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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第94話 侵軍神バルガノス

 白界神レギオンを斬ってから、三日が過ぎた。


 封印地外縁の空には、まだ傷が残っていた。


 白い門は閉じた。


 だが、完全には消えていない。


 空の奥に、細い灰色の裂け目が残っている。


 そこから、低い音が響き続けていた。


 軍靴のような音。


 遠い太鼓のような音。


 鉄と骨が擦れ合うような音。


 それは、近づいていた。


 侵軍神バルガノス。


 第二眷属神。


 白界神レギオンが世界の壁を曖昧にし、道を作った。


 その道を使って、次に来るのは直接侵略の神である。


 邪神戦争記録所は、完全な戦時態勢に入っていた。


 閲覧室は閉鎖。


 中央記録室は三重封印。


 死者名簿は原写し、複製、口述記録、記録水晶の四系統で保全。


 失敗事例室の資料は地下保管室へ移された。


 聖遺物詐称品も、偽造・改竄事例も、全て封印箱へ収められている。


 中庭には、救護所。


 補給所。


 保存食配布所。


 矢束置き場。


 水術師用の水槽。


 ドワーフ工匠兵の臨時鍛冶場。


 そして、死者名簿保全官の口述記録台が設けられた。


 祈る場所はない。


 供物台もない。


 だが、食事はある。


 王妃エルフィリアの指示で、温かいスープと保存食が大量に用意されていた。


 戦う者も、記録する者も、守る者も、空腹では持ち場を果たせない。


 それは百年前から変わらない白樹の森の理だった。


 セレスティアは、記録所の屋上に立っていた。


 背には黒星。


 左腰には閃白。


 背には解白。


 その隣には、ルシェル。


 さらに少し後ろに、ミレーヌ。


 広場では、ゴルドとバルドがドワーフたちに指示を飛ばしている。


 ガレオス・ラグナを筆頭とする剣士たちもいた。


 百年前、剣神に挑もうとした剣豪たちの弟子や孫弟子たち。


 今の彼らは、剣神に挑むためではなく、記録所を守るために剣を持っている。


 セレスティアは、裂け目を見上げた。


「来ますね」


 解白が淡く光った。


『はい。侵略経路、拡大中』


 黒星が低く鳴る。


『今度は、兵だ』


 閃白が澄んだ音を立てる。


『白界神の白化より、濁りが濃いです』


 ルシェルは記録板へ筆を走らせる。


「白界神レギオンの時は、世界の壁の曖昧化が主でした」


「はい」


「今回は、直接侵略」


「はい」


「敵は記録を薄めるだけではなく、物理的に制圧する」


「そうなるでしょう」


 ミレーヌが死者名簿の写しを抱えた。


「記録所を狙うと思いますか」


 セレスティアは頷いた。


「狙うでしょう」


「なぜ」


「この世界が、自分を保つための場所だからです」


 ルシェルが静かに続けた。


「死者名簿」


「地図」


「失敗事例」


「白い薄片」


「白界神レギオンの討伐記録」


「全て、侵界神側にとって邪魔なものです」


 ミレーヌは、名簿を抱く手に力を込めた。


「守ります」


「はい」


 その時、空の裂け目が大きく震えた。


 灰色の光が広がる。


 白ではない。


 白界神レギオンの門は、輪郭を曖昧にする白だった。


 今度の裂け目は、重い。


 鋼のような灰。


 軍勢の影。


 その奥から、巨大な角笛の音が鳴った。


 世界の外から、戦の合図が響いた。


 広場全体が静まる。


 ゴルドが顔を上げた。


「来やがったな」


 バルドが弟子たちへ叫ぶ。


「第一防壁、固定!」


「はい!」


「記録所正面門、補強板を入れろ!」


「はい!」


「白い粉や異界片は、絶対に素手で触るな!」


「はい!」


 ガレオスが剣士たちへ言う。


「剣士隊、前へ」


「はい!」


「今日の剣は武名のためではない」


「はい!」


「記録所を守るためだ」


「はい!」


