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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第50話 神域四年

 神域に、四年が過ぎた。


 地上の四年。


 神域の内側では、それが何十年にも感じられる時もあれば、瞬きのように過ぎる時もあった。


 セレスティアは、白い大地に立っていた。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背には横付けされた解白。


 三振りの神剣は、もはや外の武器というより、セレスティアの神格の一部に近かった。


 黒星は、重く砕く。


 閃白は、清く祓う。


 解白は、静かに解く。


 その三つを、セレスティアは一つの剣神神格として通せるようになっていた。


 神眼を開く。


 閉じる。


 見える。


 任せる。


 神格圧を受ける。


 立つ。


 邪神問答に答える。


 揺れない。


 終焉の一太刀を通す。


 終わるべきものだけを終わらせる。


 それを、何度も繰り返した。


 一度や二度ではない。


 百でもない。


 千でもない。


 数えることに意味がなくなるほど、繰り返した。


 神域では、反復こそが神格を削り、磨き、深める。


 初めは、黒星に止められていた。


 次に、閃白の沈黙で気づいた。


 さらに、解白に結び目を指摘された。


 だが、四年目の今。


 セレスティアは、黒星が重くなる前に止まれるようになっていた。


 閃白が沈黙する前に、怒りを芯へ沈められるようになっていた。


 解白が指摘する前に、自分の責任感の結び目に気づけるようになっていた。


 白樹の精霊王の声が響く。


「神眼、第四層まで開け」


「はい」


 セレスティアは、虹色の神眼を開いた。


 第一層。


 魔力が見える。


 第二層。


 神格が見える。


 第三層。


 死者の残響が見える。


 第四層。


 封印の線が見える。


 北方氷原。


 南方砂漠。


 西海底楔。


 東山脈。


 灰樹外縁。


 風樹古谷。


 赤樹火山帯。


 黒樹深層。


 眠樹の境。


 影樹の地下。


 見える。


 だが、心は走らない。


 北方氷原では、氷樹の精霊術師たちが交代制を作り、倒れる者を出さなくなっていた。


 南方砂漠では、封印陣の黒化を止める石柱が立ち、子どもたちが読めない文字を写す役目を担っていた。


 西海底楔では、海の民が新しい貝殻札を置く前に、必ず古い札を写す習わしを作っていた。


 東山脈では、古碑の解読が進み、六十五年前の封印補助者の名が少しずつ戻っていた。


 世界は、立っていた。


 完璧ではない。


 失敗もある。


 争いもある。


 遅れもある。


 だが、立っていた。


 セレスティアは、静かに目を閉じた。


「任せます」


 黒星は重くならない。


 閃白は沈黙しない。


 解白は淡く言った。


『神眼制御、安定』


 セレスティアは微笑んだ。


「ありがとうございます」


 白樹の精霊王の声が続く。


「次、神格圧」


「はい」


 白い大地が、重く沈む。


 山の神の圧。


 セレスティアは、膝を曲げない。


 山を背負わない。


 ただ、自分の足で立つ。


 次に、海の神の圧。


 押し流されない。


 逆らいすぎない。


 深さを恐れず、流れを斬らない。


 火炉の神の圧。


 怒りが燃える。


 だが、刃にしない。


 炉へ沈める。


 死者を見守る神の圧。


 名なき死者の静けさが広がる。


 セレスティアは、全てを自分で送ろうとしない。


 その地の生者の声を待つ。


 夜の神の圧。


 終わらせる力が揺れる。


 セレスティアは、終わるべきものだけを見極める。


 竜の神の圧。


 世界の骨のような重さが降る。


 セレスティアは、膝をつかない。


 ただ、立つ。


 最後に、十の精霊王の圧が重なった。


 白。


 赤。


 黒。


 青。


 金。


 灰。


 氷。


 風。


 眠。


 影。


 十の森の理が、セレスティアの神格へ降り注ぐ。


 初めて受けた時なら、即座に膝をついただろう。


 今は違う。


 セレスティアは、足を開き、黒星にもたれず、閃白に逃げず、解白に頼りすぎず、ただ立った。


 額に汗はない。


 神格の身体は疲れない。


 だが、心には圧がかかる。


 それでも、立つ。


「まだ、浅い」


 精霊王の声が言った。


「はい」


「だが、四年前より深い」


「はい」


「古き神々と並ぶには、まだ足りぬ」


「はい」


「邪神の格を上回るには、さらに足りぬ」


「承知しています」


 セレスティアは、静かに答えた。


「ですが、道は見えています」


