第35話 神の持つべき剣
前世セレスティアを名もなき森へ眠らせた翌朝。
グランガルドの鍛冶場は、いつもの音を取り戻していなかった。
炉には火が入っている。
弟子たちもいる。
鉄も、魔鉱石も、砥石も、作業台もある。
だが、槌の音が少ない。
誰も大声で笑わない。
怒鳴り声もない。
前世のセレスティアは眠った。
けれど、それで全てが終わったわけではない。
邪神本体は、まだ封印地の奥にいる。
三賢者の封印は、いまだ揺れている。
眷属セレスティアは討たれた。
だが、それは邪神の眷属の一柱を倒したにすぎない。
次に向かう相手は、邪神本体である。
セレスティアは、鍛冶場の奥にいた。
清めの台の前ではない。
昨日まで前世の遺体が置かれていた場所は、すでに片づけられている。
そこには何もない。
花もない。
杯もない。
祈りの品もない。
ただ、綺麗に拭かれた台だけがあった。
それでよかった。
眠らせた者を、ここに引き戻してはいけない。
セレスティアは、その空の台へ静かに頭を下げた。
その背には黒星。
左腰には閃白。
二振りは大神格位。
黒星は、不壊、鋭刃、重量自在を宿している。
閃白は、永続斬撃、破邪、聖剣を宿している。
だが、昨日から様子が違っていた。
前世セレスティアの遺体を眠らせた後、黒星と閃白はほとんど沈黙していた。
力を失ったわけではない。
むしろ、深くなっている。
だが、ただ強くなったのとは違う。
何かを待っているような静けさ。
ゴルドは、それに気づいていた。
「黒星と閃白を出せ」
セレスティアは振り返った。
「今ですか」
「ああ」
「調整ですの?」
「違う」
ゴルドは、作業台を指した。
「見立てだ」
セレスティアは黒星を背から抜いた。
黒銀の大剣。
大神格位の重み。
だが、セレスティアの手の中では、望む重さでそこにある。
次に閃白を抜く。
白銀と金白の刃。
聖剣の気配を持つ大神格位の両手剣。
二振りを作業台の上に置く。
ゴルドは、まず黒星を見た。
触れない。
指を近づけるだけで、黒星の周囲の空気が沈む。
不壊の剣身。
鋭刃の自己修復。
重量自在の重力干渉。
それらは、昨日までと同じ。
だが、黒星の奥には、さらに深い何かが生まれていた。
ゴルドは目を細めた。
「変わっているな」
「やはり」
「ああ」
次に閃白を見る。
永続斬撃の白い線。
破邪の金白。
聖剣の浄化干渉。
その奥に、さらに一段上の静けさがある。
祓うだけではない。
斬るだけでもない。
持つべき者を選んでいる。
いや。
すでに選び終えた剣の気配だった。
ゴルドは低く言った。
「昨日だ」
「昨日?」
「前世のセレスティアを眠らせた時だ」
セレスティアは、黒星と閃白を見た。
「それが、何かの契機になったのですか」
「おそらくな」
ゴルドは腕を組んだ。
「黒星と閃白は、邪神を斬るために格を上げてきた。邪竜を斬り、瘴気溜まりを祓い、十の試練を越えたお前と同調して大神格位へ至った」
「はい」
「だが、昨日まではまだ、強い剣だった」
「大神格位でも?」
「そうだ」
ゴルドは、黒星の剣身を見た。
「強い剣。神格を持つ剣。大神格位の剣。だが、それでもまだ、何を背負う剣かは定まりきっていなかった」
「何を背負う剣か」
「昨日、お前は前世の自分を眠らせた」
「はい」
「崇めず、祀らず、役目を与えず、死者として眠らせた」
「はい」
「そこで、お前の神格が定まったんだろうな」
セレスティアは、静かに息を吸った。
破邪。
葬送。
守護。
終焉。
剣。
それが、剣神セレスティアの神格。
邪を祓い。
死者を送り。
生きる者を守り。
終わるべきものを終わらせる。
その在り方を、剣で世界へ通す神格。
前世のセレスティアを眠らせたことで、その在り方が言葉ではなく実行になった。
だから、黒星と閃白も変わった。
ゴルドは作業台の横に立ち、弟子へ言った。
「神格測定水晶を持ってこい」
「はい!」
弟子が、透明な水晶板を持ってくる。
以前、黒星と閃白が神格位へ至った時にも使ったもの。
大神格位へ上がった時には、水晶板が一枚割れた。
今回は、さらに厚い水晶板が用意された。
ゴルドは、それを黒星のそばに置いた。
水晶板が黒く染まる。