 ミレーヌは、中央記録室へ向かう前にセレスティアを見た。


「お姉様」


「はい」


「私は読みます」


「お願いします」


「声を絶やしません」


「はい」


 ミレーヌは走った。


 その背を見送り、セレスティアは黒星の柄に手を置いた。


 空の裂け目が、ついに開いた。


 まず降ってきたのは、白骸ではなかった。


 黒灰色の甲殻を持つ兵。


 人型に近い。


 だが、人ではない。


 肩から余分な腕が生え、胸に顔のない仮面を持ち、手には刃のない重い槍を持っている。


 地面へ落ちると、石が割れた。


 次々に降る。


 十。


 二十。


 百。


 その後ろから、異形の獣。


 脚が六本あり、背に骨の盾を生やしたもの。


 口のない鳥。


 白い砂を吐く牛のようなもの。


 そして、巨大な車輪のような異形。


 車輪の外周には無数の腕があり、回転しながら地面を削っていく。


 解白が告げた。


『侵軍尖兵。染殻兵、異形獣、破城輪』


 ルシェルがすぐ記録する。


「染殻兵」


「異形獣」


「破城輪」


 ゴルドが叫ぶ。


「破城輪を記録所に近づけるな!」


 ドワーフ工匠兵が巨大な鉄杭を地面へ打ち込む。


 破城輪が突進する。


 鉄杭と衝突する。


 火花が散る。


 杭が軋む。


 バルドが槌を振るった。


 破城輪の外周に打ち込まれた楔が、回転を止める。


「今です!」


 剣士隊が飛び出す。


 ガレオスの剣が、破城輪の腕の根を断つ。


 若い剣士たちが続く。


 だが、断たれた腕の切断面から、灰色の砂が噴き出した。


 砂が地面に落ちると、そこに刻まれていた防衛線の印が薄れる。


 ルシェルが叫ぶ。


「防衛線名、再記録!」


 保全官が声を上げる。


「第一防衛線!」


「第一防衛線!」


「第一防衛線!」


 声が印を繋ぎ直す。


 白界神レギオンの時に得た対応が、すでに生きていた。


 セレスティアは、屋上から広場全体を見た。


 世界は戦っている。


 剣士が斬る。


 ドワーフが止める。


 記録官が記録する。


 保全官が声を繋ぐ。


 水術師が砂を流す。


 竜の使いが上空の異形を焼く。


 草原騎兵が側面を突く。


 セレスティアは、全てを自分で斬らない。


 それは、百年前に決めたことだ。


 剣神は世界を支配しない。


 世界の戦いを奪わない。


 だが、剣神でなければ斬れないものが来れば、剣を抜く。


 裂け目の奥から、巨大な影が現れた。


 甲冑をまとった神。


 頭部には角。


 顔は兜で覆われ、眼窩には灰色の火が燃えている。


 背には無数の軍旗。


 その軍旗には、文字がない。


 紋章もない。


 ただ、征服した世界の破片のようなものが縫い付けられている。


 乾いた海の鱗。


 石化した森の葉。


 割れた星の欠片。


 そして、どこの世界のものか分からない骨。


 侵軍神バルガノス。


 それは、白界神レギオンのように世界の壁を曖昧にする神ではない。


 軍を率いて踏み込む神だった。


 バルガノスの声が、広場に落ちた。


『道は開いた』


『白界神は役目を果たした』


『次は、軍が通る』


『抵抗する世界は、制圧される』


 セレスティアは屋上から降りた。


 広場の中央へ歩く。


 周囲の者たちは道を開ける。


 誰も祈らない。


 誰も叫ばない。


 ただ、自分の持ち場を守りながら、セレスティアを見た。


 バルガノスが兜を向ける。


『剣神』


 セレスティアは静かに答えた。


「剣神セレスティアです」


『この世界の刃か』


「この世界を支配する神ではありません」


『ならば退け』


「退きません」


『世界は軍により取られる』


「この世界は、あなた方の占領地ではありません」


『占領ではない』


 バルガノスの軍旗が揺れる。


『融合のための制圧である』


「同じです」


『異界を知らぬ神よ』


「はい。わたくしは、この世界の現世神です」


『ならば分かるまい』


「何を」


『死にゆく世界を延ばすため、他世界を合わせる必要を』


