表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/108

第63話 決戦二十四時間前

 邪神封印限界まで、あと四日。


 決戦開始まで、あと二十四時間。


 白樹の森は、朝から静かだった。


 静かすぎるほどだった。


 だが、それは諦めの静けさではない。


 世界が、最後の配置についた静けさだった。


 十の森の精霊通信網は、二重化を終えている。


 海底楔は、七十二時間連続運用の準備を終えている。


 竜の谷では、竜脈を支える竜たちが交代配置についた。


 グランガルドの封印杭交換班は、主要地点と予備地点へ散った。


 草原の獣人たちは、避難路と備蓄拠点の最終確認を終えた。


 人間王国と白樹の森の記録班は、七十年前の死者名簿を三交代で読み上げる準備に入った。


 完全な名。


 役目のみ判明した者。


 場所のみ判明した者。


 そして、未判明のまま探索継続対象として固定された者。


 全てが、記録された。


 忘れていない。


 分からないことも、分からないまま残す。


 それが、邪神に奪われないための戦いだった。


 白樹の森の大広間には、最後の確認のために世界連合の代表たちが集まっていた。


 王が議長席に立つ。


「邪神封印限界まで、あと四日」


 誰も動かない。


「決戦開始まで、あと二十四時間」


 沈黙が深くなる。


「本日、剣神セレスティアは封印地外縁へ向かう」


 全員の視線が、セレスティアへ向いた。


 セレスティアは静かに立っていた。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背には解白。


 真神格は深く収まっている。


 神格圧は漏れていない。


 だが、その場にいる全員が分かっていた。


 彼女は、もう神域へ入る前のセレスティアではない。


 真神格へ至った剣神。


 邪神本体と向き合う最後の刃。


 そして、地上へ帰る意思を失っていない現世神。


 王は言った。


「セレスティア、最終判断を述べよ」


「はい」


 セレスティアは一歩前に出た。


「わたくしは、本日、封印地外縁へ赴きます」


 声は静かだった。


「白樹の森から直接、邪神の座へは入りません」


「はい」


「封印地外縁で、三賢者柱の反発波形を直接読みます」


「はい」


「地上側の七十二時間維持体制を確認します」


「はい」


「封印地の神格圧に、真神格を合わせます」


「はい」


「その上で、邪神封印限界の七十二時間前、三賢者の封印が最後の反発を起こす瞬間に、邪神の座へ入ります」


 ルシェルが記録する筆の音だけが響く。


 セレスティアは続けた。


「この戦いは、即座には終わりません」


 大広間の空気が重くなる。


「邪神は世界外の理を持つ神格存在」


「はい」


「わたくしは真神格へ至った剣神」


「はい」


「これは、人と人の戦いではありません」


「はい」


「神格と神格の戦いです」


 黒星が低く鳴った。


「邪神の冒涜理を見極め」


 閃白が澄む。


「剥がし」


 解白が淡く光る。


「祓い、解き」


 セレスティアの声が、わずかに深くなった。


「最後に終焉を通す」


 大広間は、息を呑んだまま聞いていた。


「最低でも、七十二時間はかかると判断しています」


 海の巫女が静かに問う。


「だから、七十二時間前に始めるのですね」


「はい」


「封印限界の七十二時間前に、邪神の座標が固定される」


「はい」


「同時に、そこから始めなければ、封印崩壊前に間に合わない」


「はい」


 竜の使いが低く言う。


「早すぎれば、座標が定まらない」


「はい」


 ドワーフ代表が続ける。


「遅すぎれば、時間が足りない」


「はい」


 王が言った。


「七十二時間前。それが最初で最後の最善時」


「その通りです」


 セレスティアは、全員を見た。


「わたくしが邪神の座へ入った後、地上へ戻るまでの七十二時間、地上側は三賢者の柱を支え続けてください」


「はい」


「わたくしが邪神と戦っている間、邪神は地上側にも圧をかけます」


「はい」


「ロウガン柱、アルディス柱、メルゼア柱、それぞれが揺さぶられます」


「はい」


「ですが、柱が完全に砕ければ、邪神の理が地上へ溢れます」


「はい」


「わたくしは、邪神の座で邪神本体を斬ります」


「はい」


「地上は、地上で封印を支えてください」


