表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/108

第62話 七十二時間前

 邪神封印限界まで、あと二十日。


 ロウガン柱の亀裂拡大を、地上の力だけで食い止めた翌朝。


 白樹の森の大広間には、世界連合の代表たちが再び集まっていた。


 空気は重い。


 だが、折れてはいない。


 昨夜、邪神はロウガン柱の根元を狙った。


 世界はそれを支えた。


 剣神セレスティアは刃を抜かなかった。


 地上が届いたからだ。


 だが、全員が理解していた。


 次も届くとは限らない。


 邪神は、確実に封印の急所を探っている。


 ロウガン柱。


 アルディス柱。


 メルゼア柱。


 三賢者の封印は、もう限界に近い。


 それでも、あと二十日。


 世界は立たなければならない。


 王が議長席に立った。


「昨夜の対応により、ロウガン柱の亀裂拡大は停止した」


 大広間の者たちが静かに頷く。


「竜脈の過剰投入を避け、海底楔の霊流で熱を逃がし、封印杭を二歩離して打った判断は正しかった」


 竜の使いが低く唸る。


「剣神の助言がなければ、我らは竜脈を増やしていた」


 海の巫女も頷いた。


「そうなれば、柱の中間が割れていたかもしれません」


 ドワーフ代表が腕を組む。


「封印杭も、近くに打ちすぎるところだった」


 王はセレスティアへ視線を向けた。


「セレスティア」


「はい」


「現時点で、邪神本体と戦う時期について判断を示せるか」


 大広間が静まり返った。


 これまで、誰もあえて口にしなかった問い。


 剣神セレスティアは、いつ邪神と戦うのか。


 今すぐなのか。


 限界直前なのか。


 封印が破れた瞬間なのか。


 それとも、何か別の時なのか。


 セレスティアは、ゆっくりと立ち上がった。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背には解白。


 三振りの神剣は静かだった。


「判断は出ています」


 大広間の空気が、さらに張り詰めた。


 セレスティアは、白樹の泉の水面へ手をかざした。


 泉に、三賢者の封印図が浮かび上がる。


 アルディス柱。


 メルゼア柱。


 ロウガン柱。


 そして、その奥にある邪神の座。


 世界外縁に縛られた、邪神本体の居場所。


「わたくしが邪神本体と戦う最善の時期は、邪神封印限界の七十二時間前です」


 沈黙。


 次に、ざわめきが起こりかけた。


 だが、王が手を上げると、すぐに静まった。


 人間王国の使節が問う。


「七十二時間前。つまり、限界の三日前ですか」


「はい」


「それは、あまりにも遅いのでは」


 当然の問いだった。


 セレスティアは頷いた。


「遅く見えます」


「はい」


「ですが、結界が完全に切れてからでは遅すぎます」


 泉の水面に、封印崩壊後の想定図が映る。


 邪神の黒い理が、三賢者の柱を越え、地上へ流れ出す。


 それは川のようではない。


 霧のようでもない。


 根のように世界へ広がっていく。


「封印が切れた後、邪神の理は地上へ溢れます」


「はい」


「その段階では、邪神本体の理が世界中に散ります」


「はい」


「斬るべき本体が拡散するのです」


 大広間の者たちが息を呑んだ。


 セレスティアは続ける。


「邪神は、生者、死者、魂の座、封印の歪み、痛み、怒り、忘却、それらへ同時に触れます」


「はい」


「そうなれば、わたくしが邪神を斬ることはできます」


 黒星が低く鳴る。


「ですが、斬るまでに地上の被害が広がりすぎます」


 閃白が澄む。


「死者の眠りも、生者の選択も、守りきれない」


 解白が淡く光る。


「ゆえに、封印が完全に切れてからでは遅い」


 王が問う。


「では、今すぐではなぜ駄目なのだ」


 セレスティアは、泉の水面を変えた。


 今度は、現在の邪神の座が映る。


 封印の奥深く。


