表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/108

幕間 三賢者の封印と邪神

 白樹の森の古記録庫は、王宮の地下にあった。


 地下と言っても、石を掘り抜いた場所ではない。


 白樹の根が幾重にも絡み合い、その間に生まれた空洞を、精霊術で整えた場所である。


 壁は白い根。


 床は淡い銀色の樹皮。


 天井には、星のような精霊光が浮かんでいる。


 そこには、白樹の森が数千年にわたり集めてきた記録が納められていた。


 王家の系譜。


 森の盟約。


 精霊王との対話記録。


 古い戦争の記録。


 そして、邪神戦争末期の封印記録。


 ルシェルは、その奥にいた。


 机の上には、古文書が何冊も広げられている。


 白樹の森の文字。


 人間王国の公文書写し。


 ドワーフ諸侯から送られた戦時報告。


 精霊術師の観測記録。


 どれも古く、部分的に欠けていた。


 だが、つなぎ合わせれば、邪神封印の輪郭が見えてくる。


 ルシェルは、目を細めた。


「……三賢者」


 記録の中心に、三人の名があった。


 大賢者アルトリウス。


 星詠みの賢者メルティナ。


 竜脈術師ガーランド。


 他にも封印に関与した者はいた。


 白銀塔の賢者ロゼリア。


 無銘の結界師。


 各国の精霊術師たち。


 魔導兵団。


 ドワーフの魔鉱技師たち。


 だが、邪神本体を封印する中核となったのは、三賢者だった。


 ルシェルは、記録を読み進める。


 邪神戦争末期。


 戦線は崩壊していた。


 人間王国の北部防衛線は破られ、いくつもの砦が落ちた。


 ドワーフの山道にも邪神の眷属が入り込み、魔鉱炉の一部が汚染された。


 エルフ諸森は精霊結界を張ったが、森の外縁では瘴気に侵された魔獣が増え続けた。


 人も、獣も、竜も、精霊でさえも、邪神の瘴気を浴びれば狂った。


 死者は起き上がり、不死の軍勢となった。


 斬っても斬っても、終わらなかった。


 邪神本体は、世界に完全顕現しようとしていた。


 倒すことはできない。


 少なくとも、その時代の力では不可能だった。


 だから、封印するしかなかった。


 だが、邪神は単なる魔物ではない。


 魔王でもない。


 世界の理の外側から滲み出した災厄。


 神格を持つ敵。


 通常の封印魔法では、触れることすらできない。


 そこで、三賢者は生命を対価にした。


 ルシェルは、古文書の一節を指でなぞる。


 大賢者アルトリウス。


 封印術式の中核を組んだ者。


 賢者団の長。


 人間でありながら、エルフの精霊理論、ドワーフの魔鉱理論、竜脈術、星詠み、古代神代文字を統合した人物。


 彼は、邪神本体を世界から切り離すための理論を作った。


 だが、その理論は、人の命を前提にしていた。


 アルトリウスは、自らの魂を封印陣の中核へ捧げた。


 魂そのものを楔にした。


 邪神本体が封印層から浮上するたび、アルトリウスの魂の残滓がそれを引き戻す。


 封印柱の第一柱。


 名は、理封の柱。


 次に、星詠みの賢者メルティナ。


 彼女は未来視と星脈観測に優れた賢者だった。


 邪神の顕現地点を予測し、封印儀式の時刻を導き出した。


 戦争末期、空は邪神の瘴気で黒く覆われ、星など見えなかった。


 それでも、メルティナは星を読んだ。


 肉眼ではない。


 魂で。


 星脈の奥にある世界の鼓動を読み、邪神本体が最も封じやすい一瞬を導いた。


 彼女は、自らの名と記憶を代価にした。


 封印後、彼女の名は世界から薄れた。


 多くの記録では、星詠みの賢者としか残っていない。


 名前が残っているのは、白樹の森の古記録庫のような特殊な保護を受けた記録だけだった。


 封印柱の第二柱。


 名は、星封の柱。


 そして、竜脈術師ガーランド。


 大地の魔力、竜脈を操る賢者。


 口が悪く、協調性に欠け、会議では何度もアルトリウスと怒鳴り合ったと記録されている。


 だが、封印において彼の役割は不可欠だった。


 邪神本体を封じるには、ただ空間を閉じるだけでは足りない。


 封印地そのものを、世界の竜脈に縫い止める必要があった。


 ガーランドは、自らの魔力核を砕き、封印地の下に流れる竜脈へ流し込んだ。


 その結果、邪神本体は地下の神代封印層へ押し込まれた。


 だが、ガーランドの肉体は、その場で石化し、竜脈の一部となった。


 封印柱の第三柱。


 名は、地封の柱。


 ルシェルは、深く息を吐いた。


