銃殺刑当日 帝国海軍の本音
まだ幼い子どもが必死になって自分が失おうとしている父の命を助けてほしいと、小さい頭を下げて周囲の大人たちに懇願している。
栄光ある大日本帝国皇家筆頭・今上帝を大元帥として掲げる帝国陸海軍の軍隊組織に関わるいかなる法令にも縛られない純粋な懇願に、周囲の帝国海軍関係者たちは目頭を熱くさせ、すすり泣き、歯を食いしばって目もとを押さえている。
できることなら聯合艦隊司令長官の息子だという幼い彼に同意して、銃殺刑だけは免れるよう上奏したい。
何より……本山大将をはじめとする、今回極秘迎撃出撃に関わった聯合艦隊すべての将校、士官、兵員がどれほど泣いて頭を下げて、「敵」に絶対不可侵の神聖なる大日本帝国の領土上空侵入を許してしまい、その犠牲となった十万人もの帝都民に死んで詫びをすると言ったのか。
幼い子どもの父は実働部隊の長として、これ以上ないくらいに自身が裁可した失策を詫び、きちんと責任を取って軍法会議で可決された銃殺刑を受け入れたのだと伝えてやりたい。
――きみのお父さんは立派な大日本帝国海軍の軍人さんだよ、と。
そう。
立派な軍人だ。
だからこそ、敗軍の将となった彼を許すことも救うこともできない。
敗軍の将は一夜にして十万人もの守るべき帝都民の命を失い、あろうことか大日本帝国の領土を「敵」に穢させ、皇家筆頭であられる今上帝の面子に泥を塗ったのだ。
これはけっして許される事柄ではないし、これだけの重大事案に心情を加えてしまえば、
「帝国海軍は国土防衛も果たせず、今上帝のお立場を穢したにもかかわらず、贔屓の身内がいれば命だけは助けてやってほしいと卑しくも懇願する、覚悟も矜持もない恥だらけの集団だ」
と、帝国陸軍に侮蔑されるのは必至。
帝国海軍にとってどれだけ国民に叱責の投石を受けようと、帝国陸軍からの罵りだけは断固として容認できない。
大人たちは幼い子どもの必死の懇願を聞いて、なぜそれでも自分たちは動かないのだろうかと自問し、誰もが情けないほど根底にある帝国陸軍に対する底意地が救済の念も黙殺するという事実にたどり着く。
子どもの涙も、子どもが懇願して頭を下げる姿も。
本来であれば充分労わってあげなければならないというのに、
――この心痛を目の前にしても……。
帝国海軍軍人にとって重要なのは規律でも法令でもない、帝国陸軍に対する面子だけとは……。
現にこの場にいるはずのない子どもの、父を救ってほしいと懇願する声を聞いていた帝国陸軍の面々がせせら笑っている。
「こんな小さな子どもを使って、上官の命乞いをさせるとは。情けない」
「どの顔が親だ、ろくな躾もしていないのだな」
「小僧も我慢しろッ、貴様の父親が腑抜けだから帝都民が十万も死んだのだぞ。さっさと刑に処され、詫びをしろ!」
帝国陸軍の面々はこれ見よがしに、帝国海軍の若い士官とその連れの子どもを囲んでいる帝国海軍の面々に近づいて罵りを吐くものだから、これにはもう我慢できる帝国海軍軍人などいやしない。
とっさに数人以上の帝国海軍の士官や将校が手を伸ばして、帝国陸軍軍装の胸倉をつかむ。
「貴様らには人間としての情がないのかッ」
「貴様らが大陸で鬼畜の非道を強いているせいで、わが大日本帝国は国際社会から孤立し、このような目に遭っているのだぞ!」
「もともとの原因を作っておきながら、子どもに向かってそのような口を……ッ」
いまにも顔面を喰いちぎろうかという勢いで、大人たちは吼え合う。
笑われ、怒鳴られた子どもはもう恐怖の限界で大泣きしてしまい、彼の兄だという士官の足にしがみついて手の付けようもない。
□ □
――何かが、おかしい。
――何かが、まちがっている。
親を想う子どもがなぜ怒鳴られ、卑しき帝国陸軍に哂われなければならないのだろうか。
自分たちよりも階級も権限もある帝国海軍士官や将校、上層部たちは、なぜここまで侮辱されても「何か」を覆そうとはしないのだろうか。
暴動寸前のようすを離れたところから見て、若き海軍士官たちはようやく自分たち組織の腐敗を理解し、疑問に思う。
――十万人もの犠牲者を出しながら。
今日。
銃殺刑に処される一二人の将校たちの命を救ってほしいとする懇願は、たしかにおこがましいことかもしれない。
たとえそれが叶わぬ結果になったとしても、上奏に至らない理由が「面子」だけとは。
何かがおかしい。
これが明治官軍から引き継いだ高潔なる帝国海軍の姿だろうか?
泣いている子どもの身元が聯合艦隊司令長官、我らが本山閣下のご子息だという。
――ならば、子どもよ。
――俺たちがかならず、仇討ちをしてやる……ッ。
不穏な決意がそこかしこで生まれていく。
男たちの目つきは獲物をかならず仕留めようと誓う、闇に眼光を放つ狼のそれだった。




