線。


 光を受けるたび、白い閃きが走る。


 セレスティアは、静かに息を吸った。


「手をかざせ」


 ゴルドが言った。


「触るなよ」


「分かっております」


「信用ならん」


「今日は触りません」


「今日は、か」


「今は触りません」


「もっと悪い」


 弟子たちが小さく笑った。


 セレスティアは気にせず、閃白の上に手をかざした。


 魔力を流す。


 黒星の時とは違う。


 黒星には、重く、深く、芯へ入る魔力を流した。


 閃白には、細く、速く、白い糸のような魔力を流す。


 左手から。


 手首へ。


 肘へ。


 肩へ。


 背中の黒星と干渉しないよう、魔力の道を分ける。


 黒星は背で静かに応えた。


 閃白は、まだ眠っている。


 セレスティアは、さらに魔力を細くした。


 白銀の剣身が震えた。


 水晶板に、一本の線が走る。


 細い。


 だが、切れない。


 剣身の外層へ魔力が入る。


 白い斬撃の伸びを生む導線。


 次に中層へ。


 刃筋を微修正する導線。


 最後に芯へ。


 使い終えた魔力を戻すための道。


 セレスティアの魔力が、閃白の三層を順に通った。


 その瞬間。


 閃白が、光った。


 強い光ではない。


 眩しい光でもない。


 白い線が、剣身の中を走っただけだった。


 だが、それだけで鍛冶場の全員が息を呑んだ。


 閃いた。


 白く。


 鋭く。


 一瞬だけ。


 まさに、閃白だった。


 ゴルドの目が細くなる。


「……起きたな」


 セレスティアは手を下ろした。


 胸が静かに震えていた。


 黒星が応えた時は、重みが戻ってきたようだった。


 閃白が応えた今は、左腰に白い線が戻ってきたようだった。


 いや。


 戻ったのではない。


 生まれた。


 今生の閃白が。


 ゴルドは柄を完全に固定した。


 白銀の鍔。


 前世よりわずかに重い。


 黒星を背負ったまま抜くための釣り合いを取る鍔である。


 柄は白革で巻かれ、内側に細い魔銀線が走っている。


 握った魔力を逃がさず、余分な魔力は手の内へ戻す。


 ゴルドは最後の留め具を打ち込んだ。


 かん。


 その音が、鍛冶場に響く。


 閃白が完成した。


 誰も喋らなかった。


 ゴルドが、閃白を両手で持ち上げる。


 そして、セレスティアへ向けた。


「持て」


 セレスティアは、一歩進んだ。


 左手を伸ばす。


 右手を添える。


 閃白の柄を握る。


 軽い。


 だが、軽すぎない。


 黒星とはまるで違う。


 黒星は背中に中心を作る剣。


 閃白は、手の内から空間へ線を走らせる剣。


 セレスティアは閃白を持ち上げた。


 白銀の剣身が、鍛冶場の火を受けて細く光る。


 魔力を通す。


 刃筋が、手の中で分かる。


 切っ先までの距離。


 中央線の流れ。


 補助導線の返り。


 斬撃を伸ばす外層。


 刃筋を補正する中層。


 魔力を戻す芯。


 全部が、手に分かる。


「……素晴らしいですわ」


 セレスティアは、思わず呟いた。


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「当然だ」


「前世の閃白より、細かい」


「ああ」


「前世の閃白より、少し長い」


「ああ」


「けれど、手の内に収まります」


「そう作った」


 セレスティアは、閃白を構えた。


 黒星を背負ったまま。


 左腰に鞘がある状態を想定し、閃白を構える。


 重心が合う。


 黒星が邪魔をしない。


 むしろ、背の黒星が身体の中心を作り、閃白の線を安定させている。


 セレスティアは、ゆっくりと一振りした。


 白い線が走った。


 鍛冶場の空気が、音もなく裂ける。


 誰も動かなかった。


 床は割れていない。


 壁も壊れていない。


 だが、作業台の上に置かれていた薄い鉄片が、静かに二つに分かれた。


 セレスティアは目を瞬かせた。


「……今、斬るつもりはなかったのですが」


 ゴルドは深くため息をついた。


「だから言っただろうが。閃白は細いと」


「はい」


「お前が線を置けば、剣が斬る」


「危険ですわね」


「今さらだ」


「申し訳ありません。鉄片は弁償いたします」


「いらん。試し斬り用だ」


「では、成功ですわね」


「調子に乗るな」


「少しだけです」


「それが信用ならん」


 ゴルドは閃白用の鞘を持ってきた。


 白革に銀金具。


 黒星の背負い具とは対照的な、白い鞘。


 だが、ただ美しいだけではない。


 内側には魔力を整える薄い導線が入っている。


 閃白を納めた状態でも、剣身の導線が乱れないよう作られていた。