 三賢者の柱の先。


 黒い霧のような理が、深く沈んでいる。


「今は、早すぎます」


「早すぎる」


「はい」


「邪神本体は、まだ封印の奥深くに沈んでいます」


 セレスティアは、指先で水面をなぞった。


 邪神の座が揺れる。


 固定されていない。


 深すぎる。


 遠すぎる。


 輪郭が不安定。


「この状態では、わたくしの刃は届きます」


「届くのか」


「届きます」


 大広間に緊張が走る。


 セレスティアは、はっきりと言った。


「ですが、届くことと、正しく斬れることは違います」


 王は黙って聞いている。


「今の邪神本体は、封印の奥深くで座標を揺らしています」


「はい」


「わたくしが今、邪神の座へ向かえば、邪神は奥へ逃げます」


「逃げるのか」


「逃げるというより、座標をずらします」


 解白が淡く補足する。


『邪神本体は世界外理。通常の場所概念では固定不可』


 ルシェルが即座に記録する。


「世界外理。場所概念では固定不可」


 セレスティアは頷いた。


「今すぐ向かえば、わたくしは深くまで追うことになります」


「はい」


「それは、邪神の座へ引き込まれる形になる」


 黒星が低く沈んだ。


『危険だ』


 閃白が言う。


『主が深く入りすぎると、地上との錨が遠くなります』


 解白が続ける。


『邪神側に戦場選択権あり。極めて不利』


 ドワーフ代表が唸る。


「つまり、今行けば、敵の腹の中に突っ込むようなもんか」


「はい」


「斬れるかもしれねぇが、こっちが深みに落ちる」


「その通りです」


 海の巫女が問う。


「では、七十二時間前に何が起きるのですか」


 セレスティアは、泉の水面をもう一度変えた。


 三賢者の柱が、限界直前の状態として映る。


 アルディス柱。


 メルゼア柱。


 ロウガン柱。


 それぞれに深い亀裂がある。


 だが、完全には砕けていない。


 むしろ、柱の奥から白い光が噴き上がるように見える。


「封印は、単純に弱まり続けるだけではありません」


 大広間が静まる。


「三賢者の封印は、限界直前に最後の反発を起こします」


「最後の反発」


「はい」


 セレスティアは、三本の柱を示した。


「アルディス柱は、境界を閉じる力を最後に強めます」


「はい」


「メルゼア柱は、魂の逆流を止める力を最後に強めます」


「はい」


「ロウガン柱は、邪神の神格圧を受け止め、押し返す力を最後に強めます」


 ロウガン柱の半壊した上部に、白い光が走る。


「これは安全な強化ではありません」


「はい」


「柱が自らの残りを燃やすようなものです」


 ミレーヌが小さく息を呑んだ。


「三賢者様が、最後にもう一度立つのですね」


 セレスティアは静かに頷いた。


「はい」


 ルシェルが筆を止めずに問う。


「その反発が起きるのが、封印限界の七十二時間前なのですか」


「おそらく、最も強く出るのがその時です」


「根拠は」


「神域で見た封印の理と、現在の三賢者柱の劣化速度、さらに邪神本体の圧の増加から判断しています」


 解白が淡く言う。


『補足。七十二時間前、三柱反発波形最大化予測。座標固定率、最良』


 ルシェルが記録する。


「座標固定率、最良」


 王が問う。


「その時、邪神本体はどうなる」


「封印の最後の反発によって、邪神本体は世界外の座へ押し戻されます」


「はい」


「同時に、邪神は封印を破ろうとして地上側へ力を伸ばしています」


「はい」


「押し戻されながら、引き裂こうとする」


 泉の水面に、黒い核が映る。


 それは、今までよりはっきりとしていた。


 深く、重く、だが輪郭が固定されている。


「その瞬間、邪神本体の座標が最も固定されます」


 大広間に、誰も声を出さなかった。


 セレスティアは言った。


「わたくしは、その隙を突きます」


 黒星が低く鳴る。


「邪神の座へ赴き」


 閃白が澄む。


「邪神本体の冒涜理を見極め」


