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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第48話 第五層 終焉の一太刀

 第五層への道は、一本の黒い線だった。


 神域の白い大地に、ただ一本。


 細く。


 深く。


 真っ直ぐに引かれている。


 その線の先には、何もない。


 扉もない。


 門もない。


 結界もない。


 ただ、終わりだけがあった。


 セレスティアは、その線の前に立った。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背中には解白。


 三振りの神剣が、今までよりも静かだった。


 第一層では、見ても動かぬことを学んだ。


 第二層では、古き神々の圧に耐えた。


 第三層では、三振りの神剣を一つの神格として通すことを覚えた。


 第四層では、邪神の問いに言葉で答えた。


 そして第五層。


 終焉の一太刀。


 剣神セレスティアが、最も慎重に扱わなければならない力。


 終わるべきものだけを終わらせる力。


 白樹の精霊王の声が響いた。


「第五層の修行は、終焉である」


「はい」


「お前は、終焉を持つ」


「はい」


「終焉は、滅びではない」


「はい」


「終焉は、破壊ではない」


「はい」


「終焉は、怒りの斬撃ではない」


「はい」


「終わるべきものを、正しく終わらせる理である」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「承知しています」


「承知しているだけでは足りぬ」


「はい」


「刃で示せ」


「はい」


 黒い線が、少しずつ広がった。


 白い大地が割れる。


 その裂け目から、黒い理が立ち上がる。


 邪神本体ではない。


 だが、邪神本体の中核を模したもの。


 世界の外の理。


 死者を眠らせない冒涜。


 魂の座を縛る楔。


 忘れられた犠牲の痛み。


 終わったものを終わらせない黒い力。


 それらが絡み合い、一つの核を作っていた。


 黒い球体。


 その中に、何かが蠢いている。


 声はない。


 問いもない。


 ただ、そこにある。


 精霊王の声が告げる。


「斬れ」


 セレスティアは、黒星を抜いた。


 重い。


 だが、今は重さだけでは足りない。


 黒星は言う。


『砕く準備はできている』


 次に、閃白を抜く。


 白い刃が、神域の光を受ける。


 閃白は言う。


『祓う準備はできています』


 背の解白が淡く震える。


『結び目、視認可能』


 セレスティアは、黒い核を見た。


 外側は硬い。


 黒星なら砕ける。


 中に濁りがある。


 閃白なら祓える。


 奥に縛りがある。


 解白なら解ける。


 だが、第五層の課題はそれではない。


 砕き、祓い、解いた後。


 何を終わらせるのか。


 どこまで終わらせるのか。


 残すべきものは何か。


 そこを見誤れば、終焉は災厄になる。


 セレスティアは、神眼を開いた。


 第一層で鍛えた通り、開きすぎない。


 必要な層だけを開く。


 黒い核の外殻が見える。


 濁りが見える。


 縛りが見える。


 その奥に、白い小さな点がある。


 セレスティアは目を細めた。


「何か、残っています」


 精霊王は答えない。


 黒星が低く言う。


『外殻は邪』


 閃白が続ける。


『濁りも邪です』


 解白が淡く告げる。


『縛りも邪神由来』


「では、あの白い点は」


『不明』


『ただし、邪ではありません』


『終焉対象外の可能性』


 セレスティアは、黒い核を見つめた。


 もし、あの白い点ごと斬れば。


 核は完全に消えるだろう。


 綺麗に終わる。


 失敗はないように見える。


 だが、それは本当に終焉なのか。


 終わるべきでないものまで終わらせるのではないか。


 セレスティアは、黒星を構えた。


 精霊王の声が響く。


「斬れ」


 セレスティアは踏み込んだ。


 黒星を振るう。


 黒い外殻が砕ける。


 同時に閃白を走らせる。


 白濁が祓われる。


 解白の糸が、奥の縛りに届く。


 縛りを解く。


 黒い核が揺らぐ。


 その奥に、白い点が露わになる。


 そこに、終焉を落とす。


 そうすれば終わる。


 セレスティアは、刃を振り下ろしかけた。