だが、以前のような黒ではない。
深い。
重い。
しかし、邪ではない。
夜の底に沈む星のような黒。
その中に、白でも銀でもない光が一本走った。
水晶板の表面に、古い神代文字が浮かぶ。
ゴルドは読んだ。
「神剣」
鍛冶場が静まった。
セレスティアは、黒星を見つめた。
「神剣」
ゴルドは頷いた。
「大神格位の上だ」
「黒星が」
「ああ」
「神剣に」
「そうだ」
水晶板には、さらに文字が浮かんでいた。
特性。
神剣。
神の持つべき剣。
そして、その下に、次々と特性が浮かぶ。
不壊。
鋭刃。
破邪。
聖剣。
永続斬撃。
重量自在。
セレスティアは、息を呑んだ。
「黒星に、破邪と聖剣と永続斬撃まで」
「ああ」
ゴルドは、水晶板を見たまま頷いた。
「神剣になったことで、特性が統合されたんだ」
「統合」
「黒星は元々、不壊、鋭刃、重量自在を強く持っていた」
「はい」
「だが、神剣となった今、神の役目を果たすために必要な特性を宿した」
ゴルドは黒星を指した。
「不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃」
「はい」
「そして、黒星固有の重量自在」
「はい」
黒星は、深く沈黙していた。
だが、その沈黙の奥に確かな力がある。
壊れず。
刃を保ち。
邪を砕き。
聖なる干渉を宿し。
斬撃を残し。
重さを自在に変える剣。
それは、もはや大剣という枠を超えていた。
ゴルドは、黒星を見ながら言った。
「黒星の破邪は、閃白とは違う」
「違うのですか」
「ああ。閃白は邪を祓う。黒星は邪を砕く」
「砕く」
「黒星の聖剣は、祈りの光じゃねぇ。重さで邪を押し潰し、封じ、逃がさねぇ聖性だ」
セレスティアは、黒星に手を伸ばした。
触れる。
黒星は、重かった。
だが、それは物理的な重さではない。
役目の重さ。
守るものを選び、終わらせるものを終わらせるための重さ。
黒星は、もう単なる大神格位の大剣ではない。
神が持つべき剣。
剣神セレスティアの右手にあるべき剣になった。
ゴルドは、今度は閃白へ水晶板を近づけた。
水晶板が白く染まる。
金白。
銀白。
さらに、虹色に近い透明な輝き。
閃白の斬撃の線が、水晶板の中に残る。
だが、それはもう単なる永続斬撃の線ではない。
線そのものが、神格の命令のようにそこへ刻まれている。
やがて、同じ神代文字が浮かんだ。
神剣。
特性。
神剣。
神の持つべき剣。
その下に、特性が続く。
不壊。
鋭刃。
破邪。
聖剣。
永続斬撃。
セレスティアは、閃白を見た。
「閃白にも、不壊と鋭刃が」
「ああ」
ゴルドは頷いた。
「閃白も神剣になったことで、神剣として必要な基本特性を統合した」
「はい」
「ただし、閃白は黒星と違う」
「破邪と葬送の神剣だからですね」
「そうだ」
ゴルドは、閃白の剣身を見る。
「閃白の不壊は、折れないためだけじゃねぇ。魂の座へ届く線を保つための不壊だ」
「はい」
「鋭刃も、ただよく斬れるという意味じゃねぇ。邪神格の理の隙間へ、針のように入る精度だ」
「はい」
「黒星が邪を砕くなら、閃白は邪を祓う」
黒星と閃白。
どちらも神剣。
どちらも不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃を宿した。
だが、発現の仕方は違う。
黒星は、重く砕く神剣。
閃白は、清く祓う神剣。
二振りで一つ。
剣神セレスティアの神格を支える左右の剣。
ゴルドは腕を組んだまま、黙って二振りを見ていた。
鍛冶場の弟子たちは、誰も声を出さない。
黒星。
神剣。
閃白。
神剣。
ゴルドが打った二振りは、ついに神の持つべき剣となった。
セレスティアは、ゆっくりと問いかけた。
「親方。神剣とは、何ですの」
ゴルドは即答しなかった。
いつものように乱暴な説明をすることもなかった。
しばらく二振りを見てから言った。
「剣が神になった、というだけじゃねぇ」
「はい」
「神格位、大神格位までは、剣そのものが格を持つ段階だ」
「はい」
「だが、神剣は違う」
ゴルドは黒星を指した。
「持ち主の神格と切り離せねぇ」
次に閃白を指す。
「剣だけで完結していない」
