第80話 剣神は祀られない
火酒の約束を果たした翌日。
白樹の森には、各地からの復興報告が届き続けていた。
街道の崩落箇所。
海底楔の転用作業。
竜脈観測地点の補修。
草原の避難路再整備。
人間王国の地下記録庫の排水。
グランガルドの煙突修理。
邪神戦争は終わった。
だが、世界はまだ片づいていない。
セレスティアは、大広間で報告を聞いていた。
王が議長席に立ち、ルシェルが記録し、ミレーヌが死者名簿の写しを確認している。
王妃は、復興支援に出る者たちの食事と薬湯の手配をしていた。
そこへ、人間王国からの急使が入った。
「失礼いたします」
急使は深く頭を下げた。
「王都南街道沿いの復興拠点にて、問題が発生しました」
王が視線を向ける。
「内容は」
「剣神セレスティア様の祠が建てられております」
大広間が静まった。
セレスティアは、ゆっくり顔を上げた。
「祠」
「はい」
ルシェルの筆が止まる。
ミレーヌも名簿から顔を上げた。
王妃は、静かに目を細める。
王が問う。
「誰が建てた」
「最初は、復興拠点の民たちです」
「善意か」
「はい」
急使は、少し言いづらそうに続けた。
「邪神戦争から救われた感謝を示したいと、小さな木の祠を建てたとのことです」
セレスティアは、黙って聞いていた。
善意。
感謝。
それ自体は否定しない。
だが、祠は違う。
急使は続けた。
「しかし、昨日から商人が祈願札と守り札を売り始めました」
空気がさらに冷える。
「剣神守りと称し、家内安全、病気平癒、邪気退散、戦勝祈願などを掲げております」
黒星が低く鳴った。
『早いな』
閃白が澄んだ声で言う。
『濁り始めています』
解白が淡く告げる。
『剣神信仰利用、初期兆候』
セレスティアは、ゆっくり息を吐いた。
「親方には」
急使が答える。
「すでに伝わっております」
その瞬間、通信術式が開いた。
ゴルドの怒鳴り声が響く。
「バカ姫!」
「はい」
「今から行くぞ」
「でしょうね」
「祠を壊す」
「はい」
王が静かに言った。
「待て、ゴルド」
「あ?」
「民は善意で建てた可能性がある」
「知ってる」
「ならば、説明が先だ」
「説明してから壊す」
「よろしい」
ゴルドの声は荒いが、怒りに任せているわけではなかった。
セレスティアは立ち上がる。
「わたくしも行きます」
王妃が言った。
「行く前に、食事を」
「お母様、今は」
「今だからです」
セレスティアは言葉を止めた。
王妃は譲らない。
「祠を壊すなら、怒りだけで行ってはなりません」
「はい」
「空腹で行くのもよくありません」
「はい」
「あなたが祠を壊す理由は、民を罰するためではなく、祈りの責任転嫁を止めるためです」
「はい」
「ならば、落ち着いて行きなさい」
セレスティアは、深く頷いた。
「承知しました」
王妃は、すぐに軽食を用意させた。
豆のスープ。
白樹のパン。
果実。
そして、干し肉。
セレスティアは干し肉を見た。
「この状況でも」
「この状況だからこそです」
黒星が低く鳴る。
『食え』
閃白が澄む。
『地上の錨です』
解白が淡く言う。
『祠破壊前、現世神性維持食材摂取推奨』
「分かりました」
セレスティアは、干し肉を噛んだ。
硬い。
祠問題の前でも硬い。
その硬さで、少しだけ心が落ち着いた。
食事を終えると、セレスティア、ルシェル、ミレーヌ、数名の記録官、王国使節が転移陣へ向かった。
王は白樹の森に残り、各地へ通達準備を行う。
王妃は出発前にセレスティアへ言った。
「民を責めすぎないこと」
「はい」
「商人の行為は、証拠を取ること」
「はい」
「祠は」
「壊します」
「はい」
ミレーヌが少し心配そうに聞く。
「私も行ってよいのですね」
「はい」
セレスティアは頷いた。
「これは、あなたにも見てほしいことです」
「剣神を祀ることが、なぜ危ないか」
「はい」
「分かりました」
転移光が開く。
次に見えたのは、人間王国南街道沿いの復興拠点だった。
そこは、豪雨で崩れた橋の近くに作られた臨時拠点だった。
木材が積まれ、炊き出しの煙が上がり、負傷者用の天幕が並んでいる。
