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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第95話 界盾神ガルディオン

 侵軍神バルガノスを退けた夜。


 邪神戦争記録所は、眠らなかった。


 広場の石畳は割れ、防衛線の鉄杭は歪み、第一防壁には破城輪の痕が深く残っていた。


 それでも、記録所は立っている。


 入口の石碑も残っている。


 祈る前に、記録を読め。


 生者は、死者を利用せず、死者から学ぶべし。


 その文字は、白化も灰砂も受けながら、まだ読めた。


 中庭では、王妃エルフィリアの指示で炊き出しが続いている。


 戦った者。


 記録した者。


 声を出し続けた者。


 異界砂を封じた者。


 皆が、順番に温かいスープを受け取っていた。


 ゴルド工房の弟子たちは、壊れた鉄杭を引き抜き、仮補修を進めている。


 海の民の水術師は、灰色の砂を水で固めて封印箱へ流し込む。


 死者名簿保全官たちは、白化した標識や地図を再記録していた。


 封印地外縁。


 邪神戦争記録所。


 第一防衛線。


 中央記録室。


 忘却せず。


 何度も書く。


 何度も読む。


 消されるなら、何度でも書く。


 それが、今日の戦いで得た答えだった。


 セレスティアは、記録所の屋上に立っていた。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背には解白。


 空には、まだ灰色の線が残っている。


 侵軍神バルガノスが退いた裂け目の跡。


 閉じてはいる。


 だが、完全には消えていない。


 その向こうに、巨大な盾の影がある。


 界盾神ガルディオン。


 第三眷属神。


 侵界神ヴァルゼオンの世界を守るための盾。


 セレスティアが異界側へ逆斬攻することを防ぐために現れた神。


 ルシェル・クラルテ・アルヴァレインが、屋上へ上がってきた。


 手には、侵軍神バルガノス戦の暫定記録。


 百年を経た今も、彼の筆は止まらない。


「姉上」


「はい」


「被害報告がまとまりました」


「読み上げてください」


 ルシェルは記録板を開いた。


「記録所外壁、一部損傷」


「はい」


「第一防壁、破城輪により三箇所破損」


「はい」


「防衛線標識、白化及び灰砂付着。再記録済み」


「はい」


「死者名簿原写し、異常なし」


「よかったです」


「中央記録室、異常なし」


「はい」


「失敗事例室、封印資料室、異常なし」


「はい」


「負傷者は多数。ただし、死者は現時点で確認されていません」


 セレスティアは、静かに息を吐いた。


「死者なし」


「はい」


「それは、とても大きいです」


「はい」


 ルシェルは、次の板へ目を落とした。


「ただし、異界砂に触れた者の一部に、所属感覚の揺らぎが出ています」


「所属感覚」


「自分がどこの隊に属していたか、一時的に思い出しにくくなる症状です」


「白界神レギオンの白化と似ていますか」


「似ていますが、やや違います」


 解白が淡く光った。


『侵軍神バルガノス由来の制圧灰。所属を軍勢側へ引く性質』


 ルシェルは即座に記録した。


「制圧灰」


「はい」


「対処は」


『名、所属、役目の再確認が有効』


 セレスティアは頷いた。


「治療所で、名前と所属と役目を読み上げてください」


「すでに開始しています」


「さすがです」


 ルシェルは、少しだけ目を伏せた。


「百年前から、姉上が教えてくれたことです」


「わたくしだけではありません」


「はい」


「ミレーヌが読み続け、あなたが記録し、親方が看板に書き、皆が覚えたことです」


 ルシェルは頷いた。


 その時、屋上の空気が静かに変わった。


 精霊流が揺れる。


 森の深い場所から、声が届いた。


 精霊王の声だった。


「セレスティア」


「はい」


「侵軍神は退いた」


「はい」


「だが、侵略経路の根は残っている」


「分かっています」


