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神剣のセレスティア  作者: 玉響すばる


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第93話 白い門

 白化の報告から、七日後。


 邪神戦争記録所は、昼だというのに静まり返っていた。


 普段なら、中庭には見学の子どもたちの声がある。


 記録官が資料を運ぶ音がある。


 保存食を噛んで、硬いと顔をしかめる若い剣士たちの姿がある。


 だが、その日は違った。


 記録所の入口には、臨時閉館の札が掛けられている。


 石碑の前には、死者名簿保全官が立ち、来訪者に説明していた。


 異界擦過痕に関する緊急点検中。


 一般閲覧、一時停止。


 記録保全を優先する。


 祈る前に、記録を読め。


 そして今は、記録を守れ。


 中庭の補助掲示も、新しく書き足されていた。


 白くなった字は、もう一度書け。


 消されるなら、何度でも書け。


 忘却せずを消すものは、敵である。


 飯を食え。


 最後の一文だけは、いつも通りだった。


 セレスティアは、封印資料室の前に立っていた。


 黒星。


 閃白。


 解白。


 三振りの神剣は、すでにわずかに鳴っている。


 まだ敵は来ていない。


 だが、世界の輪郭が薄くなっている。


 それが分かる。


 空気が、どこか軽い。


 音が、少し遠い。


 封印地外縁の草原が、見えているのに、どこか白く霞んでいる。


 ルシェル・クラルテ・アルヴァレインは、封印資料室から出てきた。


 手には複数の記録板。


 百年を経た彼は、若い記録官たちから大記録官と呼ばれるようになっていた。


 だが、セレスティアにとっては今も弟である。


「姉上」


「はい」


「白化は進行しています」


「どの程度ですか」


「異界擦過痕の周辺記録だけではありません」


 ルシェルは記録板を一枚示した。


「封印地外縁の古い地図です」


 セレスティアは覗き込んだ。


 地図には、封印地外縁、南方砂漠補助陣地、旧封印杭群、三賢者観測点などが記されている。


 だが、一箇所だけ、文字が薄くなっていた。


 旧封印杭群。


 そのうち「杭」の字だけが、白く霞んでいる。


「意味を薄めていますね」


「はい」


 ルシェルは頷いた。


「物理的な劣化ではありません」


「はい」


「記録の意味接続が、異界側へ引かれています」


 解白が淡く光った。


『界壁曖昧化』


 セレスティアは解白を見る。


「世界の壁が曖昧になっているのですね」


『はい』


 黒星が低く鳴る。


『来るぞ』


 閃白も澄んだ音を立てた。


『白い濁りではありません。白い境界の揺らぎです』


 その時、外から鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度。


 記録所の警戒鐘だった。


 ルシェルがすぐに顔を上げる。


「外縁観測所からです」


 ミレーヌ・エトワール・アルヴァレインが駆け込んできた。


 手には死者名簿の携行写し。


 顔が青い。


「お姉様」


「ミレーヌ」


「空が」


 セレスティアは、窓の外を見た。


 封印地外縁の空。


 そこに、白い裂け目があった。


 雲ではない。


 光でもない。


 空そのものに、白い傷が入っている。


 その傷は、ゆっくりと開いていた。


 まるで、世界の皮膚を内側から押し広げるように。


 セレスティアは、静かに言った。


「白い門」


 黒星が低く応じる。


『門だ』


 閃白が告げる。


『異界の気配』


 解白が淡く光る。


『界壁曖昧化、急速進行。門形成中』


 ルシェルはすぐに記録官へ指示を出した。


「全記録を保全態勢へ」


「はい!」


「死者名簿原写しは地下二重保管室へ」


「はい!」


「閲覧室の資料は遮蔽布で覆う」


「はい!」


「白化が出た文字は、再記録。紙、石板、金属板、記録水晶、口述で同時保全」


「はい!」


