表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/108

幕間 ゴルドの見立て

 その夜。


 セレスティアが休んだ後も、ゴルドの鍛冶場には火が残っていた。


 剣炉の火ではない。


 作業台の横に置かれた小さな炉の火である。


 鍛冶場全体を熱するほどではない。


 だが、羊皮紙の上に置かれた黒星と閃白の設計図を照らすには十分だった。


 ゴルド・ガルガンドは、ひとり作業台の前に立っていた。


 目の前には、四つの設計図がある。


 五十一年前に打った黒星。


 五十一年前に打った閃白。


 今生のセレスティアのために打った黒星。


 今生のセレスティアのために打った閃白。


 そして、その横には、セレスティアから聞き取った古戦場での戦闘記録が置かれていた。


 眷属セレスティア。


 右手に前世の黒星。


 左手に前世の閃白。


 疲労なし。


 痛覚なし。


 腐敗なし。


 魂なし。


 邪神格が魂の座に存在。


 封印地より外へ出られない。


 一時間の斬り合いで速度低下なし。


 肉体損傷による停止なし。


 傷口から黒い霧状の魔力流出。


 ゴルドは、その文字を睨んでいた。


「……気に入らねぇ」


 低く呟く。


 誰も答えない。


 弟子たちはもう下がらせている。


 古参の職人も休ませた。


 今、この鍛冶場にいるのはゴルドだけだった。


 ゴルドは、五十一年前の黒星の設計図へ指を置いた。


 アダマンタイトの大剣。


 当時のセレスティアに合わせて打った剣。


 重く。


 硬く。


 破壊力を最優先し。


 戦場の中心を奪うための剣。


 前世のセレスティアは、それを背負って笑っていた。


 馬鹿のように。


 いや。


 本当に馬鹿だった。


 公爵令嬢のくせに、大剣を欲しがった。


 もっと重くしろと言った。


 もっと耐えられるようにしろと言った。


 竜鱗を砕けて、魔王の骨を断てて、邪神の眷属を相手に折れない剣が欲しいと言った。


 普通の鍛冶師なら、依頼を断る。


 だが、ゴルドは打った。


 セレスティアが振れると分かっていたからだ。


 黒星は、剣聖セレスティアの剣だった。


 そして、閃白。


 オリハルコンの両手剣。


 白い閃き。


 黒星が砕く剣なら、閃白は隙間を裂く剣だった。


 魔力の伸び。


 刃筋の鋭さ。


 抜いた瞬間に走る白線。


 当時のゴルドにとっても、会心の出来だった。


 その二振りが、今も残っている。


 それ自体は、鍛冶師として誇ってよいことかもしれない。


 五十一年を経ても折れず、朽ちず、死した剣聖の手にある。


 だが、その事実は、ゴルドにとって誇りではなかった。


 怒りだった。


 自分の打った剣が、邪神の封印地の護り手に使われている。


 自分の打った剣が、セレスティアの家族を斬った。


 自分の打った剣が、セレスティア自身を傷つけた。


 ゴルドは拳を握った。


 作業台が、ぎしりと鳴る。


「ふざけやがって」


 邪神に向けた言葉だった。


 死した剣士を利用するだけでも許せない。


 その剣まで利用するなど、鍛冶師として到底許せなかった。


 だが、怒っているだけでは足りない。


 剣を止めるには、剣を知らなければならない。


 ゴルドは感情を押し殺し、記録を見た。


 眷属セレスティアは、疲れない。


 痛まない。


 止まらない。


 それだけなら、邪神格の影響で説明がつく。


 だが、それだけではない。


 セレスティアの報告には、気になる点があった。


 前世の黒星と閃白の斬撃が、邪神の魔力を帯びていた。


 傷口から黒い霧が出た。


 前世の閃白による傷は、肉だけでなく魔力線まで裂いた。


 それは、単に邪神格に操られた肉体が剣を振っているだけでは起きない。


 剣そのものが、何かを帯びている。


 ゴルドは、古い閃白の設計図を見た。


「……お前らまで、穢れたか」