 その瞬間、閃白が沈黙した。


 黒星が重くなった。


 解白が淡く鳴る。


『主、過剰終焉』


 セレスティアは、刃を止めた。


 黒い核は再生する。


 外殻が戻る。


 濁りが戻る。


 縛りが絡み直す。


 修行は失敗した。


 精霊王の声が響く。


「なぜ止めた」


 セレスティアは、黒星を下ろした。


「終わらせすぎるところでした」


「何を」


「あの白い点を」


「何だと思った」


「分かりません」


「分からぬなら」


「斬ってはならない」


 精霊王の声は静かだった。


「よい」


 セレスティアは、深く息を吐いた。


 失敗ではある。


 だが、止まれた。


 第一層なら、見て動いたかもしれない。


 第二層なら、責任感で押し切ったかもしれない。


 第三層なら、三振りを強く通しすぎたかもしれない。


 第四層なら、邪神の冒涜を終わらせる正義で斬ったかもしれない。


 だが、今は止まった。


 分からないものを斬らなかった。


 黒星が低く言う。


『止まれた』


 閃白が声を戻す。


『それは成果です』


 解白が淡く告げる。


『白点、識別必要』


 セレスティアは頷いた。


「もう一度」


 黒い核が元の形へ戻る。


 セレスティアは、今度はすぐ斬らなかった。


 見る。


 ただ見る。


 神眼を深くしすぎない。


 白い点を見る。


 小さい。


 かすかな光。


 それは、魂ではない。


 記憶でもない。


 神格でもない。


 もっと小さなもの。


 世界の内側へ戻ろうとする、かすかな理。


 邪神に絡まれながらも、まだ邪神ではないもの。


 セレスティアは、目を伏せた。


「これは、終わらせるべきではありません」


 精霊王は問う。


「なぜ」


「邪ではないからです」


「それだけか」


「いいえ」


 セレスティアは、黒い核を見る。


「邪神に利用されているからといって、それ自体が邪とは限りません」


「はい」


「死者もそうでした」


「はい」


「人柱もそうです」


「はい」


「痛みも、怒りも、後悔も、それ自体は邪ではありません」


「はい」


「邪神が、それを縛り、濁らせ、終わらせないことが冒涜です」


 黒星が静かに鳴る。


 閃白が澄む。


 解白が淡く光る。


 セレスティアは、ゆっくり構えた。


「なら、終わらせるべきは、白い点ではありません」


「何を終わらせる」


「白い点を縛る黒い理」


「はい」


「白い点を濁らせる冒涜」


「はい」


「白い点を邪神の一部にしようとする結び目」


「はい」


 精霊王の声が、少しだけ深くなる。


「では、斬れ」


「はい」


 セレスティアは、黒星を振るった。


 砕く。


 だが、外殻すべてを破壊しない。


 白い点へ届くための道だけを砕く。


 閃白を走らせる。


 祓う。


 だが、白い点に触れない。


 濁りだけを祓う。


 解白が淡く伸びる。


 解く。


 だが、白い点を支える細い繋がりは残す。


 邪神の縛りだけを解く。


 そして、終焉。


 セレスティアは、黒星と閃白を交差させた。


 解白の糸が、その交点へ通る。


 三振りの神剣が、一つの神格として重なる。


 黒星の重さ。


 閃白の白線。


 解白の封解。


 その中心に、セレスティアの終焉が宿る。


 今度は、黒い核全体を斬らない。


 終わるべきものだけを見極める。


 邪神の冒涜。


 死を死として終わらせない理。


 それだけを、刃に定める。


「終わりなさい」


 セレスティアは、刃を通した。


 黒い理が切れた。


 外殻が砕ける。


 濁りが祓われる。


 縛りが解ける。


 そして、白い点は残った。


 それは一瞬、神域の白い大地の上に浮かんだ。


 小さな光。


 弱い。


 だが、邪ではない。


 やがて、その光は静かに大地へ沈んだ。


 精霊王の声が響いた。


「一太刀目、成立」


 セレスティアは、深く息を吐いた。


「まだ一太刀目ですか」


「そうだ」


「やはり」


「終焉の一太刀は、一度で覚えるものではない」


「はい」


「次」


 白い大地に、黒い核が十個現れた。


 セレスティアは目を瞬かせた。


「十個」


「同時に見よ」


「はい」


「だが、同時に斬るな」


「はい」


「終わるべきものを見分けよ」


 十個の核。


 それぞれ形が違う。


 あるものは、完全な邪。


 白い点がない。


 あるものは、白い点が大きい。