 黒星が低く鳴った。


『主は、以前より深くなった』


 閃白が澄んで続ける。


『神格が荒れていません』


 解白が淡く言う。


『過剰責任の結び目、発生頻度低下』


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「ようやく、少しは成長したようですわね」


『少しだ』


『ですが、大きな少しです』


『表現矛盾。だが妥当』


 セレスティアは、小さく笑った。


 四年。


 神域での修行は、派手なものではなかった。


 同じことを繰り返す。


 見て、閉じる。


 圧を受け、立つ。


 問いに答える。


 終焉を通す。


 食事をする。


 報告を書く。


 また繰り返す。


 それだけだった。


 だが、それだけが神格を深めていた。


 白樹の精霊王の声が響く。


「今日は、地上報告の日である」


「もう、その日ですか」


「そうだ」


「地上では、四年が経ちましたね」


「そうだ」


 セレスティアは、少しだけ目を伏せた。


 白樹の森。


 家族。


 ゴルド。


 グランガルド。


 地上の一年目、二年目、三年目。


 そして四年目。


 定期報告を続けているとはいえ、直接会ってはいない。


 ミレーヌは、少し背が伸びただろうか。


 ルシェルの記録は、さらに増えただろうか。


 王妃は、また食事の心配を書くだろうか。


 王は、静かに世界の会議を支えているだろうか。


 ゴルドは、相変わらず看板を増やしているだろうか。


 黒星が低く言った。


『主よ。寂しいか』


「はい」


 セレスティアは、素直に答えた。


「寂しいです」


 閃白が澄んで言う。


『それでよいのです』


「よいのですか」


『寂しさは、地上への錨です』


 解白が続ける。


『神域同化防止に有効』


「解白は、どうして何でも記録官のように言いますの?」


『性質』


「そうでしたわね」


 セレスティアは、白い大地に座った。


 ゴルドの包みは、とっくに空になっている。


 だが、地上からの補給は定期的に届いていた。


 初めの硬焼きパンがあまりにも硬かったため、王妃が柔らかい保存食を送ってくれるようになった。


 ただし、ゴルドは毎回、必ず硬い干し肉を混ぜてくる。


 理由は簡単だった。


 神域で顎まで甘やかすな。


 その一文が、補給品に添えられていた。


 セレスティアは、補給袋から干し肉を取り出した。


「親方は、まだ硬い干し肉を送ってくるのですね」


 黒星が鳴る。


『地上への錨』


 閃白が言う。


『そして噛む修行』


 解白が続く。


『顎強化、継続』


「違いますわ」


 そう言いながら、セレスティアは干し肉を噛んだ。


 硬い。


 相変わらず硬い。


 だが、懐かしい味だった。


 地上の味。


 グランガルドの味。


 神域での四年を、地上へ結び直す味だった。


 セレスティアは、定期報告を書き始めた。


 神域より、白樹の森へ。


 剣神セレスティア、修行継続中。


 神域修行開始より、地上時間で四年が経過。


 神眼制御、安定。


 神格圧耐性、向上。


 神剣同調、三振り同時運用から神格統合運用へ移行。


 邪神問答、過去、責任、救済、信仰依存に関する初期動揺は低下。


 終焉の一太刀、対象選別精度向上。


 ただし、邪神を上回る格には未だ到達せず。


 修行継続が必要。


 食事は摂っています。


 本日の食事内容。


 干し肉。


 白樹の保存果実。


 柔らかい豆パン。


 なお、ゴルド親方の干し肉は相変わらず硬いです。


 酒は飲んでおりません。


 黒星、閃白、解白は健在。


 神域同化の兆候は、自己判断ではなし。


 地上への帰還意志、継続。


 セレスティアは筆を止めた。


 少し考えて、最後に一文を加える。


 白樹の森へ帰りたいと思えることを、今は大切にしています。


 報告は、光となって地上へ向かった。


 白樹の森。


 王宮の白樹の泉が光った。


 ルシェルが受け取り、王、王妃、ミレーヌの前で読み上げる。


「神域修行開始より、地上時間で四年が経過」


 ミレーヌは、少し大人びた顔になっていた。


 四年前より背も伸びている。


 だが、姉の報告を聞く時だけは、まだ幼い頃のような表情を見せた。


「お姉様、帰りたいと思ってくれているのですね」


 王妃は、静かに微笑んだ。


「ええ。それは大事なことです」


 王は頷いた。


「神域で四年。よく耐えている」


 ルシェルは報告書を整えた。


「姉上の神格は、明らかに深まっています。ただし、本人も自覚している通り、邪神を上回るには未到達」


 ミレーヌが不安そうに言った。


「まだ続くのですね」


「はい」


 ルシェルは頷く。


「ですが、姉上は戻る意思を失っていません」


 王妃が言う。


「それが何よりです」