 そうであってほしくはなかった。


 だが、鍛冶師の勘が告げている。


 前世の黒星と閃白は、ただ残っているだけではない。


 五十一年の間、邪神の封印地で振るわれ続けた。


 邪神の眷属を斬った。


 不死の軍勢を斬った。


 封印地へ近づくものを斬った。


 そして。


 セレスティアを探しに来た家族すら斬った。


 公爵家の者たち。


 騎士たち。


 使用人たち。


 血縁。


 忠義。


 愛情。


 そういうものを、死したセレスティアの肉体と共に斬った。


 剣は、斬ったものを覚える。


 すべての剣がそうではない。


 普通の剣なら、ただ刃こぼれし、血を浴び、手入れされ、また使われるだけだ。


 だが、黒星と閃白は普通の剣ではない。


 剣聖セレスティアのために、ゴルドが限界まで打った剣。


 魔力を通し。


 使い手に応え。


 戦場で数多の命を斬ってきた剣。


 その二振りが、邪神格と共に五十一年あった。


 邪神の魔力を浴び続けた。


 邪神の眷属を斬り続けた。


 不死の軍勢を斬り続けた。


 さらに、守るべき者を斬るという最悪の因果まで刻まれた。


 ただの穢れでは済まない。


 ただの呪いでも足りない。


 ゴルドは、羊皮紙へ新しい文字を書いた。


 負の神格。


 その四文字を見て、ゴルドはしばらく黙った。


 認めたくはなかった。


 だが、見立てとしては、それが一番近い。


 前世の黒星と閃白は、邪神格そのものではない。


 しかし、邪神格の傍で五十一年振るわれ続けた。


 死した剣聖の肉体と共に、封印地の護り手として存在し続けた。


 ならば、剣にも格が生じていておかしくない。


 それも、正の神格ではない。


 祝福でもない。


 精霊の加護でもない。


 死。


 怨嗟。


 不死。


 守るために死んだ剣士の肉体を使い、守るべき者を斬ったという矛盾。


 それらを刻んだ、負の神格。


 ゴルドは歯を食いしばった。


「……厄介すぎる」


 眷属セレスティア本体だけでも厄介だ。


 疲れない。


 痛まない。


 前世の剣技を持つ。


 邪神格が魂の座に入っている。


 そこへ、前世の黒星と閃白まで負の神格を宿しているとなれば、話は変わる。


 今生の黒星と閃白が通常剣の最上位では足りない理由も、より明確になる。


 相手は邪神格を宿した肉体。


 さらに、負の神格を帯びた剣。


 セレスティアがいくら剣技で勝っても、剣の格で押し返される。


 傷が浅くても魔力線を裂かれる。


 黒星同士の打ち合いで、こちらの魔力が必要以上に削られる。


 閃白同士の交差で、白い線の奥に黒い残滓が残る。


 すべて、説明がつく。


 ゴルドは、今生の黒星を見た。


 作業台の横に置かれた黒銀の大剣。


 今生のセレスティアに合わせた、最高の大剣。


 だが、まだ通常剣の最上位である。


 準神格位にも届いていない。


 次に、今生の閃白を見る。


 白銀の両手剣。


 魂の座へ届く可能性を持つ剣。


 しかし、神格位ではない。


 邪神格を斬るには足りない。


 負の神格を帯びた前世の閃白と真正面から打ち合えば、剣としての格でも押される可能性がある。


「……急がせるしかねぇか」


 ゴルドは呟いた。


 だが、すぐに首を振る。


 急ぎすぎれば、剣も使い手も壊れる。


 神格位は、単に力を足せばよいものではない。


 無理に神性を入れれば、剣は割れる。


 使い手が追いつかなければ、剣に呑まれる。


 セレスティアは強い。


 だが、まだ傷がある。


 心にも傷がある。


 怒りを芯にする修行は進んでいる。


 しかし、前世の肉体と再び対峙すれば、揺れる可能性はある。


 焦らせてはいけない。


 だが、時間をかけすぎても危険だ。


 封印地の眷属セレスティアが、いつ制限を破るか分からない。


 前世の黒星と閃白が、さらに負の神格を深めるかもしれない。


 ゴルドは、古い設計図を睨んだ。


