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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第19話 三カ月後

 神格位修行が始まってから、三カ月が過ぎた。


 ゴルドの鍛冶場の前には、看板が増えていた。


 増えすぎていた。


 最初は入口横に並んでいただけだった看板は、今では鍛冶場の外壁に沿って整然と並び、町の者たちからは半ば名物扱いされている。


 神格位修行中。


 剣戟・魔力干渉注意。


 バカ姫再鍛錬中。


 神格位修行見学不可。


 剣戟・魔力干渉の危険あり。


 バカ姫の集中保持のため。


 黒星受け流し訓練中。


 地面に線が走っていても近づくな。


 閃白省魔力訓練中。


 白い線が見えたら既に遅い。


 投げナイフ紛失防止訓練中。


 ただし三本は古戦場。


 逃げる訓練中。


 本人は戦術的撤退と主張。


 バカ姫、飯を食え。


 酒は禁止。


 酒強姫、修行中禁酒。


 セレスティアは、その最後の一枚を見て、毎朝のように抗議していた。


 だが、三カ月経っても撤去されていない。


 むしろ、文字が塗り直されている。


 ゴルドの弟子たちは、鍛冶の腕だけでなく看板製作の腕まで上がっていた。


 不本意だった。


 非常に不本意だった。


 だが、セレスティアには今、看板撤去に全力を注ぐ余裕はなかった。


 修行が、地獄だったからである。


 初日の修行は、剣を持たずに構えることだった。


 呼吸を止めない。


 魔力を先走らせない。


 怒りを混ぜない。


 悲しみを剣筋に乗せない。


 ただ立ち、ただ構え、ただ呼吸し、魔力を静かに巡らせる。


 最初、セレスティアは十回続けることすら苦戦した。


 前世の自分の肉体。


 邪神格。


 家族の死。


 公爵家の断絶。


 それらを思い出すたび、魔力に揺れが出た。


 ゴルドは容赦しなかった。


「やり直し」


「はい」


「怒りが出た」


「はい」


「呼吸が止まった」


「はい」


「閃白を意識しすぎだ」


「はい」


「黒星に頼るな」


「はい」


「顔が悔しそうだ」


「それもですの?」


「それもだ」


 毎日、それだった。


 剣を振るより難しい。


 竜と戦うより神経を使う。


 セレスティアは何度もそう思った。


 だが、三カ月経った今。


 彼女は変わっていた。


 鍛冶場裏の試し場。


 朝。


 セレスティアは中央に立っていた。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背中の下にはミスリルの小剣。