職人たちが橋の補修を進めている。
子どもたちが、水を運ぶ大人の後ろを走っている。
復興の途中だった。
その拠点の端に、小さな祠があった。
木で作られた簡素なもの。
初めは、確かに善意だったのだろう。
粗末だが、丁寧に作られている。
白い布が掛けられ、前には小さな皿が置かれていた。
その皿には、豆、パン、果実、銀貨が置かれている。
祠の横には、札が並んでいた。
剣神守り。
家内安全。
病気平癒。
戦勝祈願。
邪気退散。
剣神セレスティア様御加護。
その文字を見た瞬間、セレスティアの表情が静かになった。
怒鳴りはしない。
剣も抜かない。
ただ、静かになった。
それが、ミレーヌには少し怖かった。
先に現地へ到着していたゴルドが、祠の前で腕を組んでいた。
隣にはバルドもいる。
バルドは、商人らしき男から守り札を一枚取り上げ、眺めていた。
ゴルドはセレスティアを見る。
「来たか」
「はい」
「壊すぞ」
「説明してからです」
「分かってる」
バルドが礼をする。
「セレスティア様」
「バルド」
「これが売られていました」
バルドは守り札を差し出した。
セレスティアは受け取る。
薄い木札。
そこに、剣の絵と白い森らしき模様が描かれている。
裏には、剣神セレスティア様御加護、と書かれていた。
「誰が作りましたか」
商人が青ざめた顔で頭を下げる。
「わ、私でございます」
「あなたが」
「はい、しかし、これは民のためで」
「値段は」
「一枚、銀貨一枚で」
周囲がざわつく。
復興拠点で銀貨一枚。
安くはない。
ルシェルが記録する。
剣神守り。
販売価格、銀貨一枚。
販売者、南街道商人。
表示内容、剣神セレスティア様御加護。
効能表示、家内安全、病気平癒、戦勝祈願、邪気退散。
セレスティアは問う。
「これは、わたくしが許可しましたか」
「いえ」
「白樹の森が許可しましたか」
「いえ」
「世界連合が許可しましたか」
「いえ」
「では、なぜ御加護と書いたのですか」
商人は口ごもった。
「皆が、安心するかと」
「安心」
「はい。邪神が終わり、剣神様へ祈れば守られると」
「誰が守るのですか」
「それは、剣神様が」
「わたくしは、あなたにそう言いましたか」
「……いえ」
セレスティアは守り札を見た。
軽い木札。
だが、そこに乗せられた責任は軽くない。
「この札を買った者が、病にかかりました」
商人が顔を上げる。
「え」
「この札を買った者が、橋から落ちました」
「……」
「この札を買った者が、戦で死にました」
「……」
「その時、誰が責任を取るのですか」
商人は何も言えない。
「あなたですか」
「それは」
「わたくしですか」
「いえ、その」
「祈りとは、責任を外へ預ける器になり得ます」
セレスティアの声は静かだった。
「あなたは、わたくしの名で責任を売っています」
商人の顔が青くなる。
ゴルドが低く唸った。
「剣神を商売道具にするな」
バルドが続ける。
「しかも復興拠点で銀貨一枚は高い」
商人は震えた。
「申し訳ありません」
セレスティアは、守り札を机へ置いた。
「返金してください」
「はい?」
「売った分を、全て返金してください」
「しかし、もう使った者も」
「返金してください」
「はい」
「返金できない分は、復興支援へ物資で補填してください」
「……はい」
「ルシェル」
「はい」
「記録を」
「既に」
ルシェルは淡々と書いている。
こういう時のルシェルは容赦がない。
ミレーヌは、祠の前に置かれた供物を見ていた。
豆。
パン。
果実。
銀貨。
「お姉様」
「はい」
「この食べ物は」
「復興拠点へ回します」
セレスティアは即答した。
「供物にする必要はありません」
ゴルドが言った。
「腹減らした奴に食わせろ」
「はい」
周囲にいた民の一人が、おそるおそる声を上げた。
「あの、剣神様」
セレスティアは、その民を見る。
中年の女性だった。
服は泥で汚れ、手には木のささくれが刺さっている。
復興作業をしていたのだろう。
「はい」
「私たちは、悪いことをしたのでしょうか」
その声は震えていた。
