第42話 神域へ入る前に
神々の会議から戻った翌朝。
白樹の森は、静かだった。
銀の葉は朝日に揺れ、白い幹は淡く輝いている。
だが、王宮の中はすでに動き始めていた。
第二次邪神戦争に備えるため、各地への通達、封印記録の照合、死者の名の回復、封印補強の方針作成が続いている。
世界は、十年後へ向けて動き出した。
その中で、セレスティアは白樹の泉の前に立っていた。
背には神剣黒星。
左腰には神剣閃白。
そして、背中に横付けされたミスリルの小剣。
前世では、彼女の装備は武器庫と呼ばれていた。
大剣。
両手剣。
小剣。
投げナイフ。
必要ならば、どれでも抜く。
今生でも、ゴルドはその癖を覚えていた。
だから、閃白を完成させた時、背中に横付けするミスリルの小剣も用意していた。
その小剣が、今は以前と違う気配を放っている。
黒星と閃白が神剣となった時。
その神格の波は、セレスティアが携える他の刃にも及んだ。
投げナイフはまだ神剣ではない。
だが、背の小剣だけは違った。
セレスティアの剣神神格に強く同調し、静かに格を上げていた。
神剣。
小さな刃でありながら、神の持つべき剣。
黒星が重く言う。
『主よ』
「はい」
『行くのか』
「はい」
閃白が澄んだ声で続ける。
『神域の前に、グランガルドですね』
「ええ」
背の小剣が、淡く震えた。
黒星や閃白ほど強い声ではない。
細く、静かで、刃先が糸をほどくような声。
『鍛冶師へ報告すべき』
セレスティアは、背中の小剣に意識を向けた。
「あなたも、そう思いますのね」
『我は、あの鍛冶師に打たれた』
「はい」
『神剣となったなら、報告は必要』
セレスティアは小さく微笑んだ。
「真面目ですわね」
『必要事項』
黒星が低く鳴った。
『よい性質だ』
閃白も言う。
『主の周囲には、必要事項を告げる存在が多い方がよいです』
「あなたたち、わたくしを何だと思っていますの?」
『放っておくと動く主』
『放っておくと背負う主』
『放っておくと斬る主』
三振りに言われた。
セレスティアは、しばらく黙った。
「否定しにくいのが悔しいですわ」
白樹の精霊王が、泉の上に現れた。
「行くのだな」
「はい」
「神域へ入る前に、ゴルドへ会うか」
「はい」
「よい」
精霊王は静かに頷いた。
「ゴルド・ガルガンドは、お前の地上への錨である」
「はい」
「神域へ籠る前に、会っておけ」
「承知しました」
王と王妃、ルシェル、ミレーヌも泉の近くに来ていた。
王はセレスティアを見る。
「神域へ入る決意は変わらぬか」
「はい」
「期間は」
「まずは一年」
セレスティアは、少しだけ言葉を整えた。
「ただし、状況に応じて数年に及ぶ可能性があります」
ミレーヌが顔を曇らせた。
「数年……」
セレスティアは、妹の前に膝をついた。
「寂しくさせますわね」
「寂しいです」
「はい」
「でも、お姉様が地上にいると、全部見えて、全部助けに行きたくなるのですよね」
「ええ」
「なら、我慢します」
ミレーヌは、セレスティアの手を握った。
「でも、戻ってきてください」
「必ず」
「神域に行ったまま、神様だけにならないでください」
セレスティアは、静かに頷いた。
「わたくしは、白樹の森に帰ります」
王妃が言った。
「神域であっても、食事を忘れないように」
「お母様、神域に食事は必要でしょうか」
「必要です」
「理由は」
「あなたを神だけにしないためです」
セレスティアは、言葉を失った。
それは、ゴルドが言いそうなことでもあった。
ルシェルが記録板を手に言う。
「神域修行に関する制限事項をまとめました」
「もうですか」
「はい」
ルシェルは淡々と読み上げる。
「一、地上への直接介入は原則禁止」
「はい」
「二、神眼で地上を常時監視しない」
「はい」
「三、各地の封印異常については、報告を受けても即時出動しない」