「次は盾だ」


 セレスティアは、灰色の線を見た。


「界盾神ガルディオン」


「そうだ」


「異界側を守る神」


「侵界神ヴァルゼオンが、自らの世界へ剣を届かせぬために置いた眷属神だ」


「邪神ほど強いのですか」


「否」


 精霊王は、はっきりと言った。


「白界神レギオンも、侵軍神バルガノスも、界盾神ガルディオンも、百年前の邪神ほど強くはない」


「役割に特化しているからですね」


「そうだ」


「ですが、ガルディオンは突破が難しい」


「その通りだ」


 精霊王の声は、いつもより重かった。


「攻める神ではない」


「はい」


「守る神だ」


「はい」


「異界と異界の狭間に盾を置き、侵界神ヴァルゼオンの世界を守る」


「はい」


「ガルディオンを破らねば、お前は侵略経路の根へ届かぬ」


 セレスティアは静かに頷いた。


「逆斬攻ですね」


「そうだ」


 ルシェルが筆を止めた。


「姉上が、異界側へ踏み込むのですか」


「必要なら」


「危険です」


「分かっています」


「現世との繋がりが薄くなる可能性があります」


「分かっています」


 ルシェルの声が少し硬くなる。


「それでも」


「侵略経路の根を斬らなければ、また来ます」


「はい」


「第一神を斬っても、第二神が来ました」


「はい」


「第二神を退けても、第三神が盾を閉じました」


「はい」


「その奥に、侵界神ヴァルゼオンがいます」


「はい」


「この世界へ伸びた根を、斬る必要があります」


 ルシェルは、しばらく黙った。


 弟としては止めたい。


 記録官としては必要性が分かる。


 その二つが彼の中でぶつかっている。


 セレスティアは、少しだけ柔らかく言った。


「ルシェル」


「はい」


「わたくしは、異界を侵略しに行くのではありません」


「はい」


「異界の民を裁きに行くのでもありません」


「はい」


「侵界神ヴァルゼオンの世界を滅ぼすためでもありません」


「はい」


「この世界へ伸びた侵略の根を斬りに行くのです」


 ルシェルは、深く息を吐いた。


「記録します」


「お願いします」


 精霊王の声が続いた。


「それと、もう一つ」


「はい」


「界盾神ガルディオンの盾を見れば、分かることがあるだろう」


「何がですか」


「百年前の邪神についてだ」


 セレスティアの目が変わった。


「邪神」


「そうだ」


「百年前、わたくしが斬った邪神」


「その来歴に関わるものが、ガルディオンの盾に残っている可能性がある」


 ルシェルの筆が止まった。


「邪神の来歴」


「はい」


 精霊王は静かに告げた。


「邪神は、この世界の神ではなかった」


「はい」


「異界から流れ着いた神でした」


「そうだ」


「では」


「その神の世界もまた、侵界神ヴァルゼオンに侵された可能性が高い」


 セレスティアは、言葉を失った。


 百年前の邪神。


 死者を縛り、魂を眠らせず、自らの理想世界を作ろうとした異界の神。


 この世界を侵した加害神。


 だが、その神自身も、かつて世界を奪われた神だった可能性がある。


 ルシェルが低く呟いた。


「被侵略神」


 精霊王は言う。


「断定には、ガルディオンの盾を見る必要がある」


「はい」


「盾には、侵界神ヴァルゼオンがこれまで融合し、奪い、あるいは退けた世界の残骸が刻まれている」


「はい」


「その中に、百年前の邪神座跡と同じ異界紋があれば」


 セレスティアは続きを言った。


「邪神は、ヴァルゼオンに世界を奪われた神だった」


「そうだ」


 屋上に、重い沈黙が落ちた。


 その沈黙を破ったのは、ゴルドの声だった。


「だったら何だ」


 振り向くと、ゴルド・ガルガンドが階段のところに立っていた。


 百年分の白が混じった髭。


 しかし、目は鋭い。


 隣にはバルドもいる。


 ゴルドは、ゆっくり屋上へ上がってきた。


「邪神が昔、奪われた神だったとして」


「はい」


「それで、あいつがこの世界の死者を縛ったことが消えるのか」


 セレスティアは首を横に振った。


