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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第49話 地上の一年

 白樹の森に、神域からの報告が届いた。


 剣神セレスティア、神域修行第一段階を終了。


 神眼制御、第一段階達成。


 神格圧、第一段階通過。


 神剣同調、初期成立。


 邪神問答、第一段階通過。


 終焉の一太刀、入口へ到達。


 食事は摂っている。


 干し肉、硬焼きパン、豆の携行食、白樹の乾燥果実を確認済み。


 酒は飲んでいない。


 ルシェルは、その報告を読み上げた後、しばらく沈黙した。


 王も沈黙した。


 王妃は、最後の一文でようやく小さく頷いた。


「食事を摂っているなら、ひとまず安心です」


 ルシェルは記録板に筆を走らせる。


「神域修行第一段階、順調。食事状況、確認済み。酒類摂取なし」


 ミレーヌは、ほっと息を吐いた。


「お姉様、ちゃんと食べていますね」


 王は、少しだけ遠い目をした。


「終焉の一太刀より、食事の方が安心材料として扱われているな」


 王妃は真顔で答えた。


「大切です」


「そうだな」


 白樹の泉の水面には、セレスティアの神格の残響がわずかに映っていた。


 以前より深い。


 以前より静か。


 だが、遠い。


 神域で鍛えられているのが分かる。


 同時に、地上から少しずつ離れている危うさも分かる。


 だからこそ、食事の報告が重要だった。


 干し肉を噛む。


 硬焼きパンを噛む。


 白樹の乾燥果実を食べる。


 それは、神域にいるセレスティアが、まだ地上の味を忘れていない証だった。


 王は泉を見つめて言った。


「我らも進めるぞ」


「はい」


「セレスティアが神域で研がれている間に、地上は地上で立たねばならない」


「はい」


 その日から、白樹の森はさらに忙しくなった。


 第一回連合準備会議の開催準備。


 十の森との連絡。


 人間王国への使節。


 ドワーフ諸侯への資材依頼。


 竜の谷への竜脈調整要請。


 海の民への海底楔補強支援。


 山の隠れ里への古碑解読支援。


 獣人の草原への避難路整備協力。


 六十二年前の死者の名の回復作業。


 封印地ごとの危険度分類。


 邪神封印限界まで十年。


 その十年のうち、最初の一年が始まっていた。


 白樹の古記録庫では、ルシェルが中心となって記録官たちを指揮した。


 集まった記録は膨大だった。


 完全な名。


 欠けた名。


 役目だけの記録。


 場所だけの記録。


 通称だけ。


 納品番号だけ。


 墓標の断片だけ。


 それらを一つずつ照合する。


 ミレーヌも、花名録と墓地台帳を広げていた。


「この名前、旧ヴァルセイン王国の東市の記録にもあります」


 ルシェルが顔を上げる。


「どれですか」


「トム。姓不明。パン焼き職人。補給部隊同行の伝承あり」


「東市のパン焼き職人」


「こちらの避難民名簿に、東市パン工房の徒弟トマス・ベルクという名前があります」


 ルシェルはすぐに記録した。


「通称トムと照合候補。要追加確認」


「はい」


「よい発見です」


 ミレーヌは、少しだけ嬉しそうに頷いた。


 それは剣を振る戦いではない。


 だが、確かな戦いだった。


 忘れられた者の名を探す。


 邪神が触れようとしている空白を埋める。


 名を呼ぶ。


 役目を記す。


 場所を取り戻す。


 それが、第二次邪神戦争の最初の防衛線だった。


 人間王国では、王都の地下記録庫が昼夜を問わず開かれていた。


 正規軍の名簿だけではない。


 徴用者名簿。


 補給記録。


 聖堂の弔い帳。


 孤児院の受入記録。


 鍛冶屋の納品札。


 街道関所の通行記録。


 市場の失踪届。


 当時の税帳。


 その全てが調べられた。


 ある若い文官は、最初、困惑していた。


「戦争の記録を探すのに、なぜ税帳まで見るのですか」


 老書記官は答えた。


