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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第12話 旅立ちの酒

 調整は、三日続いた。


 黒星。


 閃白。


 ミスリルの小剣。


 投げナイフ十五本。


 それらを、ただ持つだけでは意味がない。


 背負う。


 抜く。


 振る。


 受ける。


 流す。


 返す。


 納める。


 投げる。


 戻す。


 走る。


 止まる。


 跳ぶ。


 回る。


 すべてを、身体に馴染ませる必要があった。


 ゴルドは容赦しなかった。


「黒星が遅い」


「はい」


「閃白が伸びすぎだ」


「はい」


「小剣を抜く時、肩が上がる」


「はい」


「投げナイフを投げた後、顔が緩む」


「そこもですの?」


「そこもだ」


 セレスティアは、毎日試し場で汗を流した。


 黒星を振れば、地面の砂が波のように散った。


 閃白を抜けば、的の端が音もなく落ちた。


 小剣を抜けば、近距離の人形の関節へ刃が滑り込んだ。


 投げナイフを投げれば、十五本すべてが的へ吸い込まれた。


 だが、ゴルドは決して簡単には褒めなかった。


「悪くねぇ」


 最大限でも、それだった。


 セレスティアは、何度も修正した。


 黒星の重みを、腕ではなく背中と足で受ける。


 閃白の斬撃を、魔力で伸ばしすぎない。


 小剣は、抜く前に相手へ悟らせない。


 投げナイフは、魔力補正に頼りすぎず、まず投げそのものを正確にする。


 それらを繰り返すうちに、武器たちは少しずつセレスティアの身体へ馴染んでいった。


 黒星は、背にあるだけで中心を作る。


 閃白は、左腰で白い線を待つ。


 小剣は、背中の下で沈黙する。


 投げナイフは、外套の内側と腰帯に静かに収まる。


 四日目の夕方。


 試し場には、沈む陽の赤い光が差し込んでいた。


 セレスティアは、最後の型を終えたところだった。


 黒星を背から抜く。


 仮想の大敵を受ける。


 受けた力を流し、返し、踏み込む。


 そのまま閃白へ繋げる。


 左腰から白い線を抜く。


 黒星で崩した間合いの隙間へ、閃白を走らせる。


 さらに、背中の小剣を横抜きする。


 接近してきた相手の懐へ入る。


 最後に、後退しながら投げナイフを三本。


 一つは正面。


 一つは右。


 一つは左。


 魔力補正は最小限。


 投げた後、黒星を背に戻し、閃白を納める。


 静止。


 試し場に、砂が落ちる音だけが残った。


 ゴルドは腕を組んで見ていた。


 弟子たちも、古参の職人たちも、誰も喋らなかった。


 セレスティアは、静かに息を整える。


 黒星の重み。


 閃白の軽さ。


 小剣の位置。


 投げナイフの残数。


 すべてが身体の中で把握できていた。


 ゴルドが低く言った。


「……悪くねぇ」


 セレスティアは微笑んだ。


「最大級の褒め言葉として受け取りますわ」


「調子に乗るな」


「少しだけです」


「その少しが信用ならん」


 そう言いながらも、ゴルドはそれ以上修正を入れなかった。


 セレスティアは気づいた。


 終わったのだ。


 調整が。


 今生の黒星。


 今生の閃白。


 小剣と投げナイフ。


 それらを旅に持ち出せる段階まで、ようやく整ったのだ。


 ゴルドは試し場の的を見た。


 割れた丸太。


 斬られた金属板。


 投げナイフが刺さった魔力吸収の的。


 砂に残った黒星の足跡。


 閃白の斬撃で薄く削れた石壁。


 そして、試し場の入口に増え続けた看板。


 剣戟調整中。


 バカ姫に近づくな。


 投げナイフ飛来注意。


 武器庫姫、調整中。


 黒星旋回注意。


 閃白の白線に触るな。


 最後の一枚には、こう書かれていた。


 調整最終日。バカ姫、旅立ち準備中。


 セレスティアは、その看板を見て小さくため息をついた。


「最後までバカ姫なのですわね」


「事実だからな」


「せめて旅立ちの日くらい、王女らしくしていただきたいものです」


「黒星を背負って投げナイフ十五本仕込んだ王女が何を言う」