「はい」
「四、黒星、閃白、小剣との神剣同調訓練を行う」
「はい」
「五、邪神本体の理に呑まれないための精神修行を行う」
「はい」
「六、最低限介入の判断基準を鍛える」
「はい」
「七、定期的に白樹の森へ生存報告を送る」
「生存報告」
「神格を得ていても必要です」
黒星が鳴った。
『妥当』
閃白も続く。
『必要です』
小剣も淡く言った。
『記録は有効』
「三振りともルシェル側ですの?」
ルシェルは少しだけ満足そうだった。
王が言った。
「行ってこい」
「はい」
「だが、神域へ入る前に、必ずゴルド殿へ話せ」
「はい」
「あの者は、お前を神としてではなく、セレスティアとして見ている」
「はい」
「その者に、神域へ籠る理由を言葉にして伝えることは、お前自身のためにもなる」
セレスティアは深く頭を下げた。
「行ってまいります」
白樹の森からグランガルドへ向かう道は、以前より慣れたものになっていた。
道中、セレスティアはあえて神眼を深く開かなかった。
世界を見すぎない。
異常を見つけすぎない。
助けに行きたくなるものを、わざわざ探さない。
それもまた、修行だった。
黒星が低く言う。
『主よ。右方の山道に小さな瘴気がある』
セレスティアは、わずかに足を止めた。
「見えております」
閃白が言う。
『現地の精霊術師が対応中です』
小剣が続く。
『封印線、軽微。主の介入不要』
セレスティアは、息を吐いた。
「分かっています」
『行かないか』
「行きません」
『よい』
『成長です』
『記録対象』
「小剣までルシェルのようなことを言いますのね」
『記録は封じを解く鍵になる』
セレスティアは、少しだけ目を細めた。
小剣は、黒星や閃白とは違う。
重く砕く黒星。
清く祓う閃白。
この小剣は、細い。
静かに見る。
結び目を見つける。
封印、呪縛、楔、縛り。
そういったものの綻びや結び目を見抜く。
黒星が砕く剣。
閃白が祓う剣。
小剣は、解く剣だった。
グランガルドに着くと、町の門番がセレスティアを見つけて叫んだ。
「剣神の姫が来たぞ!」
すぐに町の者たちが振り返る。
だが、以前のように大騒ぎはしない。
今、世界は第二次邪神戦争へ向けて動いている。
剣神セレスティアは切り札。
最初から頼りきるものではない。
それでも、彼女が来ると町は明るくなった。
「姫さん、休んでるか!」
「一応」
黒星が鳴る。
『不足』
閃白が続く。
『かなり不足』
小剣も言う。
『改善余地あり』
門番が笑った。
「剣にまで言われてるぞ」
「三振りになりましたわ」
「増えたのか」
「増えました」
町の者たちは笑った。
セレスティアは、鍛冶場へ向かう。
看板は相変わらず増えていた。
黒星・閃白、神剣到達。
特性、神剣。
神の持つべき剣。
共通特性、不壊・鋭刃・破邪・聖剣・永続斬撃。
黒星、重量自在。
黒星・閃白、喋り出す。
バカ姫、剣にも叱られる神になる。
その隣に、新しい板があった。
世界は自分で立て。
バカ姫に全部背負わせるな。
さらに、その横。
神々の会議、剣神セレスティアを切り札認定。
ただし、バカ姫はすぐ突っ走るので監視必須。
セレスティアは、足を止めた。
「親方」
鍛冶場の中から声がした。
「事実だ」
「まだ何も言っておりません」
「顔に出てる」
ゴルドが出てきた。
腕を組み、いつもの不機嫌そうな顔である。
だが、セレスティアを見る目は、前より少し鋭かった。
背の黒星。
左腰の閃白。
そして、背に横付けされた小剣。
ゴルドは、すぐに気づいた。
「増えているな」
「はい」
「小剣か」
「はい」
「神剣化したか」
「分かりますのね」
「分からいでか」
ゴルドは近づき、小剣を見る。
触れない。
だが、鍛冶師の目でその気配を読む。
「黒星や閃白とは違う」
「はい」
「重くもない。白くもない。細いな」