 解白が淡く光る。


「終わるべきものだけを終わらせます」


 ドワーフ代表が腕を組んだ。


「七十二時間前より早いと、邪神の座標が深すぎる」


「はい」


「七十二時間前より遅いと、封印が崩れすぎる」


「はい」


「切れてからじゃ、邪神が地上へ散る」


「はい」


「なら、三日前が最善」


「はい」


 海の巫女が、静かに言った。


「最も危険で、最も好機なのですね」


「その通りです」


 竜の使いが低く問う。


「七十二時間前まで、我らは何をすればよい」


 セレスティアは、即答した。


「耐えてください」


 重い言葉だった。


「三賢者の柱を完全に守りきる必要はありません」


「はい」


「ですが、砕かせてはなりません」


「はい」


「限界直前の最後の反発を起こすために、柱をその時まで立たせる必要があります」


 王が頷いた。


「つまり、残り二十日を耐え抜き、そこから七十二時間前にお前が行く」


「はい」


「その後の三日間は」


「わたくしが邪神の座にいる間、地上は封印柱を支え続けてください」


「三日間ずっとか」


「はい」


 大広間に緊張が走る。


 七十二時間。


 剣神セレスティアが邪神の座へ赴き、邪神本体と戦う。


 その間、地上は三賢者の柱を支えなければならない。


 邪神が反撃すれば、当然、地上にも圧が来る。


 それを耐える必要がある。


 草原の族長が拳を握った。


「三日なら、民を避難路へ動かせる」


 海の巫女が言う。


「海底楔の霊流は、七十二時間連続運用に切り替えます」


 竜の使いが低く言った。


「竜脈は交代で支える。若い竜も出す」


 ドワーフ代表が言う。


「封印杭の交換班を七十二時間体制にする」


 人間王国の使節が顔を上げた。


「記録官は、死者の名の呼称を続けます」


 ミレーヌが続ける。


「未判明者についても、探索継続対象として読み上げます」


 ルシェルが記録しながら言った。


「七十二時間、記録班を三交代制へ移行します」


 王妃が静かに言った。


「食事班も三交代です」


 セレスティアは思わず王妃を見た。


「お母様」


「七十二時間、誰も倒れてはなりません」


「はい」


「あなたもです」


「邪神の座で食事は難しいと思います」


「携行食を持たせます」


 ゴルドが頷いた。


「干し肉だな」


「親方」


「当然だ」


 黒星が低く鳴る。


『持って行け』


 閃白が澄んで言う。


『地上への錨です』


 解白が淡く告げる。


『邪神座滞在中の現世神性維持食材』


「邪神の座に干し肉を持って行く剣神とは何ですの」


 ゴルドが即答した。


「バカ姫だ」


 大広間に、小さな笑いが生まれた。


 張り詰めた空気が、少しだけ緩む。


 それでよかった。


 笑えるなら、まだ地上は立っている。


 王が、再び場を締めた。


「方針を確認する」


 全員が姿勢を正す。


「邪神本体との決戦は、封印限界七十二時間前」


「はい」


「それまでの二十日、各地は三賢者柱を支える」


「はい」


「剣神セレスティアは、それまで先行して邪神の座へ向かわない」


「はい」


「七十二時間前、三賢者の封印が最後の反発を起こした瞬間、邪神の座標を固定」


「はい」


「剣神セレスティアは、その隙を突いて邪神の座へ赴き、邪神本体を斬る」


「はい」


「その七十二時間、地上は封印柱を支え続ける」


「はい」


 王は、セレスティアへ視線を向けた。


「セレスティア」


「はい」


「それがお前の最終判断か」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「はい」


「祈りではないな」


「祈りではありません」


「策謀ではないな」


「策謀ではありません」


「神々の合議に預けるものでもないな」


「はい」


「剣神としての判断だな」


「はい」


 セレスティアは、はっきりと言った。