「戦争で死んだ者は、翌年の税帳から消える」


「はい」


「家族が残っていれば、減免申請が残る」


「はい」


「そこに名がある」


 若い文官は、目を伏せた。


「名は、いろいろな場所に残るのですね」


「そうだ」


 老書記官は、古い紙を丁寧にめくった。


「だから探す」


 ドワーフ諸侯の鉱山都市では、炉の火が絶えなかった。


 ゴルドの鍛冶場も同じだった。


 封印杭。


 魔鉱鎧。


 結界固定具。


 聖銀釘。


 静鉱石の楔。


 荷馬車の車軸。


 避難路用の工具。


 井戸掘り用の鉄環。


 武器だけではない。


 戦争を支える全てを作る。


 弟子の一人が、汗を拭きながら言った。


「親方、剣より釘の方が多いです」


 ゴルドは鉄を打ちながら言った。


「当たり前だ」


「戦争なのにですか」


「戦争だからだ」


 槌が鳴る。


「剣一本で守れる場所は限られる」


「はい」


「だが、橋を直す釘がなけりゃ、百人が渡れねぇ」


「はい」


「封印小屋の屋根が落ちりゃ、術師が凍える」


「はい」


「荷馬車の車軸が折れりゃ、食糧が届かねぇ」


「はい」


「剣だけが戦争じゃねぇ」


 弟子たちは、黙って頷いた。


 鍛冶場の前には、また看板が増えた。


 剣も打つ。


 釘も打つ。


 封印杭も打つ。


 世界を支えるのは、派手な剣だけではない。


 バカ姫が神域で干し肉を食っている間に、地上は地上の仕事をしろ。


 町の者たちは、それを見て笑った。


 そして、すぐに働いた。


 笑っているだけでは、十年後に間に合わない。


 竜の谷では、竜たちが竜脈の調整を始めていた。


 若い竜たちは、最初は不満そうだった。


「なぜ我らが、人間やエルフの封印まで支えねばならぬのです」


 老竜は、山のような身体をゆっくり動かした。


「邪神は、種族を選ばぬ」


「はい」


「竜脈が腐れば、竜の谷も腐る」


「はい」


「人間の封印が崩れれば、その瘴気は山を越える」


「はい」


「海底楔が壊れれば、雨が変わる」


「はい」


「世界は繋がっている」


 若い竜は黙った。


 老竜は、竜脈の上に爪を置いた。


「剣神は刃だ」


「はい」


「我らは骨となる」


「骨」


「世界の骨だ。竜脈を支えよ」


 若い竜たちは、初めて自分たちの役目を理解した。


 海の民は、海底楔の補強に入った。


 水流は荒い。


 瘴気に染まった海藻が絡む。


 古い貝殻札は削れている。


 海の巫女たちは、縄で互いの身体を繋ぎながら潜った。


「この札、読めません」


「持ち帰りなさい」


「名が消えています」


「消えていることも記録します」


「新しい札を置きますか」


「いいえ。まず、古い札を写します」


「なぜです」


「新しい弔いで古い記録を上書きしないためです」


 海の巫女は、泡の中で頷いた。


 海底に眠る者たち。


 名が読めなくなった者たち。


 その者たちの上に、新しい美しい名前を被せてはならない。


 失われているなら、失われていると記す。


 そこから探す。


 それもまた、死者を邪神から守る方法だった。


 北方氷原では、氷樹の森の精霊術師たちが封印柱を補強していた。


 若い術師が一度倒れた。


 だが、隣にいた年配の術師が支えた。


 後ろから補助術師が結界を繋いだ。


 戦士が盾を立てた。


 布をかける者がいた。


 温かい薬湯を運ぶ者がいた。


 彼らは、セレスティアが見ていたことを知らない。


 神域第一層で、セレスティアが動きかけたことも知らない。


 それでも、彼らは自分たちで立っていた。


 若い術師は、目を覚まして言った。


「剣神様が来てくれたのですか」


 年配の術師は首を横に振った。


「来ていない」


「そうですか」


「我らがやった」


 若い術師は、少し驚いた顔をした。


 そして、ゆっくり頷いた。


「では、次も我らが」


「ああ」


 南方砂漠では、封印陣の黒化を止めるため、砂漠の術師たちが夜通し作業していた。


 水は少ない。