「解く剣のようです」
小剣が淡く震えた。
『我は、封じと縛りの結び目を見る』
ゴルドの眉が動く。
「喋るのか」
『神剣となった』
「そうか」
ゴルドは、しばらく小剣を見た。
「名は」
セレスティアは、少しだけ目を伏せた。
「まだありません」
「神剣に名なしは収まりが悪い」
黒星が言う。
『名は必要』
閃白も言う。
『神剣となった以上、呼び名が必要です』
小剣は静かに言った。
『主が決めればよい』
セレスティアは考えた。
黒星。
閃白。
そして、封じを解く白き小剣。
魂や封印の結び目をほどく刃。
邪神が死者に掛けた縛りを解くための剣。
セレスティアは、静かに言った。
「解白」
小剣が、淡く白く光った。
『解白』
その声は、細く、しかし確かだった。
『受領』
黒星が低く鳴る。
『よい名だ』
閃白も続く。
『役目に合っています』
ゴルドは鼻を鳴らした。
「白が増えたな」
「親方」
「だが、悪くない」
セレスティアは、少しだけ笑った。
「ありがとうございます」
ゴルドは鍛冶場の中へ顎をしゃくった。
「入れ」
「はい」
鍛冶場の中では、炉の火が強くなっていた。
第二次邪神戦争へ向けて、グランガルドも動き出している。
封印杭。
静鉱石の部材。
魔鉱鎧。
量産用の剣。
修理用の部品。
戦争は剣だけではない。
釘一本、鍬一本、荷馬車の車軸一本すら必要になる。
ゴルドは、それを誰より分かっていた。
セレスティアは、作業台の前に立った。
「親方。報告があります」
「小剣が神剣になったことか」
「それもあります」
「他は」
セレスティアは、姿勢を正した。
「神域に入ります」
ゴルドは黙った。
弟子たちの動きも止まる。
炉の火だけが鳴っている。
「期間は」
「まず一年」
「まず?」
「状況次第で、数年になる可能性があります」
ゴルドの目が細くなる。
「逃げか」
セレスティアは、すぐに答えた。
「違います」
「本当にか」
「はい」
「地上の厄介事から逃げるためか」
「違います」
「神々の会議で重いことを言われたからか」
「違います」
「なら、なぜ行く」
セレスティアは、ゆっくり息を吸った。
「地上にいれば、わたくしは見えてしまいます」
ゴルドは黙って聞いている。
「見えれば、動きたくなります」
「だろうな」
「動けば、救えるものもあるでしょう」
「ああ」
「けれど、それを繰り返せば、世界はわたくしに寄りかかります」
黒星が低く鳴る。
『主が全てを背負えば、世界は膝をつく』
閃白が澄んで言う。
『救いすぎることも、奪うことです』
解白が淡く続く。
『結び目を解くべき者まで、主が奪ってはならない』
セレスティアは頷いた。
「ですから、神域に入ります」
「……」
「逃げるためではありません」
「……」
「この世界を、この世界の者に任せるためです」
ゴルドの目が、わずかに変わった。
「そして」
セレスティアは続ける。
「十年後、邪神本体へ届く最後の刃となるために」
「……」
「剣神として、現世神として、最低限の介入を守れるように」
「……」
「神域で修行します」
しばらく、誰も何も言わなかった。
ゴルドは腕を組み、じっとセレスティアを見ている。
そして、低く言った。
「地上にいたら、お前は絶対に首を突っ込む」
セレスティアは、少しだけ言葉に詰まった。
「……否定しきれません」
「顔に出てる」
「まだ何も」
「言う前から出てる」
「親方」
「世界を信じるなら、まずお前が引っ込め」
その言葉は乱暴だった。
だが、正しかった。
セレスティアは、深く頭を下げた。
「はい」
「なら行け」
セレスティアは顔を上げた。
「よろしいのですか」
「逃げじゃねぇならな」
「はい」
「ただし、戻れ」
「はい」
「神域に行ったきり、神様面して戻らないなんて許さねぇ」
「戻ります」
「何年でもか」