「消えません」


「ならいい」


 ゴルドは空を見た。


「奪われた奴が、別の奴から奪っていい理由にはならねぇ」


「はい」


「ただ」


 ゴルドの声が少しだけ低くなる。


「記録はしろ」


 ルシェルが顔を上げる。


「はい」


「あいつが何をされた神だったのか」


「はい」


「あいつが何をやらかした神だったのか」


「はい」


「両方、残せ」


 セレスティアは、ゴルドを見た。


「親方」


「何だ」


「邪神も、忘却せず、ですか」


 ゴルドは顔をしかめた。


「許すんじゃねぇぞ」


「はい」


「祀るんでもねぇ」


「はい」


「だが、なかったことにするな」


「はい」


「それだけだ」


 セレスティアは、深く頷いた。


「承知しました」


 その夜。


 邪神戦争記録所の封印資料室に、臨時会議が開かれた。


 出席者は限られていた。


 セレスティア。


 ルシェル。


 ミレーヌ。


 ゴルド。


 バルド。


 白樹の森の封印術師。


 人間王国の大記録官。


 海の民の水術師長。


 竜の谷の使い。


 そして、声だけで精霊王。


 中央の机には、三つの資料が置かれている。


 一つ目。


 白界神レギオンの白い粉と門形成記録。


 二つ目。


 侵軍神バルガノスの制圧灰と軍旗記録。


 三つ目。


 百年前の邪神座跡から採取された白い薄片。


 解白が淡く光る。


『照合可能』


 ルシェルが筆を構える。


「お願いします」


『白界神レギオンの界壁曖昧化痕』


「はい」


『侵軍神バルガノスの制圧灰』


「はい」


『邪神座跡の異界擦過痕』


「はい」


『三者には、同一の上位接続が存在します』


 部屋が静まった。


 セレスティアが問う。


「上位接続」


『侵界神ヴァルゼオン由来の世界融合理』


 ルシェルが記録する手が、わずかに震えた。


「つまり」


 解白が淡く告げる。


『百年前の邪神座跡に残っていた異界擦過痕は、侵界神ヴァルゼオンの侵略理と同系統』


 ミレーヌが息を呑む。


「では、邪神は」


 精霊王の声が答えた。


「ヴァルゼオンに世界を侵された神だった可能性が、さらに高まった」


 ゴルドが低く言う。


「世界を奪われた神が、別の世界を奪おうとした」


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 セレスティアは、百年前を思い出した。


 邪神の座。


 死者を縛る理。


 眠れない魂。


 前世セレスティアの身体を利用した邪神格。


 あの神は、死者を忘れることを恐れていた。


 死者を眠らせるのではなく、役目に固定した。


 忘れないために縛った。


 失われないように管理した。


 その根には、もしかすると。


 自らの世界を、名ごと、記録ごと、ヴァルゼオンに融合された記憶があったのかもしれない。


 ミレーヌが小さく言った。


「かわいそう、なのでしょうか」


 部屋が静まる。


 セレスティアは、少し考えてから答えた。


「かわいそう、だけでは足りません」


「はい」


「邪神は、奪われた神だったかもしれません」


「はい」


「ですが、この世界の死者を縛りました」


「はい」


「魂を眠らせませんでした」


「はい」


「前世セレスティアの身体も利用しました」


「はい」


「その罪は消えません」


「はい」


 ミレーヌは、死者名簿を抱きしめた。


「でも、記録するのですね」


「はい」


「邪神も」


「はい」


 セレスティアは、静かに言った。


「許すためではありません」


「はい」


「祀るためでもありません」


「はい」


「同情して罪を曖昧にするためでもありません」


「はい」


「奪われた神が、奪う神になった」


「はい」


「その事実を、忘れないためです」


 ルシェルが、筆を取った。


「邪神来歴追記」


 全員が彼を見る。


 ルシェルは、ゆっくり書き始めた。


 百年前の邪神は、この世界の神ではない。


 異界由来の神格である。


