表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/108

第42話 神域へ入る前に

 神々の会議から戻った翌朝。


 白樹の森は、静かだった。


 銀の葉は朝日に揺れ、白い幹は淡く輝いている。


 だが、王宮の中はすでに動き始めていた。


 第二次邪神戦争に備えるため、各地への通達、封印記録の照合、死者の名の回復、封印補強の方針作成が続いている。


 世界は、十年後へ向けて動き出した。


 その中で、セレスティアは白樹の泉の前に立っていた。


 背には神剣黒星。


 左腰には神剣閃白。


 そして、背中に横付けされたミスリルの小剣。


 前世では、彼女の装備は武器庫と呼ばれていた。


 大剣。


 両手剣。


 小剣。


 投げナイフ。


 必要ならば、どれでも抜く。


 今生でも、ゴルドはその癖を覚えていた。


 だから、閃白を完成させた時、背中に横付けするミスリルの小剣も用意していた。


 その小剣が、今は以前と違う気配を放っている。


 黒星と閃白が神剣となった時。


 その神格の波は、セレスティアが携える他の刃にも及んだ。


 投げナイフはまだ神剣ではない。


 だが、背の小剣だけは違った。


 セレスティアの剣神神格に強く同調し、静かに格を上げていた。


 神剣。


 小さな刃でありながら、神の持つべき剣。


 黒星が重く言う。


『主よ』


「はい」


『行くのか』


「はい」


 閃白が澄んだ声で続ける。


『神域の前に、グランガルドですね』


「ええ」


 背の小剣が、淡く震えた。


 黒星や閃白ほど強い声ではない。


 細く、静かで、刃先が糸をほどくような声。


『鍛冶師へ報告すべき』


 セレスティアは、背中の小剣に意識を向けた。


「あなたも、そう思いますのね」


『我は、あの鍛冶師に打たれた』


「はい」


『神剣となったなら、報告は必要』


 セレスティアは小さく微笑んだ。


「真面目ですわね」


『必要事項』


 黒星が低く鳴った。


『よい性質だ』


 閃白も言う。


『主の周囲には、必要事項を告げる存在が多い方がよいです』


「あなたたち、わたくしを何だと思っていますの?」


『放っておくと動く主』


『放っておくと背負う主』


『放っておくと斬る主』


 三振りに言われた。


 セレスティアは、しばらく黙った。


「否定しにくいのが悔しいですわ」


 白樹の精霊王が、泉の上に現れた。


「行くのだな」


「はい」


「神域へ入る前に、ゴルドへ会うか」


「はい」


「よい」


 精霊王は静かに頷いた。


「ゴルド・ガルガンドは、お前の地上への錨である」


「はい」


「神域へ籠る前に、会っておけ」


「承知しました」


 王と王妃、ルシェル、ミレーヌも泉の近くに来ていた。


 王はセレスティアを見る。


「神域へ入る決意は変わらぬか」


「はい」


「期間は」


「まずは一年」


 セレスティアは、少しだけ言葉を整えた。


「ただし、状況に応じて数年に及ぶ可能性があります」


 ミレーヌが顔を曇らせた。


「数年……」


 セレスティアは、妹の前に膝をついた。


「寂しくさせますわね」


「寂しいです」


「はい」


「でも、お姉様が地上にいると、全部見えて、全部助けに行きたくなるのですよね」


「ええ」


「なら、我慢します」


 ミレーヌは、セレスティアの手を握った。


「でも、戻ってきてください」


「必ず」


「神域に行ったまま、神様だけにならないでください」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「わたくしは、白樹の森に帰ります」