 外套の内側と腰帯には、十二本の投げナイフ。


 古戦場に置いてきた三本の空きは、今もあえて埋められていない。


 ゴルドがそう命じた。


「失った分を、身体に覚えさせろ」


 そう言われたからである。


 セレスティアは、静かに息を吸った。


 黒星の重み。


 閃白の軽さ。


 小剣の位置。


 投げナイフの残数。


 すべてを把握する。


 だが、魔力はまだ流さない。


 怒りはある。


 悲しみもある。


 前世の身体を解放したいという思いもある。


 邪神への憎悪もある。


 しかし、それらは炎ではない。


 胸の奥に沈む芯。


 黒星の中央芯のように。


 深く。


 静かに。


 折れないものとして置く。


 ゴルドが腕を組んで見ていた。


「構えろ」


「はい」


 セレスティアは構えた。


 呼吸は止まらない。


 魔力は走らない。


 肩は落ちている。


 足裏が地面を噛む。


 水晶板に映る魔力線は、静かだった。


 細い。


 揺れない。


 澄んでいる。


 ゴルドは目を細めた。


「十回」


「はい」


 一回。


 二回。


 三回。


 十回。


 乱れない。


 セレスティアは、ただ立ち、ただ構え、ただ呼吸した。


 水晶板の光は一度も跳ねなかった。


 若い弟子たちは息を呑む。


 三カ月前、同じことをするだけで半日かかっていた。


 今は、朝一番でできる。


 ゴルドは短く言った。


「悪くねぇ」


 セレスティアは微笑んだ。


「最大級の褒め言葉として受け取りますわ」


「調子に乗るな」


「少しだけです」


「その少しが信用ならん」


 いつものやり取りだった。


 だが、セレスティアの声にも呼吸にも乱れはない。


 以前なら、褒められた瞬間に魔力が少し緩んだ。


 今は緩まない。


 感情はある。


 だが、芯から外へ漏れない。


 ゴルドは、その変化を見ていた。


「黒星」


「はい」


 セレスティアは背の黒星へ手を伸ばした。


 抜く。


 黒銀の大剣が、朝の光を吸う。


 三カ月前より、動作が静かだった。


 重い剣を抜いているのに、無駄な音がない。


 肩で引き抜かない。


 背中で受け、腰で流し、足裏で支える。


 黒星は重い。


 だが、セレスティアは重さと喧嘩しなくなっていた。


 重さを受け入れ、動きの中へ組み込む。


「縦」


「はい」


 セレスティアは踏み込んだ。


 黒星を振り下ろす。


 風が裂ける。


 地面は割れない。


 剣先は、黒い線を描き、寸前で止まった。


 止めたのではない。


 重さが落ち切る前に、左右芯へ流し、中央芯へ戻す。


 その反動が、次の横薙ぎへ繋がる。


 ゴルドは言った。


「横」


 黒星が返る。


 重いまま、速い。


 以前のように魔力で無理に戻していない。


 角度で逃がしている。


 身体で流している。


 魔力は補助に留めている。


 水晶板の消費量は、三カ月前の半分以下だった。


「受け」


 古参の職人が訓練槌を構える。


 今では、ゴルドだけでなく古参の職人もセレスティアの相手をする。


 ただし、本気で打ち込める者は少ない。


 セレスティアの黒星を受けるのも、セレスティアに打ち込むのも、常人には危険すぎるからである。


 訓練槌が振り下ろされた。


 セレスティアは黒星の面で受ける。


 真正面ではない。


 半寸ずらす。


 衝撃が横へ逃げる。


 足は動かない。


 魔力は最小限。


 受けた力は、黒星の中を通って足裏へ落ち、次の踏み込みへ戻る。


 古参の職人が一歩下がった。


「……軽く流された」


 ゴルドが言う。


「前なら三倍魔力を使っていた」


「はい」


 セレスティアは黒星を構え直す。


「今なら、眷属セレスティアの黒星を受けても、もう少し長く持ちます」


「持つだけでは駄目だ」


「分かっております」


「次、閃白」


「はい」


 黒星を背へ戻す。


 左手が閃白の柄へ伸びる。


 この切り替えも、三カ月前とは違う。


 以前は、黒星の重みから閃白の軽さへ移る瞬間、わずかに魔力が跳ねた。


 今は跳ねない。


 黒星は背で静まり、閃白は左腰で白い線を待つ。


 抜く。


 白銀の刃が、音もなく走った。


 的の端が落ちる。


 しかし、斬撃は伸びすぎない。