 邪神座跡に残る異界擦過痕は、侵界神ヴァルゼオン由来の世界融合理と同系統である可能性が高い。


 よって、邪神は、かつてヴァルゼオンに自らの世界を侵略、融合、または接収され、追放された神であった可能性がある。


 邪神は、自らの世界を失った被侵略神であった可能性を持つ。


 しかし、その後、この世界の死者、生者、魂流、世界理を侵した加害神となった。


 その罪は正当化されない。


 ただし、その来歴は記録する。


 忘却せず。


 筆が止まった。


 誰もすぐには声を出さなかった。


 やがて、ゴルドが言った。


「それでいい」


 ミレーヌも頷く。


「はい」


 セレスティアは、静かに記録を見た。


「邪神も、記録所に置くのですね」


 ルシェルは答えた。


「はい」


「失敗事例として」


「はい」


「被侵略神が加害神となった記録として」


「はい」


「そして、ヴァルゼオンの侵略が百年前からこの世界に影を落としていた証として」


「その通りです」


 精霊王の声が静かに響いた。


「邪神戦争は、終わった戦争ではなかった」


 セレスティアは顔を上げた。


「はい」


「ヴァルゼオンによって世界を奪われた神が、この世界へ流れ着いた」


「はい」


「その流れ着いた災厄を、お前が斬った」


「はい」


「そして百年後、ついに本流が来た」


 セレスティアは、黒星の柄に触れた。


「ならば、ここで止めます」


 精霊王は言う。


「焦るな」


「はい」


「次は界盾神ガルディオンだ」


「はい」


「攻める神ではない」


「はい」


「盾を破るには、力だけでは足りぬ」


「どうすれば」


「盾が守っているものを見極めよ」


 セレスティアは、少し考えた。


「侵界神ヴァルゼオンの世界」


「それだけではない」


「では」


「ヴァルゼオンが、まだ神として守ろうとしているものだ」


 部屋が静まった。


 侵界神ヴァルゼオン。


 他世界を融合する侵略神。


 だが、もとは自らの世界を守る神だった。


 世界を延命させるため、他世界を融合する神になった。


 その世界には、まだ民がいるのかもしれない。


 まだ死者がいるのかもしれない。


 まだ守るべき何かが残っているのかもしれない。


 セレスティアは、静かに言った。


「ヴァルゼオンの世界を、わたくしは滅ぼしません」


「はい」


「その民も裁きません」


「はい」


「ただ、この世界へ伸びた侵略の根を斬ります」


 精霊王は、静かに答えた。


「それを忘れるな」


「はい」


 会議が終わる頃には、夜が更けていた。


 王妃エルフィリアが、封印資料室の前室で待っていた。


 食事が用意されている。


 温かいスープ。


 パン。


 果実。


 セレスティア用保存食。


 ゴルドはそれを見るなり頷いた。


「よし」


 セレスティアは少しだけ苦笑する。


「親方が頷くのですね」


「当然だ」


 王妃も頷く。


「食べなさい」


「はい」


 セレスティアは保存食を一枚取った。


 噛む。


 硬い。


 今日も硬い。


 だが、今日ほどその硬さが必要な日はない気がした。


 邪神は被害者でもあった。


 だが、加害者でもあった。


 ヴァルゼオンは自らの世界を守ろうとしているのかもしれない。


 だが、他世界を素材にしている。


 世界の事情は、単純ではない。


 それでも。


 硬いものは硬い。


 この世界の食卓は、ここにある。


 セレスティアは、静かに言った。


「硬いですが、美味しいです」


 ゴルドが頷いた。


「帰ってるな」


「まだどこにも行っていません」


「これから行くかもしれねぇだろ」


 セレスティアは、少しだけ黙った。


「はい」


 ゴルドは、懐から小さな木片を取り出した。


 古い看板の一部だった。


 削られ、何度も煤を浴び、端が欠けている。


 そこには、太い字でこう書かれていた。


 バカ姫、帰ってこい。


 セレスティアは、それを見て動きを止めた。


「親方」


「持ってけ」


「まだ行くと決まったわけでは」