「はい」
「なら、帰る場所を忘れるな」
「はい」
ゴルドは、黒星を見た。
「黒星」
『何か』
「こいつが神域で無茶をしそうなら重くなれ」
『承知した』
「閃白」
『はい』
「怒りで斬りそうなら沈黙しろ」
『承知しました』
「解白」
『何か』
「変な封じを解こうとしたら止めろ」
『承知』
セレスティアは、三振りを見る。
「完全に親方側ですわ」
ゴルドは鼻を鳴らす。
「いい剣だ」
「わたくしの剣ですのに」
「だからだ」
ゴルドは、作業台の下から小さな包みを出した。
白樹の布ではない。
ドワーフ製の厚い布に包まれた携行食だった。
「持っていけ」
「これは」
「干し肉、硬焼きパン、豆の固めたやつ」
「神域に」
「持っていけ」
「食事は必要でしょうか」
「必要だ」
「なぜですの」
「お前を神だけにしないためだ」
セレスティアは、王妃と同じことを言われ、思わず目を伏せた。
「お母様にも同じことを言われました」
「なら正しい」
「はい」
「酒は持っていくな」
「親方」
「持っていくな」
「火酒を一瓶だけ」
「駄目だ」
「長期修行ですのに」
「だから駄目だ」
「なぜです」
「神域で酒蔵を作りかねん」
「作りませんわ」
黒星が低く鳴る。
『疑義あり』
閃白が続く。
『可能性は否定できません』
解白も淡く言う。
『封印すべき案件』
「解白まで」
ゴルドは満足そうに頷いた。
「いい神剣だ」
セレスティアは、少しだけ頬を膨らませた。
だが、心は温かかった。
神域へ行く。
数年、地上から離れるかもしれない。
だが、こうして叱ってくれる者がいる。
飯を持たせる者がいる。
酒を止める者がいる。
それが、自分を地上に繋ぐ。
ゴルドは、解白をもう一度見た。
「解白」
『何か』
「お前の役目は何だ」
『封じと縛りの結び目を見つけ、必要なら解く』
「邪神の封印も解くのか」
『否』
解白は即答した。
『邪神を閉じる封印は解かない』
「では何を解く」
『邪神が死者へ掛けた縛り』
「よし」
『魂の座を縛る楔』
「よし」
『主が自分に掛ける過剰な責任の結び目』
セレスティアは目を瞬かせた。
「解白?」
ゴルドが笑いをこらえずに鼻を鳴らした。
「最高だな」
黒星が低く言う。
『よい役目だ』
閃白も言う。
『非常に重要です』
「あなたたち、わたくしの責任感を何だと思っていますの?」
『過剰』
『過剰です』
『封解対象』
「そこまでですの?」
三振りは沈黙した。
沈黙が一番痛かった。
ゴルドは弟子へ言った。
「板を持ってこい」
セレスティアは、すぐに振り返った。
「親方」
「必要事項だ」
「また看板ですの?」
「当然だ」
弟子が板を持ってくる。
ゴルドは筆を取った。
「書け」
「はい。何と」
「背の小剣、神剣化」
「はい」
「名、解白」
「はい」
「特性、神剣、不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃、封解」
「はい」
「役目、封じと縛りを解く」
「はい」
「バカ姫、今度は神域へ数年引っ込む」
セレスティアは即座に言った。
「親方」
「事実だ」
「言い方がありますわ」
「なら、最後に足せ」
「何をですの」
ゴルドは、少しだけ真面目な顔になった。
「世界を信じる修行中」
セレスティアは、言葉を止めた。
弟子も、少しだけ驚いたようにゴルドを見た。
ゴルドは続ける。
「それも事実だろうが」
セレスティアは、静かに頷いた。
「はい」
看板には、こう書かれた。
背の小剣、神剣化。
名、解白。
特性、神剣・不壊・鋭刃・破邪・聖剣・永続斬撃・封解。
役目、封じと縛りを解く。
バカ姫、今度は神域へ数年引っ込む。
世界を信じる修行中。
鍛冶場の前に立てられた看板を、町の者たちが読んだ。
最初は笑った。
だが、最後の一行で少し静かになった。