「それはそれ。これはこれですわ」


「便利な言葉だな」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


 だが、その顔はどこか穏やかだった。


 五十一年間笑わなかった老鍛冶師。


 剣を打つことをやめていたドワーフ一の鍛冶師。


 その男が、今は火の前で、確かに笑うようになっていた。


 短く。


 不器用に。


 分かりにくく。


 それでも、笑っていた。


 その夜。


 ゴルドの鍛冶場では、ささやかな酒宴が開かれた。


 理由は、黒星と閃白の完成。


 そして、セレスティアの旅立ちである。


 作業台の上には、料理が並んだ。


 焼いた肉。


 煮込み。


 黒パン。


 燻製魚。


 豆の煮込み。


 山羊乳のチーズ。


 そして、セレスティアが礼として持ってきた酒三樽。


 山底火酒。


 黒麦熟成酒。


 北森蜂蜜酒。


 ゴルドは、山底火酒の樽を見て、少しだけ満足そうだった。


 セレスティアはそれを見逃さなかった。


「やはり嬉しいのではありませんか」


「酒を見て怒るドワーフがいるか」


「では、喜んでくださったのですね」


「悪くはねぇ」


「素直ではありませんわね」


「お前に言われたくねぇ」


 弟子たちは杯を持って笑った。


 古参の職人が、樽の栓を開ける。


 強い酒の香りが広がった。


 山底火酒。


 名のとおり、喉を焼くような強い酒だった。


 ゴルドは杯に注がれた火酒を持った。


 そして、セレスティアを見る。


「飲めるのか」


 セレスティアは微笑んだ。


「前世では、少々苦手でしたわ」


「だろうな。一口で咳き込んでいた」


「覚えております」


「なら無理するな」


「ご心配なく」


 セレスティアは、自分の杯を受け取った。


 透明に近い強い酒。


 香りだけで喉が熱くなる。


 前世の自分なら、ここで少し警戒しただろう。


 だが、今生のセレスティアはハイエルフである。


 人間とは身体の作りが違う。


 魔力の巡りも、代謝も、毒への耐性も違う。


 長命種であるハイエルフは、酒にも強い。


 特に王族の血を引くセレスティアは、魔力で体内の巡りを整えることもできる。


 つまり。


 前世より、かなり酒に強くなっていた。


 ゴルドが杯を掲げる。


「黒星と閃白の完成に」


 古参の職人が続けた。


「ゴルド親方の剣炉の再火入れに」


 若い弟子が言った。


「セレスティア姫様の旅立ちに」


 別の弟子が小さく付け加えた。


「それと、看板の増殖に」


 セレスティアは目を細めた。


「そこは祝わなくてよろしいですわ」


 鍛冶場に笑いが起きる。


 ゴルドは短く言った。


「飲め」


 一同が杯を傾けた。


 山底火酒が喉を通る。


 熱い。


 強い。


 前世で飲んだ時の記憶が蘇る。


 喉が燃え、目に涙が浮かび、ゴルドに笑われた。


 だが、今は違った。


 確かに強い。


 だが、耐えられる。


 むしろ、身体の奥が温まる。


 セレスティアは静かに杯を置いた。


「美味しいですわね」


 ゴルドが固まった。


「……何?」


「美味しいです」


「咳き込まねぇのか」


「今生はハイエルフですので」


 セレスティアは涼しい顔で言った。


「前世より酒に強いようですわ」


 鍛冶場が静まった。


 弟子たちが顔を見合わせる。


 ゴルドは、何かを確かめるように自分の杯を見た。


 そして、もう一度セレスティアを見る。


「山底火酒だぞ」


「はい」


「ドワーフでも酔う酒だ」


「良い香りですわ」


「良い香りで済ませる酒じゃねぇ」


「おかわりをいただいても?」


 ゴルドの眉間に皺が寄った。


 弟子たちがざわめく。


「姫様、強い」


「親方より飲めるのでは」


「しっ、聞こえるぞ」


 もちろん、聞こえていた。


 ゴルドは低く唸った。


「調子に乗るなよ、バカ姫」


「乗っておりません」


「酒は剣と同じだ。飲まれるな」


「承知しております」


「ならいい」


 セレスティアは二杯目を受け取った。


 普通に飲んだ。


 顔色は変わらない。