 風は熱い。


 砂は黒く染まろうとする。


 だが、彼らは逃げなかった。


 子どもたちも、石碑の砂を払った。


 大人たちは古い文字を写した。


 読めない文字は、そのまま写した。


 読めないから消すのではない。


 読めないからこそ残す。


 いつか読める者に渡すために。


 東山脈では、山の隠れ里の者たちが古碑を洗っていた。


 石碑には、六十二年前に封印補助へ向かった者たちの名が刻まれている。


 半分は読めない。


 だが、読める部分から家系を辿る。


 古老の話を聞く。


 古い歌を調べる。


 名前は、石だけに残るとは限らない。


 歌に残る。


 子どもの名に残る。


 料理の名前に残る。


 地名に残る。


 失われた名は、世界のどこかに形を変えて残っていることがある。


 それを探す。


 草原の獣人たちは、避難路と食糧備蓄を整え始めた。


 最初は、邪神戦争など森や王国の話だと思う者もいた。


 だが、白樹の森からの通達を読んだ族長が言った。


「瘴気は草を枯らす」


 皆が黙った。


「草が枯れれば、獣は死ぬ」


「はい」


「獣が死ねば、我らも死ぬ」


「はい」


「これは我らの戦でもある」


 草原に、備蓄小屋が作られた。


 馬の道が整えられた。


 若い戦士たちは、ただ戦うだけでなく、運ぶ訓練を始めた。


 戦争は、敵を倒すだけではない。


 生き延びるための道を作ることも、戦争だった。


 白樹の森では、第一回連合準備会議が開かれた。


 人間王国の使節。


 ドワーフ諸侯の代表。


 竜の谷の老竜の使い。


 海の民の巫女。


 山の隠れ里の長。


 草原の獣人族長。


 十の森の代表。


 皆が、同じ卓についた。


 その中央に、セレスティアの席はなかった。


 あえて置かなかった。


 王は、会議の冒頭で言った。


「剣神セレスティアは神域修行中である」


 全員が静かに聞いている。


「だが、本会議は剣神に依存するためのものではない」


「はい」


「この世界は、この世界に生きる者の手で守る」


「はい」


「剣神は最後の刃である」


「はい」


「我らは、その刃を抜く前に、自ら立たねばならない」


 その言葉に、ドワーフ代表が頷いた。


「剣神に全部背負わせるな。ゴルド親方もそう言っている」


 人間王国の使節が言った。


「我が国では、六十一年前の記録回復を進めています」


 海の巫女が続ける。


「海底楔の補強は三割完了。読めない貝殻札の写しを白樹の森へ送ります」


 竜の使いが言った。


「竜脈の大きな乱れは三箇所。若い竜を派遣します」


 草原の族長が言った。


「避難路と食糧備蓄を進める。だが、封印術師が足りない」


 黒樹の森の代表が答える。


「術師を派遣する。ただし護衛が必要だ」


「我らが出す」


 山の隠れ里の長が言った。


「古碑の解読に、王国の古文字学者を借りたい」


 人間王国の使節が頷く。


「派遣します」


 会議は進む。


 完璧ではない。


 利害もある。


 不満もある。


 恐れもある。


 だが、誰もセレスティアの名を都合よく使わなかった。


 困れば剣神に頼めばよい。


 そう言い出す者は、少なくともこの会議ではいなかった。


 ルシェルは、その議事録を書きながら、静かに思った。


 姉上。


 世界は少しずつ立っています。


 神域の中で、セレスティアはそれを知らない。


 直接は知らない。


 だが、定期報告への返書に、その一部が書かれた。


 白樹の森より、神域の剣神セレスティアへ。


 第一回連合準備会議、開催。


 各地の封印補強、進行中。


 六十二年前の死者記録、回復継続。


 北方氷原封印柱、現地対応により一時安定。


 南方砂漠封印陣、黒化進行を停止。


 海底楔、三割補強完了。


 竜脈調整、開始。


 草原避難路、整備開始。


 グランガルド、封印杭大量生産中。


 剣神セレスティアへの全面依存体制、現時点で確認されず。


 世界は、自ら立つ努力を継続中。


 追記。


 食事を続けること。