 大広間に、重い沈黙が満ちた。


 やがて、王が頷いた。


「世界連合は、七十二時間維持体制へ移行する」


「はい」


「各代表、最終確認」


 人間王国の使節が立った。


「王国記録班、三交代制。七十年前の死者名簿読み上げ準備、完了」


 ミレーヌが続いた。


「白樹の森古記録庫、同じく三交代制。未判明者についても、探索継続対象として読み上げます」


 海の巫女が言った。


「海底楔、七十二時間連続運用準備完了。霊流調整班、配置済み」


 竜の使いが低く告げる。


「竜脈支援、三交代制。老竜、若竜、全て配置済み」


 ドワーフ代表が腕を組んだ。


「封印杭交換班、主要地点、予備地点ともに配置済み。杭、聖銀釘、静鉱石楔、全て揃っている」


 草原の族長が言う。


「避難路、備蓄拠点、医療拠点、稼働可能」


 山の隠れ里の長が続く。


「古碑拓本、全て白樹の森と人間王国へ複写済み。原碑が失われても記録は残る」


 十の森の代表たちが声を揃えた。


「精霊通信網、二重化完了。反応消失時の伝令経路も確保済み」


 王は全てを聞き、静かに頷いた。


「よい」


 その一言で、大広間の空気が定まった。


 次に、王妃が立った。


 机の上には、食事予定表がある。


 セレスティアは、それを見てわずかに目を細めた。


「お母様」


「必要事項です」


 王妃は真顔だった。


「剣神セレスティア、封印地外縁滞在二十四時間、および邪神座進入後七十二時間分の携行食について確認します」


 大広間の代表たちは、真面目に聞いている。


 セレスティアは、少しだけ肩を落とした。


 ゴルドが満足そうに頷く。


「干し肉は入れた」


「親方」


「三日分じゃ足りねぇから五日分だ」


「邪神の座でそんなに食べられるとは思えませんわ」


「食え」


 黒星が低く鳴った。


『持って行け』


 閃白が澄んで言う。


『地上への錨です』


 解白が淡く告げる。


『現世神性維持食材。決戦時携行対象』


「本当に正式名称になっていますわね」


 ルシェルが筆を走らせていた。


「決戦時携行対象、現世神性維持食材」


「ルシェル」


「記録上、必要です」


 王妃は続ける。


「保存菓子、柔らかい豆パン、白樹の乾燥果実、ロウガン・エルド様の豆の塩煮、ゴルド殿の干し肉」


「はい」


「水晶瓶入りの白樹水」


「はい」


「これらを携行します」


「承知しました」


 王妃は、少しだけ柔らかい目になった。


「食事を忘れないこと」


「はい」


「食べられなくても、地上の味を持っていること」


「はい」


「それが、あなたを戻します」


 セレスティアは、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます」


 会議が終わる。


 各代表は、それぞれの持ち場へ戻った。


 残ったのは、王、王妃、ルシェル、ミレーヌ、ゴルド、そしてセレスティアだった。


 大広間に、少しだけ家族の空気が戻る。


 王が言った。


「出立は正午」


「はい」


「封印地外縁までは転移陣で送る」


「はい」


「到着後、現地から神格圧と封印線の確認報告を送れ」


「はい」


 ルシェルが言う。


「報告様式は簡略で構いません。ただし、三賢者柱の反発波形、神格圧抑制状況、神剣三振りの状態、食事摂取の有無は記載してください」


「食事摂取の有無まで」


「必須です」


 解白が淡く言う。


『同意』


 セレスティアは、もう反論しなかった。


 ミレーヌが、黙ってセレスティアの手を握った。


「お姉様」


「はい」


「私は、白樹の森に残ります」


「はい」


「死者名簿を読み上げます」


「はい」


「七十二時間、交代しながら読み続けます」


「はい」


「だから、お姉様も」


 ミレーヌは、そこで言葉を詰まらせた。


 セレスティアは、妹の手を握り返した。


「はい」


「帰ってきてください」


「帰ってきます」


「絶対に」


「絶対に」


 神は祈らない。


 だから、これは祈りではない。


 約束だった。


 王妃は、セレスティアを抱きしめた。


 昨日より、少し長い。


 それでも、泣かなかった。


「無事で」


「はい」


「食事を忘れず」


「はい」


「神だけにならず」


「はい」


「帰ってきなさい」


「はい」


 王は、最後にセレスティアの前へ立った。


「セレスティア」


「はい」


「お前は、剣神として行く」