 ミレーヌは死者名簿を抱きしめた。


「私は読み上げます」


 ルシェルは一瞬だけ姉を見る。


「お願いします」


 ミレーヌは、中央記録室へ向かった。


 その背は震えていない。


 百年前から、彼女は死者名簿を読む者だった。


 今日も同じである。


 忘却せず。


 それを声にする者が必要だった。


 外縁広場には、すでに人が集まっていた。


 死者名簿保全官。


 記録官。


 剣士。


 世界連合の警備兵。


 グランガルドの工匠兵。


 竜の谷の使い。


 海の民の水術師。


 草原諸族の騎兵。


 百年前の戦後処理の結果、世界は一つの異変に対して、以前より早く動けるようになっていた。


 セレスティアが広場に出ると、全員の視線が向いた。


 誰も祈らない。


 誰も膝をつかない。


 ただ、持ち場へ立つ。


 それでよい。


 ゴルド・ガルガンドも来ていた。


 百年を経た老ドワーフは、槌を杖のように持ち、しかし眼光は少しも衰えていない。


 隣にはバルド。


 その背後には、ゴルド工房の弟子たち。


 ゴルドは白い門を見上げて、吐き捨てるように言った。


「気に入らねぇ空だ」


 セレスティアは頷いた。


「はい」


「飯は食ったか」


「朝食は食べました」


「保存食は」


「持っています」


「よし」


 ゴルドはそれだけ確認すると、槌を肩に担いだ。


「工房組、記録所の扉を固めろ。白い虫みてぇなのが来たら叩き潰せ。記録棚に近づけるな」


「はい!」


 バルドが続ける。


「燃やす前に、可能な限り形状記録を取れ。未知の敵です。倒すことと記録することを同時に行います」


「はい!」


 ゴルドが鼻を鳴らした。


「面倒なことを言うようになったな」


「父上が百年前に学べと言ったのです」


「言ったか」


「言いました」


 セレスティアは、少しだけ笑った。


 だが、すぐに空を見た。


 白い門が開ききる。


 その向こうには、何もないように見えた。


 白。


 ただ白。


 奥行きも、空も、大地もない。


 だが、その白の奥から、何かが動いた。


 最初に現れたのは、細長い腕だった。


 白い骨のような腕。


 だが骨ではない。


 関節が多すぎる。


 次に、顔のない頭。


 そして、白い外殻を持つ人型の異形が門から落ちるように現れた。


 一体。


 二体。


 十体。


 百体。


 白い異形が、大挙して押し寄せてくる。


 解白が告げた。


『白骸』


 黒星が低く鳴る。


『尖兵か』


 閃白が言う。


『この世界の生物ではありません』


 白骸たちは、声を上げなかった。


 叫ばない。


 吠えない。


 ただ、白い足で地面を踏む。


 その足跡の周りで、草の色が薄くなる。


 地面に刻まれた記録杭の文字が白く霞む。


 封印地外縁と刻まれた標識の「外」の字が、ふっと薄くなった。


 ルシェルが叫ぶ。


「記録杭を再記録!」


「はい!」


 死者名簿保全官たちが、すぐに予備板へ文字を書き写す。


 封印地外縁。


 封印地外縁。


 封印地外縁。


 声に出して読む者もいる。


 記録を守る戦いが始まっていた。


 セレスティアは、黒星の柄に手を置いた。


 しかし、まだ抜かない。


 白骸は、世界の壁を曖昧にされた結果として通ってきた尖兵である。


 門の根を見なければならない。


 空から、さらに別の異形が降りてきた。


 虫のようなもの。


 白い翅。


 細い口。


 それらは記録所の外壁へ向かって飛ぶ。


 ルシェルが目を鋭くした。


「記録喰らい!」


 保全官たちが遮蔽布を広げる。


 水術師が水壁を作る。


 ドワーフ工匠兵が網を投げる。


 記録喰らいは、布や石を食うのではない。


 文字へ群がる。


 外壁に刻まれた「邪神戦争記録所」の文字へ、白い虫が集まった。


 その瞬間、閃白が鳴った。


『祓います』


 セレスティアは閃白を抜いた。


 白い刃が、空気を走る。


 虫たちの身体ではなく、文字へ食いつこうとする白い結び目だけを払う。