 必要な分だけ。


 必要な距離だけ。


 必要な深さだけ。


 閃白は、以前より静かだった。


 それは弱くなったのではない。


 余分な魔力が消えたからである。


 白い線は細く、澄み、迷いがない。


 ゴルドが頷く。


「省魔力は形になってきたな」


「まだ眷属相手には足りません」


「その通りだ」


「ですが、三カ月前よりは戦えます」


「戦えるだけだ」


「はい」


 セレスティアは頷いた。


 勝てるとは言わない。


 言えない。


 三カ月修行しても、眷属セレスティアとの差はまだある。


 相手は疲れない。


 痛まない。


 邪神格が宿る。


 こちらがどれほど省魔力化しても、人である以上、限界はある。


 だが、三カ月前のように一時間で撤退するしかない状態からは進んだ。


 今なら、もっと見える。


 もっと耐えられる。


 もっと選べる。


 それでも、決定打はまだない。


 神格位が足りないからだ。


 ゴルドは言った。


「次、連携」


「はい」


 黒星から閃白。


 閃白から小剣。


 小剣から投げナイフ。


 投げナイフから黒星。


 三カ月間、毎日のように繰り返した流れである。


 最初の頃は、武器が多すぎて魔力の流れが散った。


 黒星を意識すると閃白が遅れる。


 閃白を意識すると投げナイフを忘れる。


 投げナイフを投げると、黒星への戻りが遅れる。


 そのたびにゴルドに怒鳴られた。


「武器庫になるなら、全部覚えろ!」


「はい!」


「一本でも忘れるなら持つな!」


「はい!」


「投げナイフを見て笑うな!」


「そこもですの?」


「そこもだ!」


 今では違う。


 セレスティアは黒星を抜き、縦に振る。


 その重さを背中へ戻す流れで、閃白を抜く。


 白い線を置き、即座に納める。


 黒星を半ば背へ戻しながら、右手で背中の小剣を横抜きする。


 近距離の人形の首元へ刃を置く。


 そのまま外套の内側から投げナイフを一本。


 魔力補正は最後の一寸だけ。


 的の中央へ刺さる。


 そして、黒星へ戻る。


 すべてが一つの流れだった。


 武器庫姫。


 不名誉な呼び名。


 だが、その名の通り、セレスティアは多くの武器を一つの身体で扱い始めていた。


 ゴルドが低く言う。


「十二本」


「はい」


 セレスティアは、投げナイフを十二本すべて投げた。


 正面。


 左右。


 足元。


 高所。


 動く的。


 魔力補正あり。


 魔力補正なし。


 外しからの補正。


 すべて的中。


 だが、最後の一本だけ、わずかに右へ寄った。


 ゴルドが即座に言う。


「最後、焦ったな」


「はい」


「なぜだ」


「残数がなくなる意識が出ました」


「それが命取りだ」


「分かっています」


「古戦場で三本失ったから、残数への意識が強すぎる」


「はい」


「数えるのはいい。だが、惜しむな」


 セレスティアは、投げ終えた手を見た。


「惜しむ」


「ああ。武器は惜しむな。使い時で使え。だが、無駄にはするな」


「難しいですわね」


「だから修行している」


「はい」


 ゴルドは、的に刺さったナイフを見る。


「三本の空きは、まだ埋めねぇ」


「分かっております」


「お前が古戦場で失った三本は、失敗じゃねぇ。生きて戻るために使った」


「はい」


「だが、失った事実は覚えておけ」


「はい」


「次に同じ状況になった時、投げるか、温存するか、一瞬で決めろ」


「分かりました」


 午前の修行が終わる頃には、セレスティアの額には汗が浮かんでいた。


 だが、三カ月前のような消耗ではない。


 呼吸は整っている。


 魔力もまだ余力がある。


 黒星も閃白も、手の中で静かだった。


 ゴルドは水晶板を見た。


「魔力消費は初期の六割減だ」


 若い弟子が驚いた顔をする。


「六割もですか」


「余計なことをしなくなったからな」


 セレスティアは、少し苦笑した。


「つまり、以前は余計なことをしすぎていたと」


「そうだ」


「はっきり言いますわね」


「慰めで邪神格は斬れねぇ」


「それも聞き慣れました」


「なら覚えておけ」


「はい」


 昼。


 セレスティアは鍛冶場の奥で食事を取った。


 肉。


 魚。


 豆。


 黒パン。


 山羊乳。


