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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第78話 復興の始まり

 剣聖セレスティアの葬送を終えた翌朝。


 白樹の森には、復興支援のための地図が広げられていた。


 邪神戦争は終わった。


 だが、世界は無傷ではない。


 豪雨で崩れた道。


 竜巻で倒れた森。


 地震で割れた石橋。


 海底楔の霊流に耐えきれず傷んだ海底施設。


 竜脈反動で裂けた谷。


 封印杭の打設で荒れた土地。


 避難路で踏み固められた草原。


 戦いは終わったが、直すものは山ほどあった。


 大広間には、王、王妃、ルシェル、ミレーヌ、セレスティア、各地代表が集まっていた。


 昨日までの議題は、死者の名、封印地、葬送だった。


 今日からは、生者の生活である。


 王が地図を見下ろしながら言った。


「各地の被害確認を始める」


 ルシェルが記録板を構える。


「はい」


「白樹の森は、古記録庫の書架崩落、外縁林の倒木、王宮西棟の屋根破損」


「はい」


「人間王国は、王都地下記録庫の浸水、街道三本の崩落、南方補給倉庫の水害」


「はい」


「グランガルドは、鍛冶場煙突損傷、封印杭製造炉の補修、周辺石橋二本の亀裂」


「はい」


「海の民は、海底楔周辺施設の破損、霊流縄の交換、海底灯の再設置」


「はい」


「竜の谷は、竜脈支援地点の地割れ、若竜の負傷、観測岩の崩落」


「はい」


「草原諸族は、避難路沿いの倒木、備蓄小屋の破損、風除け柱の再建」


「はい」


 王は一度言葉を切った。


「死者は少ない」


 大広間に、静かな息が落ちる。


「だが、負傷者と施設被害は多い」


「はい」


「この事実を軽く見てはならない」


 全員が頷いた。


 邪神戦争は勝利した。


 だが、勝ったから痛みが消えるわけではない。


 王は続けた。


「復興支援は、世界連合で分担する」


 ルシェルが記録する。


「白樹の森は、記録保全と医療支援」


「はい」


「人間王国は、食糧と木材の輸送」


「はい」


「グランガルドは、石工、鍛冶師、橋梁補修」


「はい」


「海の民は、水害地域の排水と霊流観測」


「はい」


「竜の谷は、竜脈損傷地点の監視」


「はい」


「草原諸族は、避難路復旧と移動支援」


「はい」


 セレスティアは、地図を見ていた。


 自分なら、倒木を一瞬で退かせる。


 割れた橋も、魔法でつなげられる。


 崩れた屋根も、真神格の力を使えばすぐに直せる。


 そう思った瞬間、黒星が低く鳴った。


『主』


「はい」


 閃白が静かに言う。


『見すぎています』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『過干渉傾向、微弱』


「分かっています」


 セレスティアは、軽く息を吐いた。


 王がそれに気づく。


「セレスティア」


「はい」


「何を考えた」


「わたくしが直せるものが多い、と」


 大広間が静かになる。


 王は責めなかった。


 ただ、続きを促した。


「それで」


「ですが、わたくしが全て直してしまえば、復興ではなくなります」


 ゴルドの通信が繋がっていた。


 声だけが大広間に響く。


「分かってんじゃねぇか」


 セレスティアは、少しだけ目を細めた。


「親方」


「橋は職人が直す」


「はい」


「石は石工が積む」


「はい」


「屋根は大工が直す」


「はい」


「飯は飯を作る奴が作る」


「はい」


「お前は邪神を斬った」


「はい」


「復興まで全部奪うな、バカ姫」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「はい」


 ミレーヌが少し心配そうに見る。


「お姉様」


「大丈夫です」


「でも、手伝いたいのですよね」


「はい」


「手伝ってはいけないのですか」


「いいえ」


 セレスティアは、地図を見ながら答えた。


「手伝うことと、奪うことは違います」


 ルシェルが顔を上げる。


「復興支援における剣神セレスティアの関与基準を定める必要がありますね」


 セレスティアは、少しだけ苦笑した。


「また規程ですか」


「必要です」


 王も頷いた。


「定めよう」


 ルシェルが筆を構える。


「剣神セレスティアの復興支援関与基準」


