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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第51話 三賢者の一柱、砕ける

 邪神封印限界まで、あと六年。


 その言葉は、世界の者たちにとって、ただの数字ではなくなっていた。


 六年。


 準備できる時間。


 だが、油断すれば一瞬で失われる時間。


 白樹の森では、連合準備会議が年に二度開かれるようになり、各地の封印補強も進んでいた。


 グランガルドでは封印杭が量産され、竜の谷では竜脈の調整が進み、海の民は海底楔の補強を六割まで終えていた。


 六十五年前の死者の名も、少しずつ戻っている。


 世界は立ち始めていた。


 だが、邪神もまた、眠っているわけではなかった。


 白樹の森の夜。


 王宮の古記録庫で、ルシェルは六十五年前の封印図を整理していた。


 三賢者の封印。


 邪神本体を世界の外縁に縛りつけた、最終封印。


 封印の中心には、三つの柱がある。


 生命を代価に、自らの存在を楔とした三賢者。


 賢者アルディス。


 賢者メルゼア。


 賢者ロウガン。


 三人は、それぞれ異なる理で邪神を縛った。


 アルディスは、境界を閉じた。


 メルゼアは、魂の逆流を止めた。


 ロウガンは、邪神の神格圧を地上へ流れ込ませぬよう、圧を受け続けた。


 六十五年前。


 三賢者は、生命と魂と名を封印に捧げた。


 その結果、世界は生き延びた。


 だが、その柱の一つが、今夜、軋んだ。


 最初に異常を感じたのは、白樹の精霊王だった。


 白樹の泉が、赤く染まった。


 血の色ではない。


 警告の色。


 次に、黒い線が水面を走った。


 泉の水面が割れるように波打つ。


 その瞬間、白樹の森全体に低い音が響いた。


 鐘ではない。


 地鳴りでもない。


 封印が悲鳴を上げる音だった。


 王は執務室から立ち上がった。


「何だ」


 ルシェルは古記録庫で顔を上げた。


 王妃は祈りの間から白樹の泉へ向かった。


 ミレーヌは窓辺で震える白樹の葉を見た。


 白樹の精霊王の声が、森全体に響く。


「三賢者の封印に異常」


 その声は、これまでになく硬かった。


「一柱が砕ける」


 王宮の空気が凍った。


 ルシェルは、手元の封印図を掴んで走った。


 白樹の泉の前には、王と王妃がすでにいた。


 ミレーヌも遅れて駆けつける。


 泉の水面には、邪神封印地の像が映っていた。


 黒い空。


 割れた大地。


 三本の光柱。


 そのうち一本が、黒く染まっている。


 賢者ロウガンの柱。


 邪神の神格圧を受け止め続けた柱。


 その表面に、無数の亀裂が走っていた。


 ルシェルは、息を呑んだ。


「ロウガン柱……」


 王が問う。


「状況は」


 白樹の精霊王が答えた。


「邪神本体が、圧を一点へ集中した」


「なぜ今」


「世界が立ち始めたからだ」


 王は顔を険しくした。


 精霊王は続ける。


「各地の封印補強、死者の名の回復、竜脈調整、海底楔補強。それにより、邪神が使える綻びが減っている」


「はい」


「ゆえに、邪神は本体封印へ直接圧を戻した」


「三賢者の柱へ」


「そうだ」


 水面の中で、ロウガン柱が震える。


 柱の周囲には、黒い圧が渦を巻いていた。


 封印地に常駐していた監視術師たちが、結界を張っている。


 だが、近づけない。


 邪神本体の神格圧が強すぎる。


 術師の一人が膝をつく。


 別の者が支える。


 だが、柱の亀裂は止まらない。


 ミレーヌが小さく言った。


「お姉様は」


 王妃が、苦しそうに目を閉じた。


 ルシェルも、言葉を失った。


 剣神セレスティア。


 最後の刃。


 世界が届かない一点にだけ介入する現世神。


 今が、その時なのか。


 王は、すぐには命じなかった。


 白樹王家の方針。


 剣神セレスティアに全面依存しない。


 世界が自ら立つ。