「納めろ」


「はい」


 セレスティアは閃白を鞘へ納めた。


 すっと、音もなく入る。


 左腰に吊るす。


 重みが来た。


 懐かしい。


 けれど、新しい。


 背に黒星。


 左腰に閃白。


 その二つが揃った瞬間、セレスティアの身体の中で何かが整った。


 前世の自分を取り戻したのではない。


 今生の自分が、完成に一歩近づいた。


 黒星と閃白。


 今生の二振り。


 セレスティアは、静かに目を閉じた。


「……戻ったのではありませんわね」


 ゴルドが言う。


「何がだ」


「黒星と閃白です」


 セレスティアは目を開けた。


「戻ってきたのではありません。今、ここで生まれたのですわ」


 ゴルドは、しばらく黙っていた。


 やがて、短く言う。


「分かっているならいい」


「はい」


「前の黒星と閃白は、前のお前の剣だ」


「はい」


「今の黒星と閃白は、今のお前の剣だ」


「はい」


「なら、前より強くなれ」


 セレスティアは微笑んだ。


「もちろんですわ」


 その時、ゴルドが作業台の奥へ向かった。


 セレスティアは首を傾げる。


「ゴルド親方?」


「まだある」


「まだ?」


「お前用だ」


「わたくし用?」


 ゴルドは、古い布をかけられた木箱を引き出した。


 黒星と閃白の設計図を入れていた箱とは違う。


 横長で、重そうな箱だった。


 弟子たちが興味深そうに見る。


 ゴルドは箱を作業台の上へ置き、蓋を開けた。


 中には、小剣と投げナイフが並んでいた。


 ミスリルの小剣が一本。


 そして、投げナイフが十五本。


 銀色に輝く刃。


 軽く、薄く、だが頼りないわけではない。


 ミスリル特有の澄んだ光を帯びている。


 セレスティアは目を見開いた。


「これは」


「背中に横に付ける小剣だ」


 ゴルドは、ミスリルの小剣を指で叩いた。


「黒星を背負ったままでも、背の下側から横抜きできる。右でも左でも抜けるようにしてある」


「投げナイフは」


「十五本だ」


「見れば分かりますわ」


「なら聞くな」


「なぜ用意してありますの?」


 ゴルドは、当然のように言った。


「お前、前世で武器庫と呼ばれていただろうが」


 鍛冶場が静まり返った。


 古参の職人が、懐かしそうに目を細める。


 若い弟子たちは、意味が分からずに首を傾げた。


 セレスティアは、ゆっくりと視線を逸らした。


「……そのような呼び名もありましたわね」


「忘れたとは言わせん」


「不名誉な呼び名ですわ」


「事実だ」


 ゴルドは指を折るように言った。


「背に黒星」


「はい」


「左腰に閃白」


「はい」


「背中に横付けの小剣」


「はい」


「投げナイフをあちこちに仕込む」


「はい」


「ブーツにも刃」


「それは護身用ですわ」


「袖にも刃」


「それも護身用です」


「髪飾りにも針」


「淑女のたしなみですわ」


「どこの淑女だ」


 弟子たちが笑った。


 セレスティアは頬を少し赤くする。


「前世のわたくしは、少々慎重だったのです」


「慎重な奴は、武器庫とは呼ばれん」


「備えが良かったのです」


「言い方を変えるな」


 ゴルドは、ミスリルの小剣を手に取った。


 短い。


 だが、ただの予備武器ではない。


 剣身は薄く、軽く、魔力の通りが良い。


 黒星や閃白ほど大掛かりな導線はないが、瞬間的に魔力を通すための細い線が刻まれている。


「これは、何用ですの?」


「近すぎる相手用だ」


「黒星でも閃白でもなく?」


「ああ。黒星は大きい。閃白は速いが、抜けない角度もある。組まれた時、狭い場所、壁際、馬車の中、そういう時に使え」


「かなり実用的ですわね」


「前のお前が欲しがった」


「思い出してきましたわ」


 セレスティアは、前世の記憶を探る。


 たしかに、あった。


 黒星と閃白があっても、すべての状況に対応できるわけではない。


 狭い通路。


 密着した敵。


 人質を抱えた相手。


 馬車の中での襲撃。


 そういう時のために、背中へ横に付けた短い小剣を使っていた。


 黒星の背負い具の下に隠すように固定し、必要な時だけ横へ抜く。


 前世のセレスティアは、それも好んでいた。


 ゴルドは投げナイフを一本取った。


「投げナイフは十五本」


「なぜ十五本ですの?」


「前のお前が、十二本では足りないと言った」


「言った気がしますわ」


「二十本は邪魔だと言った」


「それも言った気がします」


「だから十五本だ」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「お前の馬鹿な注文は、だいたい覚えている」