 セレスティアは、わずかに目を細めた。


 侵界神ヴァルゼオン。


 自らの世界を生きながらえさせるため、他の世界を融合し延命させる神。


 その理由が、ここで初めて敵の口から明確に出た。


 セレスティアは問う。


「あなた方の世界は、死にかけているのですか」


 バルガノスは答えた。


『我らの主は、世界を死なせぬ』


「だから、他の世界を融合する」


『そうだ』


「この世界を」


『素材とする』


 その言葉で、広場の空気が冷えた。


 素材。


 この世界の大地。


 海。


 森。


 地名。


 死者名簿。


 食卓。


 工房。


 記録所。


 それら全てを、異界延命の素材と言った。


 セレスティアの声が、少し低くなった。


「この世界は、融合素材ではありません」


『世界は世界を喰う』


「喰わせません」


『ならば、軍が踏む』


 バルガノスが手を上げた。


 異形の軍勢が一斉に動く。


 染殻兵が盾を構える。


 異形獣が走る。


 破城輪が回転を始める。


 空には口のない鳥が群れを作る。


 記録所へ向かって、灰色の軍勢が押し寄せた。


 セレスティアは黒星を抜いた。


 黒い大剣が、侵攻の圧を受け止める。


 黒星が低く鳴る。


『押さえる』


 閃白を抜く。


 白い刃が、異界の軍勢にまとわりつく侵略の濁りを祓う。


『祓います』


 解白が浮かぶ。


『結び目、多数。優先対象、三つ』


「言いなさい」


『一つ、バルガノスと軍勢の指揮核』


「はい」


『二つ、裂け目と封印地外縁の制圧接続』


「はい」


『三つ、後方に残る侵略経路。第三眷属神の防壁予兆あり』


 セレスティアは、目を細めた。


「もう第三の神が見えているのですね」


『薄く』


「では、まず第二神を退けます」


『はい』


 セレスティアは踏み出した。


 最初に来た染殻兵を、黒星で受けた。


 重い。


 白骸とは違う。


 これは戦うために作られている。


 黒星の刃と、染殻兵の槍が衝突する。


 空気が震える。


 セレスティアは力で押し潰さなかった。


 槍と兵を繋ぐ異界の指揮線を見る。


 解白が示す。


 そこを閃白で祓う。


 染殻兵の動きが鈍る。


 黒星の背で押し退ける。


 兵は砕けた。


 だが、死体は残らない。


 灰色の砂となる。


 その砂が地面へ染み込もうとする前に、水術師が水で集め、ドワーフが石箱へ封じた。


 バルドが叫ぶ。


「異界砂、封印箱へ! 地面に染み込ませるな!」


「はい!」


 ゴルドが笑う。


「手際がいいじゃねぇか」


「百年準備しました」


「よし」


 セレスティアは次々と敵を退ける。


 だが、全てを斬り尽くすわけではない。


 世界側の戦力も戦っている。


 ガレオスが染殻兵を斬る。


 若い剣士たちが連携する。


 草原騎兵が異形獣の脚を止める。


 竜の使いが空の鳥を焼く。


 海の民が白い砂を水壁で封じる。


 記録官たちは敵の形を記録する。


 保全官たちは、白化した文字を再記録する。


 記録所の中から、ミレーヌの声が響く。


「忘却せず」


 その声は、戦場の中心まで届いた。


 バルガノスの軍旗が揺れる。


『記録』


『名』


『声』


『小さき世界の抵抗』


 セレスティアは答える。


「小さくありません」


 バルガノスが巨大な剣を抜いた。


 刃の形をしているが、そこに刃はない。


 軍勢そのものを束ねたような、灰色の圧。


 それが振り下ろされる。


 セレスティアは黒星で受けた。


 衝撃で広場の石が割れる。


 黒星が唸る。


『重い』


「はい」


 閃白が鳴る。


『侵略の濁りが深いです』


「はい」


 解白が告げる。


『指揮核、剣ではなく軍旗』


 セレスティアは、バルガノスの背にある無数の軍旗を見た。


 そこに、征服された世界の破片が縫われている。


 軍勢の指揮核。


 侵略された世界の残骸を、軍勢の力にしている。