 ゴルドの目が、さらに険しくなる。


「……本当に強くなってやがる」


「剣だけではありませんわ」


「酒の強さで張り合うな」


「あら。張り合っておりますの?」


「顔が言っている」


「顔に出ておりました?」


「剣と酒では出るらしいな」


「困りましたわね」


 鍛冶場にまた笑いが起きた。


 酒宴は進んだ。


 黒麦熟成酒は、深く、香ばしく、鍛冶場の料理によく合った。


 北森蜂蜜酒は、甘く、弟子たちに人気だった。


 山底火酒は、主にゴルドとセレスティアが飲んだ。


 最初、ゴルドは当然のように飲んでいた。


 だが、杯を重ねるうちに、少しずつ顔が赤くなっていく。


 一方でセレスティアは、涼しい顔をしていた。


 もちろん、まったく酔っていないわけではない。


 少し身体は温かい。


 気分も良い。


 だが、思考ははっきりしている。


 魔力を巡らせれば、酒精の回りも整えられる。


 ハイエルフとは便利な身体である。


 ゴルドが、じろりとセレスティアを睨んだ。


「お前、本当に飲んでいるのか」


「飲んでおりますわ」


「水で薄めてねぇだろうな」


「そんな無粋なことはしません」


「前は一杯で咳き込んだ」


「今生では強くなりました」


「剣も酒もか」


「そのようです」


「腹立つな」


「なぜですの?」


「昔は酒では勝てた」


 セレスティアは瞬きした。


 それから、くすりと笑った。


「ゴルド親方、勝ち負けで考えておりましたの?」


「ドワーフだぞ」


「なるほど」


「納得するな」


「では、今夜はわたくしの勝ちですわね」


 鍛冶場が静まった。


 弟子たちが息を呑む。


 古参の職人が、そっと杯を置いた。


 ゴルドの眉間に深い皺が刻まれる。


「言ったな」


「言いましたわ」


「わしに酒で勝つと?」


「今生のわたくしは、ハイエルフですので」


「種族で勝ち誇るな」


「剣でも勝ちますわ」


「それはまだ早ぇ」


「酒では?」


 ゴルドは、杯を置いた。


 山底火酒の樽を見る。


 そして、セレスティアを見る。


「弟子ども」


「はい!」


「杯を持ってこい」


 弟子たちがざわめいた。


 セレスティアは、上品に微笑んだ。


「受けて立ちますわ」


「立つな。座って飲め」


「そうでしたわ」


 こうして、黒星と閃白の完成祝いは、いつの間にかゴルドとセレスティアの飲み比べになった。


 結果。


 ゴルドが先に潰れた。


 完全に潰れたわけではない。


 意識はある。


 目も開いている。


 だが、髭を作業台に預け、片手で杯を握ったまま、低く唸っていた。


「……納得いかん」


 セレスティアは、まだ座っていた。


 頬はほんのり赤い。


 だが、姿勢は崩れていない。


 杯を手に、涼しい顔をしている。


「ゴルド親方」


「あん?」


「わたくしの勝ちですわね」


「認めん」


「では、もう一杯?」


 ゴルドは黙った。


 鍛冶場に笑いが起きる。


 若い弟子が小声で言った。


「親方が酒で負けた」


 別の弟子が震える声で言う。


「歴史的事件だ」


 古参の職人は、感慨深そうに頷いた。


「五十一年生きていても、こんなものを見る日が来るとは」


 ゴルドは作業台を叩いた。


「うるせぇ」


 だが、迫力は少し足りなかった。


 セレスティアは楽しそうに笑った。


「前世では勝てませんでしたが、今生では勝てましたわ」


「酒で勝って喜ぶ王女があるか」


「ここにおります」


「だからバカ姫なんだ」


「今夜ばかりは否定しませんわ」


 セレスティアは杯を置いた。


 そして、真面目な顔になる。


「ゴルド親方」


「あん?」


「ありがとうございました」


 酒宴の空気が、少しだけ静かになった。


 セレスティアは、背に立てかけた黒星を見る。


 左腰の閃白を見る。


 作業台に並んだミスリルの小剣と、投げナイフの手入れ道具を見る。


「黒星を造ってくださったこと」


 ゴルドは黙った。


「閃白を造ってくださったこと」


 弟子たちも静かになる。


「小剣と投げナイフまで用意してくださったこと」


 セレスティアは、深く頭を下げた。