「私たちは、ただ感謝したかったのです」
「はい」
「邪神が終わったと聞いて、家族が生きていて、橋もこれから直ると聞いて」
「はい」
「何か、お礼をしたかったのです」
セレスティアは、その女性の前へ歩いた。
女性は膝をつきかけた。
セレスティアは、手で止めた。
「跪かないでください」
「しかし」
「その手で、復興作業をしているのでしょう」
女性は、自分の手を見た。
泥と傷のある手。
「はい」
「なら、その手を地面につける必要はありません」
女性の目に涙が浮かぶ。
セレスティアは、静かに言った。
「感謝の気持ちは、受け取ります」
「はい」
「ですが、わたくしの祠は不要です」
「……はい」
「わたくしは、そこにいません」
セレスティアは祠を見た。
「わたくしは、現世にいます」
「はい」
「白樹の森で食事をし、グランガルドで火酒を飲み、必要があればあなた方の前に立ちます」
ゴルドが鼻を鳴らす。
「火酒十樽持ってな」
周囲に小さな笑いが起きた。
セレスティアは続ける。
「祠へ祈るのではなく、復興地へ食糧を送ってください」
「はい」
「供物にする豆があるなら、子どもへ食べさせてください」
「はい」
「わたくしの像を作る石があるなら、橋を直してください」
「はい」
「わたくしを祀るのではなく、邪神戦争で亡くなった者、支えた者、名が分からぬ者を記録してください」
女性は、涙を流しながら頷いた。
「分かりました」
別の男が言った。
「では、感謝はどうすれば」
セレスティアは、少し考えた。
「復興をしてください」
「復興」
「はい」
「橋を直し、道を直し、食事を配り、記録を読み、名の分からない者を探してください」
「はい」
「それが、わたくしへの感謝になります」
ゴルドが乱暴に言った。
「拝む暇があるなら瓦礫を運べ」
男は目を丸くした。
セレスティアは頷く。
「親方の言い方は荒いですが、その通りです」
ゴルドが言う。
「荒いは余計だ」
「事実です」
バルドは少し笑った。
セレスティアは、祠の前へ立った。
「この祠は、壊します」
周囲が緊張する。
セレスティアは続けた。
「善意で建てられたことは理解しています」
「はい」
「ですが、このまま置けば、いずれ祈願札が増えます」
「はい」
「供物が増えます」
「はい」
「誰かがわたくしの代理人を名乗ります」
「はい」
「剣神の名で金を集め、剣神の名で人を従わせ、剣神の名で責任を預ける者が出ます」
セレスティアは、静かに言った。
「それは、邪神と同じ構造です」
大気が重くなる。
「本人の意思を無視して、神格を利用する」
「祈りの対象にして、責任を預ける」
「神の名で権威を作る」
「神の名で金を集める」
「神の名で他人を従わせる」
セレスティアは、祠を見た。
「小さく始まっても、放置すれば歪みます」
「はい」
「だから、今壊します」
女性は涙を拭いて頷いた。
「お願いします」
ゴルドが槌を持った。
「俺がやる」
セレスティアが言う。
「親方」
「何だ」
「壊すなら、わたくしも」
「当然だ」
ゴルドは祠の上部を軽く叩いた。
力任せではない。
構造を見て、一番無駄なく壊れる場所を叩く。
小さな祠は、音を立てて崩れた。
続いて、セレスティアは黒星を抜かなかった。
黒星では大きすぎる。
腰の短剣を抜き、祠の土台に刻まれた剣神の印だけを削り取った。
切断するのではなく、意味を消す。
それで十分だった。
ゴルドが言う。
「黒星で斬らなかったな」
「必要ありません」
「分かってきたじゃねぇか」
「ありがとうございます」
バルドが感心したように見る。
「壊すにも、必要な分だけ」
ゴルドが頷く。
「鍛冶も同じだ」
「はい」
崩れた木材は、捨てなかった。
セレスティアが指示する。
「使える木材は、橋の補修へ回してください」
「はい」
「布は、怪我人の手当に使えるなら洗ってください」
「はい」
「供物は、炊き出しへ」
「はい」
「銀貨は、返金が終わった後、残れば復興費へ」
「はい」
ルシェルが全て記録する。
商人は、顔を青くしたまま何度も頭を下げていた。
ゴルドが睨む。