 しかし、三賢者の柱が砕けようとしている。


 これは世界外の理。


 邪神本体の神格圧。


 現地では届かない理層。


 条件を満たしている。


 王は、精霊王へ向いた。


「剣神セレスティアを呼ぶべきか」


 白樹の精霊王は、沈黙した。


 その沈黙が重かった。


 ルシェルは理解した。


 呼べば、来る。


 セレスティアは必ず来る。


 神域で四年修行しても、地上への錨を失っていない。


 白樹の森から危機を伝えれば、すぐに神域から出ようとするだろう。


 だが、それでよいのか。


 白樹の精霊王は言った。


「まだ呼ばぬ」


 ミレーヌが顔を上げた。


「なぜですか」


 声が震えている。


「三賢者の柱が砕けるのに」


 精霊王は、静かに答えた。


「今のセレスティアでは、邪神本体の圧を受けた柱へ触れれば危うい」


「でも、お姉様は四年も」


「四年で深まった」


「なら」


「だが、邪神を上回るには足りぬ」


 ミレーヌは唇を噛んだ。


 王妃が、そっと肩を抱く。


 精霊王は続ける。


「今、呼べば、セレスティアは柱を救おうとする」


「はい」


「ロウガンの柱を砕かせまいと、直接受け止めるだろう」


「はい」


「それは、邪神が望む形でもある」


 王の目が鋭くなった。


「罠か」


「罠である可能性が高い」


 ルシェルが封印図を広げた。


「邪神本体は、ロウガン柱へ圧を集中している。しかし、柱の外周に妙な空白があります」


「空白」


「はい。圧が集中しているのに、中心部の一部だけが不自然に薄い」


 白樹の精霊王が頷く。


「誘いだ」


 王妃が静かに言う。


「剣神が刃を入れやすい隙間」


「そうだ」


 ルシェルは顔を青くした。


「そこへセレスティア姉上が入れば」


「邪神本体の圧が反転し、セレスティアの神格へ絡む」


 ミレーヌが息を呑む。


「お姉様を、捕まえるため……」


「可能性が高い」


 白樹の泉の水面で、ロウガン柱がさらにひび割れた。


 監視術師たちが必死に結界を重ねる。


 だが、柱の内部から黒い光が漏れ始めていた。


 ルシェルは歯を食いしばった。


「では、どうするのですか」


 白樹の精霊王は言った。


「世界が対応する」


「しかし、三賢者の柱です」


「だからこそだ」


 精霊王は、泉へ手をかざした。


「剣神を呼ぶ前に、地上の全てを動かす」


 王は即座に頷いた。


「連合緊急招集」


「はい」


「ドワーフ諸侯へ、封印杭を最大数送らせる」


「はい」


「竜の谷へ、竜脈圧の逆流を抑えさせる」


「はい」


「海の民へ、海底楔から余剰霊流を送らせる」


「はい」


「十の森へ、精霊結界を重ねる」


「はい」


「人間王国へ、三賢者ロウガンに関する全記録を即時開封させる」


「はい」


 ルシェルが筆を走らせる。


 王の声は早い。


 だが、乱れていない。


「ロウガン柱を、ただ物理的に補強するだけでは足りない」


 白樹の精霊王が言った。


「その通りだ」


「ロウガン本人の名と役目を、再確認する必要がある」


「そうだ」


「ロウガン柱は、邪神の神格圧を受け続けた柱。ならば、邪神はロウガンの孤独と苦痛を突いている」


「そうだ」


 ミレーヌが、はっと顔を上げた。


「名前を呼ぶのですね」


 王妃が頷く。


「ロウガンを、ただ三賢者の一柱としてではなく」


 ルシェルが続けた。


「賢者ロウガンという一人の者として取り戻す」


 白樹の精霊王は言った。


「急げ」


 世界が動いた。


 グランガルド。


 深夜にもかかわらず、鍛冶場の炉が最大まで上げられた。


 ゴルドは精霊通信を読み、顔を険しくした。


「三賢者の一柱が砕けるだと」


 弟子たちが息を呑む。


 ゴルドは怒鳴った。


「封印杭、最優先だ!」


「はい!」


「静鉱石の楔を出せ!」


「はい!」


「聖銀釘もだ!」


「はい!」


「荷馬車では遅い。転送陣に乗せろ!」


「はい!」


 弟子の一人が震える声で言った。