「そして、五十一年前の約束を覚えていてくださったこと」


 ゴルドは、杯を握ったまま動かなかった。


 セレスティアは続ける。


「わたくしは、前世で死にました」


 その言葉は、静かだった。


「あなたに、死ぬなと言われたのに」


「……」


「あなたの作った剣がある限り死ぬつもりはないと、そう言ったのに」


 ゴルドの拳が、わずかに震えた。


「それでも、わたくしは死にました」


 鍛冶場の火が、静かに揺れる。


「けれど、戻ってきました」


 セレスティアは顔を上げた。


「今度は、前世のわたくしをなぞるためではありません。今生のセレスティアとして、あなたの剣を振るために」


 ゴルドは、長い沈黙の後、低く言った。


「……今度は死ぬな」


 セレスティアは微笑んだ。


 五十一年前と同じ言葉。


 しかし、今度は違う重みを持っていた。


「あなたの作った剣がある限り、死ぬつもりはありませんわ」


「前にも聞いた」


「今回は、前より強い剣があります」


「前より強い剣士もか」


「ええ」


 セレスティアは、静かに答えた。


「前より強い剣士ですわ」


 ゴルドは、ふん、と鼻を鳴らした。


「ならいい」


 翌朝。


 セレスティアは旅立つことになった。


 鍛冶場の前には、また看板が増えていた。


 セレスティアは、朝日に照らされたそれを見て、無言になった。


 新しい看板は三枚。


 バカ姫、酒でも親方に勝つ。


 旅立ち前につき、看板撤去交渉中。


 黒星・閃白・武器庫姫、出立注意。


 セレスティアは、ゆっくりとゴルドを見た。


「ゴルド親方」


「あん?」


「一枚目は撤去を要求します」


「事実だ」


「事実をすべて掲示する必要はありません」


「歴史的事件だ」


「なおさら掲示しないでくださいませ」


 弟子たちが笑う。


 古参の職人も、笑いを堪えている。


 セレスティアは額に手を当てた。


「旅立ちの日くらい、しんみりさせていただけませんの?」


「お前が酒で勝つからだ」


「勝負を受けたのは親方ですわ」


「うるせぇ」


 ゴルドは、鍛冶場の前に立っていた。


 弟子たちも並んでいる。


 古参の職人たちも。


 町の者たちも、少し離れて見ていた。


 いつの間にか、セレスティアの旅立ちは小さな見送りになっていた。


 黒星を背負う。


 左腰に閃白。


 背中にミスリルの小剣。


 外套の内側と腰帯に投げナイフ十五本。


 完全武装である。


 王女というより、完全に剣士だった。


 いや。


 武器庫姫だった。


 セレスティアは、白樹の森の王女らしく優雅に一礼した。


「皆様、大変お世話になりました」


 若い弟子が言った。


「姫様、また来てください!」


「はい。黒星と閃白の調整が必要になりましたら、必ず」


 別の弟子が言う。


「看板、残しておきます!」


「できれば半分ほど撤去していただきたいですわ」


 子どもたちが叫ぶ。


「武器庫姫ー!」


「酒強姫ー!」


「黒星の姫ー!」


「酒強姫は却下いたします!」


 セレスティアが即座に言うと、町の者たちが笑った。


 ゴルドは、最後まで不機嫌そうな顔をしていた。


 セレスティアは、その前に立つ。


「ゴルド親方」


「あん?」


「行ってまいります」


「どこへ行く」


「まずは、前世の記憶を辿ります」


 セレスティアは遠くを見る。


 白樹の森ではない。


 グランガルドでもない。


 前世の自分が歩いた道。


 邪神へ挑んだ戦場。


 まだ思い出せない死の記憶。


 そこへ向かう旅だ。


「そして、わたくしがなぜ死んだのか。黒星と閃白がどうなったのか。それを確かめます」


 ゴルドは黙っていた。


「その上で、今生のわたくしが何を斬り、何を守るのかを決めます」


「そうか」


「はい」


 ゴルドは、しばらく何も言わなかった。


 やがて、腰の小袋から小さな砥石を取り出した。


 黒い砥石。


 小さいが、重みのあるものだった。


「持っていけ」


「これは?」


「黒星用だ。普通の砥石では足りん」


「ありがとうございます」


「閃白用はこっちだ」


 次に、白い薄い砥石を渡す。


「導線を傷つけるな。手入れを間違えると、閃白は拗ねる」