「次に剣神守りを売ったら」
セレスティアが遮った。
「親方」
「何だ」
「脅しすぎないでください」
「まだ何も言ってねぇ」
「顔が言っています」
バルドが小さく頷いた。
「父上の顔は、かなり言っています」
「お前は黙ってろ」
セレスティアは商人へ言った。
「罪を償う方法はあります」
「はい」
「返金してください」
「はい」
「復興作業を手伝ってください」
「はい」
「そして、死者名簿の写しを読んでください」
商人が顔を上げた。
「名簿を」
「はい」
「あなたが商売に使おうとした剣神の名の前に、どれだけの死者がいるか知ってください」
「……はい」
「それでも商売に使いたいと思うなら、その時は改めて話しましょう」
商人は、深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
セレスティアは頷いた。
「謝罪は受け取ります」
「はい」
「行動で返してください」
「はい」
祠が取り除かれた跡に、空き地が残った。
民たちは、その場所を見ていた。
感謝を置く場所を失ったような顔もあった。
セレスティアは、それを見て言った。
「この場所に、記録碑を建てましょう」
周囲が顔を上げる。
「祠ではありません」
「はい」
「供物台も置きません」
「はい」
「祈願札も置きません」
「はい」
「ここで復興に関わった者、橋を直した者、食事を配った者、怪我人を看た者、瓦礫を運んだ者、そして邪神戦争で亡くなった者の名を刻みます」
ミレーヌが一歩前に出た。
「名が分からない方も」
セレスティアは頷く。
「はい」
ルシェルが言う。
「氏名未判明、探索継続対象、忘却せず」
女性が、涙を拭きながら頷いた。
「それなら、私たちも手伝えます」
「はい」
ゴルドが言った。
「石は俺たちが見る」
バルドが続ける。
「文字を刻む面は、雨に強いよう加工します」
セレスティアはバルドを見る。
「お願いします」
「はい」
バルドは、深く頷いた。
復興拠点の者たちは、さっそく動き始めた。
供物の豆は炊き出しへ運ばれた。
パンは子どもたちへ配られた。
果実は負傷者用の食事へ回された。
祠の木材は、橋補修用の小材として分類された。
守り札は回収され、販売数と返金先が記録された。
ルシェルは記録官と共に、商人の帳簿を確認している。
ミレーヌは、民たちと一緒に記録碑に刻む文言を考えていた。
ゴルドとバルドは、石材を見ている。
セレスティアは、その様子を少し離れて見ていた。
黒星が低く鳴る。
『祠は壊れた』
「はい」
閃白が澄んで言う。
『濁りは薄くなりました』
「はい」
解白が淡く告げる。
『剣神信仰利用、初期段階で抑止』
「はい」
セレスティアは、少しだけ息を吐いた。
「民の善意を壊すのは、難しいですね」
黒星が答える。
『壊したのは祠だ』
閃白が続ける。
『善意は、復興へ移りました』
解白が告げる。
『変換成功』
セレスティアは、静かに頷いた。
「そうですね」
夕方。
祠の跡地には、仮の木碑が立った。
本式の石碑は、後日バルドたちが石を整えて作る。
木碑には、まず一文だけが書かれた。
剣神セレスティアの祠はいらない。
本人は、現世にいる。
祈る前に、橋を直せ。
供物にする前に、子どもへ食わせよ。
死者を忘れず、復興を続けよ。
ゴルドがその文を見て満足そうに頷いた。
「いい」
ルシェルは少し眉を寄せた。
「公式文としては荒いですが、現地碑文としては力があります」
バルドが言う。
「父上の文体に近いですね」
「俺はもっと短い」
ゴルドが言う。
「拝むな、働け、食え」
セレスティアは、思わず笑った。
「短すぎますわ」
ミレーヌも笑う。
「でも、分かりやすいです」
民たちも少し笑った。
祠を壊された場所で、民たちが笑っている。
それは、悪いことではなかった。
セレスティアは、木碑の前に立った。
「皆様」
復興拠点の者たちが集まる。
「わたくしを祀らないでください」
静かな声だった。
「わたくしに全てを預けないでください」
「わたくしは、あなた方の選択を奪う神にはなりません」
「わたくしは、最後の刃です」