 記録喰らいが、白い粉となって消えた。


 外壁の文字は、かすかに薄くなっただけで済んだ。


 保全官が即座に叫ぶ。


「邪神戦争記録所!」


 別の保全官も続く。


「邪神戦争記録所!」


 何人もが声に出す。


「邪神戦争記録所!」


 文字は薄れても、声が繋ぐ。


 ルシェルは筆を走らせながら言った。


「声による再記録、有効!」


 解白が淡く光る。


『有効。意味接続が補強されています』


 セレスティアは頷いた。


「ならば、声を絶やさないでください」


 ミレーヌの声が、中央記録室から響いた。


「氏名未判明」


「探索継続対象」


「忘却せず」


 記録官たちが続く。


「忘却せず」


 保全官たちも続く。


「忘却せず」


 白い門の前で、異形たちが揺らいだ。


 声。


 記録。


 名。


 それらは、この白い侵攻に対する抵抗だった。


 だが、門の奥から次のものが現れる。


 白い甲冑のような兵。


 空白兵。


 手には、刃のない剣のようなものを持っている。


 その剣が通った場所は、斬られるのではない。


 輪郭が薄くなる。


 警備兵の盾に刻まれた紋章が白くなった。


 盾そのものは残っている。


 だが、それがどこの盾だったのか分からなくなる。


 警備兵が一瞬たじろぐ。


 ガレオス・ラグナが前に出た。


 百年前、剣神に一合を願った剣豪である。


 ハイエルフほどではないが、彼もまた長寿の術を得た剣士として、今も剣術院の大師範を務めていた。


 老いたが、剣はまだ鋭い。


「記録所で学んだことを、今使う」


 ガレオスは、若い剣士たちへ言った。


「紋章が消えても、自分の持ち場を忘れるな!」


「はい!」


「盾がどこのものか分からなくなっても、目の前の記録所を守れ!」


「はい!」


 若い剣士たちは空白兵を迎え撃つ。


 セレスティアは、それを見てすぐには動かなかった。


 全てを自分で斬らない。


 この百年で、世界は抗う力を育ててきた。


 剣士は剣を抜かない理由を学び、今、抜く理由を持っている。


 記録官は記録を守る意味を学び、今、声で名を繋いでいる。


 ゴルド工房は、記録棚を守るために鉄扉を支えている。


 王妃の指示で、中庭には携行食と水が配られている。


 世界は、剣神だけに頼っていない。


 それでよかった。


 だが、門そのものは別だった。


 白い門の中心に、巨大な影が現れた。


 人の形ではない。


 獣でもない。


 幾つもの顔のない仮面が重なり、幾つもの腕が門の縁を押し広げている。


 その姿は、軍勢のようでもあり、一つの神のようでもあった。


 解白が告げる。


『第一眷属神』


 セレスティアは、静かに名を問う。


「名は」


 封印地外縁の空気が震えた。


 精霊王の声が響く。


「白界神レギオン」


 広場全体が静まった。


 異形の動きすら、一瞬止まったように感じられた。


 精霊王は続ける。


「侵界神ヴァルゼオンの第一眷属神」


「世界の壁を曖昧にする神」


「忘却の神ではない」


「白化は、レギオンの目的ではなく結果だ」


 セレスティアは、白い神を見た。


「世界の壁を曖昧にする」


「そうだ」


「この世界と異界の区別を薄くする」


「そうだ」


「だから、名や記録が白くなる」


「そうだ」


 白界神レギオンは、声を発した。


 耳で聞く声ではない。


 記録の隙間に差し込まれるような声だった。


『境界は堅すぎる』


『名は重すぎる』


『記録は世界を固定しすぎる』


『壁を白くせよ』


『次なる神へ、道を渡せ』


 セレスティアは、目を細めた。


「次なる神」


 精霊王が答える。


「レギオンは道を作る眷属だ」


「はい」


「白界神が討たれても、道が完全に閉じなければ、第二の眷属が来る」


「第二の眷属」


「直接侵略の神」


 ゴルドが低く言った。


「つまり、こいつは前座か」


 精霊王が答える。


「役割特化の眷属神だ」


「邪神ほど強いのか」


「否」


 その言葉に、広場の空気が少し変わった。


「邪神ほど強くはない」