 王妃より。


 酒を飲まないこと。


 ゴルド親方より。


 定期報告に食事内容を記載すること。


 ミレーヌより。


 報告様式を省略しないこと。


 ルシェルより。


 神域でその返書を受け取ったセレスティアは、白い大地に座っていた。


 手には、残り少なくなった硬焼きパン。


 黒星が低く言った。


『地上は動いている』


 閃白が澄んで続ける。


『主がいなくても』


 解白が淡く言う。


『世界、自立進行中』


 セレスティアは、返書を何度も読んだ。


 北方氷原封印柱、現地対応により一時安定。


 南方砂漠封印陣、黒化進行を停止。


 海底楔、三割補強完了。


 竜脈調整、開始。


 草原避難路、整備開始。


 世界は動いている。


 自分がいなくても。


 自分が斬らなくても。


 自分が救いに行かなくても。


 少し寂しかった。


 だが、それ以上に嬉しかった。


「世界は、立てるのですね」


 黒星が低く答える。


『立つ』


 閃白が言う。


『弱くても、支え合えば立てます』


 解白が続ける。


『主の過干渉不要』


「そこまで言いますの?」


『必要事項』


 セレスティアは、少しだけ笑った。


 そして、硬焼きパンを噛んだ。


 やはり硬い。


 だが、今日は少しだけ美味しく感じた。


「ゴルド親方は、封印杭を作っているのですね」


『当然だ』


「お母様は、食事を心配している」


『当然です』


「ミレーヌは、食事内容まで報告させるつもりですのね」


『当然』


「ルシェルは、報告様式を省略するなと」


『当然』


 セレスティアは、白い神域の空を見上げた。


「本当に、地上の錨だらけですわ」


 黒星が低く言う。


『だから主は戻れる』


 閃白が続ける。


『神だけにならずに済みます』


 解白が淡く言う。


『錨、多数。安定性良好』


 セレスティアは返書を大切に畳んだ。


 それから、定期報告の返事を書いた。


 神域より、白樹の森へ。


 剣神セレスティア、修行継続中。


 第五層まで通過後、神格は一段深まりました。


 ただし、邪神を上回るには未だ遠いです。


 地上の進捗、確認しました。


 北方氷原、南方砂漠、海底楔、竜脈、草原避難路、各地の努力に感謝します。


 わたくしは、地上を信じて修行を続けます。


 食事内容。


 干し肉、残り少量。


 硬焼きパン、摂取中。


 豆の携行食、残量あり。


 白樹の乾燥果実、残量あり。


 酒は飲んでおりません。


 追記。


 硬焼きパンが非常に硬いです。


 黒星、閃白、解白は元気です。


 セレスティアは、書き終えてから少しだけ考えた。


 そして、最後に一文を足した。


 世界が立っていることを、嬉しく思います。


 その報告は、白樹の森に届いた。


 ルシェルが読み上げると、ミレーヌが笑った。


「硬焼きパンが非常に硬いそうです」


 王妃は頷いた。


「次の補給には、少し柔らかいものも入れましょう」


 王は、最後の一文を見た。


 世界が立っていることを、嬉しく思います。


 王は静かに頷いた。


「成長しているな」


 ルシェルも頷く。


「はい。姉上が、任せることを受け入れ始めています」


 ミレーヌは、少しだけ寂しそうに笑った。


「でも、早く帰ってきてほしいです」


 王妃が、その肩を抱いた。


「ええ」


 地上の一年は、進んでいく。


 封印杭が打たれる。


 名が取り戻される。


 古碑が洗われる。


 竜脈が整えられる。


 海底楔が補強される。


 避難路が作られる。


 会議が重ねられる。


 時には失敗もあった。


 封印補強に失敗し、小規模な瘴気漏れが起きた場所もある。


 記録の照合で、貴族家の隠蔽が発覚し、揉めた国もある。


 ドワーフと人間の間で資材価格を巡る口論もあった。


 竜の谷の若い竜が、人間の指揮に従うのを嫌がったこともある。


 海の民が、陸の者の理解不足に怒ったこともある。


 草原の獣人が、森の精霊術師を信用しきれなかったこともある。