 三賢者は、それぞれ違うものを差し出した。


 魂。


 名と記憶。


 魔力核と肉体。


 そして、その三つが重なり、邪神本体は封じられた。


 だが、完全ではなかった。


 記録には、封印直後の異常が残されている。


 封印成立。


 しかし、邪神格の欠片、封印外縁に残留。


 封印層内部より外部への干渉反応あり。


 剣聖セレスティア、戦場中央にて死亡確認不能。


 黒星、閃白、反応あり。


 邪神格残滓、強靭な肉体を探査するような動きあり。


 ルシェルは、拳を握った。


 そこから先は、今では分かっている。


 剣聖セレスティアは、退路を守るために死した。


 死してなお倒れず、黒星を右手に、閃白を左手に立っていた。


 魂は輪廻へ戻った。


 肉体は残った。


 そこへ、邪神格の欠片が入り込んだ。


 魂の座に邪神格が入った。


 死した剣聖の肉体は、封印地の護り手にされた。


 その肉体は、後にセレスティアを探しに来た家族を斬った。


 公爵家を断絶させた。


 英雄の名は、恐れと沈黙の名になった。


 ルシェルは、古文書を閉じた。


 そこへ、王が入ってきた。


 アルヴァレイン王である。


 静かな足取りだった。


 だが、古記録庫の空気が少し引き締まる。


「調べは進んだか」


 ルシェルは立ち上がり、頭を下げた。


「はい。邪神本体の封印について、かなり明確になりました」


「三賢者か」


「はい」


 ルシェルは机の上の記録を示した。


「封印は、三つの柱によって成立しています。理封の柱、星封の柱、地封の柱」


 王は頷いた。


「大賢者アルトリウス、星詠みのメルティナ、竜脈術師ガーランド」


「ご存じでしたか」


「断片的にはな」


 王は古文書を見た。


「しかし、ここまで具体的な代価は知られていなかった」


「魂、名と記憶、魔力核と肉体です」


「重いな」


「はい」


 ルシェルは、少し迷ってから言った。


「父上。姉上が神格位を得るために十の試練を受けることは、やはり必要です」


「そうだろうな」


「三賢者は、命を代価にして邪神を封じました。ですが、それは完全な解決ではありませんでした」


「邪神格の欠片が残った」


「はい。そして、その欠片が前世の姉上の肉体を使った」


 王の表情が、わずかに沈んだ。


 ルシェルは続ける。


「もし今の姉上が、命を対価に邪神格を斬ろうとすれば、同じことが起きる可能性があります」


「今生の肉体まで利用される可能性か」


「はい」


 その言葉は、重かった。


 王はしばらく黙った。


 やがて、低く言う。


「それだけは避けねばならぬ」


「はい」


「だから、命を燃やすのではなく、神格へ至る必要がある」


「精霊王の言葉通りです。神格とは力ではなく、在り方である、と」


 王は、静かに目を閉じた。


「セレスティアにとって、一番難しい試練かもしれぬな」


「力を得ることではなく、在り方を変えることがですか」


「あの子は、剣で道を開くことに慣れすぎている」


「はい」


「前世では、それで兵を救った」


「はい」


「だが、それだけでは自分を救えなかった」


 ルシェルは黙った。


 王は続けた。


「今生では、自分も救わねばならぬ」


「はい」


「前世の肉体も、死者たちも、黒星も閃白も、皆を救おうとするなら、まず自分が生きていなければならぬ」


 ルシェルは、深く頷いた。


「姉上に必要なのは、勝つ力だけではありませんね」


「そうだ」


 王は古文書に視線を落とす。


「この三賢者の封印記録は、セレスティアにも見せるべきだ」


「試練前にですか」


「ああ」


「重すぎませんか」


「重い」


 王は即答した。


「だが、知らぬまま進ませる方が危うい」


「確かに」


「三賢者は偉大だった。だが、彼らの方法は代価を払う方法だった。セレスティアは、その道を越えねばならぬ」


 その時、古記録庫の奥で、淡い光が揺れた。


 精霊光ではない。


 記録の一部が反応していた。


 ルシェルが振り向く。


「これは」


 古い封印文書の一枚。


 星封の柱に関する記録。


 メルティナの名が書かれた部分が、淡く光っている。


 王が目を細めた。


「星詠みの記録が反応している」


 ルシェルは慎重に羊皮紙を広げた。


 そこには、ほとんど読めないほど薄くなった文字が並んでいた。


 だが、光っている部分だけは読めた。


 もし、剣聖の魂が再び世界に戻るなら。


 その者に伝えよ。


