銃殺刑当日 堀川悌史と本山暁久・2
――帝国海軍にこの人あり。
すでにその言葉が囁かれはじめるようになった青年、――堀川悌史。
現在は軍務局に勤めているが、軍政、軍令、軍務、どの場面に転属させても周囲の評価は高く、このまま置いておきたいから転属はさせるな、と人事に懇願する声も一再ではない。
とくにいまは海軍省中央がその才を重宝し、留め置いている。
まだ若き士官でこれほどまでに評価があるのは聯合艦隊司令長官の本山大将以来だと言われ、帝国海軍元帥である南郷……老爺が気に入っている将校や上級幹部らにも、
「あの才覚は正しく育てて、帝国海軍のあるべき姿を正しく背負わせなさい」
と伝わり、名高き明治海軍提督たちの再来を継がせるひとつの象徴として育てろと声がかかっている。
無論、すべての関係者から賛辞を受けているわけではないのでやっかみの声もあるが、当人はそれにこだわってはいない。
――むしろ……。
そういった声をかけてもらうのは栄誉なことだが、実際、面倒を見てもらうというのはとんでもない真逆の意味であることだと痛感している。なにせ堀川本人がいちばん実感している役割というのが、「手間のかかる問題処理」に努めさせられるという面だ。
――若いうちは、何事も経験が必要だ。
――いまから上下の均衡――この場合は上司、部下をさす――をおぼえておいて損はない。
――いやいや、おじさんにこれは務まらない。血気盛んな若手を抑えるには、おなじ若い者がやるのがいちばんだ。
などと言って、上司たちが面倒ごとをすべて堀川に押しつけてくるのだ。
もとよりそういった問題を無事に事収めるのは苦手ではないので、出向けば大抵のことは収まりがつく。
それだけに功を成せば、「つぎも任せるぞ」と上司たちからはお褒めの言葉がかかるので、堀川としてはうんざりとしている。
ひょっとすると……いや、ひょっとしなくとも、上司たちにとって自分は体のいい小間使い感覚なのだろう。
使われるたびにため息が止まらない。
――だが、その堀川でさえずいぶんと手を焼く事柄がある。
それは「彼」に関して周囲が手に負えなくなったときがそうだ。
普段の「彼」は、俗にいう問題児という部類にはまったく当てはまらず、むしろほとんど目立つことなく、与えられた職務をコツコツとこなしている文官型だ。
性格は控えめで温和。
上司や同輩が苦手と感じる面はまったく見当たらない。
けれども、あるふとした瞬間に違和感や困惑をおぼえ、「彼」のそれを御することができなくなることがある。
当人は何もしていないのだが、周囲が妙に口を出しづらくなる刹那があり、対処に困っていると「彼」と懇意である堀川に声がかかる。
――何とかしろ、と。
「何とかしろ、何とかしろ。――俺を何だと思っているんだ!」
堀川は「彼」とは幼馴染だ。
掘り下げて関係を言えば、母親同士が近所づきあいから親しくなり、同時期に身籠ったこともあって、「彼」と堀川は母親の胎内にいるときからのつき合いになる。
「彼」のほうが二ヶ月ほど先に誕生し、いまでは弟が四人もいる。
家族や弟たちに対する面倒見のよさは堀川も感心するばかりなのだが、「彼」は自身のことになると公私ともにどうも危なげなところが目につくので、自然と「彼」を手助けするようになり――それがいまでは「彼」の面倒を見るのが当然という不思議な立ち位置になってしまい、周囲もそうと認識しているだけに厄介この上ない。
――幼馴染、親友、……心友。
互いに強固な絆で成り立っていることに異論はない。
――だからこそ、時折「彼」が発する奇妙な違和感。
いまだにそれを捉えるのが困難なだけに、堀川の気苦労は尽きない。
――「彼」……本山暁久。
けっして愚かな選択をするような人格ではないというのに……。