 あるものは、縛りが複雑。


 あるものは、濁りが薄い。


 あるものは、外殻だけが強い。


 セレスティアは、すぐには動かなかった。


 見る。


 選ぶ。


 決める。


 一つ目。


 完全な邪。


 黒星で砕き、閃白で祓い、解白で残滓をほどき、終焉で閉じる。


 二つ目。


 白い点がある。


 道だけを開く。


 三つ目。


 縛りが白い点に絡みすぎている。


 先に解白。


 次に閃白。


 最後に黒星で外殻を押さえる。


 四つ目。


 濁りだけ。


 閃白で細く祓う。


 終焉は使わない。


 五つ目。


 外殻が強いが中は空。


 黒星で砕き、終える。


 六つ目。


 白い点が二つ。


 片方は邪に染まっている。


 もう片方は残せる。


 セレスティアは、そこで止まった。


 難しい。


 片方だけを終わらせる。


 片方だけを残す。


 失敗すれば、残すべきものも斬る。


 黒星が低く言った。


『主よ。急ぐな』


 閃白が澄んで言う。


『線を細く』


 解白が淡く言う。


『結び目を二つに分ける』


 セレスティアは頷いた。


 解白で二つの結び目を分ける。


 閃白で邪に染まった方だけを祓う。


 黒星の重さで外殻を押さえる。


 終焉を細く通す。


 片方だけを終わらせる。


 もう片方は残す。


 白い光が一つ、神域の大地へ沈んだ。


 もう一つは、黒く崩れた。


 セレスティアは、深く息を吐いた。


「細かいですわね」


『終焉は雑であってはならぬ』


 黒星が言った。


 閃白も続ける。


『広く斬ればよい力ではありません』


 解白が言う。


『主、雑防止訓練中』


「解白、その表現は少し刺さりますわ」


『必要事項』


 セレスティアは反論できなかった。


 七つ目。


 八つ目。


 九つ目。


 十個目。


 セレスティアは、一つずつ見極めた。


 終わらせるもの。


 残すもの。


 眠らせるもの。


 祓うだけでよいもの。


 砕くだけでよいもの。


 解くだけでよいもの。


 終焉を使うべきもの。


 使ってはならないもの。


 十個の核が消えた時、精霊王の声が響いた。


「次」


 今度は百個だった。


 セレスティアは、白い大地に広がる百の黒い核を見た。


「精霊王」


「何だ」


「数が増えすぎではありません?」


「邪神本体は、これより複雑である」


「はい」


「百個で不満を言うな」


「承知しました」


 百個の核。


 セレスティアは、神眼を開く。


 見すぎない。


 だが、必要なだけ見る。


 一つ一つに、違いがある。


 完全な邪。


 利用された痛み。


 眠れぬ死者の残響。


 封印の歪み。


 魂の座の縛り。


 世界外の硬い理。


 終わるべきもの。


 終わるべきでないもの。


 セレスティアは、最初の十個より速く動いた。


 黒星が砕く。


 閃白が祓う。


 解白が解く。


 終焉が閉じる。


 だが、ただ速いだけではない。


 選んでいる。


 終わるべきものだけを選んでいる。


 何度も失敗した。


 白い点に傷をつけた。


 祓いすぎて、残すべき残響を薄くした。


 解きすぎて、必要な封印線を緩めた。


 そのたびに、精霊王の声が飛ぶ。


「過剰」


「はい」


「雑」


「はい」


「怒りが混じった」


「はい」


「救済衝動が出た」


「はい」


「終焉を急いだ」


「はい」


 セレスティアは、何度もやり直した。


 黒星も容赦なかった。


『主よ。今のは砕きすぎた』


 閃白も静かに言った。


『白線が太いです』


 解白も淡々としていた。


『終焉対象誤認。再試行』


「はい」


 反論しない。


 言い訳しない。


 終焉に言い訳は許されない。


 斬りすぎた後で、善意だったと言っても意味がない。


 救いたかったと言っても、戻らない。


 だから、やり直す。


 白い神域の大地で、セレスティアは何度も刃を通した。


 百。


 千。


 万。


 神域の時間は折り畳まれる。


 回数だけが、神格へ刻まれる。


 やがて、セレスティアの動きは静かになった。


 派手な剣戟ではない。


 黒星を大きく振るわない。


 閃白を眩しく走らせない。


 解白を無理に伸ばさない。


 必要なところへ、必要なだけ。


 終焉も同じ。


 終わるべきものへ、必要なだけ。


 セレスティアの神格の中で、五つの柱が整い始めた。