「親方、剣神様を呼ぶのでは」


 ゴルドは、槌を握ったまま答えた。


「呼ぶ前に、わしらがやる」


「ですが、三賢者の柱です」


「だからだ」


 ゴルドは鉄を炉へ入れた。


「バカ姫を呼ぶのは最後だ」


「はい」


「あいつが神域で四年踏ん張った意味を、地上が潰すな」


「はい!」


「世界は自分で立つんだろうが!」


 槌が鳴った。


 火花が散る。


 グランガルドの鍛冶場に、看板を書く暇はなかった。


 だが、誰も文句を言わなかった。


 今は、看板より封印杭だった。


 竜の谷。


 老竜たちが一斉に空へ上がった。


 若い竜たちも続く。


 竜脈へ爪を差し込み、邪神封印地へ流れ込む圧の逆流を抑える。


 竜の神の声が谷に響く。


「骨を支えよ」


 若い竜が叫ぶ。


「我らは世界の骨!」


 竜脈が震えた。


 だが、折れない。


 海底。


 海の民の巫女たちは、海底楔の周囲に集まった。


 補強は六割。


 まだ完全ではない。


 だが、使える。


 海底楔から、清い霊流を封印地へ送る。


 水は、圧を和らげる。


 砕けようとする柱の熱を冷ます。


 海の巫女は祈った。


「ロウガンよ。名を失わないで」


 人間王国。


 地下記録庫が叩き起こされた。


 王は夜着のまま命じた。


「ロウガンに関する封印文書を全て開け」


 宰相が息を呑む。


「三賢者関連の最奥記録もですか」


「全てだ」


「禁書指定のものも」


「邪神に奪われるよりはよい」


 記録官たちは、震える手で古い箱を開けた。


 賢者ロウガン。


 六十五年前、邪神本体の神格圧を受け止める柱となった者。


 だが、記録を開くと、三賢者という称号だけではない姿が現れた。


 ロウガン・エルド。


 辺境村出身。


 元は石工の子。


 圧力結界の天才。


 好物は豆の塩煮。


 字は汚い。


 弟子を叱る時、必ず額を小突く癖があった。


 若い頃、橋の設計に失敗して川へ落ちた記録がある。


 三賢者。


 偉大なる封印者。


 そう呼ばれる前に、彼はロウガンという一人の人間だった。


 老記録官は、その記録を読みながら涙を流した。


「名だけではない」


 若い文官が問う。


「何ですか」


「人柄だ」


 老記録官は紙を握った。


「邪神は、三賢者という役目を縛っている。ならば、我々はロウガンという人を呼び戻す」


 王国から、白樹の森へ記録が送られた。


 白樹の森では、ルシェルがその記録を受け取る。


 ミレーヌも隣で読む。


「ロウガン・エルド」


 ミレーヌが声に出した。


「辺境村出身。石工の子。圧力結界の天才。好物は豆の塩煮」


 ルシェルが続ける。


「弟子を叱る時、額を小突く癖あり。若年時、橋の設計に失敗し川へ落下」


 ミレーヌは、涙をこらえながら少し笑った。


「三賢者様にも、そういう記録があるのですね」


 王妃が頷いた。


「あるのです。あってよいのです」


 王が言った。


「称号ではなく、名を呼べ」


 白樹の泉の前で、精霊術師たちが円陣を組んだ。


 十の森から送られた精霊光が重なる。


 竜脈から送られた骨の力。


 海底楔から送られた霊流。


 ドワーフの封印杭。


 人間王国の記録。


 すべてが、白樹の泉を通じて邪神封印地へ向かう。


 白樹の精霊王が言った。


「呼べ」


 ミレーヌが、震える声で言った。


「ロウガン・エルド」


 ルシェルが続ける。


「辺境村出身」


 王妃が言う。


「石工の子」


 王が言う。


「圧力結界の賢者」


 老記録官から送られた記録を、精霊術師たちが読み上げる。


「好物は豆の塩煮」


「字は汚い」


「弟子を叱る時、額を小突く癖あり」


「橋の設計に失敗し、川へ落ちたことあり」


「六十五年前、邪神本体の神格圧を受け止める柱となる」


「三賢者の一柱」


「だが、ただの柱ではない」


「ロウガン・エルド」


「あなたの名を、世界は呼ぶ」


 邪神封印地。