「剣神セレスティアとしての最終判断です」


 大広間に、深い沈黙が満ちた。


 それは恐怖の沈黙ではない。


 覚悟の沈黙だった。


 やがて、王が頷いた。


「承認する」


 続いて、各地の代表が次々に頷いた。


 ドワーフ代表。


「グランガルド、承認」


 海の巫女。


「海の民、承認」


 竜の使い。


「竜の谷、承認」


 草原の族長。


「草原諸族、承認」


 人間王国の使節。


「人間王国、承認」


 山の隠れ里の長。


「山の隠れ里、承認」


 十の森の代表。


「十の森、承認」


 ルシェルが記録する。


 ミレーヌが死者名簿を胸に抱く。


 王妃が、静かに食事予定表へ書き込む。


 決戦七十二時間前。


 剣神セレスティア、邪神の座へ。


 セレスティアは、それを見て少しだけ目を細めた。


「お母様、食事予定表にも書くのですか」


「当然です」


「邪神の座へ向かう予定を」


「食事管理に関係します」


 ゴルドが言った。


「干し肉の本数も決めねぇとな」


「親方まで」


「七十二時間だ。三日分だ」


 解白が淡く言った。


『最低三食分。地上錨としては六食分推奨』


「解白まで」


 セレスティアは、軽く肩を落とした。


 だが、笑っていた。


 この笑いがあるから、行ける。


 邪神の座へ行っても、戻る場所を忘れずに済む。


 会議後。


 セレスティアは、白樹の泉の前に残った。


 水面には、邪神の座が映っている。


 まだ深い。


 まだ揺れている。


 今は行かない。


 七十二時間前まで待つ。


 待つことは、何もしないことではない。


 世界を信じること。


 地上が立つ時間を守ること。


 そして、最も正しく斬れる瞬間を選ぶこと。


 黒星が低く言った。


『主よ。決めたな』


「はい」


 閃白が澄んで続ける。


『七十二時間前』


「はい」


 解白が淡く告げる。


『最善時刻、固定』


「はい」


 セレスティアは、水面を見つめた。


「それまで、わたくしは待ちます」


 黒星が問う。


『斬りたくなるぞ』


「分かっています」


 閃白が言う。


『邪神は揺さぶってきます』


「分かっています」


 解白が言う。


『地上側の危機発生確率、高』


「それでも」


 セレスティアは、静かに言った。


「地上が届く限り、わたくしは最後の刃でいます」


 夜。


 白樹の森から、世界中へ正式通達が送られた。


 邪神本体決戦予定。


 封印限界七十二時間前。


 剣神セレスティア、邪神の座へ進入予定。


 各地は、残り二十日間、三賢者柱の維持に全力を尽くすこと。


 決戦開始後七十二時間、地上側は封印柱を支え続けること。


 剣神に祈るだけでなく、各自の持ち場を守ること。


 この世界は、この世界に生きる者の手で守る。


 剣神セレスティアは、最後の刃である。


 通達は、十の森へ。


 人間王国へ。


 グランガルドへ。


 竜の谷へ。


 海底の民へ。


 草原へ。


 山の隠れ里へ。


 各地へ届いた。


 それを読んだ者たちは、祈った。


 ある者は、祈らなかった。


 ただ道具を持った。


 封印杭を運んだ。


 死者の名を読んだ。


 食糧を積んだ。


 竜脈へ向かった。


 海底へ潜った。


 子どもを避難路へ連れて行った。


 世界は、七十二時間前へ向けて動き始めた。


 翌朝。


 グランガルドの鍛冶場前に、新しい看板が立った。


 バカ姫、決戦は七十二時間前と決める。


 それまで斬らずに待つ。


 地上組は死ぬ気で支えろ。


 干し肉は三日分では足りん。


 町の者たちは、それを見て笑った。


 そして、すぐに働いた。


 邪神封印限界まで、あと十九日。


 決戦開始まで、あと十六日。


 七十二時間前へ向けて、最後の時間が進み始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