 封印は勝利ではない。


 猶予である。


 邪神は眠らず。


 封印は永遠ではなく。


 命を代価にした封印は、命ある者によって越えられねばならない。


 剣聖よ。


 今度は、死んで守るな。


 生きて封じよ。


 ルシェルは、声を失った。


 王も、しばらく何も言わなかった。


 五十一年前。


 星詠みの賢者メルティナは、未来を見たのかもしれない。


 剣聖セレスティアの魂が、いつか再び世界に戻ることを。


 その魂が、今度は命を燃やすのではなく、生きて邪神に向き合う必要があることを。


 王は、静かに言った。


「これは、セレスティアへ渡す」


「はい」


 ルシェルは、慎重に写しを取った。


 その手は、わずかに震えていた。


 同じ頃。


 グランガルドでも、ゴルドが同じ結論に近づいていた。


 鍛冶場の作業台には、黒星と閃白の神格位到達記録が並んでいる。


 黒星。


 神格位。


 不壊。


 鋭刃。


 閃白。


 神格位。


 永続斬撃。


 破邪。


 二振りは揃った。


 だが、セレスティア自身が神格位へ至っていない。


 この状態で眷属セレスティアと戦えば、以前よりは届く。


 だが、完全ではない。


 邪神格の反撃を、使い手自身が受け止めきれない可能性がある。


 ゴルドは、封印地周辺の監視図を見ていた。


 三つの封印柱の位置。


 理封。


 星封。


 地封。


 古戦場の奥にある邪神本体の封印地。


 その外縁に立つ、眷属セレスティア。


 前世の黒星と閃白。


 負の神格を宿している可能性。


 ゴルドは、低く呟いた。


「三賢者の封印でも、完全じゃなかった」


 なら、セレスティア一人に同じことをさせてはいけない。


 命を対価にさせてはいけない。


 必要なのは、命を燃やす英雄ではない。


 生きて勝つ神格位の剣士。


 エンシェントエルフへ至るセレスティア。


 ゴルドは、黒星と閃白に視線を移した。


「お前らは、あいつが死なねぇための剣だ」


 二振りは答えない。


 だが、黒星は深く沈み、閃白は白く澄んでいた。


 ゴルドは、監視計画の羊皮紙に太い字で書いた。


 封印柱の状態確認。


 邪神格の漏出監視。


 眷属セレスティアの活動範囲測定。


 前世黒星・閃白の神格反応観測。


 セレスティア試練中、異常あれば即時通報。


 そして最後に、こう書いた。


 セレスティアに自己犠牲をさせない。


 ゴルドは、その一文を見て鼻を鳴らした。


「看板にしてやるか」


 古参の職人が、横から顔を出した。


「親方、それはもう既にあります」


「そうだったな」


「バカ姫、自己犠牲禁止、です」


「よし。字を大きくする」


「姫様が抗議されます」


「試練中だから聞こえねぇ」


「それはそうですが」


 ゴルドは、しばらく考えた。


「なら追加だ」


「何と」


「三賢者は命で封じた。バカ姫は生きて勝て」


 古参の職人は黙った。


 その文面は、いつもの看板より重かった。


「よろしいのですか」


「必要事項だ」


「姫様が見たら」


「怒るかもしれん」


「はい」


「だが、覚える」


 古参の職人は、深く頷いた。


「書きましょう」


 その夜、グランガルドの鍛冶場の前には、新しい看板が立った。


 三賢者は命で封じた。


 バカ姫は生きて勝て。


 町の者たちは、看板を読んだ。


 いつものように笑おうとして、笑えなかった。


 そこに込められた意味を、全ては分からなくとも感じ取ったからだ。


 邪神戦争末期。


 三賢者が生命を対価に封印を成した。


 剣聖セレスティアは、退路を守るために死した。


 その死は邪神に利用された。


 今生のセレスティアは、同じ道を行ってはならない。


 命を燃やす英雄ではなく。


 生きて勝つ者になるために。


 白樹の森の奥では、セレスティアが十の試練へ向けて静かに目を閉じていた。


 まだ、三賢者の記録の全てを知らない。


 だが、いずれ知る。


 命を対価にした封印の重みを。


 邪神がそれでも完全には終わらなかった現実を。


 そして、自分が越えるべき道を。


 風が、白樹の葉を揺らした。


 遠く離れたグランガルドでは、看板が夜風に揺れていた。


 三賢者は命で封じた。


 バカ姫は生きて勝て。


 それは、乱暴な言葉だった。


 だが、確かな祈りだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