 セレスティアは、ゆっくり言った。


「第一に、生命の危険が迫っている場合は、介入します」


「はい」


「第二に、地上の者が対応不能な外理的残滓、魂の座に関わる異常、死者の眠りを妨げる現象があれば、介入します」


「はい」


「第三に、通常の復興作業については、地上の者の役目を奪わない範囲で補助します」


「はい」


「第四に、橋、家、道、炉、海底施設など、職人の技術と経験で直すべきものは、職人が直すことを原則とします」


「はい」


「第五に、わたくしが手を出す場合は、各地の責任者と協議します」


「はい」


 ゴルドが言った。


「よし」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「親方の許可が出ましたわ」


「調子に乗るな」


「はい」


 王妃が静かに付け加えた。


「第六に、復興支援に行く場合も食事を抜かないこと」


 セレスティアは固まった。


「お母様」


「必要です」


 ルシェルが記録する。


「第六、復興支援中も食事を抜かないこと」


「ルシェル」


「必要です」


 解白が淡く言った。


『同意』


 黒星も鳴る。


『必要』


 閃白も澄んで言った。


『極めて必要です』


 セレスティアは、諦めた。


「はい」


 午前の会議後、セレスティアは最初に白樹の森の古記録庫へ向かった。


 書架が一本倒れ、壁際の棚が歪んでいる。


 昨日、ミレーヌの頭上へ倒れかけた書架だった。


 記録官たちが、濡れた写しや乱れた資料を分類している。


 ミレーヌも手伝おうとしていたが、王妃に軽作業だけと決められていた。


 セレスティアは、倒れた書架の前に立った。


 魔法で直せる。


 すぐに。


 だが、手を止めた。


 古記録庫の責任者が、設計図を広げている。


「この棚は、固定具が古くなっていたのも原因です」


 ルシェルが問う。


「地震だけが原因ではないのですね」


「はい。以前から補強すべきでした」


 ミレーヌが少し顔を伏せる。


「私がいた場所です」


「ミレーヌのせいではありません」


 セレスティアは言った。


「でも」


「これは、復旧だけでなく改善が必要な箇所です」


 責任者が深く頷いた。


「今後、同じことが起きぬよう、全書架を壁固定式へ改修します」


 セレスティアは頷く。


「わたくしにできることはありますか」


 責任者は少し驚いた顔をした。


 剣神に対して命じることを躊躇したのだろう。


 セレスティアは言った。


「通常作業は皆様が行ってください」


「はい」


「ただし、この大棚を安全に横へ動かすには人数が必要でしょう」


「はい」


「そこだけ、わたくしが支えます」


 責任者は、ほっとしたように頷いた。


「お願いします」


 セレスティアは、倒れた書架へ手を添えた。


 軽い。


 真神格の身体には、何の重さもない。


 だが、わざとゆっくり動かした。


 職人たちが下の資料を抜き、記録官たちが紙を救出し、ルシェルが分類する。


 セレスティアは、ただ支える。


 直すのではない。


 支える。


 ミレーヌがそれを見て、少し笑った。


「お姉様、すごく慎重です」


「役目を奪わない訓練中です」


「訓練なのですか」


「はい」


 黒星が低く鳴る。


『よい訓練だ』


 閃白が澄んで言う。


『支える剣神です』


 解白が淡く告げる。


『過干渉なし』


 セレスティアは、ほんの少しだけ安心した。


 次に向かったのは、白樹の森外縁の倒木地帯だった。


 竜巻の余波で、何本もの木が倒れていた。


 精霊たちが弱っている。


 木々そのものは死んでいないが、根が傷んでいる。


 森の管理者が、一本一本を見ながら判断していた。


「この木は戻せます」


「この木は根が裂けています。倒木材として使いましょう」


「これは若木を植え直す方が良い」


 セレスティアは、また思った。


 自分なら全部立て直せる。


 だが、それが正しいとは限らない。


 森の管理者が言った。


「セレスティア様、この木だけ支えていただけますか」


「はい」


「根を戻す間、倒れないように」


「分かりました」


 セレスティアは木を支えた。


 精霊たちが根を包み、森の者たちが土を戻す。


 一本の木が、ゆっくりと立ち直る。


 それは魔法で一瞬に起こす奇跡ではなかった。


 人と精霊と森の手順だった。


 セレスティアは、それを見ていた。


「復興とは、手順なのですね」