 相変わらず量が多い。


 ゴルドの指示である。


 三カ月の修行で、セレスティアの身体は少し変わっていた。


 ハイエルフらしいしなやかさはそのまま。


 だが、剣を支える筋がより明確になっている。


 細いのに強い。


 柔らかいのに崩れない。


 王女というより、完全に戦う者の身体だった。


 ゴルドはそれを見て、満足そうに言った。


「少しは剣士の身体になったな」


「前から剣士ですわ」


「前は剣を振る王女だった」


「違いますの?」


「今は、剣で生きる王女だ」


 セレスティアは、少しだけ目を見開いた。


 ゴルドはすぐに顔を背けた。


「調子に乗るな」


「まだ何も言っておりませんわ」


「顔が言っている」


「では、少しだけ」


「その少しが信用ならん」


 午後の修行は、剣ではなかった。


 魔力干渉。


 神格位へ至るための第一歩。


 黒星と閃白を剣炉の前に置き、セレスティアが魔力を通す。


 ただし、強く流さない。


 戦うためではなく、剣に自分の芯を覚えさせるために流す。


 怒りを炎ではなく芯にする。


 悲しみを濁りではなく深さにする。


 守る意志を黒星へ。


 邪神格だけを斬る線を閃白へ。


 それを毎日行った。


 黒星は、三カ月で少し変わっていた。


 剣身の奥に、黒銀とは違う深い輝きが生まれている。


 見た目にはほとんど分からない。


 だが、魔力を通すと分かる。


 中央芯が、以前より重い。


 単に質量が重いのではない。


 存在として沈むような重さ。


 準神格位へ向かう兆し。


 閃白も変わっていた。


 白銀の剣身の内側に、時折、淡い金に近い線が走る。


 魔力導線が、セレスティアの意思に反応している。


 魂の座へ届くにはまだ足りない。


 だが、以前より近い。


 ゴルドは、それを見ながら言った。


「器は育っている」


「準神格位へ近づいていますか」


「少しはな」


「まだ遠いですか」


「遠い」


 セレスティアは頷いた。


「分かりました」


「焦るな」


「焦ってはいません」


「顔が焦っている」


「……少しだけ」


「その少しが命取りだ」


「はい」


 ゴルドは黒星を見た。


「剣だけでは駄目だ」


「はい」


「お前自身も変わる必要がある」


「三カ月で、少しは変われましたか」


 ゴルドは少し黙った。


 そして、短く言った。


「少しはな」


 セレスティアは微笑んだ。


「ありがとうございます」


「まだ足りねぇ」


「分かっています」


「だが、前よりは見える」


「何がですの?」


「神格位への道だ」


 鍛冶場の空気が少し変わった。


 弟子たちも、古参の職人も、その言葉を聞いた。


 神格位への道。


 ただの名剣では届かない領域。


 邪神格を斬るための格。


 その道が、少し見え始めている。


 ゴルドは続けた。


「黒星も閃白も、邪神眷属を斬れば跳ねる」


「跳ねる?」


「今の三カ月で器を整えた。次は、実際に邪神の残滓を斬る。そこで剣が神性の味を覚える」


「味ですの?」


「言葉の綾だ」


「親方にしては珍しい表現ですわね」


「うるせぇ」


 セレスティアは黒星と閃白を見た。


「そろそろ、邪神の別眷属を倒しに行く時期ですか」


 ゴルドはすぐには答えなかった。


 水晶板の記録を見る。


 魔力消費。


 呼吸。


 連携。


 黒星の受け流し。


 閃白の省魔力化。


 投げナイフの運用。


 戦術的撤退。


 すべての記録を確認した。


 そして、低く言う。


「小さいやつからだ」


 セレスティアの目が鋭くなる。


「場所は」


「古戦場の北西に、昔の補給陣地跡がある」


「補給陣地」


「ああ。五十一年前、撤退時に放棄された場所だ。邪神の魔力が溜まりやすい。最近、そこに異形の影が出るという噂がある」


「邪神の残滓ですか」


「おそらくな」


「規模は」


「小さい。だが、普通の騎士なら死ぬ」


「わたくしなら」


「今なら行ける」


 ゴルドは言った。


「ただし、油断するな」


「もちろんです」


「今回は討伐が目的じゃねぇ」


「黒星と閃白に神性討伐の経験を刻むこと」


「そうだ」


「そして、わたくし自身が邪神性への対処を学ぶこと」


「ああ」


「分かりました」