 破邪。


 葬送。


 守護。


 終焉。


 剣。


 終焉だけが突出しない。


 守護が終焉を抑え。


 葬送が終焉の方向を示し。


 破邪が対象を見極め。


 剣が刃を通す。


 黒星が重さを与え。


 閃白が線を与え。


 解白が結び目を示す。


 それらが一つの神格として動く。


 精霊王の声が、少しだけ変わった。


「よい」


 セレスティアは、次の核へ刃を通した。


 終わるべき黒だけが消え、白い光が残る。


 次。


 次。


 次。


 百個の核が消えた。


 今度は、白い大地に巨大な黒い柱が現れた。


 今までの核とは比べものにならない。


 太い。


 深い。


 複雑。


 無数の黒い理が絡み、白い点が何百も中にある。


 いくつかは邪に染まり、いくつかは眠りを求め、いくつかはまだ世界へ戻ろうとしている。


 精霊王の声が告げる。


「第五層、最終試練」


「はい」


「これを終わらせよ」


「全部を、ですか」


「終わらせるべきものを、だ」


「はい」


「制限を加える」


 セレスティアは構えた。


「制限?」


「黒星、閃白、解白を抜くな」


 セレスティアは、思わず三振りを見た。


「抜かずに?」


「そうだ」


「神剣を使わずに、ですか」


「違う」


 精霊王の声は厳しい。


「神剣を抜かずに、神格へ通せ」


「はい」


「剣は手に持つものだけではない」


「はい」


「お前は剣神である」


 セレスティアは、三振りの柄から手を離した。


 黒星は背にある。


 閃白は左腰にある。


 解白は背中に横付けされている。


 抜かない。


 だが、神格の中で通す。


 第三層で学んだこと。


 黒星は砕く。


 閃白は祓う。


 解白は解く。


 それを、剣を抜かずに自分の神格へ重ねる。


 黒い柱が迫る。


 触れれば呑まれる。


 邪神本体の中核を模した柱。


 セレスティアは、目を閉じた。


 黒星。


 重さ。


 閃白。


 線。


 解白。


 糸。


 自分の中の五つの柱。


 破邪。


 葬送。


 守護。


 終焉。


 剣。


 地上の味。


 ゴルドの干し肉。


 王妃のスープ。


 ミレーヌの手。


 ルシェルの記録。


 王の言葉。


 白樹の森。


 グランガルド。


 名もなき森の石棺。


 セレスティア、ここに眠る。


 それらを思い出す。


 神だけにならない。


 怒りだけにならない。


 救済だけにならない。


 終焉だけにならない。


 セレスティアは目を開いた。


 黒い柱の中に、無数の結び目が見える。


 終わるべきもの。


 終わらせてはならないもの。


 眠らせるもの。


 戻すもの。


 祓うだけでよいもの。


 砕くべきもの。


 解くべきもの。


 残すべきもの。


 セレスティアは、剣を抜かずに一歩踏み出した。


「黒星」


『ここに』


「閃白」


『ここに』


「解白」


『ここに』


「参ります」


 三振りが、神格の中で重なる。


 セレスティアは、手を振るわない。


 ただ、神格を刃にする。


 黒い柱の外側に、黒星の重さが落ちる。


 砕くのではない。


 動きを止める。


 内側に、閃白の白線が通る。


 祓うのではない。


 濁りの道を開く。


 奥で、解白の糸が結び目を拾う。


 解くのではない。


 ほどく順番を示す。


 そして、終焉。


 セレスティアは、静かに言った。


「終わるべきものだけ、終わりなさい」


 神域が震えた。


 黒い柱の中で、無数の黒い理が切れていく。


 だが、白い光は残る。


 眠るべきものは、眠る。


 戻るべきものは、戻る。


 祓うべきものは、祓われる。


 砕くべきものは、砕かれる。


 解くべきものは、解ける。


 そして、終わるべきものだけが、終わる。


 黒い柱が、静かに崩れた。


 音はなかった。


 爆発もなかった。


 派手な光もなかった。


 ただ、不要なものが終わり、残るべきものが残った。


 白い神域の大地に、無数の小さな光が降る。


 それは、雪のようだった。


 セレスティアは、しばらくその光を見上げていた。


 精霊王の声が響いた。


「第五層、通過」


 セレスティアは、ゆっくり膝をついた。


 疲れではない。


 重さだった。


 終焉を扱った重さ。


 終わらせるものを選んだ重さ。