「わたくしと」
「ああ」
「剣神セレスティアの神格と一体になった剣」
「そうだ」
ゴルドは、低く続ける。
「神の持つべき剣とは、神を強くする剣じゃねぇ」
「違うのですか」
「違う」
ゴルドは、セレスティアを見る。
「神の在り方を歪めない剣だ」
セレスティアの虹色の瞳が揺れた。
「在り方を」
「ああ。神格を得た者は、力でいくらでも暴走できる」
「はい」
「世界の外の理にも触れる。見えすぎる。斬れすぎる。救えすぎる。終わらせすぎる」
「……はい」
「その時、剣がただ強いだけなら、神を止めねぇ」
ゴルドは、黒星と閃白を見た。
「だが、神剣は違う。神の持つべき剣は、持ち主の神格に沿う。逸れた時には、重くなる。迷った時には、沈黙する。正しく立った時だけ、真に応える」
セレスティアは、黒星に触れたまま目を伏せた。
つまり、黒星と閃白は、ただ自分の力を増すだけの剣ではない。
自分の神格を映す剣。
破邪、葬送、守護、終焉。
その在り方から逸れれば、応えない可能性がある。
神が持つべき剣とは、神を縛る剣でもある。
そして、神を正しく立たせる剣でもある。
その時だった。
黒星が、深く鳴った。
いつもの剣鳴りではない。
鍛冶場の炉の奥で、星の重みが言葉になったような音だった。
セレスティアは、息を止めた。
黒星の声が聞こえた。
『主よ』
低い声だった。
男とも女ともつかない。
ただ、重い。
山を背負い、夜を沈め、星を落とすような声。
鍛冶場の弟子たちが一斉に固まった。
ゴルドも、目を見開いた。
セレスティアは、黒星を見つめる。
「黒星……今、あなたが」
『我は黒星』
黒銀の大剣が、静かに震えた。
『守護を背負い、終焉を落とす剣』
セレスティアの胸の奥に、黒星の神格が沈む。
『我は砕く』
『邪を砕き、穢れを砕き、主の前に立つ災厄を砕く』
『主が守る時、我は盾となる』
『主が終わらせる時、我は星の重さとなる』
『主が逸れる時、我は重く沈む』
セレスティアは、言葉を失った。
黒星が話している。
それは単なる魔法音声ではない。
剣に宿った意思だった。
神剣。
神の持つべき剣。
その意味を、セレスティアはようやく実感した。
続いて、閃白が白く鳴った。
黒星とは違う。
澄んだ声だった。
水面に月光が走るような、細く、清らかな声。
『主よ』
セレスティアは、閃白へ視線を向けた。
「閃白」
『我は閃白』
白銀の剣が、淡い金白の光を宿す。
『破邪を担い、葬送を導く剣』
その声は、静かだった。
だが、弱くはない。
『我は祓う』
『邪を祓い、穢れを祓い、死者を眠りへ導く』
『主が邪を祓う時、我は白き線となる』
『主が死者を送る時、我は眠りへの道となる』
『主が怒りに斬らんとする時、我は沈黙する』
セレスティアは、静かに息を吸った。
「あなたたちは……わたくしを止めるのですね」
黒星が答える。
『必要ならば』
閃白が続ける。
『それが神剣の役目です』
ゴルドが、低く呟いた。
「剣が喋りやがった」
古参の職人が震える声で言う。
「親方……これは」
「神剣だ」
ゴルドは、黒星と閃白を見たまま言った。
「神の持つべき剣なら、神を黙って暴走させるわけがねぇ」
セレスティアは、思わず苦笑した。
「親方だけでなく、黒星と閃白にも叱られるのですね」
黒星が低く鳴る。
『主は、少し目を離すと命を燃やそうとする』
セレスティアは目を瞬かせた。
「黒星?」
閃白が、澄んだ声で続ける。
『主は、少し目を離すと全てを背負おうとします』
「閃白まで」
ゴルドが鼻を鳴らした。
「見立ては正しいな」
「親方、今そこを肯定なさらなくても」
黒星が言う。
『ゴルドの見立ては正しい』
閃白も続ける。
『鍛冶師の言葉は、主を地上へ繋ぎます』
ゴルドは、一瞬だけ黙った。
そして、不機嫌そうに腕を組む。
「剣に褒められても、どう反応すりゃいいんだ」
セレスティアは少し笑った。
「親方、照れております?」
「照れてねぇ」
黒星が低く言う。
『照れている』
閃白が静かに補足する。
『かなり』
鍛冶場の弟子たちが、限界まで笑いをこらえた。
ゴルドがぎろりと睨む。
「笑うな」
だが、セレスティアはもう笑っていた。