 セレスティアの目が冷える。


「その旗」


 バルガノスが答える。


『融合された世界の証』


「墓標ではなく」


『力だ』


「では、斬ります」


 セレスティアは黒星でバルガノスの剣を押し返した。


 閃白で灰色の圧を祓う。


 解白が軍旗の結び目を示す。


 だが、そこへ向かうには、バルガノスの前線を抜けなければならない。


 その時、ゴルドの声が飛んだ。


「バカ姫!」


「はい!」


「道を開ける!」


 ドワーフ工匠兵が、一斉に鉄杭を打ち込む。


 バルドが槌を振る。


 広場の床下に仕込まれていた防衛機構が動いた。


 鉄の隔壁がせり上がり、染殻兵の隊列を分断する。


 水術師がそこへ水を流し、白砂を固める。


 剣士たちが側面を突く。


 草原騎兵が回り込む。


 ほんの一瞬、バルガノスの前が開いた。


 ゴルドが叫ぶ。


「行け!」


 セレスティアは駆けた。


 黒星を背に回し、閃白を左に流し、解白が軍旗の結び目を示す。


 バルガノスが迎撃する。


 巨大な剣が横薙ぎに振られる。


 セレスティアは跳ばない。


 低く踏み込む。


 閃白で濁りを祓い、黒星で圧を受け流し、解白が示す一点へ刃を通す。


 軍旗の根。


 侵略された世界の残骸と、バルガノスの軍勢を繋ぐ結び目。


「終わるべきものだけ、終わりなさい」


 刃が通った。


 軍旗が、一斉に裂けた。


 だが、布が破れたわけではない。


 世界の残骸を軍勢の力として使う結び目が切れた。


 バルガノスの軍勢が揺らぐ。


 染殻兵が膝をつく。


 破城輪の回転が止まる。


 異形獣が灰色の砂へ崩れる。


 バルガノスが初めてよろめいた。


『我が軍旗を』


「それは、あなたの軍旗ではありません」


 セレスティアは言った。


「そこに縫われていたものは、かつてどこかの世界だったものです」


『融合された世界だ』


「奪われた世界です」


『主は延命した』


「他者を素材にして」


 セレスティアは黒星を構えた。


「それは、守護ではありません」


 バルガノスが吼えるように声を響かせた。


『ならば、お前は死にゆく世界を見捨てるのか』


 セレスティアは答えた。


「いいえ」


『ならば融合を認めよ』


「認めません」


『矛盾だ』


「違います」


 セレスティアは、バルガノスを見据えた。


「世界を救うことと、他の世界を喰うことは違います」


『神は世界を守るものだ』


「はい」


『ならば、我が主は正しい』


「いいえ」


 セレスティアの声は静かだった。


「神は、守るべき世界のために、他の世界を素材にしてよいわけではありません」


「あなた方の世界に民がいるなら、その民を守る道を探すべきです」


「他の世界の死者を消し、名を奪い、土地を融合し、食卓を踏みにじることは、守護ではありません」


 バルガノスは沈黙した。


 だが、それは納得ではない。


 命令を受けた眷属神として、彼に退く選択はない。


『軍は退かぬ』


「ならば、退けます」


 セレスティアは、今度はバルガノス本体ではなく、裂け目と軍勢を繋ぐ制圧接続へ向かった。


 解白が示す。


『二つ目。裂け目と封印地外縁の制圧接続』


「はい」


 バルガノスが阻む。


 だが、軍旗を切られたことで軍勢の圧は落ちている。


 ガレオスたち剣士隊が、残った染殻兵を押し返す。


 ドワーフたちが破城輪を封じる。


 水術師たちが異界砂を集める。


 記録官たちは、戦場の名前を叫ぶ。


「封印地外縁!」


「邪神戦争記録所!」


「第一防衛線!」


「中央記録室!」


「忘却せず!」


 声が、土地と記録所をこの世界へ繋ぎ直す。


 セレスティアは、その声を背に受けて踏み込んだ。


 黒星が裂け目の圧を押さえる。


 閃白が異界の濁りを祓う。


 解白が制圧接続の結び目を示す。


「この地は、あなた方の前線ではありません」


 刃が通る。


「この地は、邪神戦争記録所の外縁」


 もう一太刀。


「死者の名を守る場所」


 最後に、黒星が圧を断つ。