「日々の橋を直すのは、あなた方です」
「食事を作るのも、あなた方です」
「怪我人を看るのも、あなた方です」
「死者の名を探すのも、あなた方です」
「わたくしは、その役目を奪いません」
風が吹いた。
壊れた祠の跡を、夕日が照らしている。
「ですが」
セレスティアは続けた。
「死者の眠りを冒涜するもの」
「魂の座を侵すもの」
「世界の理を外から壊すもの」
「その最後の一点にだけ、わたくしは刃となります」
「だから、普段は祠へ祈るのではなく」
セレスティアは、橋の方を見た。
「橋を直してください」
民たちは、深く頭を下げた。
今度も跪かない。
祈らない。
ただ、礼をした。
セレスティアも頭を下げた。
その夜、白樹の森へ正式報告が送られた。
王都南街道復興拠点にて、剣神セレスティアの祠を確認。
当初は民の感謝によるもの。
その後、商人が剣神守りを販売。
剣神セレスティア、ゴルド、バルド、ルシェル、ミレーヌ立ち会いの下、祠を撤去。
供物は炊き出しへ。
祠材は復興資材へ。
守り札は回収。
販売分は返金および復興補填。
跡地には、記録碑を設置予定。
剣神セレスティアは、祀られない。
本人は現世に在る。
祈るより、各々の持ち場に立つべし。
白樹の森。
王は、その報告を読んだ。
王妃も静かに頷いた。
「早かったですね」
王が言う。
「ああ」
「これから増えます」
「ああ」
「祠、守り札、聖遺物、代理人、教団」
「ああ」
「なら、最初の対応が重要でした」
「その通りだ」
王は、ルシェルの報告文の最後を見た。
剣神セレスティアは、祀られない。
本人は現世に在る。
祈るより、各々の持ち場に立つべし。
王は静かに言った。
「これを、世界連合の正式方針とする」
王妃が頷く。
「明日の会議ですね」
「ああ」
その頃、セレスティアは復興拠点から白樹の森へ戻る前に、もう一度木碑を見ていた。
ゴルドが隣に立つ。
「バカ姫」
「はい」
「一個壊しただけだ」
「はい」
「これから山ほど出るぞ」
「分かっています」
「疲れるぞ」
「でしょうね」
「邪神より面倒かもしれねぇ」
セレスティアは、少しだけ笑った。
「かもしれません」
「斬れば終わる相手じゃねぇ」
「はい」
「だから、よく見ろ」
「はい」
「善意か、商売か、支配か」
「はい」
「壊すものを間違えるな」
セレスティアは、ゴルドを見た。
ゴルドは祠があった場所を見ていた。
荒い言葉だが、よく見ている。
善意を壊すのではない。
歪んだ器を壊す。
それが難しい。
「親方」
「何だ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
「はい」
「次も呼べ」
「はい」
「俺も壊す」
「はい」
バルドが隣に来た。
「父上、次からは壊す前に構造を確認しましょう」
「面倒だな」
「再利用できる材もあります」
「……それはそうだ」
「復興資材に回せます」
「分かった」
セレスティアは、バルドを見て微笑んだ。
「バルドは、親方より丁寧ですね」
「父上が荒すぎるだけです」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言いました」
ゴルドは鼻を鳴らした。
だが、怒ってはいなかった。
夕日が、祠の跡地を照らしている。
そこには、もう祈る場所はない。
代わりに、橋を直すための木材が積まれている。
豆は炊き出しへ行った。
銀貨は返金記録へ回った。
守り札は回収された。
そして、仮の木碑が立っている。
剣神の祠はいらない。
本人は、現世にいる。
セレスティアは、その一文を見て、静かに頷いた。
邪神戦争は終わった。
だが、邪神戦争の勝利をどう扱うかという戦いは、始まったばかりだった。
剣神セレスティアは祀られない。
そう決めた世界が、本当にその通りに立てるか。
これから試される。
セレスティアは、黒星、閃白、解白と共に、白樹の森へ戻った。
祠ではなく、食卓へ。
供物ではなく、夕食へ。
祈りではなく、明日の復興へ。
それが、現世神としての帰る場所だった。