神格を得て。
影を失い。
虹色の神眼を持ち。
黒星と閃白は神剣となった。
それでも、ここでは笑える。
叱られる。
からかわれる。
そして、剣まで話し出す。
セレスティアは、黒星と閃白へ静かに頭を下げた。
「黒星。閃白」
『何か』
『はい』
「これからも、よろしくお願いします」
黒星は重く鳴った。
『主が立つ限り、我は共にある』
閃白は澄んで鳴った。
『主が送る限り、我は道を開きます』
セレスティアは、胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。
神剣になった二振りは、ただの武器ではない。
自分の神格を支え、正し、時には止める存在になった。
神の持つべき剣。
その意味は、力ではない。
共に在る意思だった。
その時、白樹の精霊通信陣が淡く光った。
白樹の精霊王の気配である。
セレスティアは二振りを手にしたまま、軽く頭を下げた。
「精霊王」
白い光が、鍛冶場の中に現れる。
精霊王の声が響いた。
「黒星と閃白が至ったか」
「はい」
「神剣へ」
「そのようです」
「よい」
精霊王の光は、二振りを包んだ。
「神剣とは、神の持つべき剣」
「はい」
「神を飾る剣ではない」
「はい」
「神を強く見せる剣でもない」
「はい」
「神の在り方を通し、神が逸れれば沈黙し、神が立てば世界の理へ刃を届かせる剣である」
ゴルドが小さく鼻を鳴らした。
「わしの見立てと同じだな」
「よき見立てだ、ドワーフの鍛冶師」
「そりゃどうも」
精霊王は続けた。
「黒星は、守護と終焉の神剣となった」
黒星が深く沈む。
「不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃を宿し、さらに重量自在をもって邪を砕く剣」
「はい」
「守るべきものの前に立ち、終わるべきものへ重さを落とす剣」
「はい」
「閃白は、破邪と葬送の神剣となった」
閃白が白く澄む。
「不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃を宿し、魂の座へ白き線を届かせる剣」
「はい」
「邪を祓い、死者を送り、眠りへの道を開く剣」
「はい」
「二振りは、剣神セレスティアの神格を左右から支える」
「左右から」
「黒星は、守護と終焉」
「はい」
「閃白は、破邪と葬送」
「はい」
「その中心に立つのが、お前である」
セレスティアは、静かに息を吸った。
「わたくしが中心」
「そうだ」
「二振りに頼るだけでは駄目なのですね」
「当然だ」
精霊王の声は淡々としていた。
「神剣を得たからといって、神格が完成したわけではない」
「はい」
「完成とは、止まることではない」
「はい」
「これからも選び続けよ」
「はい」
「見て、選び、守り、終わらせ、送り、祓え」
「はい」
「それが剣神セレスティアの道だ」
セレスティアは、深く頭を下げた。
「承知しました」
精霊王の気配が薄れていく。
だが、最後に一言だけ残した。
「邪神本体と向き合う時、神剣は届く」
鍛冶場の空気が重くなる。
「だが、斬るか否かを決めるのは、剣ではない」
精霊王は言った。
「お前だ」
光が消えた。
セレスティアは、黒星と閃白を見つめた。
神剣。
神の持つべき剣。
邪神本体へ届く資格を得た二振り。
どちらも、不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃を宿している。
黒星は、重量自在と共に邪を砕く。
閃白は、白き線で邪を祓う。
だが、決めるのはセレスティア自身。
邪神の理を理解し。
滅びと冒涜を見分け。
終わるべきものを終わらせる。
それを自分で決めなければならない。
ゴルドは、二振りを見ながら言った。
「いよいよだな」
「はい」
「だが、今日は行くな」
「分かっています」
「本当だな」
「はい」
「顔が少し行きたそうだ」
「……少しだけ」
「その少しが信用ならん」
セレスティアは、思わず微笑んだ。
「親方」
「あん?」
「神剣になっても、わたくしの顔は読まれますのね」
「当たり前だ」
「神眼でも隠せませんか」
「隠すな。余計に怪しい」