世界を信じる修行中。
剣神セレスティアが、世界を救うために前へ出るのではない。
世界を信じるために、あえて神域へ籠る。
その意味を、町の者たちは理解した。
グランガルドの者たちは、自分たちの炉を見る。
打つべき剣がある。
作るべき封印杭がある。
整えるべき道具がある。
セレスティアに全部背負わせないために、自分たちがやるべきことがある。
セレスティアは、看板を見上げた。
「バカ姫の部分は不要では?」
ゴルドは即答した。
「必要だ」
黒星が言う。
『地上への錨』
閃白が続く。
『主を神だけにしない言葉です』
解白も言う。
『封解不要。維持推奨』
「あなたたちまで」
セレスティアは、少しだけ笑った。
そして、ゴルドへ向き直る。
「親方」
「あん?」
「行ってまいります」
「ああ」
「戻ります」
「当たり前だ」
「神域で、剣神として研がれてきます」
「神様面はするな」
「はい」
「飯を食え」
「はい」
「酒は飲むな」
「はい」
「黒星、閃白、解白の言うことを聞け」
「はい」
「無茶をするな」
「はい」
「全部背負うな」
「はい」
ゴルドは、少しだけ黙った。
それから、低く言った。
「世界を信じろ」
セレスティアは、胸にその言葉を受け止めた。
「はい」
「お前が信じなきゃ、地上の連中は立てねぇ」
「はい」
「この世界は、この世界の連中が守る」
「はい」
「お前は、最後に届かねぇものを斬れ」
「はい」
セレスティアは深く頭を下げた。
ゴルドは、いつものように不機嫌そうに顔を背けた。
「早く行け」
「はい」
「戻ったら火酒だ」
セレスティアの顔が明るくなる。
「約束ですわね」
「少しだけだ」
「親方基準ですか」
「当然だ」
「それは少なすぎます」
「神域から戻って第一声がそれか」
黒星が低く鳴る。
『主らしい』
閃白が続く。
『困ったことに』
解白が淡く言う。
『酒量制限、要継続』
鍛冶場に笑いが広がった。
セレスティアは、その笑いを胸に刻んだ。
この笑いがある限り、自分は地上へ帰ってこられる。
神域へ行っても。
神々に認められても。
剣神として研がれても。
自分は、ここでバカ姫と呼ばれるセレスティアでいられる。
セレスティアはグランガルドを後にした。
背には黒星。
左腰には閃白。
背に横付けされた神剣解白。
三振りの神剣を携え、白樹の森へ戻る。
その足取りは軽くない。
だが、迷いはなかった。
神域へ入る。
地上への過干渉を防ぐために。
世界を信じるために。
邪神本体へ届く最後の刃となるために。
数年の修行が始まろうとしていた。
白樹の森の入口に差しかかった時、解白が静かに言った。
『主』
「何です?」
『神域に入る前に、一つ確認』
「はい」
『地上で気になる封印が見えても、戻らない』
セレスティアは沈黙した。
黒星が低くなる。
閃白が澄んで沈黙する。
セレスティアは、ゆっくり頷いた。
「戻りません」
『必要ならば、地上の者が対応する』
「はい」
『届かぬ時のみ、主が刃となる』
「はい」
『承知』
解白は静かになった。
セレスティアは、白樹の森へ入る。
精霊たちが淡く光る。
その奥に、白樹の泉がある。
神域への入口が、静かに待っていた。
セレスティアは、小さく呟いた。
「世界を信じる修行中、ですか」
黒星が言う。
『悪くない』
閃白が言う。
『正しい表現です』
解白が言う。
『必要事項』
セレスティアは、苦笑した。
「本当に、親方の看板文化に染まりましたわね」
三振りは、同時に答えた。
『地上への錨だ』
『地上への錨です』
『地上への錨』
セレスティアは、空を見上げた。
白樹の葉が揺れている。
この世界は、この世界の者に任せる。
自分は、最後の刃として研がれる。
神域へ入る前に、ゴルドに会えてよかった。
そう思いながら、セレスティアは白樹の泉へ歩いていった。