 砕けかけたロウガン柱が、わずかに光った。


 黒い亀裂の奥に、白い線が走る。


 邪神の圧が強まる。


 柱は悲鳴を上げた。


 だが、完全には砕けない。


 グランガルドから転送された封印杭が、周囲へ打ち込まれる。


 ドワーフの刻印が光る。


 竜脈の力が、柱の土台を支える。


 海の霊流が、柱の熱を冷ます。


 十の森の精霊光が、亀裂へ入り込む。


 そして、名が響く。


 ロウガン・エルド。


 ロウガン・エルド。


 ロウガン・エルド。


 柱の亀裂が、完全に止まった。


 だが。


 次の瞬間、柱の上部が砕けた。


 黒い破片が、空へ散る。


 白樹の泉の前で、ミレーヌが叫んだ。


「砕けた!」


 白樹の精霊王が、鋭く言った。


「上部のみだ」


 ルシェルが水面を見る。


 ロウガン柱の上部は砕けた。


 だが、根元は残っている。


 中心の白い線は消えていない。


 完全崩壊ではない。


 しかし、無傷でもない。


 王は歯を食いしばった。


「持ちこたえた、のか」


 白樹の精霊王は答えた。


「半壊だ」


 その言葉が、重く落ちる。


「ロウガン柱は半壊した」


「はい」


「邪神本体の封印は」


「弱まった」


 王妃が問う。


「限界までの年数は」


 精霊王は、しばらく沈黙した。


 泉の水面に、封印の線が浮かび上がる。


 十年。


 残り六年。


 その線が、黒く削られる。


 六年が、五年へ。


 五年が、四年へ。


 そして、止まった。


 白樹の精霊王が告げる。


「邪神封印限界まで、残り四年」


 誰も言葉を発しなかった。


 四年。


 一夜で二年削られた。


 世界は動いた。


 剣神を呼ばずに、地上は立った。


 ロウガン柱の完全崩壊は防いだ。


 だが、半壊した。


 封印の猶予は、六年から四年へ縮まった。


 ミレーヌが震える声で言う。


「お姉様には」


 王は目を閉じた。


 しばらく沈黙する。


 そして言った。


「報告する」


 白樹の精霊王も頷いた。


「隠すべきではない」


 王妃が言う。


「でも、呼ばなかった理由も伝えなければ」


「はい」


 ルシェルは筆を取った。


 手が震えていた。


 だが、書く。


 記録官として。


 弟として。


 世界の一員として。


 白樹の森より、神域の剣神セレスティアへ。


 三賢者封印、ロウガン柱に重大異常。


 邪神本体の神格圧集中により、ロウガン柱上部が砕けた。


 地上連合により緊急対応を実施。


 ドワーフ封印杭投入。


 竜脈安定化。


 海底楔霊流送付。


 十の森精霊結界重畳。


 人間王国より、賢者ロウガン・エルドの記録回復。


 名と人柄を呼び戻すことで、柱の完全崩壊は阻止。


 ただし、ロウガン柱は半壊。


 邪神封印限界までの猶予は、残り六年から四年へ短縮。


 剣神セレスティアを呼ばなかった理由。


 邪神の誘引罠の可能性が高かったため。


 現時点の剣神神格では、邪神本体の圧へ直接触れることは危険と判断。


 地上は、剣神に全面依存せず対応した。


 完全勝利ではない。


 だが、完全敗北でもない。


 世界は、立って対応した。


 追記。


 ロウガン・エルドの記録を添付。


 彼は三賢者の一柱である前に、一人の人間であった。


 報告は、神域へ送られた。


 神域。


 セレスティアは、統合修行へ入ろうとしていた。


 神眼制御。


 神格圧。


 神剣同調。


 邪神問答。


 終焉の一太刀。


 それらを同時に行う、次の段階。


 その直前に、白い光が届いた。


 セレスティアは受け取った。


 読み始める。


 黒星が重くなる。


 閃白が静まる。


 解白が淡く震える。


 ロウガン柱、半壊。


 邪神封印限界、残り四年。


 セレスティアの手が止まった。


 神域の白い大地が、静かに揺れた。


 黒星が低く言った。


『主』


 閃白が続ける。


『落ち着いてください』


 解白が淡く告げる。