「決まってから渡すと遅ぇ」


「……」


「異界だか、狭間だか知らねぇ」


「はい」


「お前はそこへ住みに行くんじゃねぇ」


「はい」


「斬るもん斬ったら帰ってこい」


 セレスティアは、木片を受け取った。


 軽い。


 ただの木片。


 神具ではない。


 加護もない。


 だが、重かった。


「ありがとうございます」


 ゴルドは鼻を鳴らした。


「礼はいらねぇ」


「はい」


「帰ってきたら飯を食え」


「はい」


「帰ってこなかったら」


「はい」


「お前の名前で、千年分の干し肉を売る」


 セレスティアは、目を細めた。


「それは困ります」


「なら帰れ」


「必ず」


 ルシェルは、それを記録しようとしていた。


 王妃が見た。


 ルシェルは筆を止めた。


 だが、ゴルドが言った。


「これは記録しろ」


 ルシェルが顔を上げる。


「よいのですか」


「いい」


 ルシェルは頷いた。


 ゴルド・ガルガンド、セレスティアへ旧看板片を渡す。


 文言。


 バカ姫、帰ってこい。


 目的。


 現世への錨。


 供物ではない。


 神具ではない。


 帰還命令である。


 セレスティアは、その記録を見て少し笑った。


「帰還命令」


 ゴルドが言う。


「そうだ」


 王妃エルフィリアも静かに言った。


「命令なら、従いなさい」


「お母様まで」


「帰ってきなさい」


 ミレーヌも言う。


「お姉様、帰ってきてください」


 ルシェルも言った。


「記録の続きを書かせてください」


 バルドが頷く。


「保存食の第百七十三改良版も、まだ試食していただいていません」


 セレスティアは、皆を見た。


 白樹の森。


 記録所。


 工房。


 食卓。


 死者名簿。


 看板。


 保存食。


 それらが、自分を現世に繋いでいる。


 真神格を持つ現世神。


 だが、まだ帰る場所がある。


 セレスティアは、看板片を大切に懐へしまった。


「必ず帰ります」


 その夜、邪神戦争記録所の失敗事例室の隣に、新しい棚札が掛けられた。


 邪神来歴追記資料。


 その下に、ルシェルが書いた説明が置かれる。


 百年前の邪神は、侵界神ヴァルゼオンに世界を奪われた神であった可能性がある。


 邪神は被侵略神であり、同時にこの世界を侵した加害神である。


 罪は消えない。


 来歴も消さない。


 忘却せず。


 セレスティアは、その棚の前でしばらく立っていた。


 邪神。


 かつて世界を失った神。


 だが、自分がされたことを、この世界へ返した神。


 奪われた神が、奪う神になった。


 その連鎖を、ここで斬る。


 黒星が低く鳴った。


『次は盾だ』


 閃白が澄んで言う。


『守ると称するものを見極めましょう』


 解白が淡く告げる。


『界盾神ガルディオン。侵略経路防衛核。解析準備完了』


 セレスティアは頷いた。


「行きましょう」


 しかし、すぐに王妃の声が飛ぶ。


「今日は寝なさい」


 セレスティアは振り返った。


「お母様」


「食べたら休む」


「はい」


「神でも休息は必要です」


「はい」


 ゴルドも言った。


「寝ろ、バカ姫」


「はい」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


 世界の外には、盾の神がいる。


 その奥には、侵界神ヴァルゼオンがいる。


 かつて邪神の世界を奪った神。


 自らの世界を生きながらえさせるため、他世界を融合する神。


 その神へ届くには、まだ遠い。


 だが、セレスティアは一人ではない。


 神は群れない。


 だが、帰る場所はある。


 祈られず。


 祀られず。


 支配せず。


 ただ、必要な一点を斬るために。


 剣神セレスティアは、その夜、白樹の森の食卓へ戻った。


 そして、硬い保存食をもう一枚だけ噛んだ。


 現世の硬さを、忘れないために。

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