 王妃が言った。


「神域であっても、食事を忘れないように」


「お母様、神域に食事は必要でしょうか」


「必要です」


「理由は」


「あなたを神だけにしないためです」


 セレスティアは、言葉を失った。


 それは、ゴルドが言いそうなことでもあった。


 ルシェルが記録板を手に言う。


「神域修行に関する制限事項をまとめました」


「もうですか」


「はい」


 ルシェルは淡々と読み上げる。


「一、地上への直接介入は原則禁止」


「はい」


「二、神眼で地上を常時監視しない」


「はい」


「三、各地の封印異常については、報告を受けても即時出動しない」


「はい」


「四、黒星、閃白、小剣との神剣同調訓練を行う」


「はい」


「五、邪神本体の理に呑まれないための精神修行を行う」


「はい」


「六、最低限介入の判断基準を鍛える」


「はい」


「七、定期的に白樹の森へ生存報告を送る」


「生存報告」


「神格を得ていても必要です」


 黒星が鳴った。


『妥当』


 閃白も続く。


『必要です』


 小剣も淡く言った。


『記録は有効』


「三振りともルシェル側ですの?」


 ルシェルは少しだけ満足そうだった。


 王が言った。


「行ってこい」


「はい」


「だが、神域へ入る前に、必ずゴルド殿へ話せ」


「はい」


「あの者は、お前を神としてではなく、セレスティアとして見ている」


「はい」


「その者に、神域へ籠る理由を言葉にして伝えることは、お前自身のためにもなる」


 セレスティアは深く頭を下げた。


「行ってまいります」


 白樹の森からグランガルドへ向かう道は、以前より慣れたものになっていた。


 道中、セレスティアはあえて神眼を深く開かなかった。


 世界を見すぎない。


 異常を見つけすぎない。


 助けに行きたくなるものを、わざわざ探さない。


 それもまた、修行だった。


 黒星が低く言う。


『主よ。右方の山道に小さな瘴気がある』


 セレスティアは、わずかに足を止めた。


「見えております」


 閃白が言う。


『現地の精霊術師が対応中です』


 小剣が続く。


『封印線、軽微。主の介入不要』


 セレスティアは、息を吐いた。


「分かっています」


『行かないか』


「行きません」


『よい』


『成長です』


『記録対象』


「小剣までルシェルのようなことを言いますのね」


『記録は封じを解く鍵になる』


 セレスティアは、少しだけ目を細めた。


 小剣は、黒星や閃白とは違う。


 重く砕く黒星。


 清く祓う閃白。


 この小剣は、細い。


 静かに見る。


 結び目を見つける。


 封印、呪縛、楔、縛り。


 そういったものの綻びや結び目を見抜く。


 黒星が砕く剣。


 閃白が祓う剣。


 小剣は、解く剣だった。


 グランガルドに着くと、町の門番がセレスティアを見つけて叫んだ。


「剣神の姫が来たぞ!」


 すぐに町の者たちが振り返る。


 だが、以前のように大騒ぎはしない。


 今、世界は第二次邪神戦争へ向けて動いている。


 剣神セレスティアは切り札。


 最初から頼りきるものではない。


 それでも、彼女が来ると町は明るくなった。


「姫さん、休んでるか!」


「一応」


 黒星が鳴る。


『不足』


 閃白が続く。


『かなり不足』


 小剣も言う。


『改善余地あり』


 門番が笑った。


「剣にまで言われてるぞ」


「三振りになりましたわ」


「増えたのか」


「増えました」


 町の者たちは笑った。


 セレスティアは、鍛冶場へ向かう。


 看板は相変わらず増えていた。


 黒星・閃白、神剣到達。


 特性、神剣。


 神の持つべき剣。


 共通特性、不壊・鋭刃・破邪・聖剣・永続斬撃。


 黒星、重量自在。


 黒星・閃白、喋り出す。


 バカ姫、剣にも叱られる神になる。


 その隣に、新しい板があった。


 世界は自分で立て。


 バカ姫に全部背負わせるな。


 さらに、その横。


 神々の会議、剣神セレスティアを切り札認定。


 ただし、バカ姫はすぐ突っ走るので監視必須。


 セレスティアは、足を止めた。


「親方」


 鍛冶場の中から声がした。


「事実だ」


「まだ何も言っておりません」


「顔に出てる」


 ゴルドが出てきた。


 腕を組み、いつもの不機嫌そうな顔である。


 だが、セレスティアを見る目は、前より少し鋭かった。


 背の黒星。


 左腰の閃白。


 そして、背に横付けされた小剣。