「剣が拗ねますの?」


「お前の剣だからな」


「納得できてしまうのが不思議ですわ」


「あと、投げナイフは数を数えろ。なくすな」


「はい」


「小剣は最後の手だ。遊びで抜くな」


「遊びませんわ」


「顔が信用ならん」


「そこまでですか」


「そこまでだ」


 セレスティアは砥石を受け取った。


 大切に鞄へ入れる。


 ゴルドは、黒星を見た。


 閃白を見た。


 そして、セレスティアを見た。


「セレスティア」


「はい」


「剣を信じろ」


「はい」


「だが、剣に頼るな」


「はい」


「前のお前は、最後に一人で行った」


 セレスティアの胸が、わずかに痛んだ。


 前世の最期は、まだ完全には思い出せない。


 だが、ゴルドの言葉には重みがあった。


「今度は、全部一人で背負うな」


 セレスティアは、静かに目を伏せた。


 ハイエルフ王女。


 前世の剣聖。


 黒星と閃白の使い手。


 武器庫姫。


 どれほど強くなっても、一人で背負えば、また同じことになるのかもしれない。


 セレスティアは顔を上げた。


「分かりましたわ」


「本当に分かったか」


「ええ」


「信用ならん」


「では、時々戻ってきます」


 ゴルドの眉が動く。


「何?」


「黒星と閃白の調整が必要ですもの。小剣や投げナイフも見ていただかなくては」


「……」


「それに、酒もまた持ってきますわ」


「三樽はいらん」


「では、四樽?」


「増やすな」


「冗談ですわ」


「お前の冗談は信用ならん」


 セレスティアは笑った。


 ゴルドも、ほんの少し笑った。


 不器用で。


 短くて。


 分かりにくい笑み。


 それでも、確かに笑っていた。


 セレスティアは、深く頭を下げた。


「ゴルド親方。黒星と閃白、確かにいただきました」


「ああ」


「この二振りに恥じぬ剣士になります」


「もうなっている」


 セレスティアは目を見開いた。


 ゴルドは、少し顔を背けて言った。


「少なくとも、前よりはな」


 セレスティアは、ゆっくりと微笑んだ。


「ありがとうございます」


「調子に乗るな」


「少しだけですわ」


「その少しが信用ならん」


 いつものやり取りだった。


 だからこそ、別れの寂しさが少し和らいだ。


 セレスティアは背を向けた。


 黒星が背で重い。


 閃白が左腰で静かに揺れる。


 小剣と投げナイフも、身体の中で位置が分かる。


 前世の武装をなぞったものではない。


 今生のセレスティアのための武装。


 今生の旅のための剣。


 セレスティアは歩き出した。


 町の門へ向かって。


 途中、子どもたちが手を振る。


「黒星の姫ー!」


「武器庫姫ー!」


「酒強姫ー!」


「最後は却下ですわ!」


 セレスティアは振り返って答えた。


 町に笑いが起きる。


 ゴルドの鍛冶場の前では、看板が風に揺れていた。


 旅立ち前につき、看板撤去交渉中。


 結局、撤去はされなかった。


 その代わり、一番最後に新しい看板が立っていた。


 黒星と閃白、出立。


 バカ姫、今度は死ぬな。


 セレスティアは、その看板を見た。


 胸の奥が熱くなる。


 ひどい言い方だ。


 最後まで、バカ姫。


 だが、その下に込められた言葉は、五十一年前と同じだった。


 死ぬな。


 セレスティアは、鍛冶場の方へ深く一礼した。


 そして、小さく呟いた。


「あなたの作った剣がある限り、死ぬつもりはありませんわ」


 黒星が背で重く応えた。


 閃白が左腰で白く震えた。


 セレスティア・リュミエール・アルヴァレイン。


 ハイエルフ王家第1王女。


 前世は人間の剣聖。


 黒星と閃白を携えた武器庫姫は、グランガルドを後にした。


 目指すは、前世の記憶の先。


 邪神へ挑んだ戦場。


 そして、まだ見ぬ今生の旅路。


 五十一年前に途切れた物語は、ここから再び動き出す。


 今度は、前世をなぞるためではない。


 今生のセレスティアとして、前世の剣聖を超えるために。

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