『責任結び目、急速発生』


 セレスティアは、返事をしなかった。


 ロウガン柱。


 三賢者の一柱。


 世界が立って対応した。


 完全崩壊は防いだ。


 だが、半壊した。


 封印猶予が二年削れた。


 自分が行っていれば。


 その思考が、浮かびかけた。


 黒星が重くなる。


 だが、セレスティアは黒星が完全に重くなる前に、目を閉じた。


 第一層。


 見ても動かぬ修行。


 第二層。


 世界が失敗する恐れを抱えても、世界を信じる修行。


 第三層。


 力を使いすぎない修行。


 第四層。


 邪神の問いに答える修行。


 第五層。


 終わるべきものだけを終わらせる修行。


 その全てを、思い出す。


 セレスティアは、震える息を吐いた。


「わたくしが行けば、防げたかもしれません」


 黒星は答えない。


 閃白も答えない。


 解白も何も言わない。


 セレスティアは続ける。


「ですが、それは邪神の誘いだった可能性が高い」


 黒星が、少しだけ軽くなる。


「今のわたくしでは、邪神本体の圧に直接触れるには足りない」


 閃白が、白く澄む。


「地上は、わたくしを呼ばずに対応した」


 解白が淡く光る。


「完全ではなくても、立った」


 セレスティアは、報告書を胸に当てた。


「わたくしは、今すぐ神域を出ません」


 黒星が低く鳴った。


『よい』


 閃白が続ける。


『よく止まりました』


 解白が言う。


『責任結び目、完全固定回避』


 セレスティアは、目を開いた。


 その虹色の神眼は、以前より深かった。


 だが、奥には痛みがある。


「精霊王」


 白樹の精霊王の声が響く。


「何だ」


「修行を前倒ししてください」


「前倒し」


「はい」


「焦りか」


「違います」


「本当にか」


「焦りもあります」


 セレスティアは正直に言った。


「ですが、それだけではありません」


「では」


「残り四年なら、今までの速さでは足りません」


 神域が静かになる。


 セレスティアは続けた。


「わたくしは、邪神を上回る格へ至らなければならない」


「はい」


「地上は立ちました」


「はい」


「なら、わたくしも立たなければなりません」


「はい」


「神域の次段階を、さらに深くしてください」


 黒星が低く鳴る。


『主、本気だ』


 閃白が澄んで言う。


『焦りではなく、覚悟です』


 解白が淡く言う。


『恐怖あり。だが、逃避なし』


 白樹の精霊王の声が、深く響いた。


「よかろう」


 白い大地の先。


 剣の山が揺れた。


 今まで遠くにあった山が、少しだけ近づく。


 その周囲に、黒い圧が流れ込む。


 神眼制御。


 神格圧。


 神剣同調。


 邪神問答。


 終焉の一太刀。


 五つの修行が、同時に重なり始める。


 白樹の精霊王が告げた。


「統合修行を開始する」


 セレスティアは、黒星に触れた。


 閃白に触れた。


 解白に意識を向けた。


「はい」


 そして、地上へ短い返書を送った。


 白樹の森へ。


 報告、確認しました。


 ロウガン・エルドの名を呼び、柱の完全崩壊を防いだことに、深く敬意を表します。


 わたくしを呼ばなかった判断を支持します。


 地上が立ったことを、誇りに思います。


 ロウガン柱半壊と、残り四年への短縮を受け、神域修行を次段階へ進めます。


 今は戻りません。


 戻る時は、最後の刃として戻ります。


 追記。


 食事は続けます。


 酒は飲んでおりません。


 セレスティアは、返書を送った。


 それから、白い大地の先を見た。


 ロウガン柱は半壊した。


 猶予は四年に縮んだ。


 世界は、傷つきながらも立った。


 ならば、自分も進む。


 剣神セレスティアは、統合修行へ足を踏み入れた。


 邪神を上回るための時間は、もう多くない。

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