「ありがとうございますと言うべきか、恥ずかしいと言うべきか迷いますわ」


「両方だ」


「では、ありがとうございます。そして少し恥ずかしいです」


「少しでは足りん」


「ひどいですわ」


 ゴルドは、投げナイフをセレスティアへ渡した。


 セレスティアは受け取る。


 軽い。


 だが、軽すぎない。


 指の間に収まる。


 投げる瞬間に魔力を通せば、軌道をわずかに補正できる。


 刃は薄いが、芯は強い。


 柄の重さもちょうどいい。


「……使いやすいですわ」


「当然だ」


「これも、今生のわたくし用ですの?」


「ああ。前の仕様を少し変えた」


「どこを?」


「お前の魔力が細かくなったから、投げた後に少しだけ軌道補正できるようにした」


「投げた後に?」


「ほんの少しだ。曲げすぎるな。失速する」


「できますわ」


「やる前から顔を緩めるな」


「楽しそうですもの」


「投げナイフで楽しむ王女があるか」


「ここにおりますわ」


「知っている。だからバカ姫なんだ」


 ゴルドは、黒い革の装着具を取り出した。


 黒星の背負い具に追加する形で、横に小剣を固定するためのもの。


 さらに、投げナイフ用の帯。


 腰だけではなく、外套の内側、太腿、背中の下側へ分散して装着できる。


 セレスティアは、それを見て目を輝かせた。


「完璧ですわ」


「顔を緩めるな」


「無理ですわ」


「だろうな」


「ゴルド親方」


「あん?」


「これで、前世の武装にかなり近づきましたわね」


「近づいたんじゃねぇ」


 ゴルドは短く言った。


「今のお前用に作った」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「はい」


 ゴルドは続ける。


「前の武器庫を再現したわけじゃねぇ。今のお前が黒星と閃白を使う上で、必要になるものを用意しただけだ」


「はい」


「小剣も投げナイフも、飾りじゃねぇ。持つなら使え。使わないなら持つな」


「もちろんです」


「あと、これを見て調子に乗るな」


「少しだけ」


「乗る気だな」


「これだけ揃えば、少しは」


「だから看板が増える」


 セレスティアは、はっとした。


 鍛冶場の入口を見る。


 弟子が、すでに板を持って立っていた。


 仕事が早い。


 早すぎる。


「待ってくださいませ」


 セレスティアは即座に言った。


「まだ何も起きておりません」


 弟子は困ったようにゴルドを見た。


 ゴルドは腕を組む。


「必要だな」


「不要ですわ」


「武器が増えた」


「それだけです」


「お前は前世で武器庫と呼ばれていた」


「それは過去の話です」


「今も背に黒星、左腰に閃白、背中に小剣、投げナイフ十五本だ」


「……」


「武器庫だろうが」


 セレスティアは言葉に詰まった。


 客観的に見ると、否定しづらい。


 黒星。


 閃白。


 ミスリルの小剣。


 投げナイフ十五本。


 王女の旅装としては、かなりおかしい。


 いや、完全におかしい。


 ゴルドは弟子に言った。


「書け」


「はい!」


「何を書くおつもりですの?」


 ゴルドは当然のように言った。


「武器庫姫、再稼働」


 鍛冶場が一瞬静まり、次の瞬間、笑いが爆発した。


 セレスティアは顔を赤くした。


「再稼働とは何ですの!」


「五十一年ぶりだろうが」


「わたくしは機械ではありませんわ」


「似たようなもんだ。武器を積むと動きが良くなる」


「否定できないのが悔しいですわ」


「なら書いていいな」


「よくありません」


 ゴルドは少し考えた。


「なら、こうだ」


「嫌な予感しかしませんわ」


「黒星、閃白、小剣、投げナイフ十五本。バカ姫、武装過多」


「事実を並べるのはやめてくださいませ!」


 弟子たちは腹を抱えて笑っている。


 古参の職人も肩を震わせている。


 セレスティアは抗議しようとした。


 だが、ゴルドはさらに続けた。


