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銃殺刑当日 お願いっ、お父さんを助けて!

「僕、何でお父さんが死んじゃわないといけないのか、わかるよ」


 一二三(ひふみ)は鼻をすすりながら、堀川(ほりかわ)を見る。


「前の夜に帝都に爆弾がいっぱい落ちて、すごい火事になって火が全然消えなくて、みんな、助けてくれって言って伯父さんの家があるところまで逃げてきたの、僕、見ていたもん」


 いまも目を閉じれば、庭先で十七郎(とおしちろう)と見ていた帝都の業火が瞼の裏によみがえる。

 尋常ではない事態と周囲の喧騒に怯えた末弟の大和(やまと)の泣き声が、聞こえる。


暁久(あきひさ)兄さんといっしょに帝都まで車で来たとき、たくさんの家が燃えて壊れてなくなっていて、たくさんの人が汚れたまま困っていて、たくさんの人が真っ黒になって死んじゃっていて……。僕、それも見た」


 帝都に来る途中、長兄が運転する車中で見た、おなじ年ごろの少女。

 あれから幾日か経ったが、あの子はいま、どうしているだろうか。

 あのときはその光景のすべてが怖くて目を逸らしたが、それは失礼なことだと長兄は言った。

 最初は、困っている者から目を逸らすのはいけないことだと。

 そういう意味合いで。

 けれども、護るべきものを護れなかったとき、自分の背にあるものはこうなってしまうのだと。

 世情の末、大日本帝国帝都に大空襲攻撃を発動させた米国海軍大太洋艦隊と刺し違えてでも帝国、帝都を護ろうとして極秘迎撃に出撃した大日本帝国海軍聯合艦隊だが、その迎撃に失敗してしまえば、どんなに情のある、人望のある人物であろうと責任を問わなければならない。

 それを言外に含んで。


 ――あの一晩で失われた帝都民の数は、約十万人。


 どんなに優れた人材であり、父であったとしても、聯合艦隊司令長官として軍事作戦を失敗した以上腹を切って詫びなければ、失われた十万人の怨念は鎮魂されないだろう。


「みんな……お父さんのせいなんだよね。お父さんが悪いことをしたから、みんな死んじゃったんだよね」

「いや、本山(もとやま)大将は……おじさんはけっして悪いことなどしていない。一二三までおじさんをそのように言うな」


 母同士が懇意だったため、堀川も生まれたときから一二三たちの父にはおしめも替えてもらい、暁久といっしょにたくさんの物事を教えてもらった。

 叱られもしたし、優しく頭も撫でてもらった。

 心情的には親戚以上に近しい小父でもある。

 一二三の物言いに堀川は苦言するが、


「でも聯合艦隊司令長官はとってもえらい人なんだよね。日露戦役のときからずっと、聯合艦隊司令長官がみんなを護ってくれているって」


 父の世代よりも祖父たちの世代がもっともその情勢下に近しい存在だったので、彼らはつねにそれを口にし、その礎となった現在は元帥に列している南郷(なんごう)を人々は神として崇拝している。

 そういった題材の物語や絵本を一二三たち世代は親しく読んできた。


 ――だからこそ、護れなかった。


 この意味は一二三にも理解はできる。

 だからこそ、


「大人になったら悪いことをしたり、失敗したら、ごめんなさいと謝っても許してもらえないの? お父さんは悪いことをしたらきちんと謝りなさいって、僕に教えてくれたよ? ひょっとすると、お父さんは悪いことをしても謝らなかったから、だから大人の人たちは怒ってお父さんを助けてくれないの?」

「それは……」


 一二三の尋ねに、堀川もいよいよ戸惑う。

 周囲の大人たちも、そうではないのだよ、とかぶりを振るが、


「もし、お父さんが謝らなかったのなら、僕がかわりに謝る。ごめんなさい、お父さんが悪いことをしてごめんなさいっ。みんな燃えちゃって、ごめんなさいっ」


 それまで長兄にしがみついて離さなかった手をようやく離し、かわって一二三は深々と頭を下げる。


「僕、がんばるから。燃えちゃった家の片付けも手伝うし、新しい家を作るのも手伝うから。道もきれいにするし、みんなのご飯も作れるように手伝うし、畑仕事もがんばるから」


 あとどれだけがんばる事柄を伝えれば、大人たちは父を許してくれるだろうか。

 長兄から帝都は以前大きな大震災に見舞われ、いまの光景のように何もかもが燃えてたくさんの人が亡くなられたと聞かされた。

 そこから復興しようと、残った人々が、意欲ある人々が手を携えて再建に精を出した。

 そんな人たちとふたたび手を携えてがんばれば……。


 ――父に下された処断もすこしは軽くなるだろうか?


 だから。


 ――だから……。


「お願い……っ、お父さんを助けて……」


 頭を下げながら、一二三は涙が止まらない目もとの熱さにただただ悲しみをおぼえ、どうしたら父を救えることができるのか精いっぱい考えながら、


「おじさんたち、お願い……っ、お願いしますっ」


 一二三は頭をあげて、自分たちを見やることしかできない周囲の大人たちに懸命に訴えるよう涙がこぼれるまなざしで見やり、ふたたび深く、深く頭をさげる。

 家でどれだけ父を助けるための計画書に頭を捻っていても、実際、一二三にはこうして許しを請うことしかできない。 

 救いを求めることしかできない。

 そのために帝都まで、父のもとまで行かなければならないと思っていたのだから。


 ――だから、お願い……。


 誰か、誰かひとりでもいいから一二三の声に賛同してほしい。

 一二三といっしょになって父を、本山大将を、聯合艦隊司令長官を助けてほしいと懇願してほしい。

 一二三はがんばって声を絞り出す。


「お願い……お願いだから……」


 父に会いたい。

 父を失いたくない。


 ――父はまだ、一二三が名付けた末弟の大和に会ってもいないのだから。


 「お父さんを助けて……」


 僕がんばってお兄ちゃんをやっているんだよ、と父に見てもらいたい……。

 頭を撫でてもらいたい――。

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