 ゴルドは、すぐに気づいた。


「増えているな」


「はい」


「小剣か」


「はい」


「神剣化したか」


「分かりますのね」


「分からいでか」


 ゴルドは近づき、小剣を見る。


 触れない。


 だが、鍛冶師の目でその気配を読む。


「黒星や閃白とは違う」


「はい」


「重くもない。白くもない。細いな」


「解く剣のようです」


 小剣が淡く震えた。


『我は、封じと縛りの結び目を見る』


 ゴルドの眉が動く。


「喋るのか」


『神剣となった』


「そうか」


 ゴルドは、しばらく小剣を見た。


「名は」


 セレスティアは、少しだけ目を伏せた。


「まだありません」


「神剣に名なしは収まりが悪い」


 黒星が言う。


『名は必要』


 閃白も言う。


『神剣となった以上、呼び名が必要です』


 小剣は静かに言った。


『主が決めればよい』


 セレスティアは考えた。


 黒星。


 閃白。


 そして、封じを解く白き小剣。


 魂や封印の結び目をほどく刃。


 邪神が死者に掛けた縛りを解くための剣。


 セレスティアは、静かに言った。


「解白」


 小剣が、淡く白く光った。


『解白』


 その声は、細く、しかし確かだった。


『受領』


 黒星が低く鳴る。


『よい名だ』


 閃白も続く。


『役目に合っています』


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「白が増えたな」


「親方」


「だが、悪くない」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


「ありがとうございます」


 ゴルドは鍛冶場の中へ顎をしゃくった。


「入れ」


「はい」


 鍛冶場の中では、炉の火が強くなっていた。


 第二次邪神戦争へ向けて、グランガルドも動き出している。


 封印杭。


 静鉱石の部材。


 魔鉱鎧。


 量産用の剣。


 修理用の部品。


 戦争は剣だけではない。


 釘一本、鍬一本、荷馬車の車軸一本すら必要になる。


 ゴルドは、それを誰より分かっていた。


 セレスティアは、作業台の前に立った。


「親方。報告があります」


「小剣が神剣になったことか」


「それもあります」


「他は」


 セレスティアは、姿勢を正した。


「神域に入ります」


 ゴルドは黙った。


 弟子たちの動きも止まる。


 炉の火だけが鳴っている。


「期間は」


「まず一年」


「まず?」


「状況次第で、数年になる可能性があります」


 ゴルドの目が細くなる。


「逃げか」


 セレスティアは、すぐに答えた。


「違います」


「本当にか」


「はい」


「地上の厄介事から逃げるためか」


「違います」


「神々の会議で重いことを言われたからか」


「違います」


「なら、なぜ行く」


 セレスティアは、ゆっくり息を吸った。


「地上にいれば、わたくしは見えてしまいます」


 ゴルドは黙って聞いている。


「見えれば、動きたくなります」


「だろうな」


「動けば、救えるものもあるでしょう」


「ああ」


「けれど、それを繰り返せば、世界はわたくしに寄りかかります」


 黒星が低く鳴る。


『主が全てを背負えば、世界は膝をつく』


 閃白が澄んで言う。


『救いすぎることも、奪うことです』


 解白が淡く続く。


『結び目を解くべき者まで、主が奪ってはならない』


 セレスティアは頷いた。


「ですから、神域に入ります」


「……」


「逃げるためではありません」


「……」


「この世界を、この世界の者に任せるためです」


 ゴルドの目が、わずかに変わった。


「そして」


 セレスティアは続ける。


「十年後、邪神本体へ届く最後の刃となるために」


「……」


「剣神として、現世神として、最低限の介入を守れるように」


「……」


「神域で修行します」


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 ゴルドは腕を組み、じっとセレスティアを見ている。


 そして、低く言った。


「地上にいたら、お前は絶対に首を突っ込む」


 セレスティアは、少しだけ言葉に詰まった。


「……否定しきれません」


「顔に出てる」


「まだ何も」


「言う前から出てる」


「親方」


「世界を信じるなら、まずお前が引っ込め」


 その言葉は乱暴だった。


 だが、正しかった。


 セレスティアは、深く頭を下げた。