「お前らは、わしの剣だ」


 前世の黒星と閃白へ向けた言葉だった。


「邪神の道具にした覚えはねぇ」


 答えはない。


 古い羊皮紙が、炉の火に照らされているだけだ。


 それでも、ゴルドは続けた。


「セレスティアを守るために打った」


 黒星。


 閃白。


 五十一年前の二振り。


 あの時、ゴルドは確かに願いを込めた。


 死ぬな。


 帰ってこい。


 そのために折れない剣を打った。


 だが、セレスティアは死んだ。


 剣は残った。


 残った剣は、死したセレスティアの手で、邪神の護り手として振るわれた。


 その事実は、ゴルドの胸に深く刺さっている。


 ゴルドは、今生の黒星と閃白へ視線を移した。


「今度は違う」


 低く言う。


「今度は、剣だけ残して終わらせねぇ」


 その時、鍛冶場の入口で小さな音がした。


 ゴルドは顔を上げる。


 古参の職人が立っていた。


「親方」


「寝ていろと言っただろうが」


「眠れませんでした」


 古参の職人は、作業台の羊皮紙を見た。


 負の神格。


 その文字に目を留め、顔を強張らせる。


「親方。その見立ては」


「まだ確定じゃねぇ」


「しかし」


「ああ」


 ゴルドは否定しなかった。


「前の黒星と閃白は、負の神格を宿していてもおかしくねぇ」


 古参の職人は、深く息を吐いた。


「そうなると、姫様の今の剣では」


「足りん」


 ゴルドは即答した。


「だから、邪神の別眷属を斬らせる。黒星と閃白に神性の斬り方を覚えさせる」


「準神格位へ」


「ああ」


「それだけで足りますか」


「足りねぇだろうな」


 古参の職人は黙った。


 ゴルドは続ける。


「準神格位は入り口だ。あの眷属セレスティアと真正面からやるなら、神格位がいる」


「剣だけで、ですか」


「理想は、セレスティア本人と黒星と閃白の全部だ」


「全部」


「そうだ」


 ゴルドは作業台を叩いた。


「剣だけ神格位になっても、使い手が通常のままなら剣に引きずられる。使い手だけ神格位へ近づいても、剣が通常剣なら邪神格を斬れねぇ」


「だから、白樹の森」


「ああ」


「精霊王の祝福ですな」


 ゴルドは頷いた。


「セレスティアはハイエルフ王家の第1王女だ。精霊王と繋がれる可能性がある。あいつ自身の格を上げるなら、白樹の森を避けて通れねぇ」


「姫様は戻りますか」


「戻る」


 ゴルドは断言した。


「今のあいつなら、戻る。前のセレスティアなら一人で突っ込んだ。今のセレスティアは戻って報告した」


「ええ」


「なら、白樹の森にも戻れる」


 古参の職人は、少しだけ微笑んだ。


「親方、姫様を信じておられるのですね」


 ゴルドは睨んだ。


「信じていなけりゃ、剣なんぞ打たん」


「それはそうでした」


「余計なことを言うな」


「失礼しました」


 古参の職人は、今生の閃白を見た。


「この閃白なら、いずれ魂の座へ届きますか」


「届かせる」


「難しいですね」


「当たり前だ」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「簡単なら、わしがやる意味がねぇ」


 古参の職人は深く頭を下げた。


「手伝わせてください」


「当たり前だ。お前にもやらせる」


「はい」


「弟子どもにも見せる」


「よろしいのですか」


「今からやることは、普通の鍛冶じゃねぇ。だが、見なきゃ育たん」


 ゴルドは、炉の火を見た。


「五十一年前、わしは黒星と閃白を打った。だが、結果として邪神に使われた」


「親方のせいではありません」


「分かっている」


 ゴルドの声は低かった。


「分かってはいる。だが、鍛冶師として納得できる話じゃねぇ」


「……はい」


「だから、今度は止める剣を育てる」


 ゴルドは今生の黒星を見た。


「黒星は、負の神格を宿した前の黒星を受け止める剣にする」


 次に閃白を見る。