「だが、危険だ」


「なぜなら、こやつは世界そのものを壊すのではなく、世界の壁を曖昧にするからだ」


 セレスティアは頷いた。


「戦闘力ではなく、役割が危険なのですね」


「そうだ」


 白界神レギオンの無数の腕が広がる。


 白い門が、さらに大きくなる。


 封印地外縁の地図が貼られた掲示板の文字が、一斉に薄くなった。


 保全官たちが声を上げる。


「封印地外縁!」


「南方砂漠補助陣地!」


「旧封印杭群!」


「三賢者観測点!」


「邪神戦争記録所!」


 ミレーヌの声も響く。


「忘却せず!」


 声が、白化を押し返す。


 だが、レギオンの門は開き続ける。


 セレスティアは、黒星を抜いた。


 広場の空気が沈む。


 黒い大剣が現れると、白い門の輪郭がわずかに止まった。


 黒星が言う。


『押さえる』


 セレスティアは閃白を構える。


 閃白が言う。


『祓います』


 解白が背から浮かび、白い門とこの世界を結ぶ無数の糸を照らした。


『結び目、三つ』


「言いなさい」


『一つ、白界神レギオンと門の核』


「はい」


『二つ、門と封印地外縁の地名接続』


「はい」


『三つ、門の奥へ引き継がれる侵略経路』


 セレスティアは、三つ目を見た。


 白い門の奥。


 そこには、レギオンの背後へ続く、さらに暗い道がある。


 白ではない。


 そこは、軍勢の気配を帯びている。


 直接侵略の神。


 まだ見えない。


 だが、来る。


 セレスティアは、静かに息を吐いた。


「三つ目は、まだ斬れませんね」


『はい。奥に続いています』


「ならば、今斬るべきは」


『一つ目と二つ目』


「白界神レギオンの門形成と、この世界の地名接続」


『その通りです』


 セレスティアは一歩踏み出した。


 レギオンの白い腕が、空から降る。


 それは殴るための腕ではない。


 触れたものの輪郭を薄めるための腕。


 セレスティアの名を曖昧にし、剣神という神格の所属を揺らすための腕だった。


 白い指が、セレスティアへ近づく。


 黒星が、それを押さえた。


 白い腕が軋む。


 閃白が、腕にまとわりつく白い理を祓う。


 解白が、腕と門を繋ぐ糸を示す。


 セレスティアは、その糸だけを斬った。


 腕が崩れる。


 白い粉が舞う。


 その粉が地面へ落ちる前に、保全官たちが遮蔽布を広げた。


 記録官が叫ぶ。


「白界神レギオンの腕、粉化。周囲記録への白化注意!」


 バルドが指示する。


「粉を直接触るな。石箱へ。素材ではなく危険資料として扱え!」


 ゴルドが怒鳴る。


「誰も鍛えるなよ!」


「鍛えません!」


 弟子たちが返す。


 レギオンが、また声を発した。


『境界を拒むか』


『名を重く持つか』


『記録に縛られるか』


 セレスティアは答えた。


「名は、縛るためではありません」


 黒星を構える。


「記録は、閉じ込めるためではありません」


 閃白を構える。


「世界の壁は、他者を拒むためだけにあるのではありません」


 解白が結び目を照らす。


「混ざって消えないためにあります」


 セレスティアは、白界神レギオンを見た。


「この世界は、この世界として在ります」


「この世界の死者は、この世界を生きた者です」


「この世界の地名は、この世界を歩いた者たちの証です」


「あなたの白で、曖昧にはさせません」


 レギオンの仮面が一斉に開いた。


 顔はない。


 ただ、白い穴がある。


『我は道』


『我は壁を薄めるもの』


『我を斬っても、道は残る』


「それでも」


 セレスティアは踏み込んだ。


「今、あなたを止めます」


 黒星が門の圧を押さえる。


 白い門の広がりが止まった。


 閃白が、地名を白くする理を祓う。


 封印地外縁の文字が、少し戻る。


 解白が、レギオンと門の核を示す。


 そこは、白い門の中心ではない。


 門の縁。


 この世界と異界が触れ、曖昧になっている一点。


 そこが核だった。


 セレスティアは、三振りの神剣を一つの線に重ねるように構えた。