 セレスティアは静かに頷いた。


 胸の奥が高鳴る。


 三カ月の修行。


 ようやく次の段階へ進む。


 邪神の別眷属討伐。


 黒星と閃白を準神格位へ近づけるための第一歩。


 ゴルドは、すぐに釘を刺した。


「顔を緩めるな」


「緩んでおりました?」


「かなりな」


「戦いに行くのに楽しそうな顔をしておりましたか」


「していた」


「……気をつけますわ」


「看板を増やすぞ」


「何の看板ですの?」


 ゴルドは、当然のように言った。


「バカ姫、邪神眷属狩り前に浮かれるな」


「撤去を要求します」


「まだ立ててねぇ」


「立てる前に却下します」


「なら別案だ」


「嫌な予感しかしません」


「邪神眷属討伐準備中。バカ姫、調子に乗るな」


「やはり入るのですね」


「必要事項だ」


 結局、看板はまた一枚増えた。


 邪神眷属討伐準備中。


 剣・装備確認中。


 小さく。


 バカ姫、調子に乗るな。


 セレスティアは、その看板を見てため息をついた。


「小さく、の意味が相変わらず親方基準ですわ」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「読めるなら十分だ」


「読めすぎるのが問題です」


「なら読まれるな」


「看板とは何なのですか」


 弟子たちが笑った。


 町の者たちも、また何かが始まるのだと感じ取っていた。


 その夜。


 セレスティアは鍛冶場の奥で、黒星と閃白の手入れをしていた。


 ゴルドから渡された黒い砥石と白い砥石。


 黒星用。


 閃白用。


 黒星は、ゆっくりと。


 力を入れすぎず。


 刃だけではなく、剣身の芯へ魔力を通すように。


 閃白は、さらに細く。


 導線を傷つけないように。


 白い線を濁らせないように。


 セレスティアは、一振り一振り、丁寧に手入れした。


「黒星」


 黒銀の大剣が、静かに魔力を返す。


「閃白」


 白銀の剣が、細く震える。


「明日から、次の段階ですわ」


 二振りは答えない。


 だが、セレスティアには分かった。


 黒星は重く沈み。


 閃白は静かに澄んでいる。


 三カ月前より、確かに近い。


 ただの武器ではなくなり始めている。


 しかし、まだ神格位ではない。


 準神格位にも届いていない。


 だからこそ、進む必要がある。


 邪神の別眷属を斬り、神性に触れる。


 その経験を剣に刻む。


 セレスティア自身にも刻む。


 そして、いずれ白樹の森へ戻り、精霊王の祝福を受ける。


 その先に、眷属セレスティアとの再戦がある。


 前世の自分の肉体を解放する戦い。


 邪神格を斬る戦い。


 セレスティアは、静かに目を閉じた。


 怒りはある。


 悲しみもある。


 だが、今は燃えていない。


 胸の奥で、静かに芯となっている。


 ゴルドの声が後ろからした。


「寝ろ」


「もう少しだけ」


「駄目だ」


「剣の手入れを」


「終わっている」


「ですが」


「明日、邪神の残滓を斬るんだろうが。寝ろ」


 セレスティアは苦笑した。


「はい」


「飯は食ったな」


「食べました」


「酒は」


「飲んでおりません」


「よし」


「毎回確認されますわね」


「酒強姫だからな」


「却下ですわ」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


 セレスティアは黒星と閃白を収めた。


 背に黒星。


 左腰に閃白。


 その重みと軽さが、もう身体の一部になりつつある。


 鍛冶場の火が、静かに揺れていた。


 三カ月の修行は終わりではない。


 ようやく、次へ進む準備が整っただけだ。


 セレスティアは、鍛冶場の外に揺れる看板を横目で見た。


 バカ姫再鍛錬中。


 その文字には、まだ不満がある。


 だが、今は少しだけ受け入れてもよいと思った。


 再鍛錬。


 確かに、その通りだった。


 前世の剣聖を超えるために。


 邪神格へ届くために。


 今生のセレスティアは、もう一度鍛え直されている。


 そして明日。


 黒星と閃白は、初めて邪神の別眷属を斬ることになる。


 準神格位への道が、ようやく動き始めようとしていた。

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