「はい」


「なら行け」


 セレスティアは顔を上げた。


「よろしいのですか」


「逃げじゃねぇならな」


「はい」


「ただし、戻れ」


「はい」


「神域に行ったきり、神様面して戻らないなんて許さねぇ」


「戻ります」


「何年でもか」


「はい」


「なら、帰る場所を忘れるな」


「はい」


 ゴルドは、黒星を見た。


「黒星」


『何か』


「こいつが神域で無茶をしそうなら重くなれ」


『承知した』


「閃白」


『はい』


「怒りで斬りそうなら沈黙しろ」


『承知しました』


「解白」


『何か』


「変な封じを解こうとしたら止めろ」


『承知』


 セレスティアは、三振りを見る。


「完全に親方側ですわ」


 ゴルドは鼻を鳴らす。


「いい剣だ」


「わたくしの剣ですのに」


「だからだ」


 ゴルドは、作業台の下から小さな包みを出した。


 白樹の布ではない。


 ドワーフ製の厚い布に包まれた携行食だった。


「持っていけ」


「これは」


「干し肉、硬焼きパン、豆の固めたやつ」


「神域に」


「持っていけ」


「食事は必要でしょうか」


「必要だ」


「なぜですの」


「お前を神だけにしないためだ」


 セレスティアは、王妃と同じことを言われ、思わず目を伏せた。


「お母様にも同じことを言われました」


「なら正しい」


「はい」


「酒は持っていくな」


「親方」


「持っていくな」


「火酒を一瓶だけ」


「駄目だ」


「長期修行ですのに」


「だから駄目だ」


「なぜです」


「神域で酒蔵を作りかねん」


「作りませんわ」


 黒星が低く鳴る。


『疑義あり』


 閃白が続く。


『可能性は否定できません』


 解白も淡く言う。


『封印すべき案件』


「解白まで」


 ゴルドは満足そうに頷いた。


「いい神剣だ」


 セレスティアは、少しだけ頬を膨らませた。


 だが、心は温かかった。


 神域へ行く。


 数年、地上から離れるかもしれない。


 だが、こうして叱ってくれる者がいる。


 飯を持たせる者がいる。


 酒を止める者がいる。


 それが、自分を地上に繋ぐ。


 ゴルドは、解白をもう一度見た。


「解白」


『何か』


「お前の役目は何だ」


『封じと縛りの結び目を見つけ、必要なら解く』


「邪神の封印も解くのか」


『否』


 解白は即答した。


『邪神を閉じる封印は解かない』


「では何を解く」


『邪神が死者へ掛けた縛り』


「よし」


『魂の座を縛る楔』


「よし」


『主が自分に掛ける過剰な責任の結び目』


 セレスティアは目を瞬かせた。


「解白?」


 ゴルドが笑いをこらえずに鼻を鳴らした。


「最高だな」


 黒星が低く言う。


『よい役目だ』


 閃白も言う。


『非常に重要です』


「あなたたち、わたくしの責任感を何だと思っていますの?」


『過剰』


『過剰です』


『封解対象』


「そこまでですの?」


 三振りは沈黙した。


 沈黙が一番痛かった。


 ゴルドは弟子へ言った。


「板を持ってこい」


 セレスティアは、すぐに振り返った。


「親方」


「必要事項だ」


「また看板ですの?」


「当然だ」


 弟子が板を持ってくる。


 ゴルドは筆を取った。


「書け」


「はい。何と」


「背の小剣、神剣化」


「はい」


「名、解白」


「はい」


「特性、神剣、不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃、封解」


「はい」


「役目、封じと縛りを解く」


「はい」


「バカ姫、今度は神域へ数年引っ込む」


 セレスティアは即座に言った。


「親方」


「事実だ」


「言い方がありますわ」


「なら、最後に足せ」


「何をですの」


 ゴルドは、少しだけ真面目な顔になった。


「世界を信じる修行中」


 セレスティアは、言葉を止めた。


 弟子も、少しだけ驚いたようにゴルドを見た。


 ゴルドは続ける。


「それも事実だろうが」


 セレスティアは、静かに頷いた。


「はい」


 看板には、こう書かれた。


 背の小剣、神剣化。


 名、解白。


 特性、神剣・不壊・鋭刃・破邪・聖剣・永続斬撃・封解。


 役目、封じと縛りを解く。


 バカ姫、今度は神域へ数年引っ込む。


 世界を信じる修行中。


 鍛冶場の前に立てられた看板を、町の者たちが読んだ。


 最初は笑った。