「あなた方の軍靴で踏む場所ではありません」


 制圧接続が切れた。


 裂け目が大きく震える。


 バルガノスの足元が崩れ始めた。


 彼の身体が、灰色の裂け目へ引き戻される。


『剣神セレスティア』


 バルガノスの声が響く。


『第二は退く』


「はい」


『だが、道は残る』


「分かっています」


『第三が閉じる』


 セレスティアは目を細める。


「界盾神」


『ガルディオン』


 バルガノスの身体が裂け目へ沈む。


『お前は、我らの世界へ届かぬ』


『盾が閉じる』


『主の世界は、守られる』


 セレスティアは静かに答えた。


「あなた方の世界を滅ぼしに行くつもりはありません」


 バルガノスの灰色の眼火が揺れた。


「ですが、この世界へ伸びた侵略の根は斬ります」


 裂け目が閉じる直前、奥に巨大な盾の影が見えた。


 山よりも大きい。


 海よりも重い。


 異界と異界の狭間を塞ぐ、神の盾。


 界盾神ガルディオン。


 その影が現れた瞬間、裂け目は閉じた。


 広場に静寂が落ちた。


 白骸も、染殻兵も、破城輪も、すべて消えた。


 残ったのは、傷ついた石畳。


 封印箱に収められた異界砂。


 割れた防壁。


 疲れ切った剣士たち。


 声が枯れた保全官たち。


 そして、無事に立っている邪神戦争記録所だった。


 ミレーヌが中央記録室から出てきた。


 声は少し掠れていた。


「忘却せず」


 広場の者たちが、同じ言葉を返した。


「忘却せず」


 ルシェルは、震える手で記録板に書いた。


 第二眷属神。


 侵軍神バルガノス。


 直接侵略。


 軍旗の指揮核を切断。


 封印地外縁への制圧接続を切断。


 バルガノス、撤退。


 第三眷属神、界盾神ガルディオンの存在を確認。


 侵略経路の根、なお残存。


 探索継続。


 忘却せず。


 ゴルドが、傷ついた鉄杭に腰を下ろした。


「面倒になってきたな」


 セレスティアは頷いた。


「はい」


「次は盾か」


「そのようです」


「破るのか」


「必要なら」


「飯を食ってからにしろ」


 王妃エルフィリアが、すでに中庭に立っていた。


 大量のスープと保存食が用意されている。


「全員、食事です」


 誰も逆らわなかった。


 剣士たちは座り込む。


 記録官たちは筆を置く。


 保全官たちは喉を休める。


 ドワーフたちは槌を脇に置く。


 セレスティアも、保存食を受け取った。


 噛む。


 硬い。


 だが、今はその硬さが、戦場の終わりを告げる鐘のようだった。


「硬いですが、美味しいです」


 ゴルドが頷いた。


「よし」


 王妃も頷いた。


「よろしい」


 ルシェルは記録しようとして、王妃に見られ、筆を止めた。


 ミレーヌが少し笑った。


 広場にも、小さな笑いが広がった。


 侵軍神は退いた。


 だが、侵略は終わっていない。


 第三眷属神、界盾神ガルディオン。


 異界と異界の狭間を守る盾の神。


 セレスティアが逆斬攻することを防ぐための神。


 次は、守りの神を破らなければならない。


 そして、その向こうにいる。


 自らの世界を生きながらえさせるため、他の世界を融合しようとする神。


 侵界神ヴァルゼオン。


 セレスティアは、閉じた裂け目の跡を見上げた。


 空は、まだ完全には元に戻っていない。


 薄い灰色の線が、傷跡のように残っている。


「この世界は、あなた方の延命材ではありません」


 黒星が低く鳴った。


『次は盾だ』


 閃白が澄んで言う。


『守りを名乗る侵略の盾です』


 解白が淡く告げる。


『侵略経路の根、界盾の奥』


 セレスティアは頷いた。


「斬るべきものが、見えてきましたね」


 夕暮れの封印地外縁に、記録所の灯りが灯る。


 その灯りは消えなかった。


 死者の名も。


 世界の名も。


 まだ、ここにあった。

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