「終わるべきものだけ、終わりなさい」


 刃が通った。


 音はなかった。


 白い門の縁が裂ける。


 いや、正確には、曖昧になっていた境界が切り分けられた。


 こちらは、こちら。


 あちらは、あちら。


 世界の壁が、一瞬だけ明確になる。


 白界神レギオンの無数の腕が砕けた。


 仮面が割れる。


 白い粉が空へ散る。


 白骸たちが次々と崩れる。


 記録喰らいが落ちる。


 空白兵が動きを止め、白い砂となる。


 広場にいた者たちは、息を呑んだ。


 だが、セレスティアはまだ剣を下ろさない。


 白い門は、完全には消えていなかった。


 奥に、細い道が残っている。


 それはレギオンの道ではない。


 もっと荒々しい。


 もっと重い。


 軍勢が通る道。


 精霊王の声が告げる。


「第二の眷属へ、経路が引き継がれた」


 ルシェルが記録板を握る。


「第二神」


 空の向こうから、低い音が響いた。


 太鼓のような。


 軍靴のような。


 世界の外で、何かが行軍している音。


 セレスティアは、門の奥を見た。


「直接侵略の神」


 精霊王が答える。


「侵軍神バルガノス」


 その名が告げられた瞬間、白い門の奥に、黒に近い灰色の影が揺れた。


 まだ来ない。


 だが、来る。


 レギオンは斬った。


 白化は一時的に止まった。


 しかし、次の神へ道は渡された。


 ゴルドが吐き捨てる。


「面倒な連中だ」


 バルドが頷く。


「段階侵攻ですね」


 ルシェルが記録する。


「第一眷属神、白界神レギオン。討伐」


「ただし、侵略経路は第二眷属神へ引き継がれた可能性」


「第二眷属神、侵軍神バルガノス」


「直接侵略の兆候あり」


 ミレーヌの声が中央記録室から響く。


「忘却せず」


 保全官たちが続く。


「忘却せず」


 セレスティアは、黒星を納めた。


 閃白も納める。


 解白は、まだ淡く光っている。


 剣を納めても、戦いが終わったわけではない。


 始まったのだ。


 第一の門が開き。


 第一の眷属神が討たれ。


 第二の侵攻が近づいている。


 王妃エルフィリアが、中庭に出てきた。


 その手には、食事の包みがある。


 セレスティアは母を見た。


「お母様」


「食べなさい」


「今ですか」


「今です」


 ゴルドが頷く。


「食え」


 ルシェルも言った。


「次の侵攻前に、補給は必要です」


 バルドも真面目に言う。


「保存食の消費記録も取ります」


 セレスティアは、少しだけ目を閉じた。


「皆、こういう時は一致しますね」


 ミレーヌが中央記録室から戻ってきて、微笑んだ。


「お姉様が食べないと、皆が心配します」


 セレスティアは、保存食を一枚受け取った。


 噛む。


 硬い。


 白界神レギオンが世界の壁を曖昧にした後でも、その硬さは変わらない。


 現世の硬さだった。


「硬いですが、美味しいです」


 ゴルドが満足そうに頷いた。


「よし」


 王妃も頷いた。


「よろしい」


 ルシェルは記録しようとして、王妃に見られ、筆を止めた。


 広場に、小さな笑いが戻った。


 だが、空の奥では、まだ低い軍靴の音がしていた。


 侵軍神バルガノス。


 第二の眷属神。


 白い門の向こうから、軍勢が来る。


 セレスティアは保存食を飲み込み、空を見上げた。


「この世界は、融合素材ではありません」


 黒星が低く鳴る。


『次は軍か』


 閃白が澄む。


『ならば、守る者も多い』


 解白が淡く告げる。


『侵略経路、監視継続』


 セレスティアは頷いた。


「備えます」


 封印地外縁に、夕暮れが降りていく。


 記録所の石碑は、白化から守られ、今もそこにあった。


 祈る前に、記録を読め。


 生者は、死者を利用せず、死者から学ぶべし。


 その文字の前で、記録官たちはもう一度声を合わせた。


「忘却せず」


 世界は、まだ自分の名を保っていた。

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