 報告は、グランガルドにも送られた。


 ゴルドは、鍛冶場の前でそれを読んだ。


 弟子たちが周囲に集まる。


「親方、姫様は何と?」


 ゴルドは読み上げた。


「ゴルド親方の干し肉は相変わらず硬いです、だと」


 弟子たちが笑った。


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「柔らかくしてたまるか」


 古参の職人が言った。


「神域で顎が鍛えられておりますな」


「顎のためじゃねぇ」


「では」


「戻るためだ」


 ゴルドは、報告書を折った。


 それから、新しい看板を出させた。


「書け」


「はい。何と」


「バカ姫、神域四年目」


「はい」


「神格は深まる」


「はい」


「だが、干し肉には文句を言う」


「はい」


「つまり、まだ地上に戻る気あり」


 弟子は一瞬だけ手を止めた。


 それから、少し笑って書いた。


 看板は鍛冶場の前に立てられた。


 バカ姫、神域四年目。


 神格は深まる。


 だが、干し肉には文句を言う。


 つまり、まだ地上に戻る気あり。


 町の者たちは、それを読んで笑った。


 だが、その笑いは温かかった。


 剣神セレスティアは、神域で神格を高めている。


 邪神を上回るために、遠い場所で修行している。


 それでも、干し肉に文句を言う。


 それは、彼女がまだ地上に繋がっている証だった。


 その四年の間に、地上も大きく変わっていた。


 六十五年前の死者の名の回復作業は、なお続いていた。


 邪神戦争から、また四年遠くなった。


 だが、忘却は進ませなかった。


 名は増えた。


 役目は増えた。


 場所は増えた。


 分からないものも、分からないまま記録された。


 人間王国では、戦没者名簿の空白が少しずつ埋まっていた。


 ドワーフ諸侯では、封印杭の規格が統一された。


 竜の谷では、若い竜たちが竜脈調整を学び、他種族との共同作業にも慣れ始めた。


 海の民は、海底楔の補強を六割まで進めた。


 東山脈では、古碑の解読が進み、六十五年前の封印補助者の名が少しずつ戻っていた。


 草原の獣人たちは、避難路と備蓄拠点を複数完成させた。


 十の森は、連絡網を整えた。


 白樹の森では、連合準備会議が年に二度開かれるようになった。


 完璧ではない。


 争いもある。


 遅れもある。


 不満もある。


 だが、四年前とは違う。


 世界は、自分で立つことを覚え始めていた。


 白樹の泉の前で、王は言った。


「セレスティアが戻る頃には、世界はもっと立っていなければならない」


 ルシェルが頷く。


「はい」


 ミレーヌが言った。


「お姉様が、安心して最後の刃でいられるように」


 王妃が、静かに答えた。


「ええ」


 その頃、神域では。


 セレスティアが、次の修行へ向かっていた。


 白い大地の先。


 剣の山が、四年前より近く見える。


 だが、まだ遠い。


 白樹の精霊王の声が響く。


「四年で、お前の神格は深まった」


「はい」


「だが、邪神を上回るには足りぬ」


「はい」


「次の段階へ進む」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「何をするのですか」


「第五層までの修行を、同時に行う」


 セレスティアは、少しだけ固まった。


「同時に」


「そうだ」


「神眼制御、神格圧、神剣同調、邪神問答、終焉の一太刀を?」


「同時に」


 黒星が低く鳴った。


『厳しいな』


 閃白も言った。


『ですが、必要です』


 解白が淡く告げる。


『統合修行へ移行』


 セレスティアは、深く息を吸った。


「分かりました」


 精霊王の声が問う。


「恐れはあるか」


「あります」


「よい」


「ですが、逃げる気はありません」


「よい」


「帰る気も、失っていません」


「それが最もよい」


 セレスティアは、遠くの剣の山を見た。


 邪神を上回るには、まだ遠い。


 だが、四年前より近い。


 世界は地上で立ち始めている。


 自分は神域で深まり続けている。


 ならば、進むだけだった。


「黒星」


『共にある』


「閃白」


『共に参ります』


「解白」


『結び目確認、継続』


 セレスティアは微笑んだ。


「行きましょう」


 三振りの神剣が、静かに応えた。


 神域四年。


 剣神セレスティアは、まだ邪神を上回っていない。


 だが、神としての格は確かに深まり、現世神としての錨もまだ残っていた。


 そして、地上もまた、剣神に依存しない世界へと変わり始めていた。


 邪神封印限界まで、あと六年。


 世界と剣神の修行は、次の段階へ進む。

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