「閃白は、邪神格だけを裂く剣にする」


「そして、姫様は」


「剣に呑まれず、それを振る剣士にする」


 古参の職人は、深く頷いた。


 ゴルドは、もう一度羊皮紙に書かれた文字を見た。


 負の神格。


 認めたくない。


 だが、認めなければ対策できない。


 前世の黒星と閃白は、ただの敵の武器ではない。


 ゴルド自身が打った、負の神格を宿したかもしれない二振り。


 ならば、今生の黒星と閃白は、それを超えなければならない。


 通常剣から準神格位へ。


 準神格位から神格位へ。


 そして、必要ならばその先へ。


 大神格位。


 神剣。


 そこまで行く覚悟が必要だった。


「親方」


 古参の職人が静かに言った。


「看板はどうしますか」


 ゴルドは一瞬、黙った。


 そして、眉間に皺を寄せる。


「何の看板だ」


「この見立てを踏まえますと、修行場の危険度が上がります」


「……確かにな」


「負の神格対策中、と書くわけには」


「書けるか、馬鹿野郎」


「では、どうしますか」


 ゴルドは少し考えた。


「神格位修行、第二段階準備中」


「それはよろしいかと」


「下に、小さく」


 古参の職人は、少しだけ身構えた。


 ゴルドは当然のように言った。


「バカ姫、次は邪神眷属狩り」


「……姫様が抗議されるかと」


「どうせする」


「では」


「抗議できる元気があるなら問題ねぇ」


 古参の職人は、つい笑ってしまった。


「親方らしいです」


「うるせぇ」


 ゴルドは、もう一枚の羊皮紙を取り出した。


 そして、修行計画を書き始めた。


 第一。


 傷の完治。


 第二。


 黒星と閃白の省魔力運用継続。


 第三。


 邪神残滓の探査。


 第四。


 小眷属討伐。


 第五。


 討伐後の剣の反応確認。


 第六。


 準神格位への兆候測定。


 第七。


 白樹の森帰還準備。


 最後に、こう書いた。


 眷属セレスティア再戦は、神格位到達後。


 その文字に、ゴルドは太い線を引いた。


 古参の職人が言う。


「姫様が、早く再戦したいと言ったら」


「却下だ」


「聞かない場合は」


「剣を取り上げる」


「できるのですか」


「やる」


 ゴルドの声は本気だった。


 セレスティアがどれほど強くなっても、無謀な再戦は許さない。


 前世のように、また一人で行かせはしない。


 ゴルドは、今生の黒星と閃白を見た。


「今度は、死なせねぇ」


 その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


 あるいは、五十一年前の自分に向けたものだったのかもしれない。


 古参の職人は何も言わず、ただ頭を下げた。


 剣炉の火が、静かに揺れる。


 前世の黒星と閃白は、負の神格を宿しているかもしれない。


 死した剣聖の肉体は、邪神格に操られている。


 今生のセレスティアは、まだそこへ届かない。


 だが、道は見えた。


 鍛える。


 斬る。


 格を上げる。


 祝福を受ける。


 そして、もう一度挑む。


 ゴルドは、羊皮紙を畳まず、そのまま作業台に置いた。


 明日の朝、セレスティアに見せるために。


 甘い見立てはしない。


 厳しい現実をそのまま伝える。


 あいつなら、受け止める。


 そして、こう言うだろう。


 では、超えますわ。


 ゴルドは、ふん、と鼻を鳴らした。


「本当に、面倒なバカ姫だ」


 だが、その声には、確かな信頼があった。


 鍛冶場の外では、夜風に看板が揺れていた。


 バカ姫再鍛錬中。


 その文字の奥で、誰も知らない新しい見立てが生まれていた。


 前世の黒星と閃白。


 負の神格を宿したかもしれない二振り。


 それを超えるために、今生の黒星と閃白は、神格位への道を歩み始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