 だが、最後の一行で少し静かになった。


 世界を信じる修行中。


 剣神セレスティアが、世界を救うために前へ出るのではない。


 世界を信じるために、あえて神域へ籠る。


 その意味を、町の者たちは理解した。


 グランガルドの者たちは、自分たちの炉を見る。


 打つべき剣がある。


 作るべき封印杭がある。


 整えるべき道具がある。


 セレスティアに全部背負わせないために、自分たちがやるべきことがある。


 セレスティアは、看板を見上げた。


「バカ姫の部分は不要では?」


 ゴルドは即答した。


「必要だ」


 黒星が言う。


『地上への錨』


 閃白が続く。


『主を神だけにしない言葉です』


 解白も言う。


『封解不要。維持推奨』


「あなたたちまで」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


 そして、ゴルドへ向き直る。


「親方」


「あん?」


「行ってまいります」


「ああ」


「戻ります」


「当たり前だ」


「神域で、剣神として研がれてきます」


「神様面はするな」


「はい」


「飯を食え」


「はい」


「酒は飲むな」


「はい」


「黒星、閃白、解白の言うことを聞け」


「はい」


「無茶をするな」


「はい」


「全部背負うな」


「はい」


 ゴルドは、少しだけ黙った。


 それから、低く言った。


「世界を信じろ」


 セレスティアは、胸にその言葉を受け止めた。


「はい」


「お前が信じなきゃ、地上の連中は立てねぇ」


「はい」


「この世界は、この世界の連中が守る」


「はい」


「お前は、最後に届かねぇものを斬れ」


「はい」


 セレスティアは深く頭を下げた。


 ゴルドは、いつものように不機嫌そうに顔を背けた。


「早く行け」


「はい」


「戻ったら火酒だ」


 セレスティアの顔が明るくなる。


「約束ですわね」


「少しだけだ」


「親方基準ですか」


「当然だ」


「それは少なすぎます」


「神域から戻って第一声がそれか」


 黒星が低く鳴る。


『主らしい』


 閃白が続く。


『困ったことに』


 解白が淡く言う。


『酒量制限、要継続』


 鍛冶場に笑いが広がった。


 セレスティアは、その笑いを胸に刻んだ。


 この笑いがある限り、自分は地上へ帰ってこられる。


 神域へ行っても。


 神々に認められても。


 剣神として研がれても。


 自分は、ここでバカ姫と呼ばれるセレスティアでいられる。


 セレスティアはグランガルドを後にした。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背に横付けされた神剣解白。


 三振りの神剣を携え、白樹の森へ戻る。


 その足取りは軽くない。


 だが、迷いはなかった。


 神域へ入る。


 地上への過干渉を防ぐために。


 世界を信じるために。


 邪神本体へ届く最後の刃となるために。


 数年の修行が始まろうとしていた。


 白樹の森の入口に差しかかった時、解白が静かに言った。


『主』


「何です?」


『神域に入る前に、一つ確認』


「はい」


『地上で気になる封印が見えても、戻らない』


 セレスティアは沈黙した。


 黒星が低くなる。


 閃白が澄んで沈黙する。


 セレスティアは、ゆっくり頷いた。


「戻りません」


『必要ならば、地上の者が対応する』


「はい」


『届かぬ時のみ、主が刃となる』


「はい」


『承知』


 解白は静かになった。


 セレスティアは、白樹の森へ入る。


 精霊たちが淡く光る。


 その奥に、白樹の泉がある。


 神域への入口が、静かに待っていた。


 セレスティアは、小さく呟いた。


「世界を信じる修行中、ですか」


 黒星が言う。


『悪くない』


 閃白が言う。


『正しい表現です』


 解白が言う。


『必要事項』


 セレスティアは、苦笑した。


「本当に、親方の看板文化に染まりましたわね」


 三振りは、同時に答えた。


『地上への錨だ』


『地上への錨です』


『地上への錨』


 セレスティアは、空を見上げた。


 白樹の葉が揺れている。


 この世界は、この世界の者に任せる。


 自分は、最後の刃として研がれる。


 神域へ入る前に、ゴルドに会えてよかった。


 そう思いながら、セレスティアは白樹の泉へ歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