 だが、それでも会議は続いた。


 なぜなら、邪神は待ってくれないからである。


 十年。


 そのうちの一年。


 世界は、完璧ではない。


 だが、確かに動いている。


 そして、神域では。


 セレスティアが、次の修行へ進んでいた。


 第一層から第五層までを終えた後、神域は新しい姿を見せ始めた。


 白い大地の遠くに、さらに高い剣の山が見える。


 その山へ至る道は、まだ開いていない。


 だが、道の入口に立つ資格を、セレスティアは得た。


 精霊王の声が響く。


「第一年、前半を終えた」


 セレスティアは目を瞬かせた。


「前半ですか」


「そうだ」


「神域の感覚では、かなり長かったのですが」


「地上では、まだ一年に満たぬ」


「……そうですか」


 黒星が低く言う。


『主よ。落ち込むな』


 閃白が続ける。


『順調です』


 解白が淡く言う。


『神域時間感覚、誤差大』


 セレスティアは苦笑した。


「本当に、先は長いですわね」


 精霊王の声が言った。


「邪神を上回るには、まだ遠い」


「はい」


「だが、以前のお前なら、ここまでの修行で折れていた」


「そうなのですか」


「折れるというより、飛び出していた」


 セレスティアは、少しだけ目を逸らした。


「否定しにくいですわ」


 黒星が低く言う。


『確実に飛び出していた』


 閃白が言う。


『北方氷原の時点で』


 解白が淡く続ける。


『第一層六百七十二回目で離脱可能性高』


「具体的ですわね」


『記録済み』


 セレスティアは肩を落とした。


 だが、笑っていた。


 神域の修行は厳しい。


 終わりは遠い。


 邪神の格を上回るには、まだ足りない。


 それでも、地上は動いている。


 自分も進んでいる。


 ならば、続けられる。


 セレスティアは、遠くの剣の山を見た。


「次は何をするのですか」


 精霊王の声が答える。


「第一層から第五層までを、繰り返す」


 セレスティアは固まった。


「繰り返す」


「そうだ」


「また神眼制御から?」


「そうだ」


「神格圧も?」


「そうだ」


「神剣同調も、邪神問答も、終焉の一太刀も?」


「そうだ」


 黒星が低く鳴った。


『反復』


 閃白が続ける。


『基本は反復です』


 解白が淡く言う。


『定着には反復必須』


 セレスティアは、白い空を見上げた。


「やはり、修行は地味ですわね」


 精霊王の声が、わずかに柔らかくなった。


「地味な修行で積み上げたものだけが、最後に折れぬ」


 セレスティアは、その言葉を胸に受けた。


「はい」


 剣神セレスティアは、再び神眼を開いた。


 第一層へ戻る。


 見える。


 閉じる。


 世界は動いている。


 ならば、信じる。


 地上では、連合準備会議が二回目、三回目と重ねられていく。


 神域では、セレスティアが一つ一つ修行を繰り返す。


 やがて、地上の一年が過ぎた。


 白樹の森で、年が改まる。


 記録上、邪神戦争は六十二年前の出来事となった。


 その日、ルシェルは古記録庫の表題を改めた。


 六十一年前の死者の名の回復作業。


 その表題に、一本の線を引く。


 そして、新しい表題を書いた。


 六十二年前の死者の名の回復作業。


 ミレーヌが、それを見つめた。


「一年、経ったのですね」


「はい」


「お姉様が神域へ入ってからも」


「はい」


「邪神戦争からも、また一年遠くなったのですね」


 ルシェルは頷いた。


「遠くなりました。ですが、忘れてはいけません」


「はい」


「六十二年前の死者の名を、今年も探します」


「はい」


 王宮の外では、白樹の葉が静かに揺れていた。


 神域では、セレスティアが反復修行を続けている。


 地上では、世界が自ら立つための一年を積み重ねた。


 邪神封印限界まで、あと九年。


 世界は、まだ立ち始めたばかりだった。

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