 森の管理者が頷いた。


「はい」


「力ではなく」


「力も必要です」


「はい」


「ですが、力だけでは森は戻りません」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「覚えます」


 昼。


 王妃の命令により、セレスティアは食堂へ戻された。


 復興支援初日から食事を抜くことは許されなかった。


 食卓には、温かいスープ、パン、豆の煮込み、白樹の果実、そして干し肉があった。


 セレスティアは干し肉を見た。


「お母様」


「復興支援中も必要です」


「はい」


 ミレーヌが笑う。


「お姉様、朝からよく働きました」


「支えただけです」


「それが大事なのですよね」


「はい」


 セレスティアは干し肉を噛んだ。


 硬い。


 復興初日でも硬い。


「硬いですわ」


 ルシェルが記録しようとした。


 王妃が見る。


 ルシェルは筆を置いた。


 午後、セレスティアはグランガルドへ向かった。


 転移陣を抜けると、鍛冶場の前に出た。


 炉の火は戻っていた。


 青白く跳ねていた火は、いつもの赤へ戻っている。


 だが、煙突には亀裂があり、壁の一部は崩れ、看板は倒れたままだった。


 弟子たちが石材を運び、職人たちが補修材を練っている。


 ゴルドは、煙突の下で腕を組んでいた。


「来たか、バカ姫」


「来ました」


「酒は」


「今日は持ってきていません」


「復興確認か」


「はい」


「なら働け」


「何をすればよろしいですか」


 ゴルドは、煙突の亀裂を指した。


「この石を上まで持ち上げろ」


「積むのは」


「職人がやる」


「はい」


「お前は持ち上げるだけだ」


「分かりました」


 セレスティアは、重い石材を魔法で浮かせた。


 軽い。


 だが、ゴルドが怒鳴る。


「速ぇ!」


「はい?」


「そんな速さで上げるな! 職人が合わせられねぇ!」


「すみません」


「もっとゆっくりだ!」


「はい」


 セレスティアは、石をゆっくり上げる。


 職人が位置を合わせ、石工が手で叩き、角度を見る。


 ゴルドが言う。


「止めろ」


 セレスティアは止める。


「少し左」


「はい」


「下げろ」


「はい」


「行き過ぎだ」


「すみません」


「真神格のくせに石積みは下手だな」


「初めてですので」


「なら覚えろ」


「はい」


 弟子たちが笑っている。


 セレスティアも、少し笑った。


 邪神を斬った剣神が、石の上げ下げで怒鳴られている。


 それが、とても地上らしかった。


 作業が一段落すると、ゴルドは倒れた看板の前に立った。


 雨で文字が滲んでいる。


 バカ姫。


 干し肉。


 帰ってこい。


 かすかに残った文字を、セレスティアは見た。


「これは」


「戦いの間に誰かが書き足した」


「親方ではないのですか」


「俺じゃねぇ」


 弟子の一人が、そっと手を上げた。


「私です」


 ゴルドが振り返る。


「お前か」


「すみません」


「謝るな」


「はい」


「よく書いた」


 弟子は目を見開いた。


 ゴルドは看板を起こしながら言った。


「書き直すぞ」


「はい」


「新しい文面は決めてある」


 弟子が板を用意する。


 ゴルドが言う。


「バカ姫、邪神を斬って帰還」


「はい」


「剣聖セレスティア、眠る」


「はい」


「三賢者も眠る」


「はい」


「工房、復興中」


「はい」


「干し肉は食え」


「それもですか」


「書け」


 弟子が書く。


 セレスティアは、少しだけ肩を落とした。


「どこにでも干し肉が入りますわね」


 ゴルドが鼻を鳴らす。


「お前が地上にいる証拠だ」


 セレスティアは、何も言えなくなった。


 作業後、ゴルドは工房の奥へセレスティアを連れていった。


 そこには、黒星、閃白、解白を置くための台が用意されていた。


「置け」


「神剣ですから、刃こぼれは」


「知ってる」


「では」


「戦後点検だ」


 セレスティアは、黒星を台へ置いた。


 次に閃白。


 解白も静かに置く。


 ゴルドは、三振りをじっと見た。


 手で触れはしない。


 まず、見る。


 その目は鍛冶師のものだった。


「黒星」


 黒星が低く鳴る。


『何だ』


「よく折れなかった」


『折れぬ』


「知ってる」


 ゴルドは閃白を見る。


「閃白」


『はい』


「よく濁らなかった」