「もう一枚いるな」


「いりません」


「武器庫姫に近づく際は、投げナイフ注意」


「それは注意喚起としては正しいですが、表現が不名誉ですわ」


「正しいならいいだろう」


「よくありません」


 結局、外には二枚の看板が追加された。


 武器庫姫、再稼働。


 黒星、閃白、小剣、投げナイフ十五本。武装過多につき接近注意。


 セレスティアは、外に出て看板を見た。


 町の子どもたちが、さっそく読み上げている。


「武器庫姫!」


「再稼働!」


「投げナイフ十五本だって!」


「すげぇ!」


 セレスティアは、深く息を吐いた。


「……呼び名が増えましたわ」


 黒星が背で静かに重い。


 閃白が左腰で軽く収まっている。


 背の横にはミスリルの小剣。


 投げナイフはまだ装着していないが、箱の中で銀色に光っている。


 たしかに、武器庫姫と言われても仕方ない。


 仕方ないが、納得したくはない。


 鍛冶場へ戻ると、ゴルドが満足そうにしていた。


「良い看板だ」


「良くありません」


「分かりやすい」


「分かりやすすぎます」


「注意喚起だ」


「わたくしは危険物ではありませんわ」


「黒星で床を割った」


「またそれですか」


「閃白で鉄片を斬った」


「試し斬りです」


「投げナイフ十五本を見て顔を緩めた」


「それは否定しません」


「危険物だな」


「違いますわ」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


 だが、その目は優しかった。


 不器用な、分かりにくい優しさ。


 前世と同じ。


 いや、五十一年の時間を越えた分だけ、さらに深いものだった。


 セレスティアは、閃白の柄に手を置いた。


 そして、背の黒星を感じる。


 小剣と投げナイフは、まだ装着していない。


 だが、それらもまた、自分の戦いを支えるものになる。


 ゴルドは言った。


「これで一通り揃った」


「はい」


「だが、完成しただけだ。使いこなせるとは別だ」


「分かっております」


「黒星は重い。閃白は細い。小剣は近距離用。投げナイフは使いどころを間違えれば無駄になる」


「はい」


「明日から調整だ」


「調整」


「お前が振る。抜く。投げる。背負う。歩く。走る。全部見る」


「楽しみですわ」


「だから楽しむな」


「無理ですわ」


「だろうな」


 セレスティアは微笑んだ。


 ゴルドも、わずかに笑った。


 鍛冶場の火が揺れる。


 黒星。


 閃白。


 ミスリルの小剣。


 投げナイフ十五本。


 前世で武器庫と呼ばれた剣聖セレスティア。


 今生のハイエルフ王女セレスティアは、その名を笑われながらも、再び武装を整えた。


 ただし、前世をなぞるためではない。


 今生の自分として、前世の剣聖を超えるために。


 セレスティアは、左腰の閃白へそっと魔力を通した。


 白い剣が、静かに応える。


 背の黒星も、重く応える。


 その感覚に、セレスティアは静かに目を閉じた。


「これで、また旅に出られますわね」


 ゴルドは低く言った。


「まだ早い」


「なぜですの?」


「調整が終わってねぇ」


「そうでしたわ」


「それに」


 ゴルドは、武器箱の中の投げナイフを見た。


「投げナイフを見て顔を緩める癖を直せ」


「そこですの?」


「そこだ」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「努力しますわ」


「信用ならん」


 鍛冶場に、また笑いが起きた。


 外では、新しい看板が風に揺れていた。


 武器庫姫、再稼働。


 その文字を見た町の者たちは笑い、子どもたちは騒ぎ、弟子たちは誇らしげに胸を張った。


 五十一年眠っていた剣炉は、黒星と閃白を生んだ。


 そして、前世で武器庫と呼ばれた剣聖のために、今生の武装もまた揃い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