「難しいですわ」
「簡単だ。考えたことを先に言え」
「では、邪神本体の封印地へ早く行きたいです」
「駄目だ」
「分かりました」
「本当に分かったのか」
「はい」
「黒星」
ゴルドが黒星を見る。
「こいつが突っ走りそうなら重くなれ」
黒星が深く鳴った。
『承知した』
「閃白」
ゴルドが閃白を見る。
「こいつが余計なものを斬りそうなら沈黙しろ」
閃白が澄んで鳴った。
『承知しました』
セレスティアは、少しだけ頬を膨らませた。
「二振りが親方側についておりますわ」
「いいことだ」
「わたくしの剣ですのに」
「だからこそだ」
ゴルドは、二振りを見てから言った。
「神剣になった記録を取る」
「はい」
「その後、休め」
「また休むのですか」
「また、じゃねぇ。まだ休んでいない」
「昨日、火酒を少し飲みました」
「あれは休みじゃねぇ」
「では、何ですの?」
「弔いだ」
セレスティアは黙った。
ゴルドは続ける。
「今日は、休め」
「はい」
「神剣になったことを理由に、すぐ次へ進むな」
「はい」
「前のセレスティアを眠らせたばかりだ」
「はい」
「お前も少し静かにしろ」
セレスティアは、黒星と閃白を鞘へ戻した。
神剣となった二振りは、静かに収まった。
背に黒星。
左腰に閃白。
以前と同じ位置。
だが、もう以前と同じ剣ではない。
セレスティアも、同じではない。
けれど、ゴルドが言った通り、すぐに次へ向かうべきではなかった。
終わったことを、終わったものとして胸に置く時間が必要だった。
セレスティアは、静かに頷いた。
「今日は、休みます」
「よし」
「火酒は」
「駄目だ」
「少しだけ」
「駄目だ」
「神剣到達祝いですわ」
「理由を増やすな」
「親方は厳しいです」
「神格酒強姫は信用ならん」
「却下ですわ」
鍛冶場に、久しぶりに大きな笑いが起きた。
その笑いの中で、弟子の一人が看板用の板を持ってきた。
ゴルドは、少し考えた。
「書け」
「はい。何と」
ゴルドは黒星と閃白を見た。
それから、セレスティアを見た。
「黒星・閃白、神剣到達」
「はい」
「特性、神剣」
「はい」
「神の持つべき剣」
「はい」
「共通特性、不壊、鋭刃、破邪、聖剣、永続斬撃」
「はい」
「黒星、重量自在」
「はい」
そこでゴルドは少しだけ間を置いた。
「黒星・閃白、喋り出す」
弟子の手が止まった。
「それも書くのですか」
「事実だ」
黒星が低く鳴った。
『必要事項』
閃白も続ける。
『記録すべきです』
セレスティアは、二振りを見た。
「あなたたち、看板文化に染まりすぎではありません?」
ゴルドが鼻を鳴らした。
「いい剣だ」
「親方」
ゴルドはさらに言った。
「最後に書け」
「はい」
「バカ姫、剣にも叱られる神になる」
セレスティアは即座に抗議した。
「親方」
黒星が言った。
『妥当』
閃白も言った。
『事実です』
「黒星、閃白」
鍛冶場の弟子たちは、ついに笑った。
看板には、こう書かれた。
黒星・閃白、神剣到達。
特性、神剣。
神の持つべき剣。
共通特性、不壊・鋭刃・破邪・聖剣・永続斬撃。
黒星、重量自在。
黒星・閃白、喋り出す。
バカ姫、剣にも叱られる神になる。
鍛冶場の前に新しい看板が立った。
町の者たちは、それを見て笑った。
だが、同時に深く頭を下げた。
ゴルドの鍛冶場から、神剣が生まれた。
剣神セレスティアのための二振り。
神の持つべき剣。
意思を持ち、言葉を持ち、神を正す剣。
重く砕く黒星。
清く祓う閃白。
その日、グランガルドの空は晴れていた。
前世セレスティアを眠らせた後の、静かな晴れだった。
セレスティアは、鍛冶場の前の看板を見上げた。
不名誉な一文はある。
だが、不思議と嫌ではなかった。
神剣になった黒星と閃白が、自分を叱る。
それは、神となった自分にとって、きっと必要なことなのだろう。
セレスティアは、背の黒星と左腰の閃白へそっと魔力を送った。
「よろしくお願いしますわ」
二振りは、静かに応えた。
黒星は重く。
閃白は澄んで。
『共にある』
『共に参ります』
神剣として。
神の持つべき剣として。
剣神セレスティアの道を、これから共に進むために。