 終わらせなかったものを残した重さ。


 黒星が低く言う。


『主よ。よく通した』


 閃白が澄んで続ける。


『今の一太刀は、終焉でした』


 解白が淡く言った。


『過剰終焉なし。対象選別成功』


 セレスティアは、息を吐いた。


「まだ、邪神本体には届きませんわね」


 精霊王は答えた。


「届かぬ」


「はい」


「だが、入口に立った」


「入口」


「そうだ」


 セレスティアは、黒星、閃白、解白を見た。


「神格は、上がりましたか」


「上がった」


 精霊王の声が言った。


「大きく」


 セレスティアは、胸に手を当てた。


 分かる。


 自分の神格が、以前とは違う。


 深くなっている。


 広がっている。


 だが、広がりすぎてはいない。


 地上から離れていない。


 まだ、自分はセレスティアだ。


 神だけではない。


 現世神だ。


 精霊王は続けた。


「第五層までをもって、神域修行第一段階を終了とする」


「第一段階」


「そうだ」


「ここまで来ても、第一段階ですのね」


「邪神を上回る道は遠い」


「はい」


「だが、道は見えた」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「はい」


 その時、黒星が低く言った。


『主よ』


「はい」


『食事だ』


 閃白も言う。


『第五層後の錨固定は、最重要です』


 解白が続く。


『終焉使用後、地上要素摂取必須』


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「やはり最後は食事ですのね」


 ゴルドの包みを開く。


 残っている干し肉は少ない。


 硬焼きパンも、豆の携行食も減っている。


 白樹の乾燥果実を一つ手に取る。


 口に入れる。


 甘い。


 地上の味。


 終焉を通した後だからこそ、その甘さが深く響いた。


 セレスティアは、白い神域の大地に座り、ゆっくり噛んだ。


「黒星」


『何か』


「閃白」


『はい』


「解白」


『何か』


「わたくしは、まだ神だけになっていませんか」


 黒星は、少しだけ沈黙した。


『なっていない』


 閃白が澄んで言う。


『少なくとも、食事を気にしている間は』


 解白が淡く続ける。


『白樹の乾燥果実摂取中。現世神性、維持』


 セレスティアは苦笑した。


「その言い方はどうかと思いますわ」


 だが、安心した。


 遠く、神域の白い空に、地上へ向かう細い光が伸びた。


 精霊王の声が響く。


「定期報告の時である」


「地上へ?」


「そうだ」


 セレスティアは、ゆっくり立ち上がった。


「何を報告すれば」


「自分の言葉でよい」


「はい」


「ただし、食事報告を忘れるな」


 セレスティアは、少しだけ目を伏せた。


「精霊王まで」


「重要である」


 黒星が低く言う。


『重要』


 閃白が続く。


『極めて重要』


 解白が淡く言う。


『報告必須項目』


「分かりました」


 セレスティアは、神域の白い大地に立ち、地上への光へ向き直った。


 白樹の森へ。


 家族へ。


 ゴルドへ。


 ルシェルの記録へ。


 ミレーヌの心配へ。


 王妃の食事確認へ。


 王の言葉へ。


 そして、地上で自ら立とうとしている世界へ。


 セレスティアは、静かに言葉を送った。


「剣神セレスティア、神域修行第一段階を終了」


「神眼制御、第一段階達成」


「神格圧、第一段階通過」


「神剣同調、初期成立」


「邪神問答、第一段階通過」


「終焉の一太刀、入口へ到達」


 少し間を置く。


 そして、諦めたように続けた。


「食事は、摂っています」


「干し肉、硬焼きパン、豆の携行食、白樹の乾燥果実を確認済み」


「酒は、飲んでおりません」


 黒星が低く鳴る。


『よい』


 閃白も言う。


『正確です』


 解白が続く。


『報告様式、適切』


 セレスティアは肩を落とした。


「神域で何をしているのか、分からなくなってきましたわ」


 だが、その顔は少し笑っていた。


 第五層。


 終焉の一太刀。


 セレスティアは、終わるべきものだけを終わらせる入口に立った。


 まだ、邪神を上回るには遠い。


 だが、剣神としての格は確かに上がった。


 そして、地上へ帰るための錨も、まだ残っていた。

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