「はい」


「だが、戻る時は娘として戻れ」


 セレスティアは、深く頭を下げた。


「はい」


 ゴルドは、最後に大きな包みを差し出した。


「持ってけ」


「干し肉ですか」


「干し肉だ」


「やはり」


「それと、砥布だ」


「砥布」


「黒星も閃白も解白も神剣だ。刃こぼれなんざしねぇ」


「はい」


「それでも、戦う前に布で拭け」


「なぜですか」


「剣士の癖だ」


 セレスティアは、包みを受け取った。


 中には、硬い干し肉と、丁寧に織られた砥布が入っていた。


 ゴルドは言った。


「神になっても、剣を扱う手順を忘れるな」


「はい」


「斬る前に、剣を見る」


「はい」


「剣を見れば、自分も見る」


「はい」


「自分を見れば、邪神に呑まれねぇ」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「ありがとうございます、親方」


「礼は邪神を斬ってからだ」


「はい」


 正午。


 白樹の森の中庭に、転移陣が開いた。


 行き先は、邪神封印地外縁。


 三賢者の封印柱が立つ地の外側。


 邪神本体の座へ最も近い、地上の境界。


 セレスティアは、転移陣の前に立った。


 黒星。


 閃白。


 解白。


 三振りの神剣と共に。


 携行袋には、干し肉、保存菓子、豆パン、乾燥果実、ロウガンの豆の塩煮、白樹水、そしてゴルドの砥布。


 真神格は深く収めている。


 神眼は閉じている。


 だが、見ようと思えば、三賢者の柱が見える。


 ロウガン柱の半壊。


 アルディス柱の歪み。


 メルゼア柱の黒化。


 邪神の座。


 その奥で蠢く、世界外の理。


 あと二十四時間で、最後の反発が来る。


 そこで、座標が固定される。


 その瞬間、セレスティアは邪神の座へ入る。


 王が言った。


「行け」


「はい」


 王妃が言った。


「戻りなさい」


「はい」


 ルシェルが言った。


「報告を忘れずに」


「はい」


 ミレーヌが言った。


「待っています」


「はい」


 ゴルドが言った。


「バカ姫」


「はい」


「干し肉を残すな」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「努力します」


「努力じゃなくて食え」


「はい」


 黒星が低く鳴る。


『行くぞ』


 閃白が澄む。


『参りましょう』


 解白が淡く言う。


『決戦前二十四時間、開始』


 セレスティアは、転移陣へ一歩踏み入れた。


 白い光が足元から立ち上がる。


 白樹の森の景色が薄れる。


 家族の顔。


 ゴルドの腕組み。


 ルシェルの記録板。


 ミレーヌの泣きそうな目。


 王妃の食事袋。


 王の静かな視線。


 その全てを胸に収める。


 祈らない。


 願わない。


 ただ、約束を持って行く。


 帰る。


 それだけだった。


 転移の光が消えた。


 次に見えたのは、灰色の大地だった。


 封印地外縁。


 空は暗く、風は重い。


 遠くに、三本の柱が見える。


 アルディス。


 メルゼア。


 ロウガン。


 三賢者の封印柱。


 その奥に、黒い空間の裂け目がある。


 邪神の座へ通じる境界。


 セレスティアは、灰色の大地に立った。


 真神格を、さらに深く収める。


 地上を押し潰さない。


 封印地の圧に、ゆっくり合わせる。


 黒星が低く言った。


『来たな』


「はい」


 閃白が澄んで言う。


『邪の濃度が高いです』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『三賢者柱、反発前予兆あり。二十四時間以内に最大化予測』


「確認しました」


 現地の監視術師たちが、遠くから頭を下げる。


 誰も近づきすぎない。


 セレスティアのためではない。


 封印地の圧が強すぎるからだ。


 その中で、セレスティアは歩き出した。


 封印地外縁の観測点へ。


 決戦開始まで、あと二十四時間。


 ここからは、白樹の森ではない。


 神域でもない。


 邪神の座の手前。


 世界と世界外の理が擦れ合う場所。


 セレスティアは、そこで最後の二十四時間を過ごす。


 邪神の座へ入るために。


 そして、必ず地上へ戻るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