『主が濁らせませんでした』


「そうか」


 最後に、解白を見る。


「解白」


『はい』


「よく結び目を見た」


『職務です』


「いい返事だ」


 セレスティアは、そのやり取りを静かに見ていた。


 ゴルドは、三振りの神剣に頭を下げなかった。


 拝まなかった。


 ただ、鍛冶師として見た。


 それが、三振りにとっても心地よいようだった。


「問題は」


 セレスティアが問う。


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「ねぇよ」


「よかったです」


「神剣だからな」


「はい」


「だが、布で拭け」


「またですか」


「戦後点検だ」


 セレスティアは、ゴルドから砥布を受け取った。


 黒星を拭く。


 閃白を拭く。


 解白を拭く。


 刃こぼれなどない。


 だが、拭く。


 剣を見る。


 自分を見る。


 邪神の座で教えられたことを、また地上で繰り返す。


 ゴルドが言った。


「バカ姫」


「はい」


「復興を全部やるな」


「はい」


「祠が建ったら壊せ」


「はい」


「死者を売り物にする奴がいたら止めろ」


「はい」


「火酒は忘れるな」


「忘れません」


「十樽だったな」


「はい」


「本当に持ってこい」


「もちろんです」


 ゴルドは、少しだけ口元を緩めた。


「ならいい」


 夕方。


 セレスティアは白樹の森へ戻った。


 大広間では、各地の復興状況が少しずつ更新されていた。


 人間王国の地下記録庫は排水中。


 海底楔は霊流観測施設への転用準備。


 竜の谷は竜脈の監視を開始。


 草原では避難路の倒木撤去が進む。


 グランガルドでは煙突補修が始まった。


 白樹の森では古記録庫の書架固定が進む。


 世界は、直り始めていた。


 完全には戻らない。


 傷は残る。


 十年単位で治す場所もある。


 それでも、動き始めていた。


 王が言った。


「初日の復興確認は以上とする」


 ルシェルが記録する。


「はい」


 王妃がセレスティアを見る。


「食事です」


「はい」


「復興支援中も」


「食事を抜かないこと」


「よろしい」


 セレスティアは少し笑った。


 夜。


 白樹の森の食堂で、セレスティアは温かい食事を摂った。


 ミレーヌは隣で、今日の古記録庫の補修について話している。


 ルシェルは食事後に記録を整理する予定を立てている。


 王妃は全員の皿を確認している。


 王は各地の復興計画を静かに考えている。


 そこに、邪神の影はない。


 だが、邪神戦争の後始末はある。


 セレスティアは、スープを飲んだ。


 地上の味だった。


 その後、皿の端の干し肉を手に取る。


 噛む。


 硬い。


「やはり硬いですわ」


 ミレーヌが笑った。


「でも、食べるのですね」


「はい」


「なぜですか」


 セレスティアは、少し考えた。


「地上へ戻ってきた確認です」


 ミレーヌは、嬉しそうに笑った。


「では、明日も確認ですね」


「明日もですか」


 王妃が言った。


「当然です」


 セレスティアは、降参したように頷いた。


「はい」


 その夜、白樹の森から世界連合へ通達が出された。


 復興初日確認。


 各地、被害甚大ながら復旧開始。


 死者名簿、記録保全継続。


 封印地外縁、邪神戦争記録所設置準備。


 名もなき森、剣聖セレスティア葬送完了。


 剣神セレスティアは、通常復興作業において過干渉を避け、地上の者の役目を支えるものとする。


 生命の危険、外理的残滓、死者の眠りを妨げる異常がある場合のみ、最後の刃として介入する。


 復興は、地上の者の手で行う。


 邪神戦争は終わった。


 だが、世界は翌日から普通に壊れた屋根を直し、橋を架け、食糧を運び、怪我人を診た。


 それが、終わらなかった世界の強さだった。


 セレスティアは窓の外を見た。


 遠く、グランガルドの方角に、炉の火の赤がある気がした。


 近いうちに、火酒を十樽持って行く。


 その約束がある。


 復興は始まったばかりだ。


 だが、セレスティアは少しだけ楽しみを持っていた。


 死者は眠った。


 生者は直す。


 そして、帰ってきた者は、約束の酒を飲む。


 世界は、そうして少しずつ日常